領主への報
「アリシアの軍勢は少なくとも数万とのことだ••••••」
「フレッド子爵が応戦していると言うが、防衛戦が突破されるのも時間の問題だろう」
「タナール領を抜ければ王都までは目と鼻の先の距離だぞ! どうするのだ!?」
「まて、いくらアリシアの軍勢と言えどゴーシュの森を抜けるには時間がかかるはずだ」
「それは楽観視しすぎですよ、敵がその対策を講じていないはずがありません」
「すぐに反撃するべきだ! 今であれば国境まで押し返すことも可能だが、中枢まで食い込まれては被害は広がりますぞ!」
「しかし••••••数万の軍と戦うための兵を集めるのには時間がかかりすぎるのではありませんか?」
「すぐに動ける正規兵は二千ほど、騎士団と戦闘職の冒険者を合わせてもせいぜい五千用意できれば良いほうかと••••••」
エドワード国王の招集命令で集められた関係者の間には明らかに動揺が広がっていた。
貴族から軍の指揮官クラス、そして各ギルドを統括するギルドマスターが王宮へ集結し、今後の動きをおのおので話し合っている。
聞き耳を立てる限りではこの段階で意見は一致していないようだった。軍関係者は反撃に移るべきだと主張するが、穏健派の貴族や敵の数に尻込みした者たちには弱気な意見が多い。
明らかに全員が予想外の状態に動揺し、混乱の空気が重く息の出来ない霧のように辺りに広がっていく。
「••••••全員、まずは落ち着くことが肝要だ」
低く、しかしそれでいてよく通る声がその重苦しい空気を取り去っていく。
玉座に座してその様子を見守っていたエドワード王が、その口を開いたのだった。
「しかしながら国王陛下••••••現時点で我らはアリシア聖王国の軍と真っ向から戦えるだけの戦力を用意できておりません。各地のアーデンハイムに属する領地を収める領主に招集をかけ、まとまった兵を用意するには最低でも一ヶ月はかかりましょう••••••この危機をどう乗り越えられるおつもりか! ここは使者を送り、話し合いの場を設けてなんとか落とし所を模索するしかありますまい」
「貴公の言う通りであるな、確かに今我々が持つ戦力は少ない。今動かせる戦力を全て投入したとして、侵略してきたアリシアの軍を押し返すことはできぬだろう」
誰もが現実を捉えている国王の言葉に視線を足元に落とした。
「だが、今この瞬間にもフレッド子爵は戦っている。余の収める国のため、余の庇護する臣民のため、余の愛するアーデンハイムのために戦っている。数万の敵を前に、ここを耐え忍べば援護は必ず来る、それまで戦うのだと••••••兵たちを鼓舞して戦っているだろう。貴公らはそのフレッド子爵を見捨て、アーデンハイムの土地を踏みにじって進軍してくる相手に話し合いを申し込むと言うのか」
「い、いえ••••••しかし••••••」
俯き、何も言わなくなってしまった貴族達を見下ろしながら、エドワード王は高らかに宣言した。
「現在王都に集まっている正規軍の半分と騎士団を合わせて編成し、タナール領へ援軍を差し向ける、援軍の指揮はこの余自ら取る! 異議ある者は今この場で申し出よ!」
腰の剣を抜き、友軍を鼓舞するように堂々とした立ち姿。まさに国父としてふさわしい姿に、どこからともなく拍手が送られはじめる。
「余とフレッド子爵で時間を稼ぐ、その間に戦力を整える役割は第一王子のイライアスに任せる、良いなイライアス」
「御意」
跪き、国王の命を受けたイライアス王子に貴族たちの目が集まる。
「聞いての通りだ、我らは今危機に瀕しているが、恐れるな。我らが今やるべきことは各地に早馬を走らせ、少しでも早く敵勢力に対抗できる戦力を整えることである!」
「お、おお••••••そうだ、急ぎ早馬の用意を!」
