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虚構の戴冠  作者: 長野智
第2章

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     *


 


「ティーパーティーは二日後、王宮の第三庭園にて開かれます。ここで候補者様方の顔合わせをさせていただきますので、必ずご出席ください」


 ルーズベルトがやってきたのは、期限通りの一週間後のことだった。


 アベルが第一王子であるということは、王宮ですっかり話題である。話の出どころが分からないようあくまでも「噂」の範囲で情報を流したのは、ルーズベルトなりの王妃への気遣いなのだろう。しかし噂を耳にしてから王妃は部屋に引きこもっているようだから、その気遣いもまったく無駄である。


「はいはい、分かったよ。約束も守ったようだし……仕方がないから、これの話をしてやろう」


「ええ、ぜひ」


 アベルがその紙を差し出すと、ルーズベルトは一週間ぶりのその紙を受け取り、静かに見下ろす。


「その前に、どうしてそれにそこまでこだわる。おまえが俺の正体と王妃を天秤にかけて、まさか俺の正体を明かすことを選ぶとは思わなかった」


 紙を見ていたルーズベルトの目が、上目に鋭くアベルを射抜いた。


「……あなたはあの日、あの場に居なかったので、『東洋』に関することがどれほど重要か分からないのですよ」


 反応を見るような表情だ。しかしアベルは何も言わず、眉を揺らして先を促す。


「……桐谷清十郎は頭のおかしい男でした。死の間際まで怯えることなく、妃殿下に呪いをかけ、そしてころりと息絶えた」


「……ああ、なるほど。王妃が俺に怯える原因か。今の話でおかしなところがあったか?」


「縛られ、刃を向けた衛兵に囲まれてなお笑い、陛下に笑いかけ、妃殿下にもまるで遊びの延長のように呪いをかけました。かと思えば、時が止まったかのように、そのままの姿勢で、表情で、死んでいたのです。……分かりますか、あの男の異常性が。あの男は普通ではありませんでした。我々はあの日から、東洋に関することに敏感に対応しております。そして今は桐谷清十郎の子であるカイン・シュナイゼルがこの離宮にいるのです。だからこそ、こんなたった一文字でも、警戒をする充分な理由になります」


「……俺に明かしていいのかよ、そんな情報」


「構いませんよ。当時の目撃者は多く、隠せることでも、隠すべきことでもありません」


 アベルはそれ以上は何も言わず、机に置いていた本を手に取る。


「東洋では、文字だけで何かを呪うことができるそうだ。『呪い』とは『祈り』だ。これを『まじない』とも呼び、東洋人は古くからこの『まじない』を使って生きてきた。たとえば日照りが続くとするだろ、そうしたら紙に文字を書いて『まじない』を唱えるんだ。まあ、雨乞いのようなものだな」


「それでは、これは」


「……それは『火』『泉』と書いてある。下手くそすぎて定かではないが、おそらく間違いないだろう。意味は……そうだな、火と泉は対象的なものだから不明だが、『火』だけを考えれば、何かを燃やそうとしていたのか……『泉』だけを考えれば、逆に安寧を願っているのか……」


「なるほど……分かりました。それでは」


「深く聞かなくていいのか」


「はい。あなたが嘘を言っていないことは分かりました。そのうえで、あなたは東洋の文字は読めても、きっと意味までは詳しくない。『まじない』の話も、何かの物語のひとつとして出てきたのを口に出しただけでしょう。おそらく今回知識を持っているように振舞ったのは、私にあなたの存在を明かさせるのが目的ですね。それでは失礼します。私は忙しいので。二日後、忘れないようお願いいたします」


