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ようこそ!魔術研究サークルへ!  作者: 蓮根三久
決闘編
18/37

俺の初めての友人が彼だから

 魔術研究サークルは、学院内で最も嫌われる集団の一つである。


 理由はもちろん「剣術を学ぶ神聖な学院に、魔族という人類と敵対する種族が使う魔術を学ばんとする非行者共の集まりだから。」というのは建前で、本音の所は「俺達は剣術で勝負してるのに、魔術を持ち出してくるのはなんか狡いから。」である。加えて、それを言っているのは魔術が使えない者達に限られる。


 よって、魔研が嫌悪され、魔術に対する風当たりが強いのは、そこに入れなかったり、それが使えなかったりする者達による僻みがあるからだ。


「―――そのため、あの時オリオ様はあの巨漢に決闘を挑まれたのだと考察します。」


 フレッチャーがバースに呟いた。


 彼らは現在、大講義室で授業の真っ只中だが、前の生徒達の頭を見下ろしながら、ひそひそと話していた。授業を行う教員は、見るからに温和なおば様で、加えて授業内容は『この国で昔使われていた言語について』という、あまり自分たちの人生に関係なさそうなものだったので、ほとんどの生徒達は下を向いていたり、隣の人と会話したりしていた。


 全く憂鬱な風景だ、と俺は頬杖をついた。


「バース様、聞いていますか?具合が悪いのでしたら早退しましょう。」


 従者一、フレッチャー・コンダクト。俺が小さなころからずっと俺の面倒を見てきた信頼できる従者だ。彼はもう十八になるが、俺の傍にいるために、基本的に十五歳しか入学できないのだが、特例で一年生として入学した。


 そんな彼は、俺を心配するような表情を見せた。少しの事を気にかけすぎなのだ、この男は。


「あ、あぁ、大丈夫。それより気になることがあるんだけど、先の時間に起こったあの暗闇化現象、あれは誰の仕業か特定できるか?」


 聞かれたフレッチャーは、懐から手のひらサイズの茶色い手帳を取り出し、ペラペラとめくって見た。


「もちろんでございます。というより、私がバース様の入学前に調査していた時、同じような現象を闘技場で拝見しまして、オリオ様との関係的に、その人物ではないかと。」


 一応、俺はこの国の王族なので、入学予定の学校に俺が来ても問題無いか、内部調査を行う必要があった。その時や、一般人が観覧可能な学内剣術大会で、様々な調査をフレッチャーに委託していたのだ。その理由としては、学内で優位に立ち回るためにほかならない。


「その人物というのは?」


「帳太刀紅藕、火国ヒコク出身の剣士…いえ、暗殺者アサシン。火国の言葉で言えばしのびでしょうか。帳太刀という太刀を巧みに操り、その名を賜ったとか。火国ではそういう武器の名を賜った家が極めて優秀な家だとされ、帳太刀家はその中でもさらに名家らしく、紅藕殿はその三十三代目当主になる予定なのだとか。ついでに現在、魔研の部長をしておられるそうな。」


 火国、テリドールよりも東にある島国だ。詳しくは知らないが、剣術においては世界中のどの国にも負けない教育が一般人にも施されているそうな。世界最古の剣術教育機関が置かれているとかも聞いたことがある。それらが全て眉唾でも、紅藕はシグネウィリトンに来れたわけなのだから、実力は侮れない。


「……なるほど。ちなみにだけど、魔研にはほかにどんな人がいるんだい?」


 そう聞くと、フレッチャーは再び手帳をペラペラとめくり、手帳の一番新しいであろうページで手を止めた。


「三年生は、ディアン・トゥーエールズ、リーベリオット・フォン・ベルゼラント様。二年生は柴闇金雀枝、一年生はご存じの通り、オリオ・ベルベティオ様、グレイン・グレイドール様です。」


