僕は生きてても死んでてもいい存在だ。
僕の周囲は嫌に暗くて、なんだか怖い。僕は柔らかな椅子に深く腰掛けて、目の前をただ見つめている。
目の前には、誰かの眼が映した暗闇があった。誰のものだろう、と一瞬思ったけれど、なんとなく僕のものだと理解した。
暗闇は、当たり前だけど真っ暗だ。なんにもない。ただ、音が流れている。静かな海の底で聞こえる何かの鳴き声のようで、また、活火山の天辺の振動のようでもあった。そしてそんな、ただの環境音のような音なのだけれど、僕はこれまたなんとなく、これが声だと理解できて、その内容も理解できた。
「この世界は、つまらない。だって真っ暗だから。もしかして、僕に目が無いのかもしれないな。じゃあ、目をつくろう。」
すると、途端に目の前の画面には、青い空と青々とした芝生が映しだされた。どこまでも続くようなその目の前の野原は、しかしなんだか遠くに感じた。
「やっぱり、僕に目が無かったんだ。目と、あと耳さえあれば、この世界ではやっていける。いや、移動が出来ない。でも、足や手を生やしたら面白い姿になってしまう。翼だ。翼をつけよう。」
背後からばさり、という音がして、画面には翼の一部が見えた。白くて、大きくて、柔らかそうだ。
「これでいい。じゃあ行こう。人を助けなければ。」
独り言を吐いて、飛んだ。青い空を羽ばたいて、近くに見えた村へ降り立った。
「これはなんと……ひどい。」
そこでは、やせ細った人々が、ボロボロになった家の外で、何人もぐったりしていた。きっと死んでいるのだろう。
「きっとお腹が空いていたんだ。やはり、動物はすぐ人間に狩り尽くされて、絶滅してしまう。もっと強い生き物を産めば、絶滅はしないし、きっと人間の良い食料になる。」
雲の方を見て、翼から八本の光を放つ。すると、世界に何かが破裂したような音が響いて、確かに変化が生じた。こうして世界に魔物が発生した。
「これで皆、飢えることはない。」
と言って、視点が切り替わった。赤くなった街、赤くなって道に倒れ伏す人々、そして、斧を携えた牛頭の半獣。それらが映しだされた。
「これは……なぜだ……」
人は確かに飢えなくなった。しかし、生み出した存在が人間に対して強すぎたので、逆に人間が滅ぼされてしまうかもしれなくなっていた。
「勘違いだった。人間は弱い。じゃあ、新たな力を授けよう。」
と、再び雲の方を見て、八本の光を放つ。また、何かが破裂したような音が響いて、こうして人々、いや、この世界に魔法というものが生み出された。
「これで皆、死ぬことは無い。」
と言って、視点が切り替わった。目線のすぐ下で、剣を持った人々、杖を持った人々、斧を持った人々、弓を持った人々、彼らが彼ら同士で戦い合っている。剣術で、斧術で、弓術で、そして、魔術で。
「どうしてなんだ。どうして。どうすればいいんだ。」
画面がぼやけて滲む。作った目から直接涙が出ているようだ。そんな液体は翼によって拭われた。
「分かった。僕が、人類共通の敵になろう。そうすれば、皆手を取り合って、平和だ。」
その瞬間、戦場に降り立った。その存在、つまり僕は、体が大きな黒い靄で作られていて、巨大な目と耳が一つずつ、取ってつけたようについていて、背には八枚の翼が生えていた。
僕は、翼を動かして、強力な突風で彼らを蹴散らした。そして、黒い靄の中から、人間の唇を作り出して、動かす。
「僕は魔王。魔物を統べる王だ。世界を滅ぼすために、この世に発生した存在だ。今日は宣言しに来ただけだ。命は取らない。少しづつ、君達の領土を奪ってやるから、頑張って対抗するんだな。」
そう宣言して、羽ばたいて、雲の上に消えて行った。彼らがどういう選択をしたのかは、すぐに分かる。
