表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

能力最下位と罵られたまま、まったり生活を目指します!~私の従魔はカラスじゃなくて黒龍ですが、大女神と勘違いされて困ってます!~

約1万2千文字の短編

波乱巻き起こし、痛快ラブファンタジーです!

よろしくお願いします。

「ええぇ~~~っ! 嘘でしょう! 今日が学園の入学試験なんて聞いてないわよ!」


 グレミヨン侯爵家に仕える老齢の執事が、恐縮しきりにシルヴィの部屋を訪ねた直後、栗色の瞳をまん丸に開き、ラベンダー色の長い髪を逆立てたシルヴィが絶叫した。


「たたたた大変申し訳ございません! シルヴィお嬢様宛のお手紙が、ご不在中の旦那様の部屋に届けられていたようでして」


「どうして試験の日程が変わるのよ……。魔法はどうやっても最下位だから、学科試験だけは通過できるように勉強してきたのに……」


 今も試験勉強で机に向かっていたシルヴィは、立ち上がり、机に両手をついてうつむき絶望をかみしめていた。


「すでに試験は始まっている時間ですし、今回は諦めるしかないかと……」


「だ、駄目よ……。信用のない私が何を言っても、試験をわざとサボッたと思われるのが関の山じゃない。このままだとお父様に屋敷を追い出されちゃうもの……」


 彼女は、王宮騎士を代々輩出してきた名門グレミヨン侯爵家の末娘。


 だが、魔法の才能はまるでなく、練習すれば屋敷を壊し、魔導具を使えば爆発──!


 いまや家族から「魔法禁止令」を出されている、ちょっとポンコツな令嬢だった。


「学園に今から行くわ!」


 焦るシルヴィを前に、執事は深く眉をひそめる。


「い、今から向かわれても、試験は……」


「行く! 試験官に直接お願いしてくる! 何でもするから、受けさせてって頼んでみるわ!」


「お嬢様がそこまで仰るならば、我々は応援するだけです」


 大急ぎで部屋を飛び出すシルヴィに、使用人たちが慌てて道を開ける。


 シルヴィは全速力で、王都の外れにある【メシア騎士学園】へ向かった──!