 俺の思考はそこで一旦止まった。魔術研究サークル…オリオ君があそこに入るのを僻む人がいるのもうなずける。出来る事ならお近づきになりたいものだ。


 そして、思考が再び活動を始めたとき、今いない人間の事を思い出した。


「……リーベルさんが居るのか…あまり粗相をしないようにしないと…ところで、一番粗相をしそうなニーマンは今どこに居るんだろうね。」


「オリオ様、グレイドール様と共に紅藕様に連れ去られたはずですので、お二方が戻る頃には帰ってくるでしょうが…流石の彼でも、この短時間で何か問題を起こすなんてことはあり得ないでしょう。」


 俺としては、オリオ君に少しだけ言いたいことがあった。あの時ニーマンが激昂していなかったら、話せていたかもしれない…なんて思うのは主人失格だろう。彼の忠義を裏切る真似は出来るわけがない。


 今あの三人がどうなっているか分からないが、険悪になってなければと思うしかない。


「さすがにそうだよね。なんか不安だけど、流石に無いよね。もしあったらどうする?」


「一応部下ですので、部下の責任は上司の責任という事で……そうですね、私は一週間、出される奴は肉体的練度が足りておらず、食堂のおばちゃんに留年しそうって思われていて、それを食で何とか回避させてあげたいというおばちゃんの母のような思いやりと不器用さゆえの不格好な山盛りで留まるところを見失った、超特大野菜マシマシマシラーメン~極厚焼豚とアブラニンニク、極太ワシワシ麺を添えて~のみを食べて過ごすくらいの罰ゲームは受け入れましょう。」


「あ、言ったからね?二言はないよね?」


 フレッチャーは静かに微笑みながら頷いた。冗談で場を和ませることが出来る、フレッチャーは流石長年従者をやっているだけあるな、と思った。


 一方その頃ニーマンはというと、


「なんだ…これ。どこまで行っても同じような道が続いてる…誰かの能力か…!?」


 校舎で迷って同じところを行ったり来たりしていた。



 バースはため息を吐きながら、机に置かれた教科書を鞄に詰めた。普段ならニーマンが進んでやる仕事なので、彼がいなくなってしまった今、バースは彼のありがたみを心に感じていた―――なんてことは残念ながら無かった。


 結局、授業中にはグレイドールだけが遅刻してきて、それ以外の二人は戻ってこなかった。仕方なく、俺はグレイドールが座っている一番前の席まで下りて行った。


 いつもならば、俺は「やあ、元気かな?」と気さくに話しかけるのだけど、この時はそれがなんだか憚られた。理由なら明確にある。


 震える肩、青白い肌、見開いた眼、半開きの口。普段の破天荒な彼女からは想像もできないその姿は、まるで怖いものに怯える一般的な少女のように思えたからだ。


 しかし、それでも俺はニーマンの行方が知りたかった。まさか三人で殺し合って、グレイドールだけが生き残って帰って来たなんてこと、絶対的にあり得ないわけでもないので、俺は彼女の座る席の前に立ち、優しく声を掛けた。


「グレイさん、調子は大丈夫かい?何か困っていることがあれば手を貸すよ?」


「………はサイフを……して…人…を…ぼ…んと………ろ…。」


 彼女は相変わらず焦点の合わない目をして、俺の言葉を無視した。


 普段なら、俺の言葉を無視するような輩はニーマンに詰められているが、今は幸いなことに、そんな横暴なことをする人間はいない。そんなことを考えてはいけないか。


 俺は引き続き、彼女に声を掛けることにした。


「グレイさん、聞こえるかい?おーい。」


「聞こえているが、何の用だ?ってお前はバースか…ちょうどいい。伝えたいことがあったんだ。」


 彼女はこちらを認識したかと思えば、一方的に話を進めてきた。俺はそんな彼女の態度が少し鼻についたが、そんなことで一々食ってかかったりはしない。


 俺はただ黙って彼女の話を聞くことにした。


「お前はオリオに関わらない方が良い。具体的に言えば、仲良くならない方が良い。魔研は魔研同士でしか交流をしないべきなんだ。」


 いつの間にか、彼女は元の彼女に戻っていた。しかし、そんな彼女の様子にも、俺は少しだけ違和感を覚えた。


「で…であれば俺も魔研に入ろう!そうしたら俺とオリオ君は別に仲良くしてもいいだろう?」


「だめだ。というか、魔研に入るためには何か特殊な能力を持っていないといけない。この場所で希少とされる能力を。」


 それならオリオ君は魔法を使えるから入れたのだろう。剣術学院で魔法を使えるという希少性だけで魔研に入れたのだ。


―――いや、おかしい。魔法が使えるというだけで魔研に入れるのか?魔法を使える/使えないというのは、単に才能の有る無しにしか依存しない。加えて、誰でも使える魔術というのもこの世には存在する。


