ターン終了。いやおかしい。
読み終わった。感想。僕は眉間にしわを寄せて、口を歪めて、首を傾げて言う。
「…どういうこと?」
人類を救ったのだという英雄がなんだか人間味がありすぎてまるで近所に住むおばさんの様に思えてしまう点に疑問を抱いたというわけではもちろんない。
「これは……つまり…グレイは人間でも魔族でもないって事…?」
僕はますます彼女の事が分からなくなった。頭上に巨大なはてなを浮かべている僕をよそに、紅藕は溜息を吐いた。
「それについては分かってないんだ。この後彼女は晨曦に人間として育てられたし、彼女自身も自分の事は人間だと思っている。今ではだけど。」
なんだか含みのある言い方だ。
「今では……って…」
「これは私の仮説の域を出ない。私も知っている情報が少ないからね。」
紅藕はふふっと、口元から笑いを溢す。
「魔王討伐が三十年くらい前なんだ。なあ、おかしいだろ?」
グレイも僕と同じ十五歳のはず。この文章からすると、晨曦がグレイと会ったのは魔王討伐の前だ。
「年齢のつじつまが合わない。彼女はおそらく元々人間ではなかった。最近になってやっと人間に成ったんだよ。」
最初から、グレイに人間味は感じなかった。だがしかし、人間じゃないとは考えなかった。岩の中から産まれた人間がいるとは思えないし、もし封じられていた魔族なら、殺されていないのに違和感がある。
よく分からない。僕の頭では理解が出来ない。
「………そんな荒唐無稽な……僕からしたらただの一般暴力少女でしかないグレイが、そんな奇妙な出生を持つわけがない。」
「晨曦が書き残したんだ。事実でしかない。それに、それを言うなら君も大概で……いや、これは口止めされてたんだった。忘れてくれ。」
言った、その言葉に突っかかる。
「どういうこと?何か僕について知ってることでも?」
「その質問には答えられないね。もう私は一つ、質問に答えた。」
「じゃあ僕がなんでも一つ質問に答える。」
言うと、紅藕は顎に手を当て思考を始めた。そしてしばらく俯いた後、その口を開いた。
「晨曦は魔王を討伐した。じゃあその魔王は、一体何をしでかしたんだと思う?」
その質問はまた―――よく分からなかった。意図が読めない。とりあえず、一番最初に頭に浮かんだ答えを川水の様に垂れ流した。
「……人を…いっぱい…殺したとか…?」
いたって平凡な答え。というか頭をひねらせてもそれくらいしか思いつかなかった。
そんな僕のことを紅藕は退屈そうに見て、
「……不正解だ。正解とする人たちもいるけど。」
見て、溜息を吐いた。
何が気に食わないのかは分からないが、一旦今度はこちらのターンだ。
「……じゃあさっきの質問に答えて。僕について何を知ってるの?」
「答えない。」
ターン終了。いやおかしい。
「え、いやだって、僕は質問に答えたんだけど…」
狼狽える僕に、紅藕は平然として言ってのける。
「君が勝手に言い出したことだよ?私は別に君からの質問になんでも答えてやるなんて言ってない。」
クソ野郎。性格最悪だ。
その時、部室の扉が開かれた。僕は首だけを何とか動かして、扉の方を振り返る。するとそこには、僕とはあまり関りの無い魔研の部員が立っていた。
「テンプレの叙述トリックでドヤ顔なんて決めないの、紅藕。」
「手厳しいな、リーベル。」
リーベリオット・フォン・ベルゼラント、十七歳、女。やたらとグレイに好かれているような彼女だが、しかし僕はあまり関わったことが無い。魔研の中では比較的常識人らしいと金雀枝からは聞いているが、グレイに好かれているというその一点だけで、あまり信用が出来ない。
内心疑っている僕だったが、彼女の方は縛られた僕の縄を、懐に入れていた短刀で切った。
「オリオ君、この後君は授業でしょう?遅れると良くないよ。」
「え……はい。」
「ちょっと待つんだ。」
「待たナーイ。」
おどけたような声を出して、彼女は僕の手首を引いて部室から連れ出した。僕としてもとっととこの場から解放されたかったので、されるがままにしていたけど。
