実戦的だったね
僕は時計塔から降りた後、ある男の下へ向かっていた。その男と言うのは…
「どうしたんです?オリオ様。私のトイレを待ち伏せとは、なかなか良い趣味をお持ちのようで。」
バースの従者、フレッチャーは微笑んで言った。僕が、今後待ち受けている決闘に勝つ確率を上げるために必要なものを、彼は持っているのだ。
それは『情報』。彼は、現状頼りになる人の中で最も聡明であるはずだ。本当はグレイやサンダスに遭遇した鍛錬の日に、諸々の情報を引き出すつもりだったが、まあ今はそんな事どうでもいい。
「なるほど…情報ですね。確かに私は情報に秀でている面が無いこともありませんね。私を頼ることは間違いではないですよ。はい、貴方の選択として間違いではないです。」
彼は眼鏡の位置を整えながら、話を続けた。
「ですが、私からしたら間違いでしかないです。ここで、今、貴方に情報を渡すことは、まったくもって、間違いでしかないです。おそらく貴方は、無償で頂けるものとお思いなのでしょうが、残念ながらそうもいきません。加えて、対価を渡されても情報を渡すつもりはありません。」
彼がそう言うのもうなづける。なぜなら僕は、未だにバースとは気まずい状態にある。あの日、カッとなってニーマンと喧嘩をした日から。ずっと。
「バース様は…あのお方は、貴方と仲直りしたく思っているのです。ですが、私としてはそのことに必要性を感じません。私の個人的な意見を申しますと、私から見た貴方は屑なのですよ。バース様の優しさに甘え、ひねくれた思考で人々を困らせる。加え、グレイ様を魔法で打ち倒すなど…………まったくもって許せません。
そんな、あまりに非道の限りを尽くすあなたの事が、私は認められないのです。だから、バース様にでも命令されない限り、私はあなたに情報を渡しません。」
言い切られた。ズバッと。正直、ここまで真っ直ぐ言われるとは思っていなかった。それは、彼が普段から自分の思いなどを隠して生きている印象だったからだ。
相手が隠さないのであれば、僕もさらけ出してやろう。心の内を。
「……正直、僕は自分が―――」
はい、ここから先なんだけど、残念ながら記憶があやふやで覚えていない。たしか「自分が許せない」とか「自分も仲直りしたいと思っているんだ」なんて台詞を言っていたはずだ。でなければ、彼が協力してくれるなんてありえない。
フレッチャーは眼鏡の位置を整えた。
「では、貴方はどんな情報が欲しいのですか?」
「基礎的なことでいい。サンダス・ヤーゴの弱点を教えてほしい。」
知らなくても無理はない、と思ったが、案外彼は俺が思っているより物知りらしい。彼は懐から取り出した手帳をめくりながら言った。
「サンダス・ヤーゴですか…あの…えぇ、良いでしょう。弱点と言えるかわかりませんが、彼の事は大抵調査済みですので。」
以降は、彼から聞いた話である。
サンダス・ヤーゴは戦斧使い。斧なので攻撃は遅く、威力は高い。攻撃を当てられたらまずただでは済まないので、避けに徹するほかない。受け流すことは可能だが、かなりの経験を積まなければ難しいだろう。
弱点としては、彼は片手が使えない。両手で斧を持たなければ振ることもままならないため、これは致命的な弱点の一つと言えるだろう。
また、攻撃が遅いのも弱点である。そして、彼は斧を振るうための筋肉をつけたため、体力が多くないはずである。有効的な戦術は、攻撃を避け、追撃を加える。もしくは攻撃を避け続け、持久戦に持ち込むの二択である。
以上が、フレッチャーの情報。実はこれ、すでに聞いたことがあった。それはもちろん、僕が入学試験を受けに行く道中で出会ったアガーバ・ヤーゴからだ。
「戦斧は……対人戦には向かない…魔獣を狩るのには適しているが…だからこそ、先程は危なかった…」
そんなことを聞いた記憶がある。だから、正直フレッチャーの情報はあまり役に立たなかったわけなのだけど、最後の助言だけはとても役に立った。僕が勝つための、最後のピースとなったのだ。
「あ、それとですね、戦いにおいて悠長に考える余裕などないと思いますから、あらかじめどんな行動をとるかのパターンを…つまり戦略を考えておくべきですね。これは戦いにおける基礎的なことですけれど。」
その戦闘の基礎が欠けている僕には、とてもありがたい助言だった。
しかし、現在―――
「威勢がいいのは最初だけか!?」
残念ながら、最初に考えていたパターンを大きくそれてしまっていた。本当は、粘り強く体力を削りながら、僕の闘志を見せて戦意を削ぐ作戦だったのだけど、なんと粘り強く戦う僕の姿が逆効果だったようだ。
僕は何とか片手に持った折れた剣の刃で、彼の攻撃をしのいでいた。彼も疲れているからか、最初よりかは攻撃の威力はない。
仕方なく、僕は何とか軌道修正の一手を選んだ。
彼の攻撃が僕に当たった瞬間、僕はもう一度剣の刃を落とした。
「く、クソ…!」
「ようやく…終わりのようだな、オリオ。」
僕は、もう片手に握った剣の柄を、利き手に握り直した。サンダスは、斧を大きく振りかぶった。どうやら、最後に一撃を加えられるらしい。
無理やりにでも口角を吊り上げて、サンダスの方を見る。
「戦ってくれてどうもありがとう。」
「……あぁ、こちらこそ。さぁ、来い!」
彼は思い切り縦振りの攻撃を放ち、その場に砂煙が舞った。
しかしそれは僕はなんともなかった。直撃していたら死んでいたであろうその攻撃が、僕の真横に放たれたからだ。
