離脱します
さて、そんな引きで終わるという事は、つまり問題があったというわけだ。
その問題というのは、別に、オリオが決闘で相手を騙したから、それによって学院全体からのオリオへのイメージが悪化したというものではない。
また、サンダス・ヤーゴの命を危機にさらしてしまったからというわけでもない。あの後、サンダスはリズベル教頭によって完全に治癒してもらったので(というか、決闘は彼女が治癒すること前提の競技だった。)別にサンダスの事については何も問題はない。
むしろ、彼にのみ焦点を当てれば、僕との関係は至って良好だ。騙されたというのは自分の詰めの甘さのせいだと反省していた。もっとも、反省すべきは僕なのに。しかし戦闘民族の方々の思考なんて、僕には理解できないものだった。
さて、では僕が問題であると感じているのは、その戦闘民族の方々以外の方の事だ。
つまり、魔術研究サークルの面々の事だ。
「第二回、紅藕とオリオの魔研ラジオ~通称“まけラジ”いや、今週もこの時間がやってまいりましたね~」
これは毎週やらなければならない事なのだろうか。僕は心の中で溜息を吐いた。
決闘が終わって一週間ほど経った後に、魔術研究サークルの部室に呼び出されていた。そして、いつか行ったあのよくわからない質疑応答も始まった。
最近の僕は、話をしている相手の顔色を窺うようになった。僕は紅藕の方を見たが、彼は特に波立った感情の起伏は見せずに、ただ淡々と、手元にある紙に目を落としていた。
「えーっとですね、まず、オリオさん。これは個人的な質問でしかないのですが、先日、あなたはサンダス・ヤーゴさんと決闘をしましたよね?」
僕はそれに頷く。
「はい、そうですね。僕も結構有名になったようで、以前より周囲の視線が痛いものとなってしまったんですよ。」
「人気になったという事でしょうか。あ、でですね、この放送を聞いている皆さんに、どうしてオリオさんが決闘をしたのかといいますと、えー私がですね、彼に『剣で一本取って来い』と課題を課したからですね。…で、ここからが本題なのですが…」
呆れたように、紅藕は溜息を吐く。
「オリオさん、私あの時言いましたよね?忠義に厚く、単純な人にしろって。」
「おすすめは、その人でって話でしたよね?」
当初は、ニーマンと決闘しようかと考えていた。しかし、それでは僕の目的―――決闘で達成した方が良い第三の目標を達成できないと考えたのだ。
僕のその言葉に、紅藕は眉間を抑えた。
「いや、それを言うなら私、別に決闘で一本を取れなんて言ってないのに、あなたちゃんと意を汲んで決闘にこだわったでしょうが。」
僕は、彼の課題で守らなければならない事と、別に守らなくていい事の優先順位をまたつけた。
『剣で一本を取る』これは絶対である。だがしかし、例えば廊下で、相手が油断しているときに剣でポコッと殴ることでも、剣で一本を取るという条件は満たされるだろう。
しかし、その様子は魔研の面々は誰も見ていない。出来る限り公衆の面前で公的な試合で一本を取ることが望ましいはずだ。加え、僕はその日に決闘を持ち掛けられていたので、一週間という短い期間で行うことが出来る公的な試合として、決闘を行う事もまた絶対的な条件になると考えた。
しかし、誰と行うかは確定の指示はされていない。それとなく『お勧め』されただけで、そこは別に個人の判断に委ねるといった様子だった。
「それなのに、あんなに分かりやすい指示は無視するわけなんだから、もうこちらとしては君のことが良く分からないんだ。まず、どうしてバース君の従者のニーマンではなく、サンダス・ヤーゴを指名したのか、それを教えてほしいんだけど。」
だから、紅藕にとって、僕がニーマンを指名しなかったことは別に大した問題ではないはずだ。だから僕としては、どうして彼がこの質問をしたのか疑問だった。
こうして頭を働かせて、言葉を選びながら慎重に会話をしているわけだが、果たしてこれも必要なことか分からない。
