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異世界の生き方

「ところでユーヤさんはこちらに来る前は何をなさっていたのですか?」


 まだ肩で息をしている俺にリズが尋ねる。


 小首を傾げる仕草が妙に可愛く見えるのは自分と同じヒューマン種だからだろうか?

そんな邪な考えを取り除きながらもこちらの世界で分かりやすいようにと気を配りながら答えることにする。


「俺はハンドラーと言って犬を訓練する仕事をしていたんだ。このシュミッド号が今の相棒で、こいつはとても優秀なやつさ」


 頭をぐりぐりと撫でてやると満足そうな顔で尻尾を振る。警察犬としては珍しく尻尾をカットしていないので太めの木製バッドで尻を何度も殴られているような状態だが、慣れたものだ。


「こいつはすごいぞ、周囲の探索から爆発物・薬物の検知、追跡から確保までなんでもできる。俺のいた国ではこいつ以上の犬はいないだろうさ」


「確かに、貴様が倒れていた時貴様を守ろうとしていた。その迫力は私も実力行使を考えたほどだ」


 腰に下げた長剣を軽く撫でながらシーラがシュミッド号に視線をやる。

ぴくりと反応して僅かに警戒の態勢を見せるが、強めに頭を撫でてやることで問題ないことを示す。訓練の結果か本能かは定かではないが、シュミッド号もこのダークエルフが一番強く警戒するべき相手だと認識しているようだった。


「ワシが止めねばそやつを気絶させるために飛び出すところじゃったわい、全く黒エルフは気が短くて困る! ガッハッハ!」


「まだ言うかこの小人が••••••刀のサビにしてくれるわ!」


「上等じゃ! そんな針金でワシを倒せると思うならやってみぃ!」


 お互いに火花を飛ばし合うドワーフとダークエルフだったが、リズは慣れているのかニコニコしながらその様子を見守っている。


「あれ、止めなくていいんすかね••••••?」


「一日に三度はある喧嘩ですから放っておきましょう」


 意外にも、一番場を把握しつつ冷静なのはこのお嬢さんかもしれないと、そう思った。


 中指でくいっと上げたメガネの奥に光る目が何故か怖かったことは今は言わないでおこう。



ーーーー



 一通り喧嘩が終わった頃には月がかなり真上まで登っていた。


「そろそろ眠りましょう、最初の見張りはギルボさんで次が私、最後はシーラさんのいつも通りの形でいきましょう」


 『見張り』••••••その言葉からここが異世界で危険な場所だと再度認識させられる。


「うぅむ••••••ちと飲み過ぎたかの••••••お嬢ちゃん最初の見張り変わってくれんかの?」


「いいですけど、そうなるとシーラさんを起こすのはガルボさんになりますよ?」


「よし、最初の時間は任せてもらおう! 安心して眠ってくれい!」


 いつもの軽口の応酬なのだろう、口に手をやりクスクスと笑うリズと憮然とした表情で気に背中を預けて腕を組むシーラの関係性はここ数年犬ばかり相手をしてきた俺には懐かしい光景でもあった。


「見張りを置かなきゃいけないってことは何かに襲われる可能性があるってことですか?」


「そうですね、この森で野党に遭遇することは非常に稀ですけど森狼(フォレストファング)とか大猪(ビッグボア)といった野生動物が通りかかることがあるんです。基本的には向こうもこちらを警戒するので積極的に襲ってくることは少ないですが、やはり用心は必要ですね」


「森に住まう獣とて食わねば生きていけぬ、我らは捕食者側ではあるが、ここでは喰われることもある。この世界で安心して眠れる場所は城壁に囲まれた都市のそれなりの値段を払って借りる部屋くらいだと思った方がいい」


 ぶっきらぼうではあるがこれは多分異世界にやってきてしまったら俺へのシーラなりのアドバイスだろうと理解することにした。


 シュミッド号は彼らの備蓄した干し肉を喰らい尽くして鼻ちょうちんを膨らませながら眠っている。


「見張りであればこのシュミッド号ができると思いますよ? 寝ていても獣の足音や匂い、害意ある人間の気配なんかを感じればすぐに教えてくれます」


「ほお、それは頼もしいが探知魔法のエリアをカバーできるものかいの?」


「そうですね••••••探知魔法っていうのがどの程度の範囲を持つのかわかりませんが、シュミッド号は音なら八百メートルから一キロほど、嗅覚なら三キロから五キロくらいの距離まで判別できますね」


「それは••••••すごいですね••••••」


「通常の探知魔法は目の届く範囲程度だ••••••犬とはそこまでの能力を持っているのか、我々も認識を改める必要があるな」


「ということはもしや森狼(フォレストファング)共も同じようなことができるということか!?」


「俺がシュミッド号にした訓練はあくまでも彼が感じたことをこちらに伝えてもらうというものです。能力に関しては元から持っているものですよ」


「つまり今まで我々が警戒したり対策してきたことはほとんど無駄だった可能性が高いですね••••••彼らのテリトリーに入った時点で気づかれていたということも有り得そうです」


 俺がこちらの世界に来て常識が覆るような事象が彼らにも起きていた。


 犬という動物は聴覚・嗅覚において人間をはるかに凌ぐ精度を持っている。

実際過去にシュミッド号は逃亡犯を八日かけて二百キロ以上追跡し、潜伏先を特定した実績もある。しかも遺留物がなく足跡からの匂いのみで••••••だ。


 嗅覚には劣るが聴覚もすさまじく、特に人間と比べて周波数の高い音域において音の発生源を正確に特定する能力に優れている。


 そしてこれらの能力は訓練によって後天的に発現するものではない。野生に生きる狼やイヌ科の多種も同様に優れた能力を持っていることが研究によって明かされている。

 

 つまり、本気で追跡してくる犬や狼を巻くにはそれなりの知識と努力が必要になるということだ。今まで彼らが森狼の襲撃を受けなかったのは『運』の側面も過分にあるのかもしれない。



「••••••ということで、何かあればシュミッド号が起こしてくれますから、皆さんも休んでいただいて大丈夫ですよ」


「ほんなら、信用して休ませてもらうとするかの••••••流石に森に入って四日目じゃ、体力もかなりキツくなってきたとこだしの」


 先にスヤスヤと寝息を立て始めていたリズは薄い毛布に包まり、木に背中を預けて座るような形で休んでいるシーラは遠目からでは眠っているのか判別できない。


 ギルボも立派な髭が覆われるまで外套を引き上げ、すぐに眠りについた。


••••••



 相棒を信用しているとは言っても、気が気ではなく俺が眠りにつくのにかなりの時間を要したのは言うまでもないーー。

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