僕とバースはデート中なんだ。
それから少し経ったある日、僕は必要なものを揃えに、街へ繰り出していた。遠征は、剣術学院の遠征なので、もしかすると魔法なんて使ってはいけないと言われてしまうかもしれないので、念のためにだ。
「そうやって前もって準備しておく心掛けは、殊勝なものだと俺は思うよ、オリオ。」
そう、バースと一緒に。
僕が街へ買い物に行くと言った時、彼もぜひ行きたいと言ってきたので、僕の様な一下民が、王族の申し出を断れるわけも無く、泣く泣く承諾したのであった。というのは嘘で、彼の助言があれば、それなりに良い装備が手に入りそうだから、というのが正しい。
これはまた、友人の道具利用として当たってしまうのか。なんて思うと、少し心が痛くなった。
「ところでさ、ニーマンとフレッチャーは今日はいないの?」
「ああ、あの二人なら見えない位置に待機しているよ。一応これでも俺は王族だからね。」
どこの世界に顔も髪も隠さないで、街中に白昼堂々出没する王族がいるのだろう。いやここにいるけど。
あの二人がいるのなら、あまり下民な行動は慎んだ方がよさそうだ。
「よっしゃ綿菓子食い行こうぜぇ!綿菓子!」
「なんだいそれは!よし行こう!」
たまたま目に映った綿菓子を売る屋台に、二人して駆けて行った。その屋台の店主は、頭に白いタオルなんかを巻いていて、どこか職人の様な雰囲気があった。
「おじさん綿菓子二つ下さいな!」
「おう、一人五百万イェンだ。」
出た。こういうの。
バースは首を傾げて唸って呟く。
「なかなか高額だな……」
「定番のジョークだよ、バース。はい、千万イェン。」
言って、僕は千イェンを手渡した。しかしそれを受け取ったおじさんは、額に皺を寄せた。
「おいおい兄ちゃん、俺が言ったのは五百万イェンだぜ?こりゃ千イェンじゃあねぇか。」
「あれ、ガチだったの!?」
いや、ガチなわけがないだろう。でもガチっぽい。分からない。
思考がついに停止した僕の横で、バースはどこからか取り出した紙に文字を書いて、店主に手渡した。
「千万イェンは払えないから、後日ここに連絡してくれ。」
と、バースから差し出された紙を店のおじさんは見て、途端に顔を真っ青にした。
「いやいやいやいや、冗談っスよ!ほい、綿菓子ね!」
店主は僕の千イェンを受け取り、二人に綿菓子を受け渡した。白色で、雲みたいにふわふわしているそれは、よく見ると糸の様な細い物の集合体だった。
まじまじと綿菓子を観察している僕の手を、バースは突然握った。
「え、どうした?」
「五百イェンだ。おごらせるのは悪いしね。」
握られた手を広げると、そこには確かに五百イェンがあった。こういうところで律儀な奴だ。僕だったら知らんぷりして誤魔化してる。いや、実際にそんなことは絶対ない、とは言い切れないけど多分ないと思う。
「ん!おいしいね!」
「甘いよね。何で出来てるんだろ。」
「さ、砂糖です……」
唐突に後ろから声がして、振り向くとそこには金髪の少女がこちらをまっすぐ見つめていた。数日前と比べると、目の下の隈が濃くなっている気がする。そんな彼女は、こちらにぺこりとお辞儀をした。
「あ、ど、どうも……柴闇金雀枝です……」
「……知ってるけどさ。」
どうして居るんだろう。それに、どうしてあの執事二人は彼女を止めなかったんだろう。もしかしたら、金髪だから王族だと思っているのかもしれない。
「君は魔研の、金雀枝さんだね。いったい何の用かな?」
「え、いや、特に用とかは無いんですけど……ただ見かけたので…」
と、僕の方をちらりと見る。
「お、オリオ君たちこそ…ここで何をしているんですか…?」
「デートだよ。だから二人きりにしてはくれないかな?」
「デート……?」
と、金雀枝は僕の隣に立つバースの方へ目をやる。そしてまた、僕の方へゆっくりと視点を戻した。そして一瞬でその顔を、見事に真っ赤に染め上げた。
「え、で、デート!?」
「そうなんだ。僕とバースはデート中なんだ。だからほら、バイバイちゃーん。」
始終困惑しながら、金雀枝はその場から、ふらつきながら去って行った。ようやく厄介事が去ったと、一つ、溜息を吐いてバースの方を見た。すると、彼の顔も金雀枝と同様、少し赤みを帯びているような感じがした。
「その…お、俺と…デート……のつもりだったのかな…?オリオ。」
もしかして、本気だと思ったのだろうか。まんざらでもないみたいな顔をしているけれど、僕に男色の趣味はなんと無い。
「え、いや、冗談っていうか!魔研と関わりたくないから仕方なくっていうか……ねっ?」
「そうか…そうだな!」
なんでちょっと残念そうなんだよ。