だが、彼には僕の学校生活を脅かすことが出来る力があることを僕は知っている。どの発言が命取りになるかは分からないため、僕は引き続いて慎重な話を続けた。
「まあ、色々事情があるんですよ。僕はまず、サンダス君の親を知っていて、ある程度戦いを見たことがあったので、戦いやすそうだと思ったわけです。次に、試合が終わったら僕はニーマンの主のバースと仲直りする予定でした。だから、その前に倒してしまうのがニーマンだったら筋が通らないと考えたんです。」
それに、どっちみち今ここでサンダスを倒しておかなければ、今後彼から決闘を挑まれる可能性があったので、それが早まっただけだと思えば、至極普通の選択を取っただけに思える。
「……なるほどね。筋か。うん、通すべきだね。普通ならば。」
含みのある言い方だった。僕は紅藕の顔を見たが、彼は相変わらず眉間にしわを寄せて、何かを考えているようだった。その様子は、僕と全く同じで、まるで鏡を見ているようだ。僕の髪はまだ健在だが。
「…君はね、普通じゃない自覚を持っているのかい?異端も異端、異常も異常、そもそも、どうして君はこの学院に入学できたのかな?…いや、この答えを私は知っているから良いか。質問を変えよう。」
どうして紅藕が、僕が入学できた理由を知っているのかは置いておこう。それはさして重要ではない。僕からすれば、彼が、どうして僕が入学できたことに疑問を持ったのかが気になった。なぜなら、僕の入学試験は受かって当たり前のような問題ばかりに思えたからだ。
「君は最近、大きく変わったね。一般的に言えば良い方向に。真面目に鍛錬をして、勝つために貪欲になった。しかし、私達から離れてしまった。魔術を研究するという大義を持った集団からだ。それは一体なぜだ?」
「…それは……」
うまく言い表せない。確かに、魔研の面々の方が様々な面で頼りになるだろう。フレッチャーに情報を提供してもらわなくとも、戦斧使いの弱点なんか、紅藕やディアン、リーベリオットからいくらでも貰えるはずだ。
それなのに、僕は自分で勝手に考えて、簡単に頼れる人に頼らなかった。
では、それは悪いことか?
―――否。
「正直、僕が間違っている事なんて無いと思います。」
「あぁ、そうだよ。一般的にね。」
彼は食い気味に答えた。彼の顔からも、不満そうな態度が見て取れる。
「だがしかし、君は違うだろ。友人と仲直りをしたい?学校生活を楽しく、平穏に過ごしたい?それは私達にはふさわしくない。非凡な私達には。」
…以前から思っていたが、彼はきっと中二病の真っ最中なんだろう。だがしかし、本気でそれを信じている限りは迂闊な発言は避けるべきだ。
僕は黙る姿勢を貫いた。
「高貴なるものの義務って聞いたことはあるね?元は貴族間の言葉だが、能力が高い者にも当てはまる言葉だ。つまり、私達に。」
自分で言ってて恥ずかしくないのだろうか。しかし、彼はふんぞり返って自信満々に言っているので、そういう事も無いらしい。
「自覚を持ちなよ、オリオ・ベルベティオ。君は普通じゃない。単独で何もかも出来るほど器用でもない。私達は仲間だ。だから、ぜひ頼ってほしかったんだよ。」
仲間だと言われても、どうやら試合後にバースに聞いたところによると、あの決闘の日に僕に賭けていたのは魔研の中で金雀枝だけだったらしい。それなのに『仲間』か。
僕は立ち上がった。
「一旦、僕は魔研を離脱します。自分が魔研を信じられるようになったら、また戻ってきます。」
元々深く関わりを持っていたわけではないけど、僕は一旦、この珍妙な集団から距離をとることに決めた。魔術研究サークルに入れば、きっと退屈はしないだろう。いい意味でも、悪い意味でも。
でもしかし、僕はいずれこの学校を去る人間なのだ。この学校に思い入れなんかは全く必要のないものだ。
必要最低限、僕は成績優秀者になり、この学校で知り合った全ての人に別れを告げる。それ以上の刺激は不要なわけだ。
僕が部室から出るとき、紅藕が「待て」と制止したが、僕はそれを無視した。
「………もうこのラジオも最終回なのか…」
紅藕は一人になった部屋で呟いた。




