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ゴーシュの森

 ギルボが用意してくれたのは干し肉となにかの穀物で炊いた粥のようなものと山菜のスープだった。


 滋養強壮に良い薬草を使ったものらしく、リズが取り分けて少しでも食べるように勧めてくれる。



「••••••はふっ、うまいな••••••匂いは独特だけど」


 刈りたての芝生のような匂いが鼻をつくが、味はその匂いからは想像もできないほど美味しいものだった。


(欲を言えばもうちょっと塩気が欲しいけど••••••)


 命の恩人にそんなことを言える訳もなく、その場で木をナイフで削って作ったスプーンでスープを口へ運ぶ。ファンタジー作品でも手先が器用と描写されるドワーフのギルボが手ずから作った木匙だからか、不思議と口当たりが柔らかく薬草のスープも一味上がったように感じる。




 一通りの食事を終え、一息ついていると何かを考えながら押し黙っていたギルボが口を開いた。


「ところでお主はこれからどうするつもりなんじゃ?」



 なんとか考えないようにしていた現実に一気に引き戻されたような気がした。


「そうですね••••••俺が今置かれている状況が全くわからないというのが正直なところです。どうすると聞かれても••••••どうしたらいいですかね、はは」


 かんとか笑ってみようとはするが、うまくいったかどうかはわからない。

人の感情の機微に聡いシュミッド号も心なしか心配そうな目でこちらを見ているようだった。


「そうですよね••••••急に今までいた世界と全く違う世界に来てしまって、しかもゴーシュの森でひとりぼっちなんて私には考えられません」


 リズが身震いをしたのを見て一つの疑問が湧き上がった。


「ここってもしかして危険な場所なんですか?」



 ーーこの質問はこの世界でかなりおかしな質問だったのか、三人が三様のキョトン顔でこちらを見ることになった。



「••••••知らんとは恐ろしいものだな、ここはアーデンハイム王国の最西端に位置する森でな、一般市民はもちろん冒険者・騎士団・軍も行かねばならぬ用がある時以外足を踏み入れることがない場所だ」


「そうじゃな、ここは人の手で開発が行われていない原生林じゃ。大型の獣や魔獣、そして街での暮らしに溶け込めないはみ出し者なんかも隠れ住むと聞く。お主はワシらに助けられて幸運じゃったな!」


 恐らく中身は酒であろう盃を煽りながらドワーフは豪快に笑う。


 ダークエルフのシーラはその姿を苦々しい顔で一瞥して話を続ける。


「野生動物や人に見られたくない連中が居るということもあるが、最大の問題は地理にある。ここの地下には大きな水脈があるらしいのだが、その水源から流れるマナの影響で方向感覚が狂いやすい、慣れた者でないと一度足を踏み入れたが最後••••••屍を見つけてもらうのを待つことになるだろう」


「それは••••••俺がどれだけの時間気を失っていたか分かりませんがよく無事でいられましたね、シュミッド号の食欲から察するに丸一日は気絶していたと思うんですが」


「だから言ったじゃろう、幸運だったと」



 何か背筋にスッと寒いものが走る感覚に体を震わせながらさらに質問を重ねる。


「さっき水脈になんとか••••••って言ってましたけど特殊な磁場でも発生してるんですか? 例えばコンパスを狂わせるような」


「じば••••••というのは聞いたことがありませんね、コンパスという言葉も初めて伺いました」


 この中で一番知識がありそうなリズが言うのだから間違い無いのだろう。


「マナだ、本来大気中に放散するはずのマナが水脈に沿って高濃度で走ることによって我々の感覚が狂わされていると考えられている。王国調査団も気軽に入ることが許されない場所だからあくまでも推測に過ぎないがな」


「そのマナっていうのは••••••?」



「マナを知らんのか••••••お主随分と珍しい世界から落ちてきたようじゃの」



 盃をあおる手を止めて同情にも似た哀れみの目を向けるドワーフを見て、この世界と元いた世界の常識の違いにだんだんと気がついてきた。



ーーーー



 色々と話を聞いた結果、やはりこの世界では『魔法』というものが生活の根幹を支える技術として発達していることが分かった。


 俺がいた世界での科学技術同様、日常生活の掃除洗濯炊事から医療・学問・戦闘に至るまであらゆる場面で魔法が大きな割合を占めている。



 ドワーフであるギルボはその職業柄鉄の精錬や鋳造方法に関しての知識はあるようだが、ダークエルフのシーラやアーデンハイム王国に住むリズは科学的な知識は小学校低学年よりも乏しいようだった。

考えてみれば簡単な呪文一つで薪木に火がつく世界で、木と木を擦り合わせて摩擦で発火させるなんて面倒なことが必要とは思えないが。


 実際にギルボに借りたナイフで乾燥した木を削り、きりもみ式と呼ばれる方法で枯れ草に火を点けてみせるととても驚かれ、その後リズの呪文一つで俺の起こした火の五十倍の炎を見せられた••••••。


 今持てる科学技術の全てを出し切って疲弊した俺にリズが水を差し出してくれる。日本よりも湿度は低いが気温は高いこの世界でひたすらに棒を手のひらで回し続ける作業は体力的に厳しいものだった。


 リズの得意だと言う水魔法で出した氷は日本人好みのミネラル分の少ない軟水をさらに美味しく感じさせる。


「便利だなぁ••••••魔法••••••」


 東京ではなかなか見ることができない満点の星空が、俺の情けない呟きを優しく吸い取ってくれるようだった。

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