彼は僕に敬意を表し、勝負を流血無しで終えるという措置を取った。もう柄だけになってしまった剣を持って、なお闘志を燃やしている僕に。
さて、この前の段落で、間違っていることが二つある。一つはもちろん、僕が闘志を燃やしているということ。僕は別に戦闘民族ではない。出来る事なら戦いたくない。不屈に見えるそれは、相手を挑発するために生じた副産物でしかないのだ。
で、もう一つは、柄だけになってしまった剣だ。
僕は剣の柄にある突起部を押し込んだ。すると、隠れていた小さな刃があらわとなる。七波に頼んで作ってもらった機構だ。実は、これまで剣の刃として扱っていた部分はただの飾りで、こちらが本当の刃だったのだ。でなければ、剣の刃が柄から抜けるなんて珍事、そうそう起きるはずもない。
剣を自らの命と同等に扱う剣士達からしたら、仮初の刃で戦おうとすることなんて言語道断だ。
僕は跳び、サンダスの首を切りつけた。この刃は、小さいがとても鋭いため、簡単に彼の首を切ることに成功した。
やがて砂埃が晴れ、首を押さえながら倒れるサンダス・ヤーゴの姿と、血の付いた短剣を握る僕の姿があらわになった。
「………しょ、勝者…オリオ・ベルベティオ…!?」
戸惑いを隠せない審判と、ただあるだけの結果。さながら剣士ではなく、暗殺者の戦い方で勝ち取った勝利を、勝利と受け取る人物は少なかった。会場全体に響くブーイングが、それを僕に教えてくれた。
「貴様………騙したなァ……!!!」
「とどめを刺さなかったのはお前だよ。」
遠くから医療班が駆け寄ってきているのが見える。僕はその場にへたり込んで、青い空を仰ぎ見た。
☆☆☆
「やあ、元気にしてたかな?オリオ君。」
試合が終わって、選手用の休憩室にバースがやって来た。
試合の結果は、一応僕が勝ったという事になったらしい。『らしい』というのは、サンダスの誠意を裏切ったとか何とかいちゃもんをつけられて、僕の試合結果をどうするか審判陣がついさっきまで話し合っていたからだ。
僕としては、正々堂々ではなく、最終的にだまし討ちで獲得した勝利だったので、決闘に勝ったとは言い切れなかったのだけれど、そこは審判が判断したことだから良しとしよう。
「久しぶり、バース。お宅のフレッチャーにはお世話になったよ。」
ベンチに腰かけて飲み物を飲んでいる僕に向かい合って、彼は腰かけた。そして、僕の傍に置かれている剣を手に取った。
「…よく、こんなおもちゃみたいな剣で勝てたね。」
「元々鋭い短剣……ホウチョウを、不登校のルームメイトに作らせた金属製のカバーに入れただけなんだけどね。うまくいって良かったよ。」
「………」
二人の間に静寂がやって来た。これまではそんなに気まずい空気は出来なかったはずだ。なのに、なんだろう。僕が人として成長した証なのだろうか。僕も彼も、互いを尊重し合っているからこそ、この静寂が産まれているのだと分かる。
しかし、この空気は早急に切り替えたい。そんな僕は口を開いた。
「ねぇ、バース。僕はさ、元々バースの事は信頼してなかったんだ。」
話し出した僕の事を、バースが見るのを感じた。僕は地面に目を逸らしているので、彼と目が合う事は無い。
「それで、今の今まで僕は、バースの事を便利な道具みたく扱ってた節があった。そこは謝る。ごめん。」
返答が無いので、僕は引き続き言葉を続けた。
「だからさ、これからは本当に友達になろう。僕とバース、互いに支え合って生きたいって思うんだけど、だめかな?」
僕は地面を見たままそう言った。そうして、地面を見続けて暫く経った後、バースが口を開いた。
「……俺は、オリオ君のことを、初めての友達として大事にしようと思っていたんだ。どれだけ………ひどい奴でも。」
ひどい、と言われるのは心外だ…なんていえないのが僕だ。実際ひどい奴だと自分でも思うし。
バースは、返事がない僕を尻目に、話を続けた。
「でも、あの日のあの出来事がきっかけで、俺はほんの少しだけ心変わりしたんだ。それまでは、友達が欲しいと思っていたんだ。」
あの日のあの出来事というのは、僕と彼が一緒に鍛錬部屋に行った時の、ニーマンと僕の口喧嘩の事だろう。
「頼られるのは別に悪いことじゃないって、俺は思ってる。それは今でも。でも…」
彼は言葉を続ける。僕は少しだけ緊張してきた。
「でも今は、友達が欲しいし、その友達が、背中を預けられるくらい強くて、信頼できる人物であってほしいと思うようになった。」
僕は顔を上げて彼の方を見た。彼はまっすぐこちらを見ていた。
「だから君はもう友達だ。オリオ君。」
彼が僕に手を差し出した。僕はその手を取った。
「ありがとう、バース。」
「こちらこそ、オリオ。」
僕達はしばらく互いの顔を見つめ合った後、なんだか恥ずかしくなったので、急いで手を離した。
「あ、ところでなんだけど、今日の僕の試合ってどうだった?やっぱり狡かったかな?」
急いで話題を変えようと、僕はバースに問いかけた。
「………まあ決闘とは言えなかったかな。実戦的だったね。うん、実践的だった。」
実戦的というのは、つまり狡いという事なのだろうか。以前に、僕が試合で魔法を使った時、言い訳に「実戦を想定してやってるから」という文言を使ったので、暗に言っているのだろうか。勘ぐってしまう。
そんな僕の不安をよそに、今日は終わっていくのだった。全くもって、問題なく。