「東の辺境はどうする? 早馬でも4日はかかる••••••そこから兵を集めて登城までどう考えても時間が足りなさすぎるぞ」
「今すぐに伝えることができれば一ヶ月以内には王都にたどり着くだろうが••••••」
••••••
喧々諤々と意見を飛ばし合う貴族や軍の関係者たちに気圧されて黙っていると、バラクが俺の後ろから耳打ちしてきた。
『主様、ここは私達が協力を申し出てもよろしいかと。主様のお住いになる国を守るためでもありますし、その手段もお持ちですから』
「手段? なんのことだ?」
『お忘れですか? 主様はグリフォンを眷属になさっております。グリフォンはドラゴンを除けば実質最上位に位置しますから、つまりはドラゴン以外の翼のある魔獣はそのほとんどが主様の群れに加わっております。例えば••••••数百キロの距離を数分で飛翔してしまうほどの速度を持つ閃光怪鳥などが主様の命を待っております』
「おお! かっこいい名前だな!」
『ご主人はんの趣味はもうええて••••••』
「す、すまん••••••よし! とりあえず各地の連絡は俺達に任せてもらおうか」
それから、閃光怪鳥を王宮の庭へと集め、東の辺境にも数分で報せを届けられる事を伝えるとそれを聞いた貴族たちからは疑いの声が上がった。
しかし、改めてリーダー格の閃光怪鳥にそのままではあるがブリッツと名付け、命令を下して群れ全体を飛び立たせてみると貴族たちの見る目も変わったようだ。
地上から天へ舞い上がる閃光の筋が数え切れないほどの飛行機雲を作って空を埋め尽くす。
「な、なんという速度だ••••••飛んでいる姿がまるで見えないではないか!」
「聞いたことがあります••••••あまりにも飛行速度が早すぎて分厚い石壁にぶつかってもヒビ一つ入れずに撃ち抜いてしまう鳥型の魔物••••••」
「人を襲わぬ種だからと油断していたが、これがもしユーヤ殿の命令に従って一斉に襲いかかってくるとしたら••••••」
「は、はは••••••ゾッとしますな••••••」
何故か話が別の方向に逸れているが、とりあえずはブリッツ達の実力を認めてもらえたようで安心する。
••••••
「よし、これで最後だ」
閃光怪鳥の足に金属で出来た小さな筒を取り付ける。要件を記した紙をそのまま結びつけようとしたが、バラクの勧めでそれはやめることにした。
『主様、閃光怪鳥はその飛行速度によって近くを飛んだ木が発火するほどの熱を持ちます。最低でも金属で覆った状態でないと届かないかと』
「大気加熱してるのか!? とんでもないスピードだな••••••」
『さっきのデモンストレーションも本気やない言うてはったわ、電話もネットもないこの世界では最強の連絡手段やね』
そのような事情なので、ギルボを呼んで超特急で小さな金属の筒を大量に作ってもらうことにした。
「急じゃし大量に作る必要があるじゃろ? そんなに凝った物は作れんぞ、金属の筒を切り出して末端を潰した簡易的な容器でいいかの?」
ーーそうして重要な報せを間違いなく届ける算段を整えた俺達は、王宮の庭で待機していた閃光怪鳥達の足にそれぞれの領主へ向けた手紙を全て付け終わった。
「ブリッツたち、頼んだぞ!」
『おうよダンナ! 行くぜ行くぜ行くぜ野郎共! 俺達には誰も着いてこれねぇ! スピードのその向こう側を見せてやろうじゃねぇか!』
見た目は可愛い小鳥なのに、実に熱い心を持ったブリッツたちは一斉に各方面へと飛び立っていく。
地面を離れる際に発せられた衝撃波が空気の壁となって王宮の石壁を叩き、もろくなっていた箇所が無惨に崩れ落ちた。
「ばっかやろ••••••飛び立つ時はもうちょっと静かに!」
俺の文句の声は、一瞬で遥か遠くまで飛び去っていった閃光怪鳥の耳に入ることは無かっただろう。