"正しい役"
「どうどうどうどうどうしてーーーーー?????どうして今日私独りなんですかあぁぁぁあ……」
放課後、下手糞な歌を歌いながら、帳太刀紅藕は部室の椅子に腰かけていた。
昨日入部したはずのオリオ・ベルベティオとかいう少年はおろか、他の部員も来ていない。いや、問題なのはオリオが来ていないという事で、他の部員が部活動に来ないのは日常茶飯事だった。
「まあ、彼なりに考えがあっての事だろう。まさか直帰するとは思わなかったが。」
言って、立ち上がる。長机の周りを二周、三周、ぐるぐると歩いて、壁に立て掛けられた灰色の板に視線をやる。
「グレイ君、君が協力してやればあるいは……いや、見たいのか。彼のあがきを。」
紅藕が台詞を言い終えたところで、部室の扉が二回叩かれた。「どうぞ。」と返すともちろんその扉は開かれる。そこにいたのは部員ではなかった。がしかし、紅藕が会話してみたい相手でもあった。
「突然の訪問、お許しくださいませ。」
「”次に来た時に教える”と言ってたので、ここまではるばるやって来ましたよ。あ、リーベルさんへのお土産はここに置いておくので。」
バースは箱に入った高級そうな菓子を長机に置いた。紅藕は何時の間にやら最奥の椅子に腰かけていた。そして二人の事を観察する。
(バース・グウェンカ。テリドール。彼はオリオとグレイと同じ一年生。そして未来のこの国の王様。この国の王族貴族は関わると碌なことが無い。いや、大陸か。大陸だな。まったく、島の生活が恋しくなってくる。まあ、あの島も大抵碌でもない奴ばかりだったが。
そしてバースの従者、フレッチャー。本名は覚えてない。ニーマンみたいに単純ではないが、なまじ話が通じるのでニーマンほどやりにくくはないな。)
一息ついて、口を開く。
「やあ、君とは話してみたいと思っていたよ、バース君。運よく今日は誰もいないから、そこに腰かけてゆっくりして行ってくれ。と言っても、パイプ椅子しかないが。」
「お気遣いなく。」
皮肉に気付いているのかいないのか、全く物ともしない様子で、バースはパイプ椅子に腰かけた。フレッチャーはその背後に立っている。
紅藕は自らの頭皮を撫でながら、何もない空中をぼんやりと見た。
「さてと、何処から話そうか………全てを話してしまったら、君はともかく、その隣にいる突っ立っている子はオリオ君の事を殺してしまうだろうからね。」
「バース様の命令がなければ、私はそんな事しません。」
「でもバース君のためなら何でもやる。違うかい?」
フレッチャーの顔から一瞬だけ微笑みが消える。紅藕はそれを見逃さなかった。
「案外、君のような輩が一番厄介だ。常日頃から“正しい役”を担っている人間は、いざ間違ってしまった時、それが間違いだと気づかない。指摘をされても、自分の行動が正しいと信じて疑わない。」
「っ……そんなこと…!」
反論しようとする彼を、バースは制止する。
「落ち着け、フレッチャー。俺の顔に泥を塗る気か。」
「落ち着いてますよ!私は………冷静……」
主の制止に歯向かってしまった時、彼は気付いた。そして押し黙った。そんな様子を見て、紅藕はフッと息だけを吹いて笑った。
「気付いたか。ま、君の事なんて私は気にしていないから、ただそこに突っ立って指をくわえて見ていなよ。」
フレッチャーはその言葉に眉間を歪ませたが、二度も主の事を裏切るわけにはいかない。誰に悟られないように小さく深呼吸をして、その心を落ち着かせることに成功した。
バースは言葉をしまったフレッチャーの様子を伺い、そして紅藕に視線を戻した。
「全てを話す必要は無いよ。俺が気になったのは、どうして関わらない“べき”なのか。禁止じゃないってところさ。」
バースのその言葉に、紅藕は静かに口角を上げた。
「良い着眼点だ。さすがはこの国の王様。そう、君が彼と関わっても、現在は特に何の影響もないんだ。影響があるとしたら、未来だね。まあそれも確定はしてないが。」
