筋肉さん達にとってはズルなんだろ
「……あの、僕、なんかやっちゃいましたか?」
呟いたが、本当は誰がやらかしたのかはっきりと分かる。いつの間にか僕の隣に立っていたグレイだ。絶対に。
「話すと長くなるから簡潔に言うが、サンダスがお前に奇襲を仕掛けようとしていてな…」
「そこから分からないんだけど。どうして彼が僕に奇襲を仕掛けよとしたの?」
「話すと長くなるから簡潔に言うが、サンダスがお前に奇襲を仕掛けようとしていてな…」
どうやら教える気はないらしい。僕は明らかに不満そうな表情を見せたが、彼女はそんな僕をも思い切り無視した。
「私がそれを止めるために、「あいつは私の『地獄のハードトレーニング』をすべてこなして、私が認めた男だから魔研に入ったんだ」と伝えたら、あいつは「じゃあそれをこなしたら我も入れるのだな?」とか言ってきて、ぼこした。」
「オッケーとりあえずグレイが全部悪いってことが分かったから十分だよ。なんでサンダスが魔研に入りたがってるのかとか諸々の事はこの後聞くから、今は現状を打開する方法を教えてくれない?」
その時、突風が吹いた。何かと思って上を見ると、天井かと勘違いしてしまうくらい巨大な戦斧が目に飛び込んでくる。
「オリオ…ベルベティオ…決闘の申し出を受けるのか…受けないのか…はっきりしろ…」
彼は同じ十五歳とは思えない形相で、こちらを睨みつけた。
「決闘の申し出を受けろ。」
これまた突然、隣から声が聞こえた。そちらを見ると、グレイが片手で剣を持ち、それで戦斧を抑え込んでいた。あんな巨漢の攻撃を細い剣一本で抑えられるなんて、僕は彼女の異常さを改めて認識した。
しかしそんなことをしている場合ではない。
「なんで?僕が?意味わからないんだけど。」
「後で話す。今は決闘の申し出を受けろ。それ以外に選択肢はない。」
表情一つ変えずに話すので、それが本当なのか冗談なのか、僕には判断しかねていた。そんなとき、手を差し伸べてくれたのは僕の大親友だった。
「いきなり出てきて決闘の申し出とは、俺の友人に対して無礼じゃないのか?サンダス・ヤーゴ。」
後ろを振り向くと、煙の向こうから、バース、フレッチャー、ニーマンの三人がやって来た。王族は、こういう時に役に立つ。だから僕は最初、彼と交友関係を結んでおこうとしたのだ(グレイに邪魔されたけれど。)
「もとより、俺とオリオ君は今から鍛錬の約束をしていたんだ。いくら平民と言えど、王族が他人との約束を守れなかったとあれば、それなりに名に傷がついてしまうんだ。まったく、俺としても面倒くさいことこの上ないよ。」
少しだけ発言が行き過ぎたのか、フレッチャーが咳ばらいをした。
「そう言う事ですので、サンダス様、本日は一旦オリオ殿をあきらめていただけないでしょうか?」
フレッチャーは深く頭を下げた。僕としては、どうしてここまでしてくれるのか疑問でしかなかったが、今はその厚意に甘えていようと甘い考えをした。
流石に王族の従者に頭を下げられては何も言えないようで、サンダスは明らかな不満を顔に表したまま、その場を後にした。
「バース!本当にありがとう!おかげで助かった!」
僕はバースの肩を叩いた。ニーマンかフレッチャーのどちらかが噛みついてきそうだなと思ったが、どちらもただ黙ってこちらを見ているのみだった。
僕に肩を叩かれたバースは、常に気を張っている王族とは思えないほど緩んだ表情になる。
「え、いやいや~それほどでも無いけどね?」
しかし、だ。そんな僕とバースのことを快く思わない奴がここに居た。もちろん彼女である。
「おい、そこのバースとやら。よくも邪魔をしてくれたな。お前は自分がしたことがどれだけ罪深いことか分かってるのか?」
グレイン・グレイドールは不変である。何が起きても平常運転。単に鈍いのか、頭がおかしいのか。僕にはわからないが、きっとその両方だろう。
そんな彼女は読めない。空気も、行動も。だから僕は今日の午前中、彼女から離れて生活をしていた。いつ、どこで彼女の巻き起こすハプニングに巻き込まれるか分からないのだ。
バースは僕を助けてくれた。今度は僕がこの灰色の悪魔を退ける番だ。
「グレイは自分が何をしたかの自覚を持つべきだよ。危うく僕が決闘で打ち負かされるところだったんだからね?決闘に負けた奴がどうなるか知ってるの?二度と学食に顔出せなくなるからね?」
