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ようこそ!魔術研究サークルへ!  作者: 蓮根三久
入部試験編
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ようこそ魔術研究サークルへ――④

 灰色で長ったらしい廊下を、廊下の色より少し明るい色で、廊下と同じく長ったらしい髪の女と並んで歩いていた。


 先ほどの授業が一限、今は一限と二限の間にある休み時間中だ。二人そろって教頭室から次の授業の場所に向かっているところだった。


 ついさっき、二人していい感じに和解のようなことをしたはずだったのだが、僕はというと、今すぐにでもここから逃げ出したいと思っていた。


「ところでだが、オリオはどうして教頭の部屋に居たんだ?」


「あぁ、演習の時に魔法を使ったことに関して怒られてたんだよ。」


「ふーん…」


 これである。気まずい。少し会話をしたかに思えば、すぐに二人は黙って、また会話をしたと思えば、長くは続かなく、静寂が二人を包んでいた。


(いや…これも我慢しなければ…この空気に耐えられるようにならないと、僕はあと二年弱の学校生活に耐えられるはずもない…)


 気まずい空気に耐えるのではなく、変えることが正解であるという事に、彼は果たしていつ気付くのだろうか。少なくとも今ではないとして。


 そして、気まずさに耐えるために全霊を尽くしている彼は、知らない場所に連れてかれていたという事実に道中で気付くことができなかった。


「着いたぞ。」


「確か次の授業は基礎剣術学だよね。一階の大講義室でやる…」


 オリオは、目の前にある扉の小ささに驚愕した。大講義室の扉はおよそ三メートルあり、見上げると首が攣ってしまう。しかし目の前にある扉はどうだろう。ちょうどグレイドールと同じくらいの高さだ。つまり一・八メートルという事だ。


 何か変なテンションになっていた僕の頭は、「僕、いつの間にか大きくなったんだな」と意味の分からない勘違いをしていたが、頭の中で「そんなわけないだろ」とツッコむことでやっといつも通りの冷静さを取り戻した。


「え、ねぇ、ここどこ?」


 周囲はなんだか薄暗く、壁や床にはヒビが入り、そこかしこにここで激しい戦闘があったのだと思わせてくれる痕跡が残っている。ついでに、今から入ろうとしている扉には「魔サークル滅ぶべし」とか「剣で語り合え」とか「廃部しろ」とか落書きされていた。


「え、マジでどこだよここ!?」


 そう叫ぶ僕を無視して、グレイドールは扉を開けた。


「さ、どうぞ。」


「どうぞって何!?次の授業は!?」


 彼女は僕の腕を掴んで部屋の中へ引っ張った。ものすごい力だ。教頭よりもはるかに強い。僕はなんだか怖かったので、それに本日二度目の必死の抵抗をした。


「それを気にする必要は無い。ほら早く。」


「いやあるに決まってんだろ!」


 最終的に、抵抗むなしく僕はその教室に連れ込まれてしまった。連れ込まれるというより投げ込まれるの方が状況的には正しい。僕は文字通り教室内に投げて飛ばされたのだから。


 地面に顔から着地した僕は、まだ自分の首と右手が胴体に繋がっていることを確認しながら立ち上がった。


 部屋は、あまり広くはないが狭くもなく、少人数での活動には最適と言える大きさをしていた。明かりは点いていないのか薄暗く、部屋の中央には長机が二つ並べて置かれており、それに沿って数脚のパイプ椅子が並べてあった。そして、部屋の奥にはこの部屋に似合わない高級そうな木製の机と、つい先ほど教頭室で見たのと同じくらい高級そうな椅子がこちらに背を向けて置かれていた。


 彼女が僕を空き教室に連れ込む理由など、僕は一つしか考えられなかった。


「…ねぇグレイドールさん、どうして僕をこんなところへ連れてきたん…ですか?あ、もしかして魔法を使ったことを怒ってる?だとしたら本当にごめん。あの時はかなり追い詰められてたからつい…」


「ほう、君は魔法を使えるというのか。」


 突如として、低い男の声が部屋に響いた。僕はてっきりこの部屋にはグレイドールと二人きりだと思っていたので、びっくりして体が固まってしまった。


 奥に置かれた高級椅子がゆっくりと回転し、そこに座した人物と僕は目が合った。


「ふむ、剣術学院に魔法使が入学…か。君は晨曦(チェンシー)にでもなりたいのかい?」


紅藕(ぐぐ)部長、今更新入部員相手に取り繕っても意味ないだろう。無理にかっこつけるのはやめた方がいい。ていうか私から見るとあまりに滑稽———」


 紅藕部長と言われた男は、罵倒を続けようとするグレイドールに手を向けた。すると突如として、彼女は黙りこくってしまった。


 僕としては、ここで彼女が黙ったことが疑問でしかなかった。なぜなら、彼女は人の制止を無視して無理やり我を通そうとする奴だから。


(あのグレイドールが従う…偉い人か何かなのか?)


