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ようこそ!魔術研究サークルへ!  作者: 蓮根三久
入部試験編
12/37

ここにいる

 オリオ達が、地図に隠された猫を見つけた時、一方でシグネウィリトンの一角に彼らはいた。


「紅藕、リーベルからの定期報告だ。」


 シグネウィリトン指定の制服をきっちりと着こなし、その立ち振る舞いに品格のようなものを感じられる男が、寝転がっている紅藕の後ろに立っていた。


「…ディアン、君には仕事を押し付けてばかりだ。大変申し訳なく思う。」


 紅藕は、顔を雑誌で覆ったまま答えた。


「口で謝るなら態度で表せ!あと、リーベルにも押し付けてるからな!…まあいい、お前が働かないのは今に始まった事じゃない。とりあえず、報告内容を簡潔に伝えるぞ。」


 帳太刀紅藕、ディアン・トゥーエールズ、二人とも十八歳にして、魔術研究サークルの部長と副部長である。本来なら四年生が部長をやらなければならないのだが、現在の魔研には四年生がおらず、やむなく三年生の彼らがやっているのだ。


「知の塔にて喧嘩が勃発、人的被害も物的被害も出ていないが、オリオ君は精神的負傷を負った模様。しかし、その後の動向を見るに、彼はその負傷をものともしていない模様。どころか、グレイのことをカバーするような発言をしている…らしい。ふむ、こういった人間が入ってくれると、俺としてもやりやすくて助かるな。」


「どうする?君のツッコミ役がとられてしまうかもしれないよ?」


 紅藕の言葉に、ディアンは乾いた笑いで返した。


「心労が減って全然助かるがな。…だが、何かを感じる。オリオ君…もしかすると…彼は…」


 紅藕の顔の上の雑誌が少しずれ、彼の目があらわになった。それは果たして人なのかと疑いたくなるような、血の通っていない無感情な眼差しで、彼はそれをディアンに向けていた。


「…すごい、天然ボケかもしれない…まだ俺の心労が絶えないような…そんな気がする…」


「あっはは、実のところ間違いでないかもしれないよ。そこのところは。」


 先ほどまでの無表情が嘘のように、彼はにっこり笑って返した。夕陽が目に入ると、彼は眩しそうに眼前を手で覆った。


「だが、彼のおかげで私達の負担が減るのは間違いないよ。なんせあの『狂犬』グレイドールを唯一人手なずけた男なんだから。……少なくとも、現在ではね。」


 紅藕は、ずれ落ちた雑誌を顔の前に戻した。その雑誌の表紙には屈強な坊主の戦士の顔が大大と描かれており、ちょうど彼の顔と重なった。しかしそんなシュールな場面にもかかわらず、ディアンは額に皺を寄せたままだった。


「…報告を聞いただけの俺としては、そんな力があるとは思えないがな。あと、一つだけ質問をしても?」


「んー…許可しない。」


「どうして今回の入部試験はこの難易度に?」


 ディアンは眉一つ動かさず続けた。そんな彼の様子に、紅藕はため息をこぼした。


「ちゃんと無視したね。まあいいか。そもそも、入部試験と言うのは人によって難易度が異なるのだよ。僕の時は成績上位者になることだった。ディアンは学内剣術大会で上位五名に入ることだったっけ。リーベルは試験無しで、金雀枝は…まあ……グレイの時はなんか学校観光するだけで終わった。」


「なんだ…改めて聞くと格差が……」


 紅藕は顔の上に置いた雑誌を閉じ、ゆっくり起き上がった。夕陽を真正面から浴びた彼は、吸血鬼のようにサラサラと微細な粒子へと姿を変え…ることも無く、ただその陽のまぶしさに目をすぼめた。


「ま、年々入部のハードルが低くなってるのか、はたまた優秀な人間が多くなっていってるのか…正直、最初はオリオ君を入れようなんて思わなかった。魔力が多くて魔法が使えるだけの人間なんていくらでもいるし、晨曦チェンシーになりたい奴もいくらでもいる。初めはそれだけだと思ってたんだけどまあ、この一日監視してて、グレイのいい好敵手にもなりそうだと思った。だから、彼を落とすための糞難しい問題を作ってたリーベルに、少し問題のレベルを下げてくれと頼んでおいたのさ。だから今回の試験の難易度は可もなく不可もなく、普通の人なら容易に解けるものになったんだ。」


 紅藕は立ち上がり、強い日差しから逃れるように、建物の中に避難した。ディアンは彼のすぐ後ろをついて歩いた。


「ディアンはリーベルの所に行ってくれ。私はここで誰か来るか待っているよ。」


 そう言って紅藕は、ディアンの手を握った。


「…急になんだ。悪いが、俺に男の趣味はないぞ。」


「手を広げなよムッツリ。」


 そう言う紅藕に、彼は少しムッとなったが、彼の言うとおりに恐る恐る手の平を広げた。すると、手の平にくしゃくしゃに丸められた紙幣が納められていた。


「君達二人は良く働いてくれたからね、給料だよ。片方はリーベルの物だから、ちょろまかさないでよ?」


「俺たちの労働対価としては安すぎるが、まあ無賃よりはマシか。有難く受け取ろう。」


 ディアンは少しの礼を口にして、階段を下り始めた。その彼の背中を紅藕は静かに手を振りながら見送った。


 紅藕は、先ほどまでいた場所に閉じて置いておいた、屈強な男が描かれた雑誌を拾い上げた。その時、その雑誌からもう一冊の雑誌が落ちてきた。そちらには、水着の女性が描かれている。