 ルーズベルトはそう言って、振り返ることも無く出て行った。


「……まあ、結果は上々だな」


 アベルの目的は達成したし、カインの力についても漏れてはいない。


 それにアベルは、嘘も言っていない。おそらくアッシュは記憶の中にある『爆』という複雑な文字を書ききれなかったのだろう。歪んだ『火』と『泉』が縦長に並んでいた。


 アベルが見ればあの日見た「爆」を書きたかったと分かるのだが、何も知らない者からするとただの『火』と『泉』である。ルーズベルトはアベルを信用する気がなかったのか、おそらく今日までに東洋の文字についてを自分で調べたのだろう。そしてアベルがどう出るのかを見たかったのか、あるいはルーズベルトが知っている以上の情報が得られると期待したのか。


 アベルは隠し通路を開こうと身をかがめたが、何かに気付いたように手を止めた。


「……いや、あいつも今はレイティア嬢の相手で忙しいか……うまくいけばサクリス・ウィッドニーを消すことが出来るし」


 それならアベルは、アベルで目的のために動くだけである。


 隠し通路から手が離れる。アベルはそのまま、ルーズベルトの後を追うように外に出た。




     *




 王宮内の第三庭園は、王宮の裏側に位置する。外からは見えず、後継候補者が顔を合わせるにはもってこいの場所である。


 薄暗い雰囲気のティーパーティーからは想像もつかないような、突き抜けるような晴天の下、テーブルの準備がされていた。


「イズリコ! この愚図が! 僕よりも前を歩いて盾になれと何度言えば分かるんだよ!」


「ご、ごめん、兄さん……わ!」


 ジルデオ・サイエンがイライラとしながら、背後を歩くイズリコを怒鳴りつける。するとイズリコは焦ったのか足がもつれ、顔面を地面に打ち付けていた。


 そんな光景を見ながら、カインは怯えたようにうつむく。視界の隅には、茶器を運ぶレイティアが居る。レイティアはさすがというべきか、カインの姿を認めても反応することはない。


 カイン、ジルデオ、イズリコが先に席についた。カインは広いテーブルの一番端の席へ。ジルデオは上座に座ったため、イズリコはその隣を選ぶ。


 すでに会場に居たルーズベルトは席順に物申すこともなく、使用人に指示を出していた。


「レイ! 今日も美しいな。会えて嬉しいよ」


 やや駆け足でやってきたサクリスを睨みつけたのはジルデオだった。レイティアは綺麗に表情を隠している。カインにはその胸の内が聞こえてくるようだ。


 サクリスがそばにやってくると、レイティアは自然な仕草で一歩距離を開ける。


「サクリス様、わたくしは今お仕事をしておりますの。サクリス様のような素晴らしい方に声をかけていただけるような立場ではございませんのよ」


「いいじゃないか、オレたちは結婚するんだから」


「まあ、まるで物語のように素敵な未来ですのね」


 サクリスは浮かれたような表情で、最後までレイティアの心情に気付くことなく席に座る。ジルデオの正面だった。


 サクリスと同じタイミングでやってきたリドニスは、サクリスのように回り道をすることなく、イズリコの正面、サクリスの隣の席に腰かけていた。


「みなさま、お集まりいただきありがとうございます」


 ルーズベルトが言葉を落とす。反応したのはジルデオだった。


「まだ、噂の第一王子が来ていないようですが?」


「……あの方は気まぐれな方ですから」


「否定しないということは、あの『一度死んだ』という男が第一王子であるという噂は真実ということですか。第一王子という立場はいいですね、この場に遅れても良いと思うほど余裕があるようで」


「うるせぇなぁクソガキ。俺はたっぷり十時間は寝ないと頭がすっきりしないんだよ。こっちの都合も聞かずに開催されたこの会になんで時間通りに参加してやらないといけないんだ? おまえはイイコちゃんか?」


 ジルデオは突然、背後から椅子を乱暴に蹴られ、驚いたように振り向いた。貴族生活の中でそんな扱いを受けたことがなく、「信じられない」という素直な感情が表情に浮かんでいる。わなわなと震えるジルデオを前に、いつもの調子を崩さないアベルは、空いていたカインの前に腰かけた。