 ◇◇◇


 彼女が校門前にたどり着いた頃には、試験の気配はどこにもなかった。


「うそ……ほんとに、終わってる……」


 帰路につく受験生らしき令息たちの背中を見送りながら、シルヴィは肩を落とした。


 さすがに諦めの色が浮かぶ。


 ……けれど、そのとき。

 黒髪の少年が一人、こちらに向かって歩いてきた。アーモンド形の黒い瞳の、落ち着いた雰囲気の美青年だ。


 整った顔立ちや歩き姿に高貴な空気をまとっているけれど、どこか庶民的でもあった。


「ねぇ、ちょっと待って!」

 咄嗟に声をかけたシルヴィは、ド直球で頼み込んだ。


「私はグレミヨン侯爵家のシルヴィですが、お願い。試験に大遅刻したんだけど、最後の試験会場に案内してもらえない?」


「……ははっ、大遅刻どころじゃないですね、それ。もう試験は終わりましたよ」


「それを承知で頼んでいるのよ。どうしても試験を受けたいのよ」

 両手を合わせて拝むシルヴィの姿を見て、少年はくすりと笑ったが、あっさり頷いた。


「いいですよ。僕は案内するだけですし、おもしろそうだから付き合いますよ」


「え、ほんとに? ありがとう! あなた、いい人ね! 名前は?」


「クリストフです。今は子爵家の親戚の世話になってるだけなんで、身分はまあ……内緒で」

 苦笑いするクリストフの姿からすると、金持ちの庶民なのだろう。貴族に言えば、大概下に見られるため、あえて伏せたのだろう。


「ふーん」

 適当な相槌を返すシルヴィは、大して爵位を気にしない性格でもあった。

 自分は侯爵令嬢だが、少しもそう見えないと叱られる日々。


 お行儀よくなんて苦手だ。

 自分の身分をもう少し気にしていたら、天真爛漫に成長していないだろうし、騎士学園に入学しようともしないはず。


 家族が満場一致で、シルヴィに結婚は無理と判断された結果が、騎士学園の入学を承認されたのだから。


 二人は軽く会話を交わしながら、競技場のような広場へたどり着いた。


 観戦用のベンチで囲まれているグラウンドの片側には、コンクリートでできた壁が10枚ずらりと並んでいた。


「ここが、最後の試験会場?」


「そう。攻撃魔法の実技試験で、300メートル先の壁を、火球でどれだけ貫けるかを見る科目でした」


「ははは……。火球かぁ……。ノーコンだから、一番苦手なやつだわ。屋敷の庭で飛ばすたび、お父様から大目玉をくらったもの」


 思わず頭を抱えるシルヴィの元へ、試験官らしき銀髪の青年が近づいてきた。


「学園に忘れ物……ではないですね。あなたは試験に来なかった受験生ですよね?」


「グレミヨン侯爵家のシルヴィです。試験が前倒しになったことを知らなくて、遅れてしまいました。お願いします、今から受けさせてください!」


「残念ですが、試験はもう終わりました。受験時間の例外は基本的に認められません」


 淡々と答える青年、ベランジェ・アルドワン。その灰色の瞳は冷ややかだ。


 だがどんなに冷たくあしらわれようと、シルヴィは、ここで退くわけにはいかない。


 屋敷を追い出される不安があるのに、躊躇っている場合ではないのだ。


 切羽詰まった彼女は、勇気を出して訴えた。


「1教科だけでも構いません! 火球の試験、まだできますよね? 先生と受験生が会場にいて、試験の見届け人のクリストフもいるんですから、条件は成立しているはずです」


「ですが、試験は少し前に終わっていますし」


「あんな壁なら余裕で貫通できますし、壊したら合格できるんですよね」


「まあ、そうかもしれないですが……」


「私……試験を受けなかったと家族に知られると、困るんです」


 一向に引かないシルヴィの表情は真剣だ。

 すると、それまでずっと黙っていたクリストフが口を挟む。


「先生、1教科だけでも受けさせてあげれば、いいんじゃないですか?」


「ですが、他の受験生に示しがつきませんし」


「そうはいっても、1教科だけですよ」


 学科試験の配点なしに、合格できると思うか?

