し、柴闇金雀枝です。
シグネウィリトン剣術学院、そこでは剣術のみならず、体術から槍術、弓術などの、魔術以外の戦闘術を学ぶことが出来る。基本的な剣術学院では剣術のみを学ぶのだが、それがこの学院があるテリドール国中のみならず、この国のある聖教国大陸の中で一番と評される剣術学院である所以なのかもしれない。
そしてこの学院にはまた特徴があり、それはとてつもなく広いという事だ。
校舎の中心に鎮座した巨大な時計塔、その周囲は中庭となっており、またその周囲をぐるりと囲むように東西南北に授業を行うための本館がある。そしてその本館を繋ぐ通路は塔となっており、北東南東南西北西にそれぞれ建っている。
本館の西に訓練場が、東に別館が、北に闘技場、南に校門がある。それぞれ国を担う戦士を育成するために最高水準の設備が整っており、二十四時間、学生であれば誰でも使うことが出来る。
そして、その全てを僕は今から探索しないといけないというのだから、かなり酷な物だろう。
「あ、最初の人は図書館にいるから。」
「言うのかよ!」
早速始まった入部試験、僕とグレイは部室を出て廊下を歩いていた。僕が途方の無い人探しにため息を吐いていると、グレイが独り言のようにこぼした。
「言うのかよって…言っただろ私が案内するって……もしや、何もヒントが無い状態で探したかったのか?お前は生粋のドМだな。そんな事できるわけないだろ。だから私が付き添ってるんだが。」
彼女は呆れた顔をした。そんな顔をされる筋合いはない。だが、彼女が言ってくれるというのなら、この試験の難易度は本当に低いようだ。
という事で僕たちは図書館へ向かう事にした。図書館は本館東と南を繋ぐ塔の上階にある。
人でごった返す東館を抜け、南東にある塔、通称『知の塔』に到着した。一階には螺旋階段のみがあり、そこを上って二階に上がると見えてくる。
何故この塔が『知の塔』と呼ばれているのか、その所以が。
壮観だった。階段を上れば塔の壁一面に本棚があり、そこにぎっしりと隙間なく本が詰め込まれていた。
教頭先生の部屋で嗅いだ古本の匂いよりも濃い臭いが、僕の鼻の奥を刺激する。梯子が本棚に固定され、滑車によって移動させることが出来るようになっているので、どこからでもどの本を取ることが出来る。図書館には丸いテーブルや椅子が設置されており、棚から取った本をそこで読めるようになっている。
僕は別に読書家と言うわけではないし、図書館の構造に詳しいわけではない。だがしかし、この図書館は本を読む人間に殊更優しいもののように思えた。教室よりも、部室よりも、借家よりも、実家よりも、空気が清く心地良いものだったから。
だから僕は大きく息を吸い込んだ。
「何をしてる?自分に浸れるほどの余裕がお前にはあるのか?」
図書館に着いて一息ついている僕に、グレイが冷たい視線を落とした。どうして彼女はいつもこんな態度なんだろうと、疑問に思いはしたが、問いかけることはしなかった―――聞いたら聞いたらで面倒くさそうだからだ。
「別に余裕ない状況でもないでしょ。あと自分に浸ってなんかない。」
僕は図書館に備え付けの丸椅子に腰かけた。グレイは丸テーブルを挟んで僕の向かい側に腰かけた。図書館の中にはそこまで人は多くなく、体育会系の人間ばかりが集うこの学院ではありふれた光景に思えた。
グレイはその長く奇麗な銀髪をかき上げた。
「これはお前に言ってなかったことなんだが、今日中に全員分の判子をもらわないといけないし、もらえなかったらお前が入部するっていう話は無しになる。」
思わず吹き出しそうになった。
「それ本当に聞いてなかったんだけど、初めに言っておくべきじゃない?」
「だ、大丈夫ですよ。みんなオ、オリオ君に入ってもらいたいらしいですし…」
「ふーん…じゃあなんで入部試験みたいなのを行うのか教えてもらいたくはあるんだけど。」
ちょっと待てよと。僕が知らない誰かの声が、グレイとの会話に割り込んで来た。僕は声のした方を振り向いた。居た。金髪ショートメカクレ少女が。
彼女の持つ金色の髪は、つい数時間前に見た高貴な者と重なった。だがしかし、彼のような自信に満ち溢れた金色の瞳を彼女は有していなかった。どこまでも暗く黒い、生気が感じられない瞳は持っていたが。
「し、柴闇金雀枝です…二年生、じ、十七歳…す、好きなものはほ、本…と剣、嫌いなものはく、屈強な男の人です…」
