三位一体
数時間前、聖教国の上空を、灰色の雲が移動していた。その雲の上には、魔王を討伐するためのパーティメンバーが搭乗していた。
「私は生まれつき、聖石を自在に操ることが出来る。大量の聖石があれば、今みたいに大人数を乗せて飛ぶことも可能だ。」
柄だけになった剣を持ちながら、彼女は言う。
剣術学院、その建物の表面には、これでもかというくらい聖石が用いられていた。あくまでコーティングのようなそれは、テリドール国の王都を覆いつくす巨大な魔法封じの結界、それの触媒として利用されていたのだとか。
彼女が板剣を解放した拍子に、学院全体の聖石が扱えるようになったのだと語っている。
「というか、本当に連れてきて良かったの?紅藕。」
と、グレイはバースとサンダスの方をちらりと見ながら言う。紅藕は何だか自信満々に、胸をドンと叩いた。
「すっごい心配。」
「じゃあダメだろ。何考えてるんだ。」
いつもの事だが、いつも通り、グレイは紅藕に呆れてしまう。紅藕という人物は、割と自己中心的な奴で、それをサークルの者は理解しているけれど、流石に人の命がかかっている場面でこの判断は、流石に誰しも失望せざるおえない。
しかし、紅藕は変な自信を持っていた。
「バース君は結局、五芒星の会得には至らなかったし、サンダス君の方は父に比べて弱すぎる。だがまあ―――」
ちらり、と紅藕はバースの方を見た。バースはそれに気付かない。
「見どころはあったかな。」
なんて、誰にも聞こえないように、紅藕は呟く。そして、ディアンの方を振り返った。
「最悪の場合、ディアンが何とかするから大丈夫でしょ。」
「お前な……」
眼鏡を整えているのか頭を抱えているのか分からない姿勢で、ディアンは小さく息を吐いた。
そんな彼らの方に、グレイが振り返る。
「おいお前達。着いたけど……待ち構えているぞ。」
瞬間、グレイ達が進む予定だった空に、火炎が放たれる。あと少し止まるのが遅かったら、瞬時に黒焦げになっていただろう。話に聞いていた通りならば、地上にいる白黒の二体の魔族がメスピアとガナードで、茶色の髪をした魔族が正体不明、未知数な存在なのだろう。
「じゃあ、予定通り、俺とサンダスとディアンさんが先陣を切ろうか。」
そう言って、バース達三人は、灰色の雲から飛び降りた。この雲は大した高度で飛んではいないので、訓練された人間であれば飛び降りても少し痛いくらいで済むだろう。
なんて考え事をしていると、そんなグレイの下に、何者かが飛んで、斬りかかって来た。その凶刃は、彼女の肌に触れる既所で、黒い太刀によって防がれた。
「どうも、お久しぶりです。ところで、止まっていただけませんかね?」
「金雀枝、突き落とせ!」
命令通り、彼女はゲエルギボヌスの側腹部を蹴り飛ばし、灰色の雲から落とした。彼女もゲエルギボヌスを追って、雲から落ちる。それに続いて、紅藕も。
そうして進むと、彼女達は魔王城に到着した。雲から降りたのはグレイとリーベルの二人だけ。それ以外の仲間は、皆やるべきことをやっている。
目の前に聳え立つ魔王城、その入り口は、巨大な門で閉ざされている。
「リーベル先輩、離れていてください。」
グレイは言って、剣の柄を握りしめる。すると、その柄が成長を始め、次々に枝分かれをしていく。乗って来た雲は、その剣にまとわりつき、まるで木のように、葉や、実のような形で聖石が付着した。
「板剣―――解放。」
そう唱えると同時、木のように枝分かれをしていたその剣の、葉や実の部分は枝によって接合され、灰色の大剣が完成した。灰色の葉に、茶色い葉脈が走っているような印象を受ける大剣だった。
グレイはそれを扉の前で振った。瞬間、たちまち突風が起こり、リーベルは飛ばされそうになる。そして、ガラガラと大きな音を立てて、門は開かれた。
土煙が充満するその向こう側から、何者かが歩いて来た。
「マアソリャ、お前だろうと思っタヨ。こんな破壊をするのは。」
プティットゥは呆れたように言う。グレイは、板剣を肩に担ぎ、彼の下へゆっくりと歩いていく。しかし彼はグレイが来ると、その道を開けた。
