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虚構の戴冠  作者: 長野智
第2章

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     *




 その日、ハルヴァーク・アルスランは精霊祭のリハーサルに出席していた。


 ハルヴァークは、ルーズベルトの後輩である。


 しかし彼はルーズベルトを先輩として尊敬するどころか、常に自分より評価されるルーズベルトを一方的にライバル視していた。


 そんな彼は、会場の確認中、何気なく柱の裏を覗いたところで、奇妙な紙が貼られているのを偶然見つけた。


 人型に切られた紙である。表には、異国の文字が書かれている。


「……なんだこれ」


 ハルヴァークはその紙を剥がし、胡乱な目でそれを見ていたのだが。


 次の瞬間――爆発が起きた。




「アベル殿下!」


「うわ! なんだよ」


 狭いベッドに横になっていた昼寝をしようとしていたアベルは、ノックもなく入ってきたルーズベルトに驚き、飛び起きた。


「アベル殿下……あなた、何かをしたのではありませんか」


 ルーズベルトの声音には、困惑と怒りが入り混じっている。


「はあ? なんなんだよ、いきなり連れて来たかと思えば今度はいきなり『何かしたんじゃないか』って、随分失礼じゃないか」


「……先日、ユセフ殿下を狙って部屋の前で爆発が起きました。そして半日ほど前、エヴァリーチェ大聖堂が爆破されたのです」


「……へえ。で、俺がどうやって爆発させられるっていうんだ。俺がこそこそ爆弾でも仕掛けに行ったって?」


「だから聞いています。何かしているのではいないかと」


 熟考するルーズベルトにしては珍しく、思考が整わない状態でアベルの元に来たようだ。


 そんなルーズベルトをじっと見ていたアベルだったが、面倒くさそうに再びベッドに身を投げる。


「なんにもやってない。というかできないだろ。……ここに連れてこられて三週間くらいか? 外に出ても怯えられて、別に話し相手が居るわけでもない。思っていたより後継争いってのは平穏なんだな」


「……大聖堂が壊れることがどのようなことか分かっておりますか。エヴァリーチェ大聖堂は平和の象徴です。精霊様の家なのですよ。その象徴が爆破され、近隣国民も、王宮も混乱しています。死傷者も多く、仕事仲間も複数死にました。そんな中であなただけが『平穏』と言っている。怪しむには充分かと思いますが」


「はは、そうだな。この国が俺にとって優しいもんだったなら、一緒に焦ってやれたのかもしれないな。だけどそうじゃない。ルーズベルト、どうして俺がこの国のために焦ってやらないといけないんだ。残念ながら、ユセフが危険に晒されようと、精霊の家が爆破されようと、俺にとっては『平穏』でしかないんだよ」


「では、質問を変えましょう。あなたはユセフ殿下の部屋の付近で爆発が起きる前、一人の衛兵に接触していますね。そしてその衛兵はその後の爆発で死んでいます。あなたはその衛兵に、何かを持ち掛けたのではありませんか」


 アベルは「一週間前……」とつぶやきながら、思い出すように目をそらす。


「ああ、あのときか。トイレの場所が分からなかったから案内してもらってたんだよ。なんだ、俺は案内を頼んだだけでも怪しまれるのか? どうせそれらしい理由をつけて、俺を犯人にしたいだけなんだろ。厄介払いがしたいんだもんなぁ」


 アベルのその発言は、ルーズベルトが衛兵から聴取した内容と同じであった。


 アベルと衛兵が会話をしていたところを見た者が一名だけ居たのだ。しかし内容が食い違うところはない。その後戻ってきた衛兵がおかしな話を持ち掛けられたと言っていた情報もなかった。アベルが嘘を言っているわけではないのだろう。


「で、それだけのために来たのか?」


「いえ……」


 ルーズベルトは、古びた机の上に置かれた本に目を移す。


 アベルが馬車で読んでいた本だ。


 ルーズベルトは自身の胸ポケットから一枚の紙を取り出した。それは、アッシュの記憶の中の「外国の文字」が書かれた紙である。


「なんだそれ、落書きか? あの本と見比べるってことは東洋の文字か。読んでやってもいいぞ」


 相変わらずベッドに横になったまま、気だるげにアベルが提案した。


「……読めるのですか」


「あの本を読んでたんだから読めるに決まってるだろ。なんだルーズベルト、頭の回転が遅くなったか。もう歳だな」


 何かを考えるようにアベルを見ていたルーズベルトだったが、ゆっくりとベッドに歩み寄る。


「ただし、交換条件がある」


 直後、ルーズベルトはピタリと足を止めた。


 アベルは体を起こすと、ベッドの縁に座る。


「俺の存在を明かせ。大昔に死んだと言われている第一王子だとな」


「……どうして、そうされたいのですか?」


「単純に面倒くさいんだよ。俺の色が珍しいからか、『死んだはずなのに生きていたらしい』という噂だけが歩き回ってるからか、全員俺を見て怯えやがる。トイレに行くだけで誰も居なくなるんだ、生活しにくいだろ」


