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ようこそ!魔術研究サークルへ!  作者: 蓮根三久
入部試験編
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暴力という言葉について

 大教室には机が雛壇型で並べられており、続く扉はその一段目にしか存在しない。そのため、遅刻してくるという観衆の注目を浴びる行為をした僕に、横から上からと視線が集中した。まるで視線の槍に腹を突かれたような衝撃に、僕の心臓は一瞬機能を停止したような感じがした。


「遅刻してきた学生はこの紙に名前と学籍番号を書いてください。」


 眼鏡をかけた痩せぎすの教授がこちらをちらりとも見ずに言った。他の学生は僕のことをガン見しているというのに。


 僕は教壇に置かれた白紙に数字と名前を書き、雛壇の一段目の席に座った。背中を無数の視線の矢が刺してくる。


「なぁ…あいつ…剣術演習で魔法使ったらしいぞ…」


「相手はあのグレイドールさんだろ…?奇麗な顔に傷でもついたらどうしてくれんだよ…」


「やめとけよ…顔は良くても中身は終わってんだからよ…」


 周囲の囁きが、ひどく大きく耳障りに聞こえる。元からクラスでは浮いていたのだから、今更気にしてもしょうがない。


 教授は黒板に様々な剣術動作に関連した単語を書き連ね、たまに剣を振って動作を見せてくれている。それを真面目に聞きながら板書を取る者もいれば、教室の後方の席で不真面目にも雑談をしている輩もいた。


「ひどくない?普通にやばいんだけど…」


「てか、剣術学院なのに魔術使っていいの? もしかしてあいつ、魔族とかじゃないの?」


 魔族、それは人類に敵対する悪の種族。相手からすればこちらが悪の種族になるのだろうが、だが僕らは積極的に世界侵略とかしようとしていない。


 いわれのない噂をその背に受けながら、僕は静かに板書を取り始めた。基礎剣術学の授業では、文字通り剣術の基礎を教えられる。僕に今一番欠けている物だ。これが無ければ成績優秀者になんてなれるはずもない。


 僕が板書を取っていると、前にいる教授がしびれを切らしたように、チョークを机に置いた。


「あのね君達、さっきの演習見てたよ。よくもあんなふにゃふにゃな剣を打てるもんだ。散々言っていただろう。剣の角度、手指の使い方、ていうかそもそも剣は小手先で振るう物じゃないと何遍言ったらわかるのかな?君達は。そんな蒟蒻みたいな人間は、郊外に出たら途端に獣共の餌になるのみだ。分かったらその後列の騒がしい君達は、少しくらい真面目に授業を受けた方がいいんじゃないか?」


 彼は眼鏡を整えながら言い放った。


 先生の有難い叱責を受け、雑音は見事に鎮静化した。ついでに僕の背中を突き刺していた矢のような視線も先生の方に集中し、僕はひたすら彼の手腕に心の中で賛美と感謝を送っていた。


 そしてこの一騒動が終わったころに、教室の扉が開いてグレイドールが入ってきた。彼女は周囲のことをまるで気にすることなく、教壇に置かれた紙に自分の名前を書いて僕の隣に腰かけた。その一連の行動で、再び僕に視線が刺さった。勘弁してほしい。


「…ねぇ、グレイドール。」


「グレイと呼べ。友人は皆そう呼ばせている。」


 別に友人と言うわけではないのだけど。ていうかいつの間に僕は友人になったのか。ていうかグレイに果たして友人という奴はいるのか。というか、呼ばせているって何なんだ。


 頭に疑問ばかりが浮かんだが、とりあえず、僕は先生に指摘されないように小声で会話を続けた。


「グレイはなんで隣に座ってきたの?」


「授業中は私語厳禁だ。席が空いてたから。」


 ちゃんと答えてくれるのか。いや僕が知りたかった答えになってない。席が空いてたからというのは、元々僕の隣に座りたいと考えていて、加えて僕の隣の席が空いていたから、座りました、という意味なのか。いやそんなはずはないか。


「ほかにも席は空いてるけど?」


「黙れ。」


 グレイは黒板の方を向いて、静かに呟いた。


 僕としては、そんなに強く言わなくてもいいんじゃないかなと思いつつ、彼女の命令に従う事にした。



 そんなこんなで昼休憩、一時間程度時間が与えられるので、この隙にあのサークルの部室に行くことはできる。しかし、あの紅藕部長は放課後に来てと言っていたので、この時間はいつも通り学生食堂、通称“学食”に行くことにした。


 学食はかなり広い。四学年四クラスのほぼ全員がここに集結するので、その広さがあまり感じられないけど。


 周囲は筋肉質な奴らしかいない。それもそのはずここは剣術学院。剣を極めるにはまず体を極めなければならない。四年生は皆揃って筋肉質だ。そしてそれを作り上げたのがここの食堂だ。ここで出される食事は栄養バランスから量から、すべてを考えられて作られている。実質的に将来国を守る騎士候補達の育成所であるので、当然と言えば当然だ。


 ただ、僕はあまりここの食堂が好きではない。


 僕はお盆を持ち、それに箸と皿を乗せ、食事を待つ列に並んだ。


「あっらぁ!オリオ君!あなたちゃんと食べてるの?相変わらずレイピアみたいな体しちゃって!」


 唐突に声をかけられ、横を向くと快活な声で首の肉を揺らしながら話す女性がそこにいた。この学校の食堂の管理を任されている食堂長という役職についている方だ。


「どうもマラマンさん。今日は量少なめでお願いしますよ?」


「あっはっはっは!いいよ!」


 毎回そう言って馬鹿みたいな量を出してくるのがムース・マラマンという人だ。嫌がらせなのか善意の押し付けなのか、どっちにしてもこちらからすれば迷惑でしかない。だから食堂は苦手なのだが、ここ以外にご飯を食べれる場所が見つからないのでここに行くしかないのだ。


 続いてマラマンは僕の後ろを見た。


「あらグレイちゃん!相変わらずいい体してるわね!」


 それを聞いて振り返った。整った顔と銀髪が目に入る。ついでに彼女と目が合った。


「え、なんでここに…?」


「ご飯食べに。」


 そりゃそうだった。聞くまでも無かった。あまりに奇妙で不意打ちのように感じたので反射的にそう問いかけてしまった。反省反省。


 僕とグレイに何か関りがあると思ったのか、マラマンは僕も巻き込んで話を始めた。


「まったく、オリオ君もグレイちゃんを見習っていっぱい食べて大きくならないとよ?グレイちゃんもそう思うでしょ?」


「え、お前ここの学食食べてるのにそんななのか?まさか残したりしてないよな?」


 僕は、彼女の疑うような視線と、言い方が鼻についた。


「お前って言うなオリオだ。僕が学食を残してない証拠はマラマンさんが証言してくれる。」


「確かに残してないわね。偉いわよ。」


 その証言を聞いて、グレイは「そうか」とだけ言い黙った。「疑って悪かった」くらいは言って欲しいものだ。


 列が動き、僕は食事が配膳されるカウンターまでたどり着いた。その瞬間に、僕の持っているお盆にドンと“山”が置かれた。高く積み上げられたもやしやキャベツ、その塔を支えるように、もたれかかるように三枚の極太焼豚が載せられ、焼豚と焼豚の間にはニンニクとアブラがぎゅうぎゅうに詰められている。


 これを始めて見たとき、僕は暴力という言葉について、今一度考え直していた。


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