 という表情を向けるクリストフに、根負けしたベランジェが、やれやれとため息をつく。


「……仕方ありませんね。では、この試験時間中に滑り込み受験という形で認めましょう」


「ありがとうございます、先生! 参考までに確認ですが、この試験だけで合格基準に達するには、何枚壊せばいいですか?」


 自分は、必ず壊せると疑っていない口ぶりだ。

 目をらんらんとしているシルヴィに対し、半ば呆れるベランジェが、淡々と答えた。


「この試験は配点が広い科目なので、1枚でも壁を打ち破れたら、合格基準に達するでしょう。逆を言えばそれくらい壊すのは難しい試験ですよ」


「たったの1枚でいいの!」


「たった……ですか。あらかじめ伝えておきますが、たとえシルヴィが合格しても、学籍番号は最下位となりますよ?」


「それでもいいです!」


 にこにこと呑気に笑う彼女は、その意味を正しくわかっていないようだ。


 呆れるベランジェが、改めて念を押す。


「学園の中では、学籍番号が、貴族の序列以上に重要視されています。侯爵令嬢という立場も関係なく、一番下という意味ですからね」


「入学できれば十分です。序列なんて気にしないですし、壊すのは得意なんで、いける気がしますっ!」


「そうですか」

 あまり彼女の言葉を信用していないベランジェは、鼻で笑いながらわかったと、返事をした。


 だがシルヴィからすれば、受験できれば十分満足だ。元気に返事をすると、一目散に試験位置へ走っていく。


 その背中を見送るベランジェが、クリストフにぽつりと漏らした。


「あなたが特定の受験生に入れ込むなんて、珍しい」


 2人の会話を悟られまいとするベランジェが、前方を向いたままクリストフに声をかけた。


 そうすればクリストフも同じく、前を向いたまま返答した。


「なんか面白い人材だと思ってね」


「まあ確かに、変わった子ではありますが、お眼鏡に適うほどですか……?」


「……なぜか見えないんだよ、彼女の能力が。さて、どうなるかな」


 受験者の立ち位置に到着したシルヴィが、ぶんぶんと手を振っている。やる気満々に。


 学科試験は受けていないのに、なんて能天気なのだろうと、クリストフは嬉しそうに笑う。


 一方のベランジェは冷ややかだ。


「いくらグレミヨン侯爵家のご令嬢とはいえ、あれだけの距離が離れていては、土壁を壊せるはずはないのですが」


「そういえば、今年の受験生の中で一番遠くまで火球を飛ばせたのは、200メートルのラインまでだったな」


「ええ、マリオン侯爵家の令息ですね。まあ彼女の場合は30メートルも飛ばせればいいところでしょう」


 ベランジェが溜息をついたその直後──。

 ──ズドンッッ!!!!


 轟音とともに、まばゆい火球が空を切り、壁に直撃した。


 砂煙の向こうで、2枚の壁が大きく崩れ落ちている。


「え、えええええっ⁉ 2枚抜いた⁉」


「ふふっ……やっぱり面白い子だ」

 呆然とする試験官の横で、クリストフは声を出して笑う。


 そんな二人をよそに、シルヴィは満面の笑みで大きな声を張り上げる。


「見た⁉ 合格でしょう。私、壊すのだけは得意なんですーっ!」


 ◇◇◇


 全寮制のメシア騎士学園に無事合格し、入学初日を迎えたシルヴィは、緊張しながら教室を見渡していた。


(知っている人、いるかな……)


 前から後ろに視線を動かしていくと、斜め後ろの席に見覚えのある顔を見つける。


(あっ、クリストフだ……! 試験のときにお世話になった彼も合格したのね)


 嬉しくなったシルヴィは、思わずにっこり笑みを浮かべる。

 すると視線に気づいたクリストフも、にこやかに微笑み、小さく手を振ってくれた。


(よかった~。覚えていてくれたんだ……!)


 シルヴィが胸をときめかせながら前を向き直ると、教壇に担任教師が現れた。


「やあ、新入生諸君」

 それは試験監督をしてくれたベランジェだった。

 特別措置で試験を受けさせてくれた彼に親しみを感じながら、シルヴィは笑顔で話を聞く。


 彼の説明は早々に終わり、最初の授業が始まった。


「では、従魔召喚の儀式を学籍順に行う。まずは学籍番号1番、ドミニク・マリオン」


 呼ばれたドミニクは自信満々の表情で立ち上がり、肩を回して気合を入れる。


 やや大げさなその様子を、シルヴィとクリストフは冷めた視線で見ていたが、クラスのほとんどは興味津々といった様子だ。


 事前に説明を受けた詠唱が終わると教室が薄暗くなり、空間がゆらめく。


 見慣れない光景に教室中に、緊張の空気が走る。

 その中から現れたのは──まさかの魔犬ガルムだった。


 アデール王国でその名を知らぬ者はいない、伝説の従魔である。


 一瞬、状況を理解できなかったクラスメイトたちも、次第にその偉業を認識し、バラバラだった拍手が重なり出し、盛大な賞賛へと変わった。


「まあ、こんなもんだな」

 得意げに鼻の下をなぞるドミニクは、満足そうにガルムを連れて席へ戻る。


 教室の視線は、その忠実に従う魔犬に集中していた。


 その後も儀式は続いたが、ドミニクのように強力な従魔を召喚できた者はいなかった。


 他の生徒は狼の召喚が限界で、狸や猫など、どれも目新しさのないものばかりだった。


 ペットにも近い動物が教室にあふれたころ、ついに彼の順番が来る。


「学籍番号99番、クリストフ。前へ」


 担任のベランジェに呼ばれ、クリストフが小さく返事をして前に出る。


 この頃には生徒たちに飽きの空気が広がる。

 形ばかりの乾いた拍手が鳴っては止みを繰り返していたため、適当に窓の外を眺める者までいるのだ。


 犬や猫、ふくろうにネズミ……召喚されるのはどれも似たり寄ったりで、感動の時間はとうに過ぎていた。99番目ともなると。


 途中で盛り上がったのは、一匹目のネズミが出たときに起きた笑い声といったところ。


 返事をして前に出たクリストフが詠唱を始めると、彼の黒髪がふわりと舞い上がり、教室中にまばゆい光が広がる。


 次の瞬間、光の中から巨大な翼を広げた鳥が現れた。不死鳥──フェリックス!