視点が変わった。目の前には、黒い肌の人々が立っている。ここは僕の作ったお城で、外から見たら禍々しい様子をしている。
「君達はこれから、魔族だ。僕の手となり足となってもらう。だから、絶対に人は殺しちゃいけない。人が皆、平和に生きられるように、僕達は戦うだけだから。君達が死んでも、生まれ変われる。だから安心してほしい。」
魔族達は静かに、僕の方を見つめていた。その視線からは忠誠心以外の何も感じられない。少し怖かった。
「一番大きい聖教国から侵攻しよう。皆、頑張ろう。」
魔族達は、その宣言に雄叫びを上げて、そして、また視点が変わった。僕の目の前にクレイダルによく似た女性が立っている。
「魔王様、最近、この世界に嫌な雰囲気を感じ始めたのですが……」
彼女はそう言って、とても心配そうにしている。戦況は好調で、適度に人の街を壊して、適度に負けて、を繰り返すことが出来ていた。だからこそ、“その発生”は信じられなかったのだけど、世界の性質上、仕方のないことだと思った。
「ああ、多分、均衡を保つために、発生し始めたんだろうね。」
ぼんやりと呟く僕に、彼女は首を傾げる。
「均衡を保つため……恐れながら、それは何でしょうか?」
「僕にも正体は分からないけど、多分、僕らという存在を消すための道具、あるいは人物が生まれたってことだと思う。」
元々この世界の存在ではない僕は、生態系を脅かす外来種に過ぎない。あまり暴れすぎると、その土地の主達が黙っていない。だからこれは、仕方の無い事で、しかし、未来に訪れる均衡を保つための結末に、ほんの少しだけ心が躍った。
目の前にいる人物が、クレイダル似の女性から、ゲエルギボヌス似の男性に変わった。
「恐れながら魔王様、私は見苦しくも生き永らえたいのです。なので、命の危険が生じたときに限り、人間の殺害を許可していただけないでしょうか…」
悲痛にくれた申し出だった。僕も、いくら生まれ変われるといえ、自らが生み出した存在が、どんどん殺されていくのには、心を痛めないわけが無かった。だから、
「まあ…いいよ。」
僕は彼に許可を出してしまった。だから、そんな彼から話を聞いた魔族も、窮地に陥った場合は、人間を殺しても大丈夫なのだと思ってしまった。それが伝言されていくにつれて、人を殺しても良い、と思う者も出てきてしまった。
そうして数年が経って、彼女がやって来た。
「どうもー魔王さん。晨曦って言います。」
彼女は刀身の真っ直ぐな剣を片手に、僕に笑いかけた。ついにこの時が来たのか、と思って、僕は安堵の溜息を吐いた。
「戦う前に一つ聞かせてもらいたいんですけども…」
彼女は僕に剣を向けた。でもそれは、危害を加える様なものではなく、ただ指を差すのと同じ意味の物だと感じた。
「どうして私を殺そうとしなかったんです?もしかして、あなたは案外いい奴なのでは?」
少しだけ、体を渦巻く黒い靄が揺らいだ。テキトーなことを呟いているに違いない、と僕は呆れたような音を出した。
「どうしてそう思ったんだ、英雄。」
「いや、飾っても意味ないですって。魔王城って言うものだから、てっきり罠だらけの殺意マシマシなフィールドを想像してたんですけど、マジで一つも無かったんですから。今もこうして話せてる時点でおかしくないです?」
確かに、そう。少しくらいは罠を仕掛けても良いかと思ったけれど、魔族が引っかかって死んでしまったら困るし、ここまで来れた人がそんなもので死んでしまったら、なんだかやるせない気分になるからやめた。
いや、違う。全てはこの世界のために、均衡を保つために、人の手で殺されようと思っていたからだ。
