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ようこそ!魔術研究サークルへ!  作者: 蓮根三久
入部試験編
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ようこそ魔術研究サークルへ――①

 オリオ・ベルベティオ、十五歳、男。好きな物は魔術や魔法関連の物、嫌いな物は蛙と親。特に親は嫌いだ。蛙と親で嫌いなのはどちらかと言われれば、僕は迷わず親を選ぶだろう。


 さて、ではなぜ僕が親のことを嫌いなのかを説明する前に、今現在僕がいる場所を紹介しよう。


 手を触れると、ひんやりとその冷たさを感じられる灰色の石の壁。同じように、灰色のカーペットが敷かれているのではと錯覚してしまう石の通路。外観がほとんど灰色と白で統一されたこの学校は、この国で最も優れた剣術を教える、シグネウィリトン国立学院―――通称”剣術学院”である。


 テリドールという国の中心に位置するこの学院は、生徒に剣術を教えてくれる学校だ。ただ、剣術と一括りにしているが、この学校では各地で活躍する人々をよく招き、例えば戦斧の使い方及び戦い方だとか、槍や棒などの使い方及び戦い方だとか、ともかく近接武器を用いた戦い方全般や、体術等を教えているのだ。


 “剣術学院”とか言ってるくせに、なぜこんなにも多様な戦い方を教えているのかというと、簡単に言えば、将来的にこのテリドール国を守る兵士になってもらいたいからだそうだ。詳しいことは学院の校是を参照すればわかるので割愛しよう。


 さて、ここで疑問に思った人も多いだろう。「どうして魔術とか魔法が好きなのにわざわざ好き好んで剣術学院にいるの?」と。いや全く持って好き好んでのこのこやって来たわけではないが。


 親に言われて仕方なく、というやつだ。具体的にはほんの少し違ってくるのだけど、それはまた後々語るとしよう。


 とにかくそれが原因で、僕は親のことが蛙と同じくらい…いや、蛙よりも嫌いなのである。


 そして現在、僕は赤く腫れて膨らんだ側頭部に氷嚢を押しつけながら、一人で廊下を歩いていた。保健室で貰って来たばかりのそれは、内容物が氷しかなく、頭の膨らんだ部分に触れるごつごつとした感触は、痛みを少しづつ癒しつつも悪化させてもいるような気がした。


 少し前まで僕がいた『剣術演習』という授業では、二人一組になり、互いを互いの持った木剣で打ちあう試合をする。つまりは戦闘訓練だ。よほどの馬鹿力が相手か、打ち所が悪くなければ死にはしないが、それでも硬い木に打たれれば痛い。


 そんな危険極まりない授業で、偶々(偶々かどうかは確かではないが)相手の木剣が僕の頭に思い切り当たり、その衝撃で僕は気を失って保健室に運び込まれてしまったのだ。


 そしてたった今、演習場に戻ってきた。そこは校舎とは違い、硬いには硬いが石ではなく、砂のような土が地面に敷き詰められていた。風が強い日はこの土の一部が舞って、学生の目に明確な殺意を持って襲いかかってくる。


 殺意を持って襲ってくると言えば、彼女もそうだ。たった今訓練場に戻ってきた僕をまっすぐ、透き通った、海のように青い目で見つめてくる彼女。剣を振るのに邪魔にしかならないであろう、灰色の長髪を風に靡かせる彼女。


 彼女と目が合うと、心の中まで見透かされてしまうような感覚になるため、極力目は合わさないようにしている。


「やっと戻って来たか。続きやるぞ。」


 自分が怪我を負わせたにも関わらず、謝ることも無く「やっと戻って来たか。」なんて言う彼女。入学してからずっと、二人一組で組まなければならないときは、絶対に僕と組もうとしてくる彼女。その文面だけ見れば好かれていると思っても仕方ないが、彼女が本当に僕を好いているのなら、僕を思い切り殴ることなんかしないだろう。


 この授業を教えている、筋肉質で常に生徒に厳しいで有名なデガルンド先生も、僕のことを心配そうな目で遠くから見つめているぞ。


(まるで、我が子が一人で買い物に行くのを見つめる母親のよう……に!?)