そしてしばらく歩いたところで、前を歩く彼女は口を開いた。
「ねえオリオ君、教室までお話しようよ。」
「あ、はい、まあ、いいですよ。」
ここでも根掘り葉掘り聞かれてしまうのか。なんて不安を通り越して、彼女はあんまり答えたくない様な内容の質問を投げかける。
「オリオ君ってさ、グレイちゃんのこと好き?それとも……嫌い?」
「いや嫌いかって言われるとなんだか難しいんですけど、ですけど特段好きってわけでもないしだからと言って今の魔研と関わりを持っている状況の方が前の一人でいた状況よりマシかな…って思ったりするけどでもグレイが僕のためになることをこれまでしたかと思い返して見るとそういえば真逆の事ばかりで―――」
「なっが。」
ドン引かれた。確かに長いけども。でも僕の彼女に対する感情は、好きとか嫌いとかそう言った、表か裏かみたいにはっきりしている代物じゃない。四人対戦のリバーシくらい混沌としている。言語化が極めて難しい。
「まあ確かに、あの子は自分の気持ちに素直になれないところがあったりするし…」
「リーベルさん、それは違いますよ。」
それだけは、多分違う。
「グレイは、多分、素直じゃないとかじゃなくて、ただ純粋なだけだと思います。」
彼女が可憐な少女のように、照れ隠しか何かであの暴力をふるっているとは到底思えない。絶対僕の事が嫌いだと思う。
リーベリオットは僕の事をちらりと見て、少し頬を緩めた。
「案外、見てるんだね。グレイちゃんのこと。でもそれは……」
言いかけて、彼女は口をつぐんだ。僕はその後に続く言葉には大した興味はそそられなかった。丁度教室についたので。
「じゃ、グレイちゃんとよろしくね。」
そう言って、彼女は目の前から姿を消した。いつか行っていた瞬間移動で。
☆☆☆
「―――つまり、結界という物はその機能が触媒によって左右され、その形は四角形でも三角形でも何でもいいということだ。」
授業中、成績がかかっているので僕は真面目に先生の話を聞いていた。僕以外がどうなのか、それはまあ見ればわかる。バースと同じ机にいる僕は、教室の一番後ろの席で高見の見物をしているのだから。しかし、後ろの席は先生の話が聞こえずらいので、どうして皆が後ろに行きたがるのかがよく分からなかった。
「しかし、だ。形に囚われず結界を扱える者は魔法の才に選ばれた者のみ。君達にはムリだ。だから大抵、ほとんどの者が扱う結界術もこの世に存在するあらゆる魔術と同じように形態化されている。」
魔法の才に選ばれた者のみ、か。才能に選ばれた覚えはないけれど、この学院ではまず間違いなく僕より魔法を使える奴はいない。魔法はただのエネルギーの爆発みたいなものなので、それの才能と言ったら、扱える属性が多いとか、魔力量が多いとか、その位だろう。だとするならば、僕は魔法の才に選ばれた者と言える。そうやって自惚れた者から死んでいくのだろうけど。
先生は黒板にチョークで何かを描き始めた。
「まずひし形を書く。次にそのひし形の辺の中点をそれぞれ結び、四角形を作る。そして最後に―――」
ドン。
黒板に描かれた四角形の中心に、チョークが突き刺さった。僕は見ていたので何をしているか分かったけれど、話も聞かずに雑談をしていた輩は、その音と衝撃に体をビクリと跳ねさせた。
「―――このように、突き立てる。触媒は聖石が最も好ましいが、何分加工が難しいから、大抵の場合は用いられない。」
ちらりと、グレイのいる最前席に目をやった。彼女も僕と同様に、ノートに目を通して、真面目に授業を受けているようで―――いや、寝てるな、あれは。ノートを見てるんじゃなくて、机に突っ伏しているだけだ。よくもまああんな音が鳴ったのに寝ていられるな。隣に座るバースでさえも起きているのに。
「結界と言っても色々あるが、これは魔力を封じる結界。魔法や魔術を根本的に封じることが出来る、対魔族戦において便利なものだから覚えておいて損は無い。テストに出すから覚えてなかったら損でしかないが。」