 生徒全員が名前を知っている幻獣とはいえ、目の前で見るのは、もちろん初めて。

 そのため、美しい姿に教室中が息をのむ。


 だが次の瞬間、フェリックスはふわりと飛び立ち、教室の窓から逃げていってしまった。


 しかし、教室にはキラキラと輝く光の粒子が残っており、生徒たちの記憶に、鮮烈な印象を刻みつけた。


「ははは、逃げられてしまいましたか。まあ仕方ありませんね。従えるのは難しそうでしたから」


 クリストフが明るく笑って言うと、戸惑いながらも、生徒たちは拍手を送った。


 そして──最後の番が回ってくる。


「さあ、次で最後だ。学籍番号100番、シルヴィ・グレミヨン!」


「は、はい!」

 順番にお呼びがかかったにもかかわらず、先ほどのフェリックスの余韻に浸っていたシルヴィは慌てて立ち上がる。


 その矢先、教室の一部からヤジが飛んだ。


「実技試験会場にいなかっただろ、あの子。グレミヨン侯爵家のお嬢様らしいけど、魔法は全然ダメって聞いたぜ」


「入試は逃げられても、授業はそうはいかないからな」


 その言葉に、シルヴィの胸がチクリと痛む。完全な嘘ではないからだ。


(……確かに試験には出なかった。でも、それは学科試験の話。唯一受けた『壁壊し』が得意だったから、合格できただけなんて情けない理由を、誰にも言えないわよ……)


 気まずさを紛らわせようと後ろを振り返ると、クリストフと目が合った。


 彼はくすっと笑い、「がんばって」と小さく応援してくれる。


 シルヴィは小さく首を振って「無理」と返す。


 そのままドミニクの横を通り過ぎようとすると、彼がぼそっと言った。


「召喚なんてできるのか? 100番ならカエルくらいが関の山だろ」


(何をおかしなことを言ってるのかしら。カエルでもいいじゃない。……ここまで注目されて、何も出ないほうが情けないのよ)


 不安でいっぱいのシルヴィがベランジェを見ると、彼はにっこりと笑って言った。


「この教室で共に授業を受ける幻獣は、魔犬だけで終わるか、はたまた……。さあ、最後は何が出てくるかな~?」


「は、はは……」

 余計なあおりは恥ずかしいからやめてくれ。

 そう言わんばかりの乾いた笑いで返すシルヴィは、床に魔法陣を描く。


 そうすれば教室全体が激しく歪み、この世のものとは思えない虹色の光に包まれた。


「す、すごい……なんという魔力……」

 召喚中は術者の集中を保つため、一言も発しなかったベランジェだったが、このときばかりは声を漏らす。


 その不思議な世界の中、目を開けていられるのはシルヴィただ一人だった。


 やがて、教室の天井を覆いつくすほど、巨大な黒い影が姿を現す。


「ええ〜どういうこと! ちょっと無理! 大きすぎるから小さくなってよ~!」


「我に出会って第一声が命令とはな……面白い」


 その声とともに、巨大な存在は小さくなり、カラスのような姿に変わってシルヴィの胸へと飛び込んできた。

 シルヴィが優しくその体を包み込むと、虹色の光は消え、教室は元に戻る。


「……今、何をしてたんだっけ?」


 呆然とした生徒がつぶやく。

「た、たしか……学籍番号100番が、従魔を召喚してたはずだよな……」


 意識が鮮明になってきた生徒たちから、一斉に注目が集まる中、シルヴィは黒い鳥と楽しそうにじゃれていた。


「もう、くすぐったいってば、ははは」

 その様子を見た誰かが叫ぶ。


「カラス!」


 するとドミニクがそれに乗じて言った。

「学籍番号100番のビリ女、カラス女ってか!」


 そうすれば、ドッと笑い声が上がる。

 侮辱した言葉に便乗した生徒たちが、楽しげだ。


 ぽかんとしたシルヴィは、自分の胸にいる生き物を見つめた。


(カラス……? どう見ても黒龍だけど……)