「いいえ、理由になっていません。それならば、あなたをわざわざ『第一王子である』と明かす必要はありませんから」


「また深読みか。俺が何かを言うたびに疑うんだな」


「あなたの素性はしれませんから、慎重になっているんです。それに……あなたが一度死んでいる人間であることには変わりないので、警戒するのも当然でしょう」


 アベルの唇が、ゆるりと弧を描く。


「それ、文字だけ書こうとしているところを見ると、文章を抜粋したわけではなく、何かに書かれていた一文字なんじゃないか? 読んだところ、それだけが書かれているのは不自然だし、なかなか不思議だ。それに、あのラブストーリーには面白い表現があってな。たとえば、『東洋の呪い』とか」


 紙を持つルーズベルトの指先が、ピクリと跳ねた。


「気になるんだろ? おまえは、どうして俺が幽閉されていたか……どうしてオカアサマが俺に怯えていたのかを知っているからな」


 アベルの存在を明かすことは簡単だ。しかし、王妃の心情を思えば簡単に決断することはできない。なまじ王妃にアベルが生きているということも、この場に居るということも伝えていないために、その存在が耳に入ればどういった反応をされるかは火を見るよりも明らかである。


「東洋には、呪いを扱える文字があるらしい。ラブストーリーの中に書かれていたから定かではないが……どうする。知りたいなら、分かるだろ」


 睨むようにアベルを見ていたルーズベルトだったが、少ししてアベルに紙を渡した。


「分かりました。条件をのみましょう」


「……一週間後にまた来い。おまえが条件をのんだという状況が見られたとき、俺はこれについて教えてやる」


 アベルは紙を受け取ろうと掴んだのだが、引っ張ってもルーズベルトの指は離れなかった。まだ迷っているのだろう。力が入っている。


 しかしすぐあと、するりとルーズベルトの指がほどけた。


「いいでしょう。一週間後、また訪れます。次はおそらく……候補者の顔合わせの日程についてもお伝え出来るかと思います」


 ルーズベルトはためらいながらも、渋々アベルの部屋を出て行った。


 ルーズベルトの足音が遠のく。しかし足音の方向的に、カインの部屋に向かったようだ。どうせアベルのときと同じく、「何かをしていないか」と確認でもしているのだろう。もっともカインは普段の演技のおかげで、アベルほど疑われることはないのだろうが。


「これ、あの落としたときのやつだよなぁ……失敗した。あの衛兵、殺しておくべきだったな」


 ベッドに横になったアベルは、ルーズベルトから受け取った紙を見上げて独り言ちる。


 下手くそに書かれた図形のような、文字のようなそれ。これを誤魔化すための設定を考える猶予は一週間だ。


「どういうシナリオにすればいいか……ああ、これを元にあいつを脅せばいいんじゃないか?」


 カインに対し「俺の呪いについてすべて教えなければおまえの正体をばらす」とでも言えば従うだろう。


 しかしリスクは高い。カインの力についてアベルは把握しきれていないし、アベルが邪魔になったからと何らかの手段で排除される可能性もある。敵対関係になるよりは、このまま協力関係であるほうがアベルの目的が早く達成できることは確かだろう。


(……仕方ない、むしろシナリオを一緒に考えてもらうか)


 廊下から、ルーズベルトの足音が聞こえた。どうやらカインへの確認も終えたようだ。その足音が正しく離宮から出て行く方向に遠のいたのを聞き届けて、アベルは隠し通路に入った。


 しかし。


「あら、汚くて狭い部屋ですこと。こんな部屋で暮らしておりますの?」


 カインの部屋の床を開こうとしたところで、カインの部屋から女の声が聞こえた。


 そして、ゴト、とアベルの真上から音が続く。どうやら何か物を置いたようだ。そしてその位置から「だれ、ですか」という、仮面をかぶったカインの声が聞こえたから、おそらくアベルが居ることに気がついて、出て来るなと椅子でも置いて座ったのかもしれない。


 アベルは意図を察し、床を開こうとしていた手を離した。


「まあ、わたくしのことをご存じないの? わたくしはレイティア・ベルマン。ベルマン侯爵家の長女ですわ」


「……カイン・シュナイゼルです」


「あらそう。ここに来たのには理由がありますの。ちょっと相談を聞いてくださらない?」


「……ぼ、僕にですか? 僕には何もできません……」


「いいえ。あなただからできますのよ。影が薄く、自信のないあなただからこそお願いをしたいの」


 扉の閉まる音が聞こえた。おそらくレイティアが部屋に押し入ったのだろうと、アベルは見当をつける。カインが演じるキャラクターだと、レイティアを押し返すことも出来ないのだろう。