「お、おまえ! 失礼だぞ! 僕の椅子を蹴るとは……!」


 ジルデオは思わずといったように立ち上がり、顔を真っ赤にしてアベルを睨む。しかしアベルはそちらを見ることもなく、退屈そうにあくびを漏らしていた。


「……揃ったようですので、開始とさせていただきます」


 ルーズベルトの言葉を皮切りに、使用人が茶器を並べていく。


「今回集まっていただいたのは、次代の国王を公平に決定させていただくためです。この場にいらっしゃる皆様は、国王が王座を任せられると認めた方であり、そして平等に王となる機会が与えられました」


 先ほどまで怒っていたジルデオは、ルーズベルトの話を聞いてすっかり得意げな表情である。


「この会は、皆様が互いを認識し、高め合い、認め合うための場となればと思っております」


 テーブルについている六名のうち、ギラギラと目を光らせているのはジルデオとサクリスだった。イズリコとカインはうつむき、リドニスは興味もなさそうで、アベルは退屈そうにそっぽを向いている。


 やがて使用人がすべての茶器に紅茶を注ぎ終えると、一番に口を開いたのはジルデオだった。


「君たちは、王になりたいと思っているのか?」


 不遜な表情でぐるりと候補者を見る。


「弱い犬ほどよく吠えるとはこのことだな、先ほどから一人騒がしい。サイエン家は教えてくれなかったのか? 馬鹿は喋らないほうが良いと」


「なんだと……!」


 ジルデオは正面に座ったサクリスの挑発を受け、鋭く睨みつける。一方でサクリスは優雅に紅茶を含んでいた。


「オレはこんな馬鹿の話より、話題の第一王子殿下の話を聞いてみたいな。一度死んでいたんですよね? 今のあなたは亡霊ということですか?」


「ウィッドニー家こそしっかりとした教育をしていないようだな、イズリコではなくこの僕に対して『馬鹿』とは!」


 ジルデオの様子など興味はないのか、サクリスの目はまっすぐにアベルに向いている。アベルもその表情に勝気に笑っていた。


「俺が生きているかどうかは、殺してみたら分かる。今日までに五回死んでるんだ。そろそろ人生にも飽きてきたからな、おまえが殺してくれるのを待ってるよ」


「随分良い育ち方をしたんですね。アントン閣下、第一王子は幼い頃に亡くなったと聞いていましたが、国民には嘘をついたということですかね? それだけでなく、どうして彼にも王位継承権があるんでしょう」


「アベル殿下が生きているのは最近になって分かったのです。王位継承権はもちろんございますよ」


 殺伐とした空気を裂くように、ガチャン! と、リドニスがカップをソーサーに叩きつけた。次には首元を手で押さえ、唇を開閉しながら倒れ込む。


 隣に座っていたサクリスはとっさに立ち上がったが、反対隣のアベルは動かず冷めた目で見下ろすだけである。


「ベルグ! おい、ベルグ!」


「医師を呼びなさい! リドニス様、失礼!」


 心配そうに膝をついていたサクリスを押し退けるように、ルーズベルトがリドニスの上体を起こす。口の中に手を突っ込み、飲み込んだものを必死に吐かせていた。


「毒だ、おまえが仕込んだんだろ! さっきから失礼な男だった!」


「オレじゃない! ベルグは友人だ! 怪しいというならおまえもだろう!」


 真っ青になっているカインをちらりと盗み見て、アベルはふっと口元だけで笑う。


「おまえ、何笑ってるんだよ!」


「悪い悪い。俺は死ねないから、こいつが羨ましいのかもな」


 そう言って立ち上がると、アベルはひらひらと手を振りながら立ち去った。


 茶会が開始されて、まだ数分。リドニスはすべてを吐き出して水を飲まされ、素早くやってきた医師に処置を受けている。


 ジルデオはうつむいていた。イズリコも顔を歪めて動かない。カインは震え、サクリスも呆然としていた。


 ルーズベルトの目だけが、アベルの背中を追っていた。


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