「え~と、シルヴィ・グレミヨンの従魔は……」

 その先を口に出していいのか躊躇ったベランジェが、口ごもる。


(やばい……黒龍なんて召喚したのがバレたら、また、お父様に叱られるじゃない。試験前にこっそり練習した魔法で、屋敷を壊したばっかりなのに……)


 青ざめたシルヴィは、決意する。


「私の従魔は、カラス……みたいです。ははは……」


 とびきりの笑顔でそう言いながら、心の中で呟いた。

(よし、このまま『カラス』で押し通す!)


 ◇◇◇


 メシア騎士学園の屋上。

 人の気配のない昼休みのひととき、シルヴィと彼女の従魔クロウは、ベンチに並んで座っていた。


 周囲の視線を避けるように、2人だけの時間を楽しんでいる。


「クロウって、本当にリンゴが好きなのね」


「うむ。何でも食べるが、リンゴは特に好物だ」


「見た目と全然似合ってないわね、ふふっ」

 そんな穏やかな空気を破るように、背後から柔らかな声が響く。


「シルヴィの従魔、喋れるんだ。珍しいね」


 驚いて振り返ると、そこには微笑を浮かべるクリストフの姿があった。


(えっ、いつからいたの!?)

 シルヴィは、人語を話す従魔が特別だとは思っていなかった。


 しかしクリストフの反応からして、クロウしかり、黒龍の特性かもしれないと思い、とっさに誤魔化す。


「ま、まさか。クロウは喋らないわよ」

 言い終えた瞬間、クロウがじと目でクリストフを見つめながら言った。


「ん? お前は誰だ?」

「ははっ! やっぱり喋ってるじゃないか」

 クリストフは愉快そうに笑ったが、すぐに真顔に変わると黒龍に向き直り、姿勢を正す。


「名乗らずに話しかけてしまい、失礼しました。私はクリストフと申します」

 その丁寧な態度にクロウはうなずいた。


「うむ。よい名だ」


「ごめんなさい、嘘をついてしまって……」

 シルヴィはしゅんとしながら視線を落とす。


「気にしてないよ。それより、ここに座ってもいいかな?」


「もちろん!」

 シルヴィが快く答えると、クリストフは隣に腰を下ろした。


「ところで……改めて従魔の名前は?」


 クリストフが遠慮がちに尋ねると、シルヴィはすかさず答えた。


「カラスだから、クロウってつけたの!」


「ネーミングセンスも独特だけど……その子、どう見てもカラスじゃなくて黒龍だよね?」


「ち、違うもん! カラスよ!」


「いやいや、どこからどう見ても龍。しかも最強クラスの黒龍、だよね?」

 そう言ってクリストフがクロウに視線を向けると、彼はあっさりと答えた。


「ああ、その通りだ」

 シルヴィの腕の中でくつろぐクロウを見て、クリストフは感心する。


「幻獣がこんなに人に懐くなんて、聞いたことがないよ」


「そうなの?」


「魔物は人間に従う理由がなければ契約しない。僕の従魔なんて、すぐに姿を消しただろう?」


「消えたっていうか、クリストフがそう命じたんでしょ?」


 思いがけない指摘に、クリストフは目を丸くする。


