僕はやれやれと溜息を吐いた
昼休み。僕は毎度のごとく、高く積み上がった二浪系ラーメンを食していた。
あの決闘以来、僕はよく人にじろじろ見られるようになった。がしかし、ある程度実力があることが示せたのか、実力者であるサンダスを倒したのが効いているのか、誰も僕に話しかけてこようとはしないので、かえって快適に生活ができていた。
まあ、彼らは話しかけてくるけれど。
「やあ、隣、良いかな?」
バースはいつも通り、ニーマンとフレッチャーを引き連れてやって来た。
「いいけど、ニンニク臭いと思うよ?」
「それはフレッチャーも同じことだからね。今更気にならないよ。」
バースによると、罰ゲームで一週間二浪系ラーメンを食べていた彼だったが、どうやらその味にハマってしまい、今では一日二食が二浪系ラーメンらしい。確かに、フレッチャーの体つきはスリムから小太りっぽくなっていた。
そんな、二浪系を食べている二人の傍で、バースはエッグトーストをほおばった。
「ところで、どうだい?最近は。魔研の人達と関わらなくなったんだろう?」
カップに入れたコーヒーを口に運ぶと、バースは話し始めた。僕は一旦、野菜の山を開拓するのはやめて、水を飲んだ。
「あー、まぁ、グレイとは今でも授業中に打ち合ってるし、紅藕以外の人と廊下で会ったときとかは話したりするから…別に完全に関わらなくなったわけじゃないんだよ。」
紅藕とは、なんだか気まずくて話せない。積極的な関りをしなくなっただけで、仲は険悪というわけではない。むしろ、今が最も安定している時期だ。
「もったいないことだと思うけどね。魔研って、結構個性的な方が揃っているじゃないか。」
僕は紅藕、グレイ、金雀枝、リーベリオットの顔を思い浮かべた。確かに、個性的だ。しかし、他の二人に比べると、金雀枝とリーベリオットは普通寄りだと思う。
「個性が強すぎて耐えられないよ。…まあでも、今でも思うんだ。あのまま魔研に入って、深い関りを持って、あの集団で学校生活を送っていたら、どれだけ楽しかったんだろうって。」
グレイに引っ張られて、紅藕が何か計画をして、それに振り回されて送る生活。勉強はリーベリオットや、他の方々に教えてもらい、順当に成績を上げていく。もしあと一年半強以内に成績優秀者になれずとも、僕はそんな楽しい集団で、残りの二年を過ごしていくのだ。
そんな妄想を、していないと言えば大嘘だ。
「……じゃ、じゃあ、戻ってきますか…?」
後ろから、怯える小動物のような声が聞こえた。僕が知っている中で、こんな声の人物は一人しかいない。
振り返ると予想通り、金髪ショートのメカクレ少女がいた。
「金雀枝さん…」
「お、お久振りです…お、オリオさん…」
そう挨拶を交わすと、彼女はバースにお辞儀をした。一見すると礼儀正しいが、彼女の事を侮ってはならない。なぜならあの、悪名高い魔術研究サークルの一員だからだ。
「やあ、金雀枝さん。初めまして。よかったら一緒に食事でも?」
優しく言うバースに、金雀枝は少し怯えながら、僕と向かい合った席に腰かけた。その素振りは「本当は金雀枝は一緒に食事を取ろうなんて考えてなかったのに、相手の善意を無視するのもあれだから一応席には座っておこう」と言っているようだった。
「………」
彼女は、まるで借りてきた猫のように、周囲をきょろきょろと挙動不審に観察していた。他人が挟まると会話が出来ないのか。
「……そういえば、決闘の時さ、金雀枝さんだけが僕に賭けてくれてたんでしょ?魔研の中で。」
とりあえず話を広げないと、この空気を僕は耐えられない。
「は…はい。だって……金雀枝は……あの人たちとは…ち、違いますから…。」
確かにそうだ。こんなオドオドしている人なんて、学校中探しても彼女くらいしかいないだろう。特に気が強い人が多い魔研では、彼女の存在は浮いてしまっているのだろう。しかし、僕が考えている『あの人たちとは違う』と、彼女の考えている『あの人たちとは違う』は、全くの別物だった。
しかし、それが分かるのはもう少し後の話だ。
「二人の話に割り込むようで申し訳ないのだけど、金雀枝さん、君はもしかして王族なのかい?」
バースが、彼女の目を見ながら問いかけた。慌てて金雀枝は前髪を抑えた。確か、王族の身体的特徴として、金髪とか碧眼とかがあった。だとするならば、彼女はそれではないだろう。なぜなら、彼女の目玉は恐ろしい程どす黒いから。
「わ…私はそんな…たいそうな者じゃないです……簡潔に言うなら…私の出身国は火国なんです…。」
僕はそう言われてもさっぱりだったが、バースは何か納得したようで、それ以上の発言をしなかった。彼がそんな行動をとるという事は、きっと触れてはいけない事なのだ。
僕が配慮して黙っていると、今度は金雀枝が口を開いた。
「あ、と、というかオリオさん…ま、魔研に戻っては…く、くれないでしょうか?」
またこの話か、と僕は思った。しかし、僕はグレイや紅藕、様々な人に魔研から離れた理由を聞かれて答えてきたが、金雀枝に聞かれたのはこれが初めてである。
仲間外れにされてしまってかわいそうなので、僕は一旦極太麺をすすってから答えた。
「…うーん、僕もそれは考えたんだけど、もう決めちゃったから仕方ないんだよね。でも魔研に帰ってこないからって、僕と部員の人達との関係がバッサリなくなっちゃったわけじゃない。だからさ、金雀枝さんはこれからもいい友人でいてくれないかな?」
『これからも』まるで、今までも友人だったような物言いだが、実際の所、彼女とは図書館で会ってそれっきり一度も顔を会わせていない。果たしてそれだけの関係で友人と呼べるかは分からないが、社交辞令として一応言うだけ言っても罪はないだろう。
金雀枝の方は、しきりに周囲を確認して、僕に耳打ちをした。
「………じ、じゃあ、早いところ逃げた方が良いです…」
「………え?」
彼女の言葉の意味を考える暇もなく、おそらく待機していたのであろう、灰色の女性が顔を出した。無論、彼女だ。
「おー、オリオ。お前、たまにはいいこと言うじゃないか!」
僕は、彼女の顔を見た瞬間、全てを理解して走りだした。
「あ、おい、待て!」
僕は、彼女の制止を振り切るため、無我夢中で走った。もし捕まれば、僕はきっとまた魔研の部室に軟禁され、彼女たちに詰められるだろう。そんな面倒事はごめんだ。
そうやってなりふり構わず駆けていると、体格の良い男にぶつかった。
「危ないだろう。学食で走るなど……待て、お前、オリオか?」
そこには、いつか会った、眼鏡を掛けた男がお盆を持って立っていた。
僕は『この人も魔研なのか』とため息を吐きながら、学食の出口へと再び駆け出した。
「ディアン!捕まえろ!」
どこからか、聞き覚えはあるが、グレイではない声がした。後ろを振り向くと、見覚えのある頭がきらりと光った。
「ええい、見たらわかるだろ!俺はお盆を持っているんだ!そう言った無理難題はだな―――」
ディアンとやらが紅藕と言い争っている内に、僕は食堂外へ脱出することに成功した。
僕は、まだ食べ途中だった二浪系ラーメンの事を思いながら、走り続けた。
そして、今のこの状況から僕の学校生活に平穏が訪れないのを確信すると、僕はやれやれと溜息を吐いた。