「オイラは邪魔しない。オリオはこの先サ。とっとと行くんダナ。」
そんなことを言う彼に眉を顰めながらも、彼の横をグレイは通り抜けた。そして彼はまた、門の前に立ちふさがった。
リーベルはというと、両手を腰に当てて、まるで全く持って平静なようにしていた。
「どうしてグレイを行かせたのかな?君は。」
「……魔王がそう、望んだからサ。他の奴らは、マア、魔王のためダケで動いてはイナイみたいだケドナ。」
やれやれ、といったふうに両手を広げて首を左右に振る。リーベルは油断しきっている様に見える彼を討伐するための武器を、腰に付けた鞄から取り出そうとした。が、
「オイラの役目はお前を足止めするコトサ。」
プティットゥは、広げていた両手を上に掲げる。それに合わせて、彼の足元から草原が広がる。まるでどこかへ移動してしまったのかと錯覚してしまうくらい、リアルな草原、そして、二階建ての一軒家だった。リーベルはその家に見覚えがあった。
「サア、お前の記憶を見せてミロ。」
そう言って家の中へ歩いていく彼に、リーベルは底知れない恐怖を感じながら、続いて家に入った。
「……もう何回殺してんだろ、こいつ。」
紅藕はゲエルギボヌスの頭部を細切れにしながら呟いた。細切れにしても、数秒で元通りになるのに加え、本気を出して来たら流石に無事では済まないので、油断せずに殺し続けなければいけない。
事の顛末をまとめると、紅藕と金雀枝に迎撃されたゲエルギボヌスは、何度か紅藕と打ち合っていたが、その最中、突如として体が動かなくなった。何事かと後ろを向いたゲエルギボヌス、その影が、金雀枝によって踏まれていた。
「金雀枝の技術のおかげで、いや、そのせいで、あまりに淡泊な戦いになった。」
技術というのは、その人の今まで生きてきた証の様なものであり、その人を象徴する特殊能力の様なものである。なので、大半の人々はそれを持っている。身近なもので、リズベル教頭などが当てはまる。
金雀枝の技術というのは、彼女が他人の影を踏むと、その人物の身動きを取れなくすることが出来るというものである。実際の所、それほど便利なものではなく、対象を片足で抑え込めるほどの筋力が無ければ発動しない。つまり、油断していたゲエルギボヌス程度ならば、彼女は片足で抑えることが出来るということだ。
「あ、あの、紅藕さん、斬るのは頭だけで…斬りすぎないで下さいよ…?いや、信じてますけど……もしものことがあったら……」
「任せて任せて、斬りすぎない斬りすぎない。」
そう言ってよそ見をした紅藕の太刀、通称“帳太刀”は、ゲエルギボヌスの胴を真っ二つに分けた。
「あ、やべ。」
「紅藕さん!?!?!?」
金雀枝から、今後決して出ることがないような大声が出た。急いでゲエルギボヌスの影を踏みに駆け寄る金雀枝だったが、それを紅藕は制止した。
「ま、たまには本気で斬ってみたいからね。」
なんてことを呟いて、彼は太刀を顔の前に水平に構えた。
「―――――抜刀。」
紅藕が帳太刀の刀身をなぞると、たちまち太刀を覆っていた黒い何かがパラパラと剥がれた。そうしてそれは舞い上がり、二人を暗闇に囲い込む。紅藕とゲエルギボヌスは、その黒い何かで構成された領域内に閉じ込められた。
一方その頃、バース達はというと、それなりに順調に、彼女達を抑え込むことが出来ていた。ディアンはナックルダスターをその手に嵌めて、クレイダルに応戦していた。クレイダルはというと、氷の魔法を扱い、氷柱でディアンの体を何度も貫こうとした。その度に、氷柱は拳で砕かれるが。
「なかなか…キリが無いな…」
「それはこちらも同じセリフでございますよ。まだ学生ですのに、その力。ゲエルギボヌスを抑えているあの二人も、相当の実力者でしょうね。」
「お褒めにあずかり光栄…だ!」
彼は、クレイダル目がけて鉄の拳を振るう。しかしそれは、間に生じた氷柱によって、威力が限りなく減衰してしまう。彼女はチラと、他の二人の方を見た。すると、メスピアは生きているが、ガナードは首を刎ねられていて、何とか首に頭をくっつけていた。