「見えてたわよ。『好きなところに行っていい』ってフェリックスに言ってたでしょう? 声までは聞こえなかったけど、口の動きでわかったわ」


 驚きの表情を浮かべたまま、クリストフは笑い出した。


「ははっ、さすがだな、シルヴィ。あの魔力で歪んだ空間の中では、正気を保つだけでも大変なのに、僕の口の動きまで見抜いてたなんて」


「よくわかんないけど……」

 ぽかんとするシルヴィに、クリストフはやさしく言う。


「きっとシルヴィは『妖精の守護』を受けているからだよ」

「妖精の守護?」


「妖精の力で魔法が強化される加護さ。魔力のコントロールが上手くなれば、今よりずっと強くなれる」


「私、魔法なんて全然上手く使えないのに……」


「それはまだ自分を理解しきれてないだけだよ。ね、クロウ?」


 シルヴィが信じていない様子でクロウを見つめると、彼は笑いをこらえていた。


「クリストフ殿、シルヴィは自分の価値にまるで気づいていないのだ。何を言っても無駄だぞ」


「それは残念ですね、黒龍様」


「クロウで構わんよ」

「それでは遠慮なく」

 クロウとクリストフが真剣にやり取りする中、シルヴィは肩をすくめて笑った。


「ふふっ、2人とも、私のことを過大評価してるわね」

 そんな彼女に、クリストフは柔らかく微笑む。


「王宮騎士団に入れば、すぐに隊長クラスになれる実力なのに……やっぱりシルヴィらしいや」


「そんなの無理よ。それに私はもう、王宮騎士団に入る気はないの」


 その言葉に、クリストフが驚く。


「えっ? でもこの学園に入ったのは、騎士団を目指してたからじゃないの?」


「最初はね。でも、同じクラスの人たちを見てたら……一緒に働きたいって思えなくなって」


「もったいないなあ……」


「全然よ。騎士になれなくても、真面目に学園に通った実績が残れば、お父様にも怒られないし。あとはお兄様のすねをかじって、のんびり生きるの」


 それを聞いたクリストフは、くすりと笑った。


「それなら僕も、まったり生活を全力で応援しようかな。毎日、美味しいおやつをシルヴィに届けてあげるよ」

「ほんと⁉ 嬉しい! 約束ね!」

 足をぶらぶら揺らして、シルヴィは素直に喜んだ。


「わしにもリンゴを頼む」

「もちろん、クロウにも」


 ふと、シルヴィが不思議そうに尋ねる。


「でも、どうしてそんなに親切にしてくれるの? 毎日だなんて……」


 クリストフは少しだけ表情を引き締め、真面目な声で答えた。


「ここだけの話だけど……僕の能力はちょっと特殊なんだ。誰かと一緒にいるなんて、今まで考えられなかった。でも、シルヴィみたいに裏表のない明るい子に会って……そばにいたいって初めて思えた。……それではダメかな?」


 シルヴィは彼の真剣なまなざしに気づかず、あっけらかんと笑った。


「よくわかんないけど、クロウもクリストフのこと気に入ってるみたいだし。約束、守ってよね!」


「うん、当然だよ」


(他の誰でもなく、シルヴィだけは特別だから。もう、手放さないからね)

