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虚構の戴冠  作者: 長野智
第2章

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     *




 十七歳のリドニス・ベルグは、とあるパーティーでやけに大人びた少年を見つけた。


 顔立ちは幼いのに、雰囲気だけは正反対に落ち着いている。そんなちぐはぐな少年がパーティーホールではなく一人で外に居ることに違和感を覚えて、どうしたのかと声をかけたのが始まりだった。


 リドニスに声をかけられた少年は最初、大げさに震えて逃げ出そうとした。しかしリドニスはとっさに腕を掴み、一人で動き回るのは危険だと引き留めた。


「だけど私は、人前に出てはいけないから」


 少年の最初の言葉はそれだった。


 どこかに監禁でもされていたのだろうかと、リドニスは一番に頭に浮かぶ。だからこそ心配になり、少年に「大丈夫だから少し話そう」とつい提案してしまった。


 二人が座ったのは近くのベンチだった。明るく賑やかなパーティーホールと対照的に、二人が居る場所は暗く、そしてとても静かだった。


 リドニスは少年の生活について危険がないかを探るためたくさん話しかけたのだが、得られたのは思っていたこととは違う情報である。


「私はあまり人と話したことがない」


「一人で毎日退屈なんだ。使用人すら私の顔を知らない」


「私はこのまま、大人になっても孤独なのだろうか」


 少年との会話の中でそんな言葉が出てくることに、リドニスは違和感を覚えていた。


 監禁されているふうではない。しかし誰もそばに居ないという。友人もない。関わりは家族のみ。ほとんど監禁されているように思えるのに、少年から「閉じ込められている」「出られない」などの言葉は出てこない。


 何かがおかしいと、そう感じ始めたとき、少年が言った。


「私は今日、初めて私のことを知らない人と話して、やはり寂しかったのだと気がついた。友人になってほしい」


 リドニスはもちろん頷いたのだが、


「良かった。精霊も、あなたのこと気に入っているみたいだ。あなたはいい人なんだろう」


 少年は何もいない周囲を見て、嬉し気に目を細める。


 このリーズバング王国で、精霊を視認できる人物は一人しかいない。そして声も聞こえているということは。


 リドニスが正体に気付いたとき、少年は悪戯が成功したかのように笑いながら、人差し指を自身の鼻の前に置いた。


 それから、リドニスは王宮に呼ばれるようになった。どうやら少年――ユセフに気に入られたようだ。


 リドニスは昔から無口で「何を考えているか分からない」と言われ続けてきたものだから、まさかユセフに気に入られるとは思ってもいなくて、いつも楽し気に笑っているユセフがリドニスには心底不思議だった。


 彼は言う。


「リドは綺麗なんだって。だから精霊もリドがそばに居ても落ち着いてる。ほかの人にはね、精霊が『嫌だ』って言うんだ。だから私に近づけたくなくて、相手を害したり、悪戯したりする。幼い頃は、近くに居た使用人が重い病にかかったこともあった」


 リドニスは驚いて自身の体を見下ろす。どこにも異変はない。


「リドは許されてるんだよ。だから友人になりたかった。精霊に許容されるだけでもすごいことなんだよ」


 半信半疑だったが、それからもリドニスに異変はなかった。事故もない。病もない。それどころか、リドニスは以前よりも少しだけ調子が良い。


 時を重ね、リドニスに対してユセフが気を許してくると、その調子の良さはますます顕著に表れた。


 やけに脳がすっきりとして、些細なことでもなぜか褒められ、知らないうちに良い評判が出回っている。ただし一点だけ、なぜか良縁には恵まれず、婚約者も決まらなかった。そして不思議なことに、リドニスは縁に恵まれないだけでなく、なんと「男色である」という出所の分からない噂もささやかれていた。


 それが不思議で、ユセフにこぼしたことがある。するとユセフは、苦笑を浮かべた。


「それは私のせいだ。精霊は人間が好きではないから、気に入った人から遠ざけようとする。リドのことも気に入っているから、きっと関わらせたくないんだよ」


 リドニスには結婚願望があったわけではない。だから困っていないと伝えれば、ユセフは「いつか困るよ」とやはり申し訳なさそうな顔をしていた。


 ユセフにとってそうであったように、リドニスにとってもまた、彼は初めての友人だった。


 だからこそ、ユセフの話し相手になるという役割も、会うたびに楽しいものに変わる。


 やがてリドニスは、ユセフの中にある葛藤を知った。


「精霊は悪意の塊だ。彼らは無邪気な悪なんだ。人間は好きではないけれど、私にだけは優しい。だから私は、王になるべきではない。私が万が一誰かに害されたとき、精霊は人を滅ぼすかもしれない。精霊は自然なんだって。人は自然には勝てないだろ。それにね、私には精霊しかないんだ。賢いわけでも、群を抜いた才能があるわけでもない。野望もない。野心もない。得意なことがあるわけでもない」


 それはおそらく、精霊に遠ざけられたからかもしれない。


 精霊はユセフを気に入っている。だからこそ、自分たちよりも熱中する何かを作らせたくなかったのではないか。


 リドニスはそう思ったが、なぜか口に出すことはできなかった。まるで精霊に邪魔をされたかのようだった。


「私には兄さんが居たんだ。すごく賢い兄さんだった。少しだけ会話をしたことがある。少し話しただけで分かったよ、兄さんは賢い。私よりもうんと先の思考を持っている。精霊もね、兄さんの存在に怯えていた。自然が怯えたんだ、兄さんはきっと選ばれた存在なんだよ。だけど死んだ。精霊に殺されたのかもしれない」


 そんなことを話していたときには、ユセフはひどく悲しそうな顔をしていた。口下手なリドニスは慰めの言葉もかけられなかったが、ユセフが「そういえばさ」と話を変えてしまったから、思いついたとしても何も言えなくなってしまった。


 リドニスが、二十七になった頃。


 二十という節目を迎えたユセフが、王家でひっそりとおこなわれたパーティーのあと、決意したようにリドニスに告げた。


「リド。私には何の力もなくて、何かをする度胸も、みんなを引っ張っていく自信もない。だけどせめて、人として大切な心だけは忘れないで居たいんだ。悲しいときには泣いて、楽しいときには笑って、間違ったことが起きたら正すために正面から挑みたい。自分の正義に嘘をつきたくないんだ。だからリド、私の正義を見ていてほしい」


 何もないのはリドニスだ。けれどそれに疑問を抱くこともなく、リドニスはなんとなく生きていた。


 だからこそ、リドニスには信念を持って生きるユセフが眩しかった。


 同時に、そんな彼に認められ、そしてそばに居ることを許されているということが、とても誇りに思えた。




「リド!」


 大きな声がして、リドニスは薄く目を開ける。


 どうやら昔の夢を見ていたようだ。


 目の前には、大人になったユセフが居た。

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