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ようこそ!魔術研究サークルへ!  作者: 蓮根三久
入部試験編
3/37

ようこそ魔術研究サークルへ――③

「ではどうして、グレイドールさんはあなたに一本取られてしまったのでしょうね?」


「え、いやそれは魔法っていうズルを...」


 僕の言葉を遮って、彼女は僕に言い放った。


「戦場でズルなど考えている暇はないでしょう。相手が剣術以外使えないと決まっているわけではないですよ?無法でも無礼でも、いたって単純に、戦場では勝った方が正しいのですよ。」


 だからと言って、ルール違反ともいえる行動をとって、それを純粋に強さであると豪語できるほど、僕は淀んだ人間じゃない―――だからといって教頭が淀んだ人間とは思えないが。


「…少なくとも、剣術学院で剣術ではなく魔法の強さを勘定に入れる人なんていないと思います。」


「そうでしょう。そう思うのが普通です。というか剣術学院は魔法が使えない人が入るところのようなものなので、彼女はきっとあなたの希少性に気付いてあなたに詰め寄ってくるでしょうね。」


 そんなことがあったら命が何個あっても保たないだろう。…でも、教頭がこれまで言ったことは大体外れた事が無い。きっと今回も同じだろう。つまりは命の危機だ。


(え…どうしよう…今日はもう早退しようかな…)


 もうすでに逃げの姿勢を取りつつある僕に、彼女はさらに酷なことを言い放った。


「オリオさん、あなたはそんなとき、決して逃げてはいけませんよ。ちゃんとグレイさんを受け止めてあげてください。……彼女はまだ…子供ですから。」


(僕も子供だけど。)


 しかし、教頭はそう言うだけ言って、部屋から出ていってしまった。それと同時に、授業の終わりを伝えるチャイムが鳴った。


 僕は教頭の部屋に、しばらくの間呆然と立ち尽くしていた。


(……よし、もうあれしかないか。)


 僕は教頭の部屋にある階段を駆け上がり、大きなステンドグラスの前に立った。光を通すためだけに作られたそれは、もちろん用途として考えられていないため、開けるための取っ手なんかはつけられていなかった。


 外を眺めると、案外地面はすぐ近くにあった。僕のように貧弱な体の持ち主がここから飛び降りたとしても、よほど打ち所が悪くなければ怪我の一つもしないだろう。


(…いやいやいや、流石に窓割って逃げるのはだめだよな。しれっと校門まで行って早退しよう。うん、そうしよう。)


 既所で、何とか踏みとどまることが出来た。そうと決まれば善は急げという事で、僕は教頭の部屋の扉に手をかけて、思い切り引いた。


 しかし、僕はあのお婆さんよりも筋力が無いので、両手で、全力で押さなければ扉を動かすことはできなかった。僕がもっと疲れていたら、教頭は僕を監禁してしまうところだった。


 だがしかし、もう全く力が入らない。このまま寝てしまいたい。しかしそれは寮に帰るまでは我慢しなければ。つい先ほど教頭に我慢しろと言われたばかりだし。


 僕は押し開けた扉の間から顔をのぞかせた―――しかしその一瞬で、僕は信じられないほどの速度で扉を閉めた。自分でもよくこんな力が出るなと思った。やはり生物は、己の生命の危機に際しては自分の想像以上の力を出せるのだと、頭の中の冷静な部分で考えた。その他の冷静じゃない部分では、一斉に過呼吸を起こしていた。


(な、なんで…なんであいつがここに…?)


 扉が開いた一瞬で、灰色の長髪が目に入った。こんなに長い髪をした奴は剣術学院では珍しく、また灰色の髪というのは人類のなかでも珍しかったため、扉の向こうにいる人物が誰なのかは易々と予想がついた。


 ミシミシと、背後から音がし始めた。木が軋む音だ。扉が部屋の中に押されている。外からでは引かなければ開かないはずなのに。僕はその力に抵抗を試みたが、もうすべての力を出し切っている僕には、そんなことできるはずもなかった。


 バキィという音と共に、僕が全身で抑えていた扉は、本来とは逆方向に開かれた。僕はそれに巻き込まれて、扉の下敷きとなってしまった。


(…重っ…つぶれる…!)


 一瞬、出ようかと思ったが、出たら出たで彼女に僕がいることがばれてしまう(もうばれてるかもしれないが。)そのため、今はここで息をひそめて置こう…


 そんな僕の小賢しい策略は、扉を拾って廊下に投げ捨てた彼女によってもちろん砕かれたが。


「こんなところで何をしてる?オリオ・ベルベティオ。」


 彼女は刃のように鋭く、そして冷たい視線を僕に向けながら言った。僕はなんとなく、彼女が蛇みたいだと思った。蛇にらみ、というのだろうか。蛇ににらまれた蛙は足がすくんでみ動くが取れなくなる。ここでいう蛙というのはもちろん僕で、蛙と同様、僕は足がすくんで、逃げることはもちろん立ち上がることすらできなかった。


「もうそろそろ次の授業が始まるというのに、剣術の演習で魔法を使うような卑怯者は、自らを磨く努力すらもできないのか。」


 その発言に、僕はイラっと来た。僕は剣術のために努力なんてしたくない。でも、努力してないなんてことはないのだ。


「おい、その言い方はあり得ないだろ。僕だって頑張ってるんだ。」


「いーや、頑張ってない。もし頑張ってるんなら、目に見える成果があってもいいだろ。この私が入学してからずっと組んでやっているのに、未だに私から正々堂々の一本を取れてないだろう?理由は簡単で、お前が努力してないからだ。筋肉の無い腕、肢、集中力の無さ、そして追い詰められたら楽な方に逃げる性格性、その全てがお前が努力してないってことを証拠づけているんだ。」


 僕に向かって指をさして、彼女は厳しく言い放った。彼女のその人を見下した態度に、僕は心底腹が立って、今すぐにでもこいつを懲らしめてやりたいという衝動に駆られたが、なんとか自身の指を自身の手のひらに食い込ませ、自傷するのみにとどまった。


(ここでは絶対に怒っちゃダメだ…ここで怒れば…僕はついさっき言われたことすらできない阿保野郎になる…)


 頭は既に熱くなっていたが、しかし冷静な部分も同時に存在していた。理不尽な理由で望まない学院に来ても、理不尽な扱いを受けても、それを理不尽だと叫んで逃げてしまえば、僕はきっとこれからも逃げ続けの人生を送ることになる。


 僕は立ち上がり、彼女の目をまっすぐ見た。濁りの無い、青く澄んだ目。身長差のせいで彼女の上から目線は変わらないが、今初めて、彼女と目が合った気がした。


「グレイン・グレイドールさん、そう言ってくれてありがとう。おかげで自分の弱さに向き合う事ができたよ。あと魔法使ってズルしてごめん。」


 その台詞を言った後一分ほど、僕と彼女は互いの目を見つめ合っていた。彼女は終始無表情で、僕としては何か選択を間違えて彼女を怒らせてしまったのかと思ったが、その後の彼女の行動は僕としてはあまり予想できないものだった。


「行くぞ。」


 そう言って、彼女は歩き出した。背中に「ついて来い」と言われているような気がして、僕は急いで彼女の後を追って駆け出した。


 これまでとは何かが変わったような気がして、そして何かが始まったような気がした。

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