紅藕は笑みを堪える。それは何かが面白いとか、滑稽だとかいう理由からではない。ただ、心が躍っていた。ワクワクしていた。思わず自分が知っている全てを話してしまわないよう、ところどころでブレーキを掛ける。
「彼は存在自体が特別なんだ。学生だとか、人間の国の王とか、屁でもないくらいにね。それこそかの英雄と肩を並べてしまうくらいに。」
「…それは……まさか……!」
バースは目を見開く。紅藕は、もう漏れだした笑みを隠せなかった。
「そう、今でも彼女は最強格だ。並びたてる奴なんて、人類史に名を残す大英雄か、大悪党さんくらいだ。彼がどっちかなんてことは、わざわざ言ってやらなきゃいけない事かな?」
「………人類史に名を残す大悪党……しかし、俺は彼の事なんて知らなかった。彼が……有り得るのか?そんなことが……」
口を手で覆い隠して、バースはぼそぼそと呟く。それは自己の心を平常に保つための試みであり、そんな必死な抵抗を、紅藕は打ち崩してみたくなった。
そして、言い切る。
「彼は“魔王”だよ。」
魔王―――それはかつてこの世界を滅ぼさんとしていた者。世界に溢れる魔族達の頂点に立つ者。魔物という自らの手足をこの世に解き放った者。そして、もう三十年も前に英雄によって打ち倒されたはずの者。
オリオがかの魔王である。
そんな事実を目の前にして、バースは思考が出来なくなった。
☆☆☆
翌日、学校が終わって部室にも行かず、寮へ直帰した僕の元に、頼んでいた荷物が届いた。正確に言えば、注文は七波がしたのだけど。
「火国だったら千イェンもしないのに、どうしてここジャア五倍以上の値段ナンだよ。この“ホウチョウ”とかイウ刃物は。」
そんな悪態を吐きながら、彼はそのホウチョウを眺める。
「じゃあどうして注文したんだよ……」
スクワットをしながら、彼の方を見る。
「イヤなに、鋭くて短い刃物っテ言えばコレくらいしかないのヨ。ソレに、オリオがソウやって頑張っているのを見タラ、オイラも応えてやりたくなってナ。」
「奇麗事言ってるけど、金貰って後に引けなくなったからじゃないの?」
「正解。」
その時、ベッドの上から火花が飛んで来た。何事かと見上げると、どうやら金属同士を繋げているみたいだった。こんなところに居ては、筋トレに集中も出来ない。
「じゃあ僕は今から走りこみをしてくるから。」
という言葉だけ吐いて、僕は部屋から出て行った。
一旦溶接作業を止め、七波は扉の方に目をやった。
「……応援してるゼ、オリオ。」
独りになった部屋で、七波七波は呟いて、引き続き作業に戻った。
その後二日間、僕は部室に顔を出さなかった。学校に行っても、ただ授業を受けて、グレイを躱して、走って帰って、寮の部屋で筋トレをする日々。帰り道で息切れをしなくなった時、僕は「そろそろか。」と思った。
僕が鍛錬を始めた日から三日後の昼休み。僕は時計塔の下でストレッチをしていた。全身の柔軟を終えた時、僕は深呼吸をして時計塔の天辺を見た。
「………よし、行くか。」
僕はそう呟いて、時計塔を駆け上がり始めた。
百段上がった。息はまだ切れない。
二百段上がった。息はまだまだ切れない。
三百段上がった。息は少しだけ苦しくなってきた。太もももほんの少し熱い。
そうしていつの間にか、僕は塔の最上階に到達していた。息が苦しい。太ももも先程より熱い。でも、入部試験の時と比べれば遥かに成長している。
「はぁ…はぁ…これなら……」
少し待った。一旦待つべきだ。ここ数日の僕はおかしい。これまでの僕なら、なんだかんだグダグダ言って、結局何をやろうともしてなかった。決心して行動するまでが異様に短い気がするのだ。紅藕との会話で何かが変わったのか、それとも…
ここ数日、一人で過ごすことを心掛けていたら、なんだか心がすっきりした。僕に課せられた義務が、しきりに僕を焦らせて、それ以外を考えられなくしてくれたおかげだろうか。
…分からないが、そろそろいい頃合いだ。だがしかし、まだ足りないものはある。それを得るために、今から“彼”に会いに行こう。
僕はそう決めて、時計塔を急いで降りた。




