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最後の晩ごはん

作者: 口羽龍

 とある都内の葬儀場で、1人の老人の葬儀が行われていた。村田八蔵むらたはちぞうだ。今年は2025年、戦後80年だ。戦争を経験した人々は年々少なくなっていく。そんな中、若い人々がそれを語り継ごうとしているらしいが、記憶という物は薄れていく。だが、忘れてはならない。日本にはこんな過去があったという事を。


 八蔵は月島でもんじゃ焼き屋『セツ』を営んでいたという。そのもんじゃ焼き屋は今でも月島にあり、多くの人々で賑わっている。中にはこれを目当てにしている観光客もいるほどだ。


「おじいちゃん・・・」


 孫の太一たいちはおじいちゃんとの思い出を思い出していた。そんなに思い出はないけれど、クリスマスイブにプレゼントを買ってくれた。本当に嬉しかったな。


「本当に残念だったな」

「うん」


 喪主を務めた弟の五郎ごろうは八蔵の長男、作造さくぞうの頭を撫でた。作造は泣いていた。最愛の父が亡くなったからだ。だけど、八蔵が開き、頑張ってきたもんじゃ焼き屋の味を自分たちが受け継がなければ。天国で八蔵が見ているだろうから。


「おじいちゃんの思い出話で一番印象に残ってるのが、山梨に疎開になる前日の夜に食べたもんじゃ焼きだったんだ」

「そうなの?」


 作造は驚いた。こんな時世でも、こんなものを作ってくれたとは。その為にはかなりのものを売ったんだろうな。この頃は物資がなかなか入らず、食料がなかなか調達できなかったそうだから。


「ああ。お母さんのセツさんがもんじゃ焼き屋だったもんだから、明日、山梨に疎開する八蔵のために特別なもんじゃ焼きを作ったんだ」


 八蔵の母親は戦前からもんじゃ焼き屋を開いていたとは。だから八蔵はもんじゃ焼き屋を開いたんだな。その時は、天国のセツも喜んだんだろうな。そして思った。その店の名前は、最愛の母から取ったんだなと。


 それにしても、疎開で山梨に向かう八蔵のために、どんなもんじゃ焼きを作ったんだろうか? とても気になるな。


「そうなんだ」

「この頃は食材が不足していて、大変だったんだよ。そんな中で、ありったけの食材で作ったんだよな」


 五郎はその時の事を語っていた。五郎も同じ日に、八蔵と同じく山梨に疎開する予定だった。


「そうなんだ」

「結局、八蔵以外の家族は東京大空襲でみんな死んじゃった。八蔵はひとりぼっちで東京に帰ってきたんだ」


 だが、3月10日に起こった東京大空襲によって、家族はみんな死んでしまった。そして、戦争が終わり、東京に帰って来た時には、家族は誰もいなくなったという。


「そうだったんだ」

「で、八蔵さんはセツさんの開いていたもんじゃ焼き屋を再建したんだ」


 だが、八蔵と五郎はそんな中でも一生懸命頑張り、そしてセツと同じくもんじゃ焼き屋を開いた。店名は最愛の母にちなんで『セツ』と名付けたという。作造はその話をしみじみと聞いていた。太平洋戦争中、八蔵と五郎はこんな日々を送ってきたんだな。とても素晴らしいな。


「あそこのもんじゃ焼きはとてもおいしいな」


 参列した人々の中には、この店の常連もいた。もう八蔵が作るもんじゃ焼きを食べられないんだなと思うと、寂しく思う。だけどその味は、きっと作造が受け継ぐだろう。そして、その味はこれからも受け継がれていくだろう。


「それで、疎開する前日に作ってくれたもんじゃ焼きは『お母さんスペシャル』として販売してるんだ」


 それを聞いて、作造は驚いた。ずっと気になっていたメニューだ。一番人気ではないけれど、こういう意味があったんだ。ぜひ、戦時中の母の思い出とともに、食べてほしいな。そして、日本にこんな時代があったんだ、こんな苦しい日々があったんだ、そして、もうこんな戦争なんてしてはいけないんだと思いつつ、食べてほしいな。


「そうなんだ。あれはなかなかおいしいと評判だね。それに、そんなエピソードを聞くと、ますますおいしいと思うよ」

「そうそう」


 戦後80年、東京は、月島は変わっていく。そして、戦争の記憶は失われていく。だけど、戦争の記憶は誰かが語り継いでいかなければ。もう戦争を起こさないためにも。


「これからもこの味、続いてほしいね」

「うん」


 そして、もんじゃ焼き屋はこれからも続いてくだろう。その様子を、セツは、そして八蔵は天国から見ているだろう。これからどんな日々があるかわからない。だけど、この味がこれからも続いていきますように。そして、世界が平和でありますように。

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