(雑誌がずれ落ちたとき、ばれるんじゃないかとひやひやしたよ…まったく。)


 紅藕は、そのグラビア雑誌を拾い上げ、男物の雑誌に挟んだ。テリドール国では、彼の年齢でそのような雑誌を買う事は別に禁止されていないが、校内に持ち込むことは厳禁である。厳格な、ルール絶対人間であるディアンの前で所持がバレていたら、ただでは済まなかったであろう。


 紅藕は胸をなでおろして、雑誌を傍らに置き、再び屋根の上に寝転がった。そうして少しの間、鼻歌を歌う。


「さて、オリオ君。このぐらいの問題は容易く解いておくれよ?」


 紅藕は、一人で夕陽に向かって呟いた。


 だがしかし、紅藕はもうその場に一人ではなかった。


「容易くではないですけど、解けましたよ。紅藕部長。」


 紅藕は声のした方を振り返った。屋外と屋内を繋ぐ出入り口に、彼は立っていた。


 オリオ・ベルベティオは夕日が眩しいのか、目の前を腕で覆っていた。



☆☆☆



「うわ!この絵はリーベリオット先輩の…!」


 僕が点と点を繋いで出来た猫の絵を、グレイは興奮状態で見つめていた。一方の僕は、自分の予想が外れたことに、衝撃を受けて固まっていた。


(…なんで?普通はこういうところにヒントをちりばめておくものじゃないの?なんでこの猫の絵なんだよ…もしかして、これがヒントなのか?)


 考えながら絵とにらめっこしても、答えは全く思い浮かばない。


 だがしかし、そんな悩みに悩んでいる僕のことを意に介さず、彼女は不躾にも問いかけてくるのだ。


「…で、これでお前は何が分かったんだ?」


「これにはヒントも何もないってことが分かったよ。まったく、貴重で有難いヒントだよ。」


 そう吐き捨てると、彼女は首を傾げた。


(さて、本格的にまずいことになった…まったく分かる気がしない。)


 僕は正直謎解きは得意じゃない。この世に存在する謎解きは、大体全部がひっかけ問題で、製作者の意地の悪さをひしひしと感じられるからだ。


 そいつらは皆、自分が頭を使って考えたと信じ切っている馬鹿者共で、彼らが作った問題には必ず穴がある。穴と言っても、回答者側が有利になるようなものではなく、むしろ不利になるものばかりだが。


 もしかすると僕は、魔術研究サークルの面々をそういった人達と全く違う人種だと、知らず知らずのうちに信じていたのかもしれない。純粋で、単純で、筋が通っていることしかしない、善なる集団だと。


 思えば、僕に対するグレイの行動は決して善ではなかったし、図書館で大声を出しただけで人を叩いてくる金雀枝も善とは思えない。単純ではあるが、筋は通っていない。


 そう、僕は期待していたのだ。剣術を勉強する学院で、魔術を勉強しようとする集団に。僕を否定してくるクラスの面々から評判の悪い団体に。


 そして勝手に裏切られた。心の中で、勝手に。魔術研究サークルも、世の意地の悪い製作者達と変わらない、複雑で不純な、筋の通っていない問題を出してきたのだろう。そうやって勝手に心の中で結論付けた。


 では、ここからは考える時間である―――いや、考えない時間である。


「じゃあ、一旦ここに行こう。」


 僕は地図のどこも指さずに言った。もちろん、グレイからは暴言が飛んでくる。


「ここってどこだよ。ちゃんと説明しろ。」


「ここはどこも何も、ここはここだよ。」


 僕は地図に書かれた文字を指さした。『ここにいる』という文字を。つまりはここにいるのだろう。単純に考えればここにいるのだ。


「この地図は、学院を上から見たものでしょ。だから『ここ』っていうのはあそこだよ。」


 そうして僕は校舎の方の、真ん中に位置する塔―――時計塔の天辺を指さした。校舎全体を上から見下ろせる場所は、中心にそびえたつあの塔しかない。



「地図の猫の絵は何の意味もないただの絵なんだってわかったから、実質ヒントは地図と校舎にあるそれぞれに対応した赤いバッテンと『ここにいる』の文字のみ。場所を指すだけなら地図上にバツを書くだけで良いのに、校舎にもバツ印を残してる。おそらくこれがヒントだ。」


 地図と校舎を交互に指して説明する。そんな僕の事を、彼女達は黙ってみている。


「加えて、こういう謎解きの問題なら、普通『〇〇を探せ!』とか『〇〇はどこだ?』とかいう問いかけのはずだけど、今回のは『ここにいる』のみ。その『ここ』を校舎の上だとすれば、校舎に残されたバツ印にも説明がつくでしょ。だから、あの塔の上が『ここ』の答えのはず。」



 僕がべらべらと舌を回すのに、グレイと金雀枝は口を半開きにして聞いていた。グレイの思っていることはこうだろう。「お前なんかがそこまで考えられるなんて…」


「お前なんかがそこまで考えられるなんて…」


 グレイは予想通りの返答だった。


 僕も衝撃過ぎて、言い終えた瞬間思わず唇を吸った表情になってしまった。


(あ、やばい!なんか喋ってたら思ったより筋が通ってて自分でもびっくりしてる!え、なんかごめんなさいこの問題の出題者の方!いやもうほんと、良い問題作りますね!)


 僕は心の中で、先程の発言を謝罪した。


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