 先生の方を見て考え事をしていると、突然、先ほどまで僕の頭があった位置に、彼女の剣が飛んできた。僕はそれを間一髪、頬をかすめる位置で躱した。


「何をよそ見しているんだ!集中していないから先ほどみたく無様に地に伏すことになるんだぞ!」


「はぁ!?集中してたから避けれたんだろ!?ていうか剣投げるなよ!それでも剣士か!」


 グレイン・グレイドール、十五歳、女。彼女が言う事は間違っている事の方が少ない。だからこそ、教室で浮いていた。


 人間、誰だって少しばかり間違えることはある。そしてそれを人々が寛容な心で受け入れ合い、社会というものはできている。だというのに彼女は、人の間違いをことあるごとに指摘し、受け入れることをせず、間違いを拒絶し、それを直すことを強制した。


 そんな彼女は案の定、クラスメイト達に鬱陶しく思われる様になったのだ。顔は整っていても、そういう社会的な暗黙の了解のようなものを守れなければ、僕は彼女のことを残念な奴だ、としか思えなくなる。


 ちなみに、現在どうして僕が彼女の相手をしているのかというと、彼女が積極的に組もうとしてくるのもあるが、僕が剣術の”け”の字も分からないような初心者で、彼女と同じようにクラスで浮いており、誰も僕とペアを組んでくれないからでもある。つまりは二人ともはみ出し者で、似た者同士なのだ。


 今日もどうせ、彼女にもう一度失神させられて、剣術演習の授業は終わるだろう。


(…どうせなら、一泡吹かせてみたいな…)


 僕は剣術はからっきしだ。彼女の攻撃をたまに避けれるのは、これまで何度も扱かれてきたおかげでなんとなく彼女の動きが分かるからだ。なので攻守の守の方は何とかはなる。


 『攻』の方はどうしようもない。僕の現在の実力では、木剣を一回振ったら二回目を振るのに二分の一秒くらいかかる。躱されたら隙を突かれてしまうし、躱されずとも、威力は目を覆いたくなるほどに低い。剣術のみを扱うとしたら、攻守の双方共穴だらけになる。


 だから、僕が今から使うのは、魔法だ。


 それは、人智を超越した奇跡の御業だ。剣での争いに、人並みの争いに、無法にも魔法を持ち込んでやるのだ。


 僕は、氷嚢を地面に置き、木剣を投げて無防備になった彼女に右手の甲を突き出し、指を二回程折り曲げた。急な僕の行動に、彼女はふざけているのかと眉をひそめた。


「……何をしている?降参という意味か?」


「かかって来いって意味だよ。グレイドール。」


 僕のその言葉に、彼女は少し唖然とし、その後、静かに口角を吊り上げた。そして、彼女は思い切り体を前傾させ、今にも突進してきそうな姿勢を取った。まるで猪のような、野犬のような、そんな野生を感じて、僕は少しだけ気圧された。


 僕は右腕を下ろして深呼吸をした。互いが互いの次手を読もうと思索する。そして、二人共に、それが無駄なことだと直感した。


(思考なんて、高速で行われる戦闘にはついてこれない…大事なのは直感と、それに答えられる反射神経のみ…)


 その瞬間、グレイドールは飛び出した。僕への最短距離を、ただまっすぐなぞり、その固く握った拳を突き出そうとした。


 僕は、彼女が動き出した瞬間に腕を思い切り前方へと突き出した。すると、僕の足元のすぐ横の地面が隆起し始める。


 この学院の人間は魔法や魔術に興味がなく、その二つを切り離して考えることが出来ない(僕の両親もこの学院出身で、他と変わらずその二つの違いが分かっていない。)


 魔法と魔術の違いはすなわち、術式化されているかされていないかのみだ。詳しいことは省くが、魔法と言うのは単なるエネルギーの放出でしかなく、一方向の働きしか生み出さない。


 かろうじて『属性』というものを変えることくらいは出来るが、それでも応用はあまり利かない。一方魔法を術式化した魔術には、ほぼ無限の可能性があり、実質何でもできる。


 僕が魔術を使えたら良かったのだが、残念ながら今はまだ魔法しか使えない。つまりエネルギーをぶつけることしか出来ない。


「グっっはァ!?」


 隆起してきた地面がグレイドールの腹部にめり込んだ。グレイが僕に襲い掛かってくる速度と、地面の隆起する速度が相まって、思ったより驚異的な威力になった。グレイドールは食らった瞬間に白目をむいて吹き飛んでいった。


 少し遠くで眺めていたデガルンド先生がこちらに向かって走ってくるのが見える。空高く打ち上げられたグレイドールの体は、地面にどしゃっと崩れ落ちて動かなかった。


 先生は、先ほどまで心配をしていた僕ではなく、地面に倒れた彼女の方に駆け寄り、彼女の意識が無いのを確認すると、急いで担いで保健室へ連れて行った。



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