どもりながら話す彼女。気が弱そうで、まるで子犬のように思えた。僕はともかく、グレイはこういう人種は苦手じゃないかと思うのだけど―――とグレイの方を見たら、彼女は目を見開いて口を半開きにしていた。僕が全く予想していなかった表情だ。
「な…なぜここに…?金雀枝…」
「えぇ?そ、そう言われてもえ、金雀枝は別に…ぐ、紅藕部長からは自由にしてろってい、言われて…だからここに居ただけ…ていうか…」
金雀枝はそう言って前髪を抑えた。人と目を合わせるのが苦手らしく、ずっと人の目を覗いてくるグレイとはやはり相性は悪そうだ。
というか、今のグレイの反応と金雀枝の発言からして、なんだか嫌な予感がしてきた。
「先輩方はここに描いてある通りにはいないっていう事か…!?」
グレイが慌ただしく呟きながら金雀枝に何か紙を突き出した。僕からはそこに何が描いてあるかは分からない。しかしおそらくそれは誰がどこにいるかのメモか何かなのだろう。でないと彼女らの発言に整合性が取れない。
僕としては、普段決して見ることのないグレイの焦っている姿が見れて、なんだか愉快だった。
「何にやついてるんだ。気持ち悪い。」
彼女の冷たい視線を浴びるのは果たして今日何度目か。もうすでに慣れたその刺激を僕が介す事は無かった。
「え、あの、い、言いすぎですよ…オリオ君が傷ついてもし入部してくれなくなったら…」
金雀枝は目を長い前髪で隠し、スカートの裾を伸ばしながら言った。伸ばすのなら元から短くしなければいいのに。
グレイは金雀枝の言葉を聞き、鼻で笑った。
「大丈夫だ。こいつはドがつく程のМだから。こういう物言いで心の内では悦んでいるんだ。まったく、悩ましい奴だろう?」
それを聞くと、金雀枝は髪で隠れていても分かるほど頬を紅潮させた。
「え、えぇ!?そうなんですね!?」
「違う!おいグレイ!好き勝手言うのもいい加減にしろ!それよりもお前、僕に言う事あるだろ!」
怒鳴り立てると、突如僕の左頬にビンタが飛んできた。バチンという音が図書館に響き、視線が集中する。誰にやられたかと思えば、それは目の前にいる金髪女だった。
「え、あ、すまっ、すみません!図書館でま、図書館では、あまり騒がないで頂きたいので…」
金雀枝は狼狽えながら言った。狼狽えたいのはこっちである。しかしそんなことは口に出さずに、僕は「……うん。」とだけ呟いて頬をさすった。というか叩かれた頬が痛すぎて、発言をこらえずともきっとそれしか言えなかっただろう。
「ほーら、ルールを守らないからそうなるんだ。それとも、もしかしてわざとか?このどえ…」
再び図書館内にバチンと言う音が響いた。
「あ、あの、さ、先程から…公共の場で…下品で…」
「……うん。」
グレイは頬をさすりながら呟いた。
そしてまた、図書館にバチンという音が響いた。今回は僕もグレイも頬をぶたれてはいない。
「……うん。」
金雀枝の頬が赤く腫れていた。おそらく自分で自分の頬をぶったのだろうが、僕はもちろん彼女の行動が理解できなかった。しかしやはり魔術研究サークルには普通の人間がそろっていないんだなと実感することは出来た―――したくなかったが。
「あ、ていうかグレイ、僕に何か言う事あるでしょ。」
「あぁ、私の読みが外れた。これを見てくれ。」
そう言って彼女は茶色っぽい紙を差し出した。感触的に羊皮紙のようだ。
紙には一言『ここにいる。』の文字と、その下に校舎の上から見た全体像が描かれている。真ん中に大きな丸があるが、これはおそらく時計塔だろう。この紙のいたるところにバツ印が描かれており、今僕たちがいる『知の塔』にあたる場所にもバツ印があった。
「このバツ印の…隣に小さく数字が書かれているだろう?」
グレイが『知の塔』のバツ印の隣を指さした。僕と金雀枝は指さされたそこを凝視した。確かに小さく『1』と書かれている。他の所にも同じ様に番号が振ってあり、最大で『47』まであった。
「この順番通りにいけばおそらく全員見つかると思ったんだ…そして普通なら一番最初は頼りになる先輩が待ち構えているはず…なのに寄りにもよって金雀枝なんて…」
グレイは顔を顰めながら呟いた。そんなに嫌なのか。別に仲が悪そうには見えなかったが。
「でも金雀枝さんがいたっていうならその紙はそこまで間違ってるわけじゃないんじゃない?」
部員がグレイを抜いて四名だとして、無駄に四十三個もバツ印があるが。