しっかりと覚えているので僕は損しないだろう。簡単な魔力封じの結界の構造くらいは覚えておいたほうがよさそうだ。あと聖石か。授業前の時間、晨曦の英雄譚を読んだ時にも出てきた石。その時も、砕くとすぐ粒子になるとか書かれていたな。
先生は眼鏡を整え、黒板からチョークを引き抜いた。
「ではそろそろ講義終了三十分前となったので、今週末に行われる遠征についての説明をしようか」
「…え、遠征って?」
「西部高原遠征さ。一年生の前期に行くことになっている、実際に魔物と相対して戦う実技だよ」
隣に座るバースが言う。そんな遠征なんて初耳だ。
「オリオ、お前は行かない方が良い。」
と、さっきまで前で寝ていたはずのグレイが、瞬きの内に僕の隣の席へと移動してきた。
「え、なんで。」
「…死ぬ危険性もあるから。」
「あーなるほど、そうですね。僕は弱いですもんね。」
この話をするためにあの先生はわざと大きな音を立てたのか。おかげで皆静かに真面目に話を聞いている。寝ていた生徒もちゃんと起きている。
感心すると同時に、教師ってかなり大変な職業だな、とも思った。
「遠征の内容は魔物の討伐。一体倒すごとに一ポイントだ。合計のポイントが高いグループの成績はまあ間違いなく良くなるだろう。」
あるいは、ポイントが低いグループの成績は、必然的に悪くなる、という事を言っているのだろう。それが分からない程の馬鹿はニーマンをおいていないだろう。
「グループは四人組。好きに組んでくれて構わない。命の危険があるような魔物はほとんど出ないし、こんなところで死ぬような奴はそのまま死んでくれた方がこの国のためになる。」
まったく酷い言い草だ。まあ、この痩せぎすの教員は、毎回こうなのでそろそろ慣れてきたけれど。それに、案外ちゃんと教師をしてるところもあるし。
僕はグレイと反対側に座る彼らの方を向いた。
「よしバース、ニーマン、フレッチャー組もう。オッケー四人組完成。」
「はぁ!?なんで俺がお前と組まなきゃなんねぇの?」
「だったらニーマン、お前は一人でやってろ。よし、グループは私とオリオとバースとフレッチャーで決まりだな。むしろ、私とオリオだけで充分だがな。」
「四人組って話聞いてた?っていうか、さっき僕に行かない方が良いとか言ってませんでしたかね、グレイさん。」
「言い忘れてた。私と一緒でなかったら、死ぬ危険性が高いかもしれない。」
「なにそれ僕のこと好きすぎってこと?」
脳天に一撃。ゴツリという鈍く硬い音が鳴って、僕は潰れるみたいに机の下にフェードアウトした。そんな様子をグレイ以外の三人が恐ろしそうに覗いていた。
「さてと、」
と、彼女はドスの効いた声を出して、バース達の方を見た。
「グループは私、オリオ、バース、フレッチャーの四人で、異論は無いな?」
「はぁ?異論なんてあるに決まって―――」
噛みついたニーマンの脳天に一撃。ゴツリ。
「異論、無いな?」
グレイはバースとフレッチャーの方を睨みつけた。睨むというか、見るというか、つまりあんまり、負の感情はこもっていない視線だったのだけれど、しかし見られた方は、およそ敵意の様な、害意の様な、身の危険を自然と感じ取ってしまった。
なので当然として、彼女のその意見に、バースは賛同するしかなかった。
そう、つまり、フレッチャーは賛成というわけでもなかった。
「ニーマンを一人にしてしまえば、必ず何か問題を起こすものです。なので、ニーマンを除外するとしたなら、私もパーティから除外されることになります。」
「フレッチャーの言う事はごもっともだ。であれば俺、オリオ、グレイさんとあともう一人必要となるね。」
「グレイを除外するとして、あと二人必要だよ、バース。」
机から這い上がった僕の頭を、彼女はもう一度ぶん殴った。
その衝撃のせいで、僕の目の前は真っ暗になった。




