ここに参上致しました。
西部高原遠征当日。知っていたけれどパーティは僕とグレイ、バースとあともう一人
「今日はよろしくだな。オリオ・ベルベティオ。」
大きな戦斧を肩にかけた、同い年の大男。
サンダス・ヤーゴ、十五歳、男。先日僕に決闘を申し込み、そして僕に負けた戦斧使い。正々堂々ではなく、ずる賢い手で打ち負かしたのだけど、それも実力だとサンダスは思って、純粋に負けたと思っている、らしい。実際のところは分からないし、他人の心の中なんて、誰であっても知ることは出来ない。
ところでこの高原だけれど、なんだか見覚えがある。
「という事で、班員は皆いるな?今からこの高原に現れる巨大蛙魔を討伐してもらう。蛙だからと言って油断するなよ?丸のみにされたらたちまち消化されるから気を付けるように。」
そうだ、テリドール国の西部、その高原は、僕の出身地である。そして痩せぎすの先生の言った巨大蛙魔は、実家にいた頃の主食である。臭みが強くて全く好きじゃなかったけれど。
だからといって蛙魔との戦いに慣れているというわけでもない。蛙魔はいつも両親が狩ってきていたからだ。
「巨大蛙魔か……嫌な思いでしかない。」
「へえ、オリオ、君は巨大蛙魔と相対したことがあるのかい?」
「相対したことがあるかとか、僕の出身地がここだから、嫌でも目に入るんだよ。」
そんな台詞を吐くと、バースは少し不思議そうな顔をした。
「俺は、西部高原に人は住んでいないと聞いたことがあるのだけど?」
「……え?」
それは一体どういうことだ。確かに僕はこの高原に住んでいたのだけど。
なんて頭上にはてなを浮かべる僕に、サンダスも口を開いた。
「我も父から聞いたことがある。蛙魔がいたるところにいるのだから、安全に暮らせるわけがないしな。」
「つまりオリオ、君の御両親は相当な手練れの冒険者だったってことになるんじゃないかな?」
なんて言われても、僕はちっとも嬉しくなんかない。嫌いな奴が褒められるのは好きじゃない。
そんなとき、グレイが僕の後ろから、いつも通りの辛辣な発言をした。
「有り得ない。もし両親がこんな高原に家を建てられるほどの実力者なら、オリオが弱いことに説明がつかないだろう?」
「確かにね、じゃないんだよ。グレイ、お前って僕の事を強いって言ったり弱いって言ったり忙しいよね。なるべくどっちかはっきりさせてほしいんだけど。」
溜息混じりに吐き捨てると、彼女は顎に手を当てて思考し始めた。
「剣術に関して言えば、お前は弱い。でも、知略を使えば普通の生徒とギリギリ渡り合えなくもない。だが私には絶対に勝てない。」
「はいはいそうですね………ってあれ?評価上がってない?」
「碌に頭を使えないカスよりマシってだけだ。」
だとしても評価が上がったのは間違いない。なんだろう、今までボコボコにされてきたけど、こうして認められると案外嬉しいような気がする。多分気のせいだ。
「巨大蛙魔は一体討伐ごとに五ポイント。偶に出てくる王蛙魔は十五ポイントだ。もし自分の手に負えないような敵が現れた場合は、すぐ周囲の林に逃げるように。では、始め。」
先生は懐から取り出した杖を天に向け、光を放った。それは二秒ほど上がったと思ったら、たちまち音を立てて爆発した。これが開始の合図なのだろう。
僕は袋の中で煙玉を転がしながら、しばらく周囲の観察をすることにした―――のだが、
「おいオリオ、どっちが多く蛙魔を討伐できるか勝負だ。」
という空気の読めない発言と同時に、グレイに手首を引かれ、巨大蛙魔の大量にいる方へと連れられて行った。そんな姿にバースとサンダスは呆れながら、追い付くために駆けだした。
グレイはいつか見たことのあるあの剣もどきで、どんどん蛙魔を討伐している。もちろん分厚く細いその剣もどきでは、切り裂くことなんて出来ず、蛙魔の体に突き刺したり、殴打したりすることで何とか討伐しているようだ。