「あの二人…油断しているのかただ弱いだけなのか…死に過ぎですね……私が死ぬことは無いから良いものの……」
「強者は何時だって油断に足を救われるんだぞ。」
ディアンは静かに言い放ち、クレイダルの胴目がけ、強力な突きを放った。それの威力はすさまじく、彼女の体には奇麗な空洞が空いた。
だが―――
「ああ、はいはい。そうですね。少し話してあげましょうか。今現在、魔族はここにいる五体のほかには、世界に三体しか残っていないのです。」
クレイダルは腹部に空いた穴を触りながら、平然と話した。ディアンはその様子がとても背徳的に思って、悍ましさを感じた。
「魔族というのは魔王様が直接作った者のみ。それ以外で人間に魔族と呼ばれているのは、全て私達から派生した別の生き物なのですよ。元の魔族は死ににくいのです。いくら生まれ変わると言っても、死んでしまうのは可哀そうだから、と魔王様が特別丈夫に作ってくださったので。」
と、クレイダルの顔があった位置に、ディアンの拳は打ち込まれた。
「会話をする余裕があるのか…!」
「ありますね。」
彼女はまるで冷たい氷のように、一切感情を波立たせない。それは果たして感情が薄いからなのか、それとも油断からなのか。ディアンは、後者であると判断して、その口角を少し上げた。
「奇遇だな。俺もあるぞ!」
と、彼は彼女の体に再び正拳を打ち込んだ。しかし、先程よりも威力は落ちていて、クレイダルはただ吹き飛ばされるのみだった。
いったい何がしたいのでしょう、と思考するクレイダルの耳に、ディアンの声が響く。
「バース君!今だ!」
「…えっ?」
一点目、メスピアの首。二点目、ガナードの首、三点目、クレイダルの首。
それら三点を結ぶ直線の斬撃。
「三角剣。」
それは、一瞬の内に起こった。状況を理解できていたのはディアンとバースの二人のみ。サンダスはバースの姿を目で追う事も出来ず、魔族の三人は空を飛んでいると勘違いした。
どさりという音と、視点が地面の上を回転して、ようやく彼女達は首を斬られたのだと理解した。
「え、な、どういうことですか?」
「ガナード?またあなた……クレイダル…?」
「し、や、斬られました……」
「はあ!?斬られたんですか!?あなたが!?」
「メスピアも斬られてますよ。」
「ガナード!あなたは黙りなさい!クレイダル!!早く…!」
「…どうして……こ、この私が…?」
「クレイダル!!!」
転がった首、メスピアの悲痛な叫び声を背に浴びながら、ディアンはバースとサンダスの方へ駆け寄った。バースはディアンが来ると、剣を鞘にしまった。
「ディアンさん、手助け頂いてありがとうございました。」
「いや、良いって事さ。俺も決め手に欠けていたから、助けられたのはお互い様というところだな。」
「え、終わった…のか?」
呆然と、サンダスは呟く。
「紅藕さんの言う五芒星の獲得には至らなかったけれど、三角剣は何とかモノに出来たんだ。まあ、もう足が痛くて使えないがね。」
バースは地面にへたり込んで、天を仰ぎ見た。肩で息をして、達成感に溢れた笑みを漏らしている。
サンダスは、彼らに背を向けて、俯いて、斧の柄を強く握りしめた。
「三位一体。」
と、背後から声がした。三人は同時に振り返る。するとそこには、先ほどまでいたメスピアとガナードの姿が無く、クレイダル一人が立っていた。そんな彼女もところどころ、先程とは違った様子で、髪が白黒になって、服も白黒赤になっている。
「私達は、元々一人。まったく、ここまで追い詰められたのは初めてですよ。褒めてあげます。」
ディアンは顔の前で拳を構えた。それは、引き攣った表情を悟らせないためなのかもしれない。バースは唖然として、もう立ち上がれない。サンダスは、ディアンの横に並び立った。
「さて、第二ラウンドと行きましょうか?」
間違いなくどうしようも無い状況だったが、しかしディアンは、一度任されたことは最後まで責任もって遂行する男だった。