そうして少しだけ気まずい空気を漂わせながら向かったのは、街の道具屋である。店頭には様々な謎の薬品が入った瓶が並んでおり、道具屋というより薬屋のような印象を受けた。
中に入ると、外観とは打って変わって、雑多な雑貨で埋め尽くされて、散らかっていた。そんな店の奥のカウンターから、紫色の長髪の、少し年上の女性が出てきた。
「いらっしゃーい。王族の坊ちゃんと平民の坊ちゃん。」
「いらっしゃりますね。ここ、煙玉とかって置いてあります?」
「あるよーほらここら辺に。」
と言って、彼女は雪崩の起こっている棚の一つを指差した。それを見て、僕とバースはちょっとだけ狼狽える。
「………普通の店というのは全部こういうものなのかい……?」
「多分、この店が特別なんだと思う。」
「そうだよー私の店は特別なんだよー」
やる気なさげに言うけれど、確かに自負しているみたいだった。皮肉なのに。
とりあえず、崩れてしまった山を掘っていると、煙玉を五つ程見つけることが出来た。
「確かにあったけど……これ使えるのかな…?」
なんて口に出すと、店主がずんずんと僕の方へ歩いて来て、煙玉の一つを奪った。そして、玉から出ている導火線に火をつけた。
「使えるに決まってるでしょー?」
と、彼女は店の誰もいないところにそれを投げた。その瞬間、店内は瞬く間に白い煙に包まれる。
「おわっ!?」
「ちょっ!?」
「あ、ミスったァ!」
三者三様の叫び声を上げ、僕とバースは扉から、店主は窓を打ち破り、店の外へ飛び出した。
「脱出完了……って、あー!窓がァ!!!!」
「ガチで…自業自得。」
口の中に入った白い粉をなんとか取り除こうとあくせくしている僕とバースだったが、彼女はそんなぼく達の方を振り返り、明るく笑いかけた。
「と、このように私の店の煙玉は高性能というわけだよ。」
誰かの頭の性能はあまりよろしくないみたいだけど。
「まあ、性能は申し分ないという事が分かったね、オリオ。」
「屋内で使うべきじゃないってことも分かったよ。」
やがて店内の白煙が引いたころに、もう一度店内へと戻り、以前より更に散らかった雑貨達を物色した。店主はまき散らされた白い粉の片づけをしている。
「ところで君達はもしかして、魔族の侵攻に備えているのかな?」
「魔族の侵攻…?」
何やら物騒な話だ。何も知らぬときょとんとする僕とバースの顔を見て、店主は雑貨の配置を整えながら(実際には元の散らかった状態に戻しながら)話し始めた。
「最近ね、この辺りの魔物が活性化してるらしくってね。街の皆がこぞって道具を買いに来るからさー」
街の人もこんな店に来るのか。じゃあ商品の性能はやはり折り紙付きという事なのか。
「その人たち、この戦いが終わったら、俺と一緒に遠くの田舎で暮らさないかって誘ってくるんだよねー」
いや、多分というか確実に、店主目当てで来てるんだろうな、その人たち。確かに彼女の容姿というのはグレイと同じくらいには整っている。つまり滅多にお目にかかることが出来ない美人という事だ。グレイ同様、中身に難がありそうだけれど。
「ま、私としてはこうしてずっと、道具屋を続けれられれば一番なんだけどね。分かってないよね男って。」
「偏見がすごいですね、店主さん。まあ僕も、早く遠い田舎でゆっくりしたいって思っていますけれど。」
グレイとかがいない場所で、親の手の届かぬところで、ゆったり平和に暮らしたい。そのためには間違いなく金が要るので、何とかして稼がなければいけないのだけど。
「なるほど君は、案外いい趣味をしてるんだね。そんな君に―――」
と、店主は何やらガサゴソと、カウンター近くに積まれた箱から雑貨を取り出した。
「いくつか煙玉と包帯と……あと、こんなブレスレットをあげよう。もちろんタダだ。迷惑料としてね。」
「え、あ、ありがとうございます…」
煙玉と包帯までは分かる。どうしてブレスレットなんか渡してきたんだ。
手元を見ると、そのブレスレットには赤い宝石がはめ込まれており、なんだか高そうに思える。これはバースにこそ渡すべきじゃないのか。
「それにそこの王族の坊ちゃん、君にはこれをあげよう。」
「……?なんだ…これは……筒?」
「水筒だよ。水はいついかなる時でも重要だからねー」
僕に対してバースの貰うものが少なすぎると思うのだけど、そんなことを気にしているのは僕だけだった。バースも少し困惑していたけれど、それは渡された物の渡された意味が分からないからだろう。
「まあ、ありがたく受け取ることにしよう。」
そんなわけで、こんなふうに、僕達は道具屋を後にした。
道具屋の思惑は誰も知らない。