 クリストフの瞳が、静かに、そして熱く光っていた。


 ◇◇◇


「うさぎを探しに来たのに、全然見つからないわね」


 森の中を歩きながら、シルヴィは腕に抱いたクロウに愚痴をこぼす。


「どうして急にうさぎなんて言い出したんだ?」


「お姉様のお誕生日が近いから、うさぎの毛皮で小物を作ってあげようと思ったの」


「ふーん。それなら、別の革のほうが良いんじゃないか?」

「だって、私が捕まえられそうなのって、うさぎくらいしか思いつかないんだもん」


 そう言って足を止めたシルヴィは、辺りの気配を探る。しかし、風が草を揺らす音ばかりで、獣の気配どころか鳥のさえずりさえ聞こえない。


「……おかしいわ。動物の気配がまるでない」


「わしの気配を察知して、逃げたんだろうな」


「えええ⁉️ じゃあ、クロウと一緒にいたから逃げられたってこと⁉️」


「まあ、そうだろうな」


「それなら先に言ってよ!」

「今気づいたんだ。普段、わしの動く速度で逃げられることなんてないからな。シルヴィのペースで歩けば、カメでも逃げていくんじゃないか?」


 その言葉にシルヴィはジト目で睨む。


 魔物の気配を察した動物たちが、一目散に逃げだしたということか。

 それなら、クロウと一緒にいる限り狩りは無理だ。


「じゃあ、狩りが終わるまで自由にしてていいわよ」

 そう言って腕を緩めると、クロウはひらりと空へ飛び立ち、頭上を旋回した。

 一見すると本当にカラスに見える。


「わしが代わりに獲物を捕まえてこようか?」


「ふふっ、期待してるわ」

 シルヴィが冗談めかして言うと、クロウは空高く舞い上がり、あっという間に見えなくなった。


「ほんと、クロウって俊敏ね……」


 しばらく空を見つめていたシルヴィは気を取り直し、さらに奥へと足を進める。


 ◇◇◇


 少しして、茂みの中からガサガサと音が聞こえた。


 四足歩行の生物が歩いている気配に身構えたが、その後ろから人影が現れるのを見て、力を抜く。


「なんでカラス女がこんなところにいるんだ?」


 現れたのは、クラスメイトのドミニク。あまり会いたくない相手だった。


「お姉様への贈り物を探しに、狩りに来ただけです。……それより、マリオン侯爵家のドミニク様こそ、どうしてこのような場所に?」


「従魔の餌探しさ。ガルムは新鮮な肉じゃないと食べないからな。いつもなら、この辺でキツネくらいは見つかるんだが……今日は一匹も遭遇しないな」


「へぇ……」

 気のない返事をするシルヴィ。動物が逃げた理由はクロウの気配によるものだが、説明できず押し黙る。


 すると、ドミニクが周囲を見回しながらニヤリと笑った。


「そういや、あのカラスはどうした? 俺のガルムが怖くて逃げたんじゃないだろうな? ははっ」


「違うわよ。クロウはちょっと散歩してるだけ」


「ははっ、間抜けなカラスなら、そのまま帰ってこないんじゃないか」

 彼が笑っているそのとき、ガルムが突如、しっぽを下げて茂みに隠れた。


「……?」

 不思議に思う間もなく、キィーーっと空から雄たけびが響き渡る。


 音に驚き頭上を見上げると、巨大な影が上空を旋回していた。


「ど、どうしてこんなところにワイバーンが……」


「わぁ、ワイバーンの鱗って、高く売れるのよね」

 大きさこそあるが、クロウと比べれば小さく感じる。そう感じたシルヴィは目を輝かせた。


「バカか、お前は!」

 叫ぶドミニクの声に動じないシルヴィが、さらりと告げる。


「こっちに来るわ。攻撃しなきゃ!」


「無理に決まってる! ワイバーンは王宮騎士団の隊長たちが束になっても手強い相手なんだぞ!」


「じゃあ私がやってみる。火球なら、ちょっと得意かもしれないから」


「バカ言え! カラス女のお遊び魔法なんて役に立たない!」

 それでも構わずワイバーンに向き直るシルヴィ。魔法の気配を察し、ワイバーンが鋭い爪を見せて突進してくる、その瞬間──!


 バコォーーン!