「このまま世界にクソ野郎って思われながら死ぬより、マシな野郎って思われながら死んだ方が良いでしょ?だからほら、私に色々話してみて下さいよ。」
僕は別に、感謝されて死にたいとか、そんなことを思ってはいない。だが、話したくなってしまった。人間に、頼りたくなってしまった。
「……はじめは、貧困を解決しようと魔物を放った。すると、魔物に追い詰められてしまった。だから、魔物に対抗できるように、魔法を授けた。人はそれを魔術に変えて、それを発展ではなく、争いに用いた。人の同士で争うのは、耐えられない。だから僕が、敵になった。」
なんて、正直に全て話してしまった。人相手に。そんな自分がなんだかみっともなくて、情けなくって、咄嗟に口が言葉を紡いだ。
「信じなくていい。僕は敵で、魔王だから。」
「あなたってマジでいい奴だったんだ。じゃあ、私の策に乗っからない?」
晨曦はそう言って、一旦部屋の外へ出て、そして、人の形をした物を持ってきた。見るからに弱そうな、少年の人形みたいだ。
「あなたは私が持ってきたこのヒトガタに封印される。そして、どこかに家を持って、人として生活する。力が暴走しそうになったらいけないから、人のいないところに家を建てるけどね。で、しばらくしたら街に強力な魔法封じの結界を貼るから、その中で生活する。どう?」
難しいことはよく分からない。元々僕は単純な性質の存在であるから、人間のような複雑な思考は出来ない。だから、疑うことなく彼女の提案に賛成した。
「僕は生きてても死んでてもいい存在だ。だから、その誘いに乗ってみよう。」
「人並みの力に抑え込んで殺そうと思って作ったこのヒトガタが、こんな形で役に立つとはね。」
そう呟く彼女は、ほんの少しだけ嬉しそうだった。
僕はヒトガタの中に入った。目をぱちぱちさせたり、手を握ったり伸ばしたり、足を振ってみたりして、動作を確認した。本当に人間のように動ける。
彼女は僕の手首を握って、魔王城の外に引っ張り出した。
「じゃあ、あなたが魔王として発展させた、人類を見に行こう。」
ああ、まさしく、彼女が英雄なんだな。人類はおろか、魔王まで、救ってしまうなんて。感動して、心がいっぱいになって、泣きそうになった。
「……さようなら。」
呟いて、僕は自らの頭に手を置いた。すると、頭から黒い靄が出て行ってしまって―――
「ドウ?思い出せタ?」
プティットゥの声掛けで、僕の意識は元の魔王城に戻って来た。夢から起きたばかりの感じで、少し頭が働かない。だけど、はっきりしたことがある。
「…思い出せた。でも…」
と、口をつぐむ。あの映像は本当に僕の物だったのだろうか。もしそうだとしても、僕は信じられそうにない。だって、“彼”は人間のために行動をしたい、と動いてけれど、僕はそんなことをしたいと思ったことは無い。同一人物だとは思えない。そもそも人物ですらないのか。
「僕は何を……」
「選択は自由ダゼ。」
と、彼は僕の言葉を遮る。
「ナニしたって良い。魔王とシテ生きても、人間トシテ生きてモ、あるいは、死ンデモ。そこまではオイラには決められナイ。」
悩んで悩んで悩んで、そして僕は魔王として、結論を出した。
「………僕は…」
その時、城全体に轟音が響いた。振動で天井から砂のような埃が落ちてくる。
「な、なんだ!?」
「あーあ、アイツラ、止めてくるっテ言ったノニ。」
プティットゥは溜息を吐きながら、スタスタと歩いていく。僕は立ちあがって、彼に向かって手を伸ばした。
「ま、待ってよプティットゥ!どこ行くんだ!」
「オイラはオイラの役目を果たすダケさ。ダカラ、魔王も魔王の役目を果たしてクレヨ。」
彼はそう言うだけ言って、部屋から飛び出していった。一人残された僕は、とすん、と玉座に腰かけた。




