二浪
唐突に、背後から何者かの声がした。
「おい、あれって噂の二浪系ラーメンじゃねぇか?」
その何者かに、別の何者かは呼応する。先に喋り始めたのをA、後に話し出したのをBとしよう。
「あ、あれは…出される奴は肉体的練度が足りておらず、食堂のおばちゃんに留年しそうって思われていて、それを食で何とか回避させてあげたいというおばちゃんの母のような思いやりと不器用さゆえの不格好な山盛りで留まるところを見失った、超特大野菜マシマシマシラーメン~極厚焼豚とアブラニンニク、極太ワシワシ麺を添えて~じゃないか!」
少し気分が高まった様な声で、AはBに問いかける。
「どうして二浪系ラーメンって呼ばれるようになったんだ、その“出される奴は肉体的練度が足りておらず、食堂のおばちゃんに留年しそうって思われていて、それを食で何とか回避させてあげたいというおばちゃんの母のような思いやりと不器用さゆえの不格好な山盛りで留まるところを見失った、超特大野菜マシマシマシラーメン~極厚焼豚とアブラニンニク、極太ワシワシ麺を添えて~”は!」
Bはそれに喉を鳴らして調子を整えながら答える。
「そのラーメンが出された奴は高確率で二回留年して、加えて命名者が浪人と留年の違いを知らなかったからテキトーなネーミングになったらしいぞ、その“出される奴は肉体的練度が……”」
そうだったのか、僕は肉体的練度が足りておらず、食堂のおばちゃんに留年しそうって思われていて、それを食で何とか回避させてあげたいというおばちゃんの母のような思いやりと不器用さゆえの不格好な山盛りで留まるところを見失った、まさにおばちゃんの愛情の結晶とも呼べるその超特大野菜マシマシマシラーメン~極厚焼豚とアブラニンニク、極太ワシワシ麺を添えて~を食べていたのか!
毛嫌いしていてごめんなさいマラマンさん。でもあなたの愛は不器用がすぎます。まず僕はこれを運ぶことができないから、毎日手が空いている人に運んでもらってます。せめて運べる重量のものを出していただきたいです。
僕は隣でパンとベーコンエッグをもらっているグレイに耳打ちした。
「ねぇ、これ運ぶの手伝ってくれない?焼豚一個あげるから…」
「運んでもらって食べてもらって、お前は狡い奴だな。私は手を貸さないからな。」
そう言って彼女は歩き出すので、仕方なくいつも通りそこらへんで飯を食べている屈強な人達に話しかけた。
「すいません、二浪ラーメンちょっとあげるので、運んでもらってもいいですか?」
すると、その人たちが返事するより早くグレイが僕のもとに戻ってきた。
「私が運んでやろう!見返りはいらないから!さあ!」
彼女は配膳の台から片手でひょいと二浪ラーメンを持ち上げると、食堂の端の方へ勝手に運んで行った。手を貸さないと言ったのに運んでくれるとは、僕には彼女が何を考えているのかよく分からなかったが、いちいち考えていても仕方がないのでグレイの後を追った。
席にいた彼女はうっへっへと笑っていた。
「これでズルはできないぞオリオ・ベルベティオ…!」
「え?ズルって何が?」
「とぼけても無駄だ!お前は運んでもらったお礼と銘打って、自分が食べる量を減らしているんだろう!」
あまりにそれが悪いことのように言うので、僕は知らないうちに何かしら罪を犯しているのかと思ってしまう。他人に食事を分けてはいけないというルールはなかったはずだけど。
「まあいいや、いただきます。」
僕は山の攻略に取り掛かった。お盆を取った時に追加で取っておいた皿に、野菜を避難させる。初心者は上から何とか崩そうとするが、それではこの霊峰は揺るがない。野菜だけ先に食べていたら、いつまでも変わらない味と食感に飽きてリタイアしてしまう。一流のニロリアンはバランスよく食すのだ。そして味に飽きがきたら、卓上調味料で好きなだけ味変すればいい。食べ方に無数の可能性を残したまま食べ勧めるのが最も聡い食べ方である。
「いやちょっと待って。お前はそれを食えるのか?」
「え、うん。始めはきつかったけど今はもう慣れたから。」
グレイはそれだけ聞くと、馬鹿みたいに呆けた顔でどんどんと崩れていく山を見ていた。食べたいのだろうか。でも「私は手を貸さない」と言っていたのでそういうわけじゃないんだろう。