 巨大な尾が空を裂き、ワイバーンを地面に叩きつけた。

 一撃だったがすでに絶命しているのか、ピクリとも動かない。


 土煙の中、生気のないワイバーンを見つめ、ドミニクは顔面蒼白になる。


「し、信じられない……SSランクの黒龍……どうしてここに……」


「へぇ、黒龍ってそんなに強いんだ。知らなかった」


「この国も終わりだ……」

 ドミニクが絶望して崩れ落ちそうになる。シルヴィはそんな彼の肩をバシッと叩く。


「大丈夫よ!」

 その勢いで彼はひっくり返って尻もちをついた。


「……お前、本当にカラス女だな。アホ!」


「ひどい~。励ましたのに~!」


「人生最後が、お前みたいな出来の悪い同級生と一緒だなんて、最悪だ……」


 そこへ、黒龍が翼を広げて舞い降りてくる。

「……いよいよ終わりか」

 そんなドミニクの横で、シルヴィは満面の笑みを浮かべた。

「ははは、クロウってば強い!」

 黒龍が嬉しそうに羽ばたくたびに、突風が巻き起こる。


「ちょ、ちょっと! いつものサイズに戻って!」

「はいはい、わかった」


 空中で姿を消したかと思うと、小さな姿のクロウがシルヴィの胸に飛び込んできた。


「ふふっ、大きいクロウもかっこいいけど、小さいクロウはかわいいわ。大好きよ」

「わしもシルヴィが好きだぞ」


「まさか、あのワイバーンは私のために連れてきたの?」


「狩りの獲物といえば、あれくらいが普通だろう」

 二人で笑い合う視線の先には、地面に横たわるワイバーン。

 それと、その手前で震えるドミニクの姿がある。

 2人の世界に浸る空気を壊すのをためらっていたドミニクだが、意を決して口を開く。


「も、もしかして……シルヴィ・グレミヨン侯爵令嬢の従魔は、黒龍様でしょうか……?」


「違うわよ」

「で、ではその方は……一体?」


「この子は『クロウ』。黒龍様じゃないわ」


 ドミニクは、無理やり納得したように頷いた。

「なるほど。シルヴィ様の従魔は、クロウ様……でございますね」


「えっ? 私のことを『カラス女』って呼んでたのに、急にどうしたの?」


「シルヴィのことを『カラス女』だと?」

 ドミニクをぎろりと睨むクロウが、低い声を響かせた。

 そうすれば彼は、土下座する勢いで謝る。


「も、申し訳ありませんでした! 愚かにも、偉大なお二方の正体に気づかず……」


「わしはいいが、シルヴィの価値に気づかないのは問題だな」

 そう呟いたクロウのことを、ドミニクは崇拝の目で見つめたのだが、全く相手にされていない。


 彼はクロウに、そっぽを向かれてしまう。


 慌てたドミニクは、改めてシルヴィへの謝罪を口にする。


「これまでの無礼をお詫びいたします……大女神様……」

(ええぇ……いつの間にそんな話に……)


「クロウのことも、私のことも、誰にも話したら許さないからね」


「えっと……それは……どのような了見からでしょうか?」


「世界の均衡が壊れるからよ」

 恐る恐る確認するドミニクに、すました顔を見せる。


 口をついて出た破れかぶれの言葉。しかし、すでにシルヴィを崇拝モードに入っていたドミニクの心には、しっかりと響いた。


「……承知いたしました。シルヴィ様の秘密は、私が全力でお守りいたします」


 胸に手を当て、丁寧にお辞儀をするその姿は、さすが侯爵家の令息。形だけは完璧だ。


 ◇◇◇


 それ以来、シルヴィには『大きな犬』が二匹懐くことになった。もちろん、ドミニクとその従魔ガルムのことである。


 ある日、ドミニクから受け取ったお菓子の詰まった紙袋を手にしたシルヴィに、別の男が険しい視線を向けた。クリストフだ。


「……どうして他の男が、シルヴィに懐いてるのかな? 毎日お菓子をあげるって、最初に約束したのは私だったと思うけど」


「うん、そうなんだけどね。ドミニクってば、私のこと『大女神』だなんて言い出して……完全に変なテンションになって、何を言っても無駄なんだもん」


「へぇ~……。シルヴィを『大女神』と呼べば、私のことももっと見てくれるのか。まだ無理強いするつもりはなかったけど、そろそろ悠長なこと言っていられないのかもしれないね。……このまま、私の部屋に連れていこうかな?」


 クリストフはそう言って、シルヴィの頬に優しく手を添えた。


 その瞳の奥には、冗談とも本気ともつかない光がきらめいている。


(えっ、えぇぇ⁉ のんびり生活させてくれるって言ってたクリストフが、妙なテンションになってる⁉ 全部……全部あのドミニクが変な勘違いをしたせいじゃない!)


「私は女神なんかじゃないから〜っ!」

 シルヴィの叫びは、風に紛れて、さらりと聞き流された。



最後までお読みいただきありがとうございます。

そして、後書きまで読んでくださり、嬉しいです!!!!

本作は、長編作品を書くにあたり、シルヴィのイメージを固めるために書いた短編作品です。


ずうずうしいお願いですが、読了の証に、広告バーナーの下にある★での評価と、ブックマーク登録、いいねなどの応援をいただけると、今後の執筆の励みになります。


皆様の温かい応援をいただけると、この先の執筆を元気に取り組めますので、応援をよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