「あなたに、サクリス・ウィッドニーを殺してほしいの。お金なら用意するわ。あなたが生涯暮らしていけるだけのお金を」


「……さ、サクリス様は、婚約者では……」


「おぞましいことを言わないでちょうだい! 誰があんな男! 大っ嫌いですわ、あの両想いを疑わない態度、いちいち鼻につく言動……幼い頃から邪魔をされ続けて、もう限界ですのよ。わたくしが恋をした人はみな、あの男に排除され続けましたわ。おかげでわたくしは嫁ぎ遅れ、あの男としか結婚が出来ないところまで追い込まれた。あの男と結婚するくらいなら死んだほうがマシですわ!」


 思ったよりもどうでも良い会話の内容に、アベルは退屈そうにあくびを漏らす。アベルでこれなのだ、カインなど内心うんざりしているのだろうなと、アベルは今頃演技を頑張っているのだろうカインに内心同情していた。


「これは命令ですわ、サクリス・ウィッドニーを殺しなさい。お金は成功報酬で後払いですわ。そしてこのことは他言無用、あなたには決定権などありませんの」


「だけど……僕に人を殺す手段なんて……」


「あら、それを考えるのがあなたの仕事ですわよ。……いえ、ですが、そうね……エヴァリーチェ大聖堂が爆発された影響で、精霊祭は中止の流れで動いておりますの。そうなると、候補者が顔合わせをするための場がなくなりますから、別でティーパーティーが組まれるという噂がございますわ。そこで、やり方を教えて差し上げます」


「……やり方、ですか……?」


「そう。あなたもわたくしのやり方をよく見て、よく考えてサクリス・ウィッドニーを殺しなさい。分かりましたわね」


 レイティアは強気に言い終わると、来たときと同じように、嵐のように立ち去った。


 少しして、ようやくアベルの上から気配が消える。床を開くと案の定、カインはいつものようにベッドに座り、アベルを待ち構えていた。


「モテるねぇ、まさかレイティア嬢が押しかけてくるとは」


 アベルもいつものように、先ほどまでカインが座っていたのであろう椅子に腰かける。


「ほかの候補者はサクリス・ウィッドニーと繋がっている可能性がありますから、絶対に誰とも繋がっていない僕のところに来たんでしょうね」


「そんで、話は受けるのか」


「そうですね……彼女がティーパーティーとやらで何を仕掛けてくるのか、それを見てから判断しても良いとは思います。利用価値があるのなら使うべきですから」


「そういう男だよ、おまえは……」


「それで、こっちに来たのは、何か進展があったからですか? ちょうど大聖堂の爆破もありましたし」


 カインのその言葉に、アベルはふっと目を天井に向けた。どこか遠い目だ。


 何かを察したカインは目を細め、問い詰めるようにアベルを見ている。


「……謝らないといけないことがある」


「聞きましょう」


 やけに間を置いて言われたその言葉は重く、アベルの心情を表しているようだった。


「……なるほど、つまり、大聖堂への依代の設置を失敗していたと」


 すべてを説明し終わると、カインはアベルが持っていた紙を受け取る。


 真ん中には下手くそな線で「爆」と書きたかった何かが記されていた。


「失敗ではない。ヘマをしただけだ。五枚とも貼り付けた。だがまさか……一枚落として、何とかなったかと思いきや、こうして俺に回って来るとは」


「それを失敗といいます。しかし、この件に関して主導権を握り、一週間の猶予を置いたのは良かったですね。なぜあなたは自分の存在を明かせと条件を出したんですか?」


 ひらひらと紙を揺らしながら、カインは静かに問いかける。


「俺が第一王子だと分かれば、動ける範囲も広がるだろ。両親が何を言おうと、衛兵に対しては今まで以上に言葉が通りやすくなる。たとえば王宮に行っても顔パスで入れるようになったりな」


「……目的は、王宮内の書庫ですか」


「そう、俺はとにかくこの呪いについて知る必要がある。さすがに王宮内の書庫には司書が常駐しているから、侵入してじっくり調べ物をするのは困難だろ。だから正攻法で入れるほうがいい」


「はぁ……僕に聞けば早いものを」


「おまえは条件を出してくるだろ。俺は手っ取り早く知りたいんだよ」


「そんなことを言いながら僕にこれの報告をきちんとするんですから、あなたも面白い人ですね」


 カインは控えめに笑いながら、持っていた紙をアベルに返した。


「おまえとは手を組んだつもりだ。変に隠しごとをして、変に疑われたくはない」


 アベルはため息交じりにそう言って、紙をポケットに突っ込んだ。


 そんなアベルをじっと見ていたカインだったが、静かにふっと目をそらす。


「……レイティア・ベルマンの件ですが、進展があったら報告します。サクリス・ウィッドニーを手に掛けるのなら、彼に心酔されている彼女の手を借りるのが一番ですから」


 もう話すことはない、とでも言いたげに、カインは珍しく、アベルの前で姿勢を崩した。


 いつもは姿勢よくベッドに腰かけているが、今は重心を後ろに置き、ベッドに手をついて寛いでいる。


 アベルはそんなカインの様子に「また来る。あの紙のことはうまく誤魔化しておこう」と言葉を残すと、隠し通路に軽やかに入った。

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