サンダスはまあ、戦斧を振りかざして、蛙魔を切り潰しているような感じだ。戦斧は対人より、対魔物としての方が有用なので、結構順調に討伐している様だった。
バースは、なんだか変な剣技だ。一撃目は明後日の方向に打ち込んで、二撃目で蛙魔を切り裂いている。彼は僕が見ていることに気付いて、軽く手を振ってきた。
「直角剣というんだ、これは。」
王族に伝わる剣技らしい。一撃目をわざと外して牽制し、それでも止まらない対象に、容赦なく二撃目を与える技、らしい。サンダスとかグレイみたいに一発で打ち倒せばいいのに、そういうわけにもいかないのが王族なのだとか。
「王族は強いからね。縛りを設けないといけない暗黙の了解があるんだ。」
「ふうん…」
魔物相手にそんなことをしているほど余裕があるのか。確かに強いのかもしれない。けれど、無駄って感じだ。グレイと比べると動きが洗練されているとは思えない。
彼女は蛙魔の頭に跨り、頭を潰して、その反動を利用して次の蛙魔に飛び掛かる。よくもあんな剣とはいえない鈍器であれほど出来るものだと感心してしまう。
そんなとき、僕のいる地面に大きな影がかかった。その他の巨大蛙魔とは一線を画す大きさの存在、王蛙魔である。
「……っ!オリオ、危ない!」
バースが僕に向かって駆け出してくるのが見える。僕は肩に下げた鞄から煙玉を取り出し、背後の王蛙魔に向かって投げた。たちまち王蛙魔の表皮には白い粉が付着する。
「元々逃げるように買った煙玉だけど、蛙相手なら利くだろ。」
蛙魔の表皮は粘液で覆われており、皮膚と肺で呼吸すると言われている。そのため、その内の皮膚を塞げば、致命とはいかなくても、有効な一手にはなるはずだ。
僕のその予想は正しく、王蛙魔は自分の体についた粉末を取ろうともがいている。そんな隙をすかさず、僕は、剣術学院生ならば誰でも無料で使える激安の剣で、王蛙魔の首を斬った。
「やるな……オリオ。」
「これで王蛙魔は二体倒してるから、三十ポイントか。」
王蛙魔と仰々しく言っても、所詮は普通より大きいだけの巨大蛙魔だ。食感は普通の巨大蛙魔より硬くてあまりおいしくない。とりあえず唐揚げにしたら食べられるのでよしとしよう。
なんて下らないことを考える僕に、遠くからグレイが声を掛けた。
「おいおいオリオ、私はもう二十体は倒したぞ。最低でも五百点だ。」
「馬鹿は喋るな!」
「なんだと!?馬鹿はお前だバカオリオ!」
「計算も出来ない奴が馬鹿とか言うな!」
「うるさい数学は苦手なんだ!人の弱みに付け込んでこの野郎…。」
悔しそうに歯を食いしばっている彼女だったが、しかし、何かを思いついたようで、少し口角を吊り上げた。
「ああくそ、オリオの奴、巨大蛙魔に食われて死んじまった。」
「…え?死んでないけど?」
「正確には、これから食われるんだけどな?」
にやり、なんて擬音が当てはまる口角の吊り上がり具合だ。グレイはこちらに駆け出して来た。
「まじかお前!?やる気なのかよ!?」
「私は何時だって本気だ。」
グレイはもう一メートルも無いところまで迫ってきている。これでは本当に殺されてしまう。しかし彼女の事を剣で止めることなんて絶対にできようがない。
だから咄嗟に出てきたのは、魔法だった。
地面を貫き、無数の植物の根がグレイに向かって伸びていく。ほとんど無意識の反射による攻撃であったので、僕も少しびっくりした。久しく使っていなかったこの力に。
根は、身動きを封じるため、グレイの両手両足に向かって伸びていく。彼女は、それに特に驚いた様子も無く、あの剣もどきで切り伏せてくる。なのでその剣もどきに根を伸ばし、光速に成功したのだが、たちまちその剣もどきは霧散し、再び剣の形をとった。
