魔王討伐作戦
西部高原遠征での死者は一人も出なかった。負傷者は十数名、行方不明者は一名、オリオである。しかし、公にオリオが魔王であるなんて事実は伝わっていないので。死んで、死体を巨大蛙魔にでも食われたのだろう、というのが一般に広まった。
さて、そんな一般ではない人々は、遠征の後、教頭室に集められていた。
「本日皆さんをお呼びしたのは他でもありません。オリオ・ベルベティオもとい、魔王について、今一度情報をまとめておきたいと思いまして。」
教頭は周囲に立つ者達の顔を見た。覚悟を決めた者の顔、特に何も思っていない者の顔、別の事を考えている者の顔、絶望している者の顔。
グレイン・グレイドール、バース・グウェンカ・テリドール、帳太刀紅藕、リーベリオット・フォン・ベルゼラント、柴闇金雀枝、ディアン・トゥーエールズ、サンダス・ヤーゴ。
「まず前提として、私は彼が魔王であるということは知っていました。知っていて、野放しにしておいたのです。」
その言葉を聞いて、取り乱すようなものはこの場にはいなかった。それを確認しながら、リズベル教頭は話を続ける。
「あれは今から三十年も前の事。晨曦という英雄が、魔王を討伐したのは知っていますね?でも、それは一般で広まっているだけのお話。本当は、彼女は、魔王を討伐したのではなく、力を抑え込んだだけなのです。」
「どうしてリズベル教頭がそんな話を知ってるんです?」
紅藕は、集団の後方から声を掛ける。確かに、気になる質問ではある。
リズベルは、紅藕の質問に答えるために、ローブの下から一枚の紙を取り出し、それを見せた。
「あなたに預けていた物と同様の、晨曦の遺した伝記、その十三番目です。ここに、それが書かれているのですが、まあ、本人に直接話を聞いたほうが早いでしょう。」
彼女はそう言うと、ゴンゴン、と剣の鞘で二回、床を叩いた。すると、皆の背後にあった扉から、紫色の長髪の女性が出てきた。
「明かすの早い気がするんだけどー」
暢気にふらふらと歩いて来た女性に、バースは見覚えがあった。
「あ、あなたは道具屋の…!」
「その節はどうも。水筒は役に立ったでしょ?」
そうやって彼女は軽く笑いかける。そんな彼女を見て、グレイは今まで誰も見たことが無いくらい、大人しくなった。
「お母さん……」
「グレイドール、あのゲエルギボヌスを追い詰めたって聞いたよ。やるじゃん。」
言って、グレイの頭を撫でる。これを見ると、彼女が本当に十五歳の少女みたいだ、なんて、紅藕は心の内で静かに思った。
「どうも、“普通の英雄”こと、晨曦です。リズベルさんに呼ばれてきたんだけど、私が話すのは魔王の正体程度の事で良いかな?」
「ええ、結構です。」
「魔王っていうのはね、超強力な魔力の塊みたいな存在なんだ。常に封印を施してないと、その魔力によって、新たな魔物が発生してしまう。だからこの学院に入学させたんだけどね。ああ、君達が勉強しているか知らないから言うけど、魔物っていうのは魔力の濃度が濃いところに自然に発生するんだよ。西部高原は、かの魔王が過ごしていた土地だからね、ここ数年で活性化してしまった。」
何やら聞き逃してはいけない言葉があった気がしたが、バースはそれを一旦聞き流すことにした。
「まあそんな、魔力の塊を私がどうやって封印したのかというと、簡潔に言えば、ヒトガタを用いた。」
「ヒトガタ……?」
「そう、ヒトガタ。そこのベルゼラントの子のお爺さんと協力して作った、人智を越えた存在を、人の型に填める魔道具。あ、毎度商品を卸していただいてありがとうございまーす。」
晨曦はリーベルに向かってぺこりとお辞儀をした。リーベルの方は、かつて人類を救った英雄が自分に頭を下げているという状況に面食らっている。
「ということは、今回もそのヒトガタを作れば、解決するという事で間違いは無い、という事でしょうか?」
「帳太刀家の人間にあるまじき失言だね。ま、島国の一名家なんて、その程度なのかもしれないけれどさ。正直なところ、ヒトガタを作っても無駄だね。だって、あの魔王は、元々人の形ではなかったんだから。ヒトガタはそういった存在を、なんとかして人の形にして、人並みの実力に落とし込む力を持っている。だからもう人の形になっている魔王、もといオリオ君には、ヒトガタなんて通用しないんだよね。」
やれやれ、と溜息を吐きながら、彼女は視線をグレイに移した。
「だからさ、私の愛娘が全て何とかする。でしょう?」
唐突な物言いに、グレイは「えっ」と小さく叫んだ。
「お母さん……私が…?」
「そうだよ。お母さんはもう現役じゃないし、リズベル教頭と同じくらいお年をめしてるんだよ。三十年も前に魔王を討伐してるんだよ?そりゃもう黄金期はとっくに過ぎてるの。それに、自分でも分かってたんでしょう?」
晨曦のその言葉に、彼女は少し俯いて、いつも通りの顰め面を取り戻した。