やがて僕の皿には液体のみが残り、本体は全て胃の中に納まった。
「じゃあ先に失礼するね。食べるの遅いと嫌われるよ?」
彼女はそう言われるとはっとして、しなしなになったトーストに、すっかり冷めたベーコンエッグを挟んで一気にほおばった。そんな食べ方じゃ味を楽しむこともできないだろうな、と思いながら、僕は下膳して食堂を出た。
二浪系を食べたら念入りに歯を磨かないといけないので、僕は急いで人気がない水道へと向かった。
☆☆☆
「おい、オリオって言ったよな、お前。」
廊下の水道で歯磨きをしている真っ最中の僕に話しかけてくる人がいた。三人組で、二人は茶髪、真ん中にいる一人は金髪だった。金色の髪は高貴な身分の証、つまり貴族だ。
別に金髪でなくても貴族はいるのだけど、庶民で金髪の人間はいない。彼は金色の髪に加えて金色の瞳を持っているので、貴族の中でも偉い方なのかもしれない。つい最近まで郊外の一軒家に居て、世間一般の常識をほとんど知る機会がなかった僕には、貴族と平民の違いなど生まれた家の違いくらいしかないと思っているけれど。
「ふぁい、ふぁんふぇふふぁ?」
「はい、なんですか?」と返したはずだったが、何せ歯磨き中だったのでうまく言う事ができなかった。それを見た従者一が、僕に向かって怒りを露わにしてきた。
「お前…バース様に向かってよくも舐めた態度を…!」
「まあまあ落ち着きなさいニーマン。品が無さすぎます。オリオさん、私はこの方、バース・グウェンカ・テリドール様の従者を務めさせていただいておりますフレッチャーと申します。こちらはニーマンと申します。以後お見知りおきを。」
従者二はそう言って頭を下げた。こういう人の前で無礼な態度をとるとなんだかやむにやまれない気持ちになるので、僕は急いで歯磨きを終えた。
「僕はオリオ・ベルベティオと申します。僕に何か用でしょうか?」
「おい今更取り繕うな。お前が演習中に魔術とかいう卑怯を行う奴だってことはクラスの全員に知れ渡ってんだからな。」
この金髪の、バースとか言う貴族はその従者、ニーマンと同じように僕に対して乱暴な物言いをしていた。しかしフレッチャーという従者は、これを抑える素振りも見せないが、それも仕方ないことだろう。
何せ二人の関係性は貴族と従者、生意気な口を聞いたら首が飛ぶ。普通の価値観の貴族様ならそんなことしないだろうが、残念ながらこのバースとかいう奴はたぶんする。そんな気がする。常識が無くて、自分が絶対だと思っている我儘な子供だろうと、直感的に思える。
そしてその子供っぽさという物には、簡単につけこむことが出来る。
「確かに魔法を使ったのは狡いことだと僕も思います。けど、果たして戦場で同じことが言えると思ってるんですか?」
そう言うと、ニーマンとバースは面食らったような顔をした。
「僕はただの演習も実戦のように考えて意識しながら取り組んでいるんです。ついつい本気を出したみたいな感じで、魔法を使ってしまったんです。」
「そ…そうだったのか…確かに実戦を意識した方が良いには良い…オリオ君…君も弱いなりに頑張っているんだな…でもまず基礎が足りてないと俺は思うね。」
簡単に懐柔できた。教頭が言ったことを同じように言っただけなのに。それだけあの人が良いことを言ってるのか、この二人が子供すぎるのか。ていうかなんでニーマンも面食らってんだ。
「そうだ!オリオ君、今日の放課後とか一緒に肉体づくりに励まないか?高いモチベーションを持つ同志同士で磨き合うこと程良いことはないだろう?」
僕がそこまで悪い奴じゃないという事が分かった瞬間にこの変わりよう。少しだけ怖くなってきた。そして彼は僕に自分を磨くモチベーションがあるとでも思っているのか。いや、そう思わせる発言をしたのは確かだ。ならば責任を取らなければならないけれど…
「放課後はちょっと…グレイドールさんに連れられてサークルの見学に行かないといけなくて…」
「へー…どんなサークルなんだい?」
「魔術研究サークルです。」
そう言った瞬間、従者二人の目の色が変わった。普通の級友に向ける、特に何か特別な感情もない目から、奇妙で理解しがたいものを見るような目へ。