やがて、敗者は地面にへたり込んで、勝者はその剣を敗者へと向けるのだった。
「参った。でも、そんなすぐムキにならなくても良いだろ?」
「………。」
両手を上げて降参の姿勢をとる僕を、彼女はまたその冷たい視線で見つめていた。
「お前、魔法……使えてないか…?」
「……え?」
そりゃ使えるだろう。何をいまさら言っているんだ。
きょとんとして、グレイの事を見上げる僕に、彼女は思ったより深刻そうな顔をしていた。そしてぶつぶつと何かを呟いて、僕に手を伸ばした。僕はそれを掴んで、起き上がる。
「いいか?これから話すことは重要だからよく聞け。お前は今すぐ林の方へ走って逃げろ。お前がこんな場所で魔法を使えちゃまずいんだ。」
「………えぇ?それってどういうこと…?」
その瞬間、西部高原全体に、雷が落ちたかのような轟音が響いた。その存在は、僕から少し離れたところ、丁度、王蛙魔がいたところに降り立った。
と思いきや、瞬時に僕の前に移動していた。
彼は日焼けをしているのか、黒い肌をしていて、黒い目をしていて、そして瞳だけ、金色に色づいていた。
「魔王様の側近、ゲエルギボヌス。ここに参上致しました。」
そう言って僕の前に、彼は跪いた。
当の僕は、全く持って意味が分からなくて、ただ狼狽えるばかりだ。
「貴方様の濃密な魔力によって、大気に霧散していたこの私が、十一回目の復活を遂げることが出来ました。」
その瞬間、また轟音が鳴り響いた。全く見えなかったけれど、おそらく今の状況から見るに、グレイがゲエルギボヌスに斬りかかって、それを彼が、禍々しい剣で防いだ音だろう。
「クソ……!早く逃げろ、オリオ!」
「なっ……はァ!?」
「早くしろ!!!!」
あまりに凄まじい怒号だったので、つられて衝動的に走り出した。後ろを振り向くと、グレイと、あとあの痩せぎすの先生がどこからともなく現れ、ゲエルギボヌスと応戦しているらしかった。
「何があったんだい?オリオ。」
と、僕に並走するバースが聞く。
「知らないけど…なんか、ゲエルギボヌスって奴が現れて……」
そこまで言った時、彼はその顔色を暗く変えた。
「ゲエルギボヌス……無限に復活する魔王の側近だ。」
また、僕に並走していたサンダスが言った。
とりあえず今は逃げなければいけない。逃げなければいけない。それだけは分かる。逃げなければいけない。
高原を走り抜け、林へと突入する。その三人の足は、たちまち止まった。
「なんだ……これ…?」
林が燃えていた。まさか、高原から林に逃げることが想定されているかのようで、それを裏付けるかのごとく、三人の前に、二人の魔族が現れた。
「魔王様、お迎えに上がりました。幹部の一人、メスピアでございます。」
「同じく幹部、ガナードでございます。」
どちらも全くご存じないけれど、もしかして、さっきのゲエルギボヌスよろしく、僕の事を魔王と呼んでいるのだろうか。僕が魔王?
状況が理解できない僕と打って変わって、サンダスは戦斧を構え、バースは剣を構えた。
「オリオ、こいつらの目的は君だ。俺達が時間を稼ぐから、だから逃げるんだ。」
「え、はあ?でも…」
「でもではない!我は一度、魔族と戦ってみたかったんだ。だからほら、早く逃げろ!」
声に背中を押され、僕はまた走り出した。火は魔法で操作できるので、自分が通れる道だけ作って走った。
走って、走って、理由も分からずただ走った。その時、なんだか自分の心臓の鼓動が大きくなったような気がした。
それは決してまやかしなどではなく、胸に手を当てると、確かにどくん、どくんと大きく波打っている。元からだったのか、そうでないのかも分からない。ただなんだか不快な感じがあって、やがて僕は、その場に倒れた。