「分かりました。私が全てのケリをつけてくる。でも、オリオがどこにいるのか、私は知らな―――」
と言いかけた時、晨曦は彼女に一つのネックレスを差し出した。
「これは追跡のネックレスと言ってね、彼には片割れを渡してある。」
グレイはそれを首にかけた。すると、ネックレスに嵌められた赤い宝石から、一定の方向に真っ直ぐ、小さな赤い光が伸びて出た。この先にきっとオリオがいる。そう思うと、グレイはそのネックレスをぎゅっと手のひらに握った。
晨曦は扉の方を振り返り、歩き出した。
「さあ、私のお話はおしまい。じゃ、後は若い人達で頑張ってね。ああ、それと―――」
と、扉に手をかけ立ち止まり、彼女は自分の娘の方を振り返った。
「グレイドール、今回は本気を出していいからね。」
その言葉の意味が、理解できたものは少ない。だがしかし、最低限、グレイは覚悟を決めた。
「さて、魔王に関してはグレイさんに任せるとして、問題は他の幹部達です。」
リズベルはそうして幹部について話した。
一体目、ゲエルギボヌス。不滅の魔族とされていて、何年も前に晨曦によって討伐されたはずの存在。今回での討伐は困難だろうとされている。
二体目および三体目および四体目、メスピア、ガナード、正体不明。バースとサンダスが相対した魔族であり、三体の同時撃破をしなければいけないらしい。メスピアは火炎の魔法、ガナードは槍を扱う。
五体目、プティットゥ。魔王討伐後も生き延びていた魔族。高い知能、高い魔力を持つ、おそらくもっとも危険な魔族。
「これら五体を、グレイさん以外の皆さんで討伐していただきます。」
「し、質問良いでしょうか…?」
びくびくしながら、金雀枝は人の間から恐る恐る手を挙げた。リズベルは「どうぞ」と言って答えた。
「あ、あの、これって学生がすることじゃないと思うんですけど……今働いてる冒険者さんの方が…強いんじゃないかと思うんですよ……」
「まあ、それに関しては間違いは無いですね。ですが、まず一つ目の理由として、彼らは現在、活性化している魔王軍と戦っている最中ですので、まあ少しだけ難しいのです。続いて二つ目の理由ですが、二体目と三体目はサンダスさんとバースさんが接敵して、その討伐に成功しています。魔研の方が加勢するのなら、勝率は跳ね上がるでしょう。」
ちらり、とリズベルが紅藕の方を見ると、彼は誇らしげに胸を張っていた。そんな様子に彼女は溜息を吐く。
「どうして他の先輩方じゃあだめなんですか?」
「それに関しては私が答えよう。」
と、自信満々な紅藕が声を上げた。ディアンとリーベルは、そんな彼に同時に溜息を吐いて、頭を抱えた。
「魔術研究サークルはもとより、魔族に対抗する術を見出すために設立されたサークルなんだ。魔族の扱う魔術を研究し、対抗するための組織。サンダス君やバース君は、このサークルが変人の集まりだとしか知らなかっただろう。それは一般の生徒も同様さ。晨曦さんの助けが無かったら、魔族が本気で殺しにかかっていたら、君達も危うかったんだろう?」
言われて、バースとサンダスは、喉から出かかっていた反論を飲み込んだ。あの水筒が無かったら、魔族の油断を誘えずに、二人して丸焦げになっていたのは事実だからだ。
「だから先輩方は参加しない。対魔族想定なら足手まといだし、就職もあるしね。情報を知っている、という一点だけで君達を利用するのはまあ、私の望むことではないのだけど、そこは教頭の判断だ。一生徒でしかない私が、どうにかできることではないからね。」
「私は、この組み合わせが最も勝率が高いと踏んでいるのです。バースさん、あなたの剣技が進化すれば、もっと可能性が高まるのですけど…」
「俺の剣技が……進化?」
「それに関しては仕方ない。私が教えてやろう。」
と、紅藕がまた声を上げた。ディアンとリーベルがまた頭を抱えそうになったが、リズベルが「よろしくお願いします。」と言ったので、彼らが呆れることはなかった。
「ゲエルギボヌスには帳太刀紅藕、柴闇金雀枝を。メスピアにはバース、ガナードにはサンダス、正体不明の三体目にはディアン、あなたが対応してください。」
「毎度の事だからさほど驚かんが、俺ばかり厄介事を押し付けられている気がするんだが気のせいか?」
「じゃあ私と交代するか?不滅のゲエルギボヌス担当と。」
「丁重に断らせていただく。」
リズベルは彼らの掛け合いに溜息を吐き、続いてリーベルの方を向いた。
「プティットゥは、リーベリオット、あなたに頼みます。」
「マジか。ま、くれぐれも死なないように頑張りますが。」
バースは、平然とそう言ってのける彼女に面食らった。
「では皆さん、魔王封印作戦は三日後決行です。それまでに、準備を整えておいてください。」
待ってほしい、と言いたいのをまた飲み込んで、バースは紅藕と共に、作戦の準備を始めることにした。