決闘というのは、生徒同士でいざこざが起こった場合、それを解決するためにしばしば用いられる手段である。
基本的に闘技場というところで、正々堂々の勝負を行う。どちらが正しいのか微妙な時、論争がおさまらなくなった時、そして相手の実力を測る時が主に決闘が行われる時だ。今回は最後の『相手の実力を測る時』だろう。
この学園で、実力は全てである。実力のある者は実力のない者を自由に従えることが出来る。完全実力至上主義が、この学園のモットーだ。
だからこそ、決闘という正々堂々の、公衆の面前で行われるいわば実力披露大会で負けてしまえば、そいつは実力が無いのだと、学園中の観衆に示すことになってしまう。それ即ち、負け人生へと直行するという事。
道を歩けば何も知らなそうな子供にすら石を投げられる人生。本当に何も知らない子供でも石を投げてくる。意味が分からない。しかしそれがルールなのだ。親は子供に言うのだ「あんな負け組になっちゃだめよ?」と。それが容認されているのがこの社会だ。横暴すぎる。
しかしそんな負け側の事情なんて一ミリも考えていないグレイは、「何を言ってんだこいつ」みたいな顔で僕のことを見下ろした。
「勝てばいいだろ。どうして負けることを考えてるんだ?」
「勝てるわけないから。え、なに?そんなに僕のこと過大評価してるの?」
「過大評価も何も、お前は私を倒しただろ。」
「魔法でね。でもそれはグレイ達みたいな……ええと、筋肉さん達にとってはズルなんだろ?決闘は正々堂々の勝負。ズルなんて許されない。たとえそれがただの魔法だったとしても。だろ?」
そこまで言うと、グレイは流石に何も言えなくなったようで、表情は変わらないまま黙りこんだ。論破してグレイを打ち負かすのは多分初めてなので、僕は初の勝利でなんだか気持ちよくなった。これが最初で最後にならなければいいが。
そんな、勝ち誇って気持ちよくなっている僕のことを裏切る奴がいた。裏切るという事はつまり、今までは味方だったという事だ。ついでに言えば、今までは大親友だった。
「オリオ君、今回は俺が断ったけれど、余程の理由がない限りは、決闘の申し出は断ってはいけないんだ。だから次にサンダス・ヤーゴから決闘の申し出があった場合は、おとなしく受け入れるんだ。」
バースは急に真面目な顔で言ってきた。さすがの僕も、こんな真面目に進言してくる人の厚意を無下には出来ない。
「……バースの言う事は確かにそう。だけど、受け入れたら受け入れたで、僕は負けてホームレス生活だ。友達がそんな目に遭ってもいいと言うならいいさ。僕が人知れず死ぬだけだから。でも、きっと僕はそんなくそったれな生涯で、僕のことを助けてくれなかったバースのことを恨み続けるだろうね。」
考えていることと発言が一致していない。思いっきり無下にしてるじゃないか。いや、これは違う。彼がそこまで肩入れしてくれるのなら、もっと肩入れさせようという、薄汚い人間の発言だ。無下にしているわけではない。
そんな僕の発言を聞いたバースは俯いてしまった。そんな様子を見て、これまでまるでいなかったかのように黙っていたニーマンが僕の肩を掴んだ。
「おい、いい加減にしろよお前!バース様の優しさに付け込んで、図々しくすり寄ってきやがって!」
「僕はそんな事していない。ただ、自分の命が惜しいだけで、自分の命を守るための手段を取ろうとしてるだけだ。思い上がるのも大概にしろよ!」
いつの間にか観衆が集まってきた。食後の運動をしに、生徒達が鍛錬部屋を訪れてきたのだ。しかし、そんな周囲の目など、今更気にすることも出来ない。僕もニーマンも、目の前の自分の敵しか見ていなかった。
「思い上がりだと!?そこまで言うならな!この俺がお前と―――」
「――――抜刀。」
ニーマンが何かを言いかけたその時、急に辺りが真っ暗になった。グレイかフレッチャーか、僕のことを気絶させたのかと思ったが、そう思えている時点で僕は気絶なんかしていないだろう。
辺りを見渡しても黒一色、ところどころで混乱の声が聞こえる。
「なんだこれ!」
「何が起こったの!?」
「誰か聞こえる!?誰か!?」
「敵襲だァ!」
「何も見えねぇんだけどぉ!」
悲鳴にも近しい声が、僕の心を平静に戻した。そんな時、何者かが僕のことを掴み、どこかへ引っ張って行った。僕は少し身をよじって抵抗しようとしたが、そんなことに何の意味もなかった。
やがて、第一鍛錬部屋周囲を覆いつくした暗闇は消え去った。三人の生徒を連れて。