「ちょっとした邪魔が入ってしまったが、改めて…」


 紅藕はグレイドールに手を向けたまま、こちらに微笑みかけた。


「私はこの魔術研究サークルの部長、帳太刀とばりだち紅藕ぐぐという。オリオ・ベルベティオ君、ようこそ魔術研究サークルへ。」


 暗い部室、低く響く声、黙ったままのグレイドール。どこか重い空気を肌に感じる空間であったが、しかしそんな部屋でも明るさを放つものはあった。


 それは紅藕の頭皮であった。どこか物寂しいという一点では、この部室の雰囲気に合っているな、と僕は無礼ながら思った。


「え、あの、なんですか魔術研究サークルって…」


 あまりの急展開に動揺を隠しきれない僕に、紅藕は首をかしげてグレインドールの方を見た。


「グレイ君、もしかしてなんだが、何も事情を説明せずにここまで連れてきたとかいう、そういうわけではないのだろうな?」


「いやそうだが、紅藕。」


 その返答に、輝きを放つ頭を持った男は、思わず頭を抱えてしまった。パチンという、肌と肌がぶつかる音が静かな部室に響き、少し笑いそうになった。


「じゃあなんだ、私はこの少年にこのサークルの全てを一から教えてやらなきゃならんという事か?授業まであと二分とないこの時間で?てっきりもう入部のサインまでして、私に印をもらうために呼んだのだと思ったぞ。」


「そんなことあるわけないだろ。まぁでも遅刻の心配はいらない。私とオリオに関しては次の授業に遅れてもおそらく問題ないからな。」


 前の授業で僕は教頭に連行され、グレイドールは保健室に送られたので、たとえ遅刻しても事情を分かっている人ならばそれによるものだと解釈してくれるだろう。


「…とことん扱いが雑だな…他人の気持ちと事情の分からなさと口の悪さは現状の一番の課題だよ、グレイ君。」


 そう言うと、紅藕は立ち上がり、僕の前まで歩いてきてとある紙を手渡した。それは三つ折りになっており、普段授業の板書を取るときに使う物より硬い感触がした。そして紙の表には「魔術研究サークルパンフレット」と妙にカラフルな字で書かれており、その周りには独特なセンスが溢れた動物(?)の絵が描かれていた。


(…なんだこれ…犬…?にしてはでかいし…でも多分四足歩行だよな…魔獣…?なんでこんなに目が飛び出てるんだ…しかも「たのしいよ…」って言ってるし…)


「大体はそれに書かれているから、読んだ後にまた放課後ここに来ると良い。あ、そのパンフレットはグレイ君ともう一人の部員で作った物だ。味があるだろ?」


「味があっても不味かったら意味ないと思うんですけど……」


 僕は不満そうにそう呟きながらパンフレットをズボンのポケットに入れた。しかし、隣に立つグレイドールが経った今しまったパンフレットを取り出した。


「おい、せっかく作ったんだから折り目をつけるな。作った人の気持ちを考えろ。」


「え、これにそんなに愛着湧く?」


「失礼な奴だ…」


 お前も大概そうだよ。と言うのは心の内に留めて置いた。これ以上何か言えば体が無事では済まされなさそうだ。


 そんなやり取りをしていると、授業の始まりを告げる鐘が鳴った。


「あーもう、遅刻確定だよ。とりあえずパンフレットは渡したから、放課後またここに来てね。」


 紅藕はそう言い残すと、駆け足で部室から去って行った。


「僕達も授業あるんだから、早く教室に行かない?行きません?」


 敬語とタメ口が混ざったしゃべり方をしながら、僕はグレイドールより先に部屋を出た。確か現在いる場所が校舎に東西南北で四つある棟のうちの西棟だ。次の授業は北棟の一階大教室で行われるので、僕はそこを目指して駆けだした。


 グレイドールはオリオに続いて廊下に出て、彼の背中を睨みつけた。


(普通…あんなに気丈な態度を取れるか…?あいつは明確に私に恐怖のような感情を抱いていたはず…それに今日の一件…よく平静を保っていられるな………)


 彼女は部室に戻り、パイプ椅子に腰かけて目を閉じた。腕を組んで、脚を組んで、首を傾けた。


「うーーーーーーーーーむ…………………悩ましい……」


 彼女はうなだれながらそう呟くと、目を閉じたまま全身の力を抜いた。


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