 ならば、オリオ君が魔研に入れたのは、何か他に要因があったからと考えるのが妥当ではないだろうか。


「…分かんねぇ……」


 つい無意識になり、汚い言葉が口を出た。ニーマンの影響で癖になってしまったこれは、フレッチャーにはよく説教される。


 案の定、背中をフレッチャーに小突かれた。あとで怒られることが確定してしまった。


「というか、なぜお前はそこまであいつに固執するんだ?あいつ、魔法を使える以外は大体全部ダメだぞ。」


 ここで俺は、先程から感じていた違和感の正体に気付いた。


…どうして俺は彼女と会話できているんだ?


 いや、それは普通の事だと思われるかもしれない。しかし、彼女は普通ではないのだ。普通ではない彼女と普通に会話をしていることが異常なのだ。


 いやしかし、今はそんな気付きよりも目の前の会話を優先しなければなるまい。


「俺の初めての友人が彼だから。それ以外に理由は必要かい?」


 嘘ではない。他にも理由はあるけれど、今は一旦これだけ言っておこう。なぜなら、それ以外の理由を言ってしまえば、俺がオリオ君…もとい魔研と関りを作ることが出来なくなってしまうだろうからだ。


 俺が思惑を巡らせながら返答を待っていると、急に彼女は立ち上がった。


「…我慢していたが、やはりお前のその飾っている態度が気に食わない。きっとお前は魔研に入っても本心なんてさらけ出す事は無い。そんな態度だからお前は今まで一人ぼっちだったんだよ。周りのせいじゃなく、お前のせいで。」


「そ、そんなこと…!」


 少しカッとなった俺の言葉を遮るように、彼女は言葉を続けた。


「で、お前たちは何を知りたくてこの私に話しかけたんだ?三秒で言え。でないと答えないぞ。」


 三秒、と言われたので、俺は慌てて怒りを押し沈めた。そして、忘れかけていた当初の目的を明瞭に思い出した。


「ニーマンがどこにいるのか知りたい。」


 彼女がニーマンという名前を知っているのか不安だったが、幸い彼女の記憶の縁にくっついていたみたいだった。


「知らん。私とオリオを置いて早々に出て行ったからな。今頃教頭にでも捕まって、ペットの猫の餌にでもされてるんじゃないか?」


 その言葉で、俺はなんとなく察しがついた。ニーマンは一人で行動させると高確率で道に迷うか、事故に巻き込まれるかしてくれる。きっと今日も彼はどこかで迷い続けているのだろう。それだけ聞けたら十分だ。


「ありがとう、ついでにオリオ君の居場所は分かるかい?」


「知ってても教えない。」


 つまりは知らないという事。俺の予想が正しければ、騒ぎを起こした三人を帳太刀紅藕が連れ去って、順番に説教か何かをしたのだろう。


 最初はニーマンが帰され、次にグレイ、最後はオリオ君という順番で。だからまだ彼は紅藕に連れ去られたままなはずだ。そして、彼らが連れ去る場所として、最も安全で論理的な場所は魔研の部室しかないだろう。


「決めた。フレッチャー、君はどこかをほっつき歩いているであろうニーマンを探してくれ。俺は魔研の部室に向かって、オリオ君に一言言ってくる。」


「承知致しました。次の授業までには戻ってきますね。」


 フレッチャーは軽いお辞儀をして、その場を後にした。俺は魔研の部室があるであろう、部室棟へと駆け出した。


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