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異世界の風呂事情

 日もすっかりと落ちて屋敷のシャンデリアに灯りが入る。


 各所に施された装飾が蝋燭の揺らめく灯りを反射して美しい光を反射する中、俺達は夕食を摂るためにダイニングへと集まっていた。


 カーラルに説教されて小さくなるジミーを何事かと見やりながら帰宅したバラクは、魔法師団で質問攻めにあって相当疲れているようだった。


「食事が終わったらすぐに寝るといいよ、かなり顔に出てるから」


『情けない姿をお見せして申し訳ありません••••••まさかリズ様のような方々が集まっていらっしゃる集団だったとは予想しておりませんでした』


 船を漕ぎながらなんとか食事を口に運ぶバラク、傍目に見ても限界を超えていることは明らかだった。



「そうだ、ジミーさんって一体何者なんです? さっきの投擲はかなりすごいんじゃないかと思うんですけど」


 食事をしている中ずっと側に控えていてくれるカーラルとジミー••••••よければ一緒に食卓へと誘ったところ、『それは使用人としての矜持に関わる問題ですので』と少し怖い顔で言われてしまった。

どうやらこの世界ではこういうものなのだ••••••と自分を納得させ、なるべく早くこの気まずさに慣れるように努めているところだ。


 そんな気まずさを少しでも軽減させようと二人に質問を飛ばしてみるが、さらに小さくなってしまったジミーを見てこれは失敗だったかと焦る。



「ジミーは西端の国に住むシャハゾ族の娘として産まれました。幼い頃から父と狩猟に出かけ、その技を磨いてきたそうです。その技量を国王陛下に認められ、王宮付きメイドとして雇われることとなりました」


 萎縮してしまっているジミーの替わりにカーラルが俺の質問に返答してくれた。


「アーデンハイム王国は大国ではございますがその分敵も多く、王宮で仕える使用人やメイドは採用条件として『ある程度の戦闘力を有していること』を求められております。もちろんそれ以前に厳しい身元調査が成されますが、彼女はその審査に通りテストをクリアした上で採用されております。少々常識に疎い面や子供っぽい所が心配されておりまして、今まではうまくやっていると安心していたのですが••••••まさかこのような粗相をしようとは思ってもおりませんでした」


 眉間を揉みほぐしながら嘆息するカーラルの顔を横目で伺っているジミーは、この話を聞いたからかもしれないが、今までより仲良くなれそうな気がした。



 そして、以前国王陛下との話し合いの場でバラクの行動に瞬時に反応して王族を守ろうと動いたメイド達••••••今のカーラルの話で得心がいく。


「••••••あれ、今の話だとカーラルさんも強いってことですよね?」


「いえいえ、私などは王宮の優秀な使用人やメイドたちの足元にも及びませんよ」


 執事服の紳士は、にこやかに微笑みながら俺のグラスへワインを注ぐ。


『ワテはこのおっちゃんが一番ヤバいと思ってるんやけどなぁ』



 自分用の食事用皿セットを用意してもらってご満悦だったシュミッド号も訝しげにカーラルの顔を見上げていた。



ーーーー



 火照る体をなんとか冷まそうと部屋の窓を開け放つ。

昨日の夜ベッドに入ったときと全く同じように皺一つなく整えられた寝具に腰掛けたが、体の熱さはなかなか逃げてくれそうになかった。



バラクは食事を終えてすぐに二階に上がっていき、そのまま就寝したようだ。


 俺はというと食事を終えた後、風呂の用意がされていると言われ浴場へと向かった。


「これは••••••」


 湯けむりにボヤける視界の奥に広がる広大な浴槽は明らかに一人で利用するには大きすぎるものだった。

中央に据えられた円形の浴槽をメインに、周囲には色の違う湯が張られた大小さまざまな浴槽が用意されている。


 脱衣所のドアとは別の扉を覗き込んでみると、上下二段に組まれた板張りの椅子と焼けた石が置かれた部屋。


「サウナまであるのか••••••風呂に対する情熱は日本と同じくらいあるんだな」


 手桶の置かれた小さな湯桶は身体を流す用の湯だと判断し、掬ってかけ湯をしてみる。適切な温度に調整された湯は製鉄ギルドの窯から出る煤で汚れた俺の体を少しだけ綺麗にしてくれた。


 続いて体を洗おうとするが、辺り一帯を見渡しても石鹸やスポンジのようなものが無くて困っていると突然脱衣所から続く扉が開かれた。


「し、失礼いたします••••••」



 入ってきたのは、タオル一枚を巻いただけのメイドだった。



••••••



 それからの俺の心境というのは察してもらいたい。

どうしても今日の失礼のお詫びに背中を流させてもらいたいと詰め寄るジミーと距離を取ろうと手桶で股間を隠しながら後退していく俺。


 端から見たら出来の悪いコントに見えるに違いない。



 ••••••最後には落とし所として股間を隠すためのタオルを持ってきてもらい、俺はそれを巻いてジミーの接待を受けることで落ち着いた。


「今日は本当に申し訳ありませんでした••••••久しぶりに握る懐かしい道具につい気持ちが昂ってしまいました」


 申し訳無さそうな声で背中を洗ってくれるジミーだが、俺はもうそれどころではなかった。


(メイド服って••••••結構色々隠れるんだな••••••)


 ジミーが入ってきたと判断した瞬間視線は逸らしたが、それでも網膜に投射された映像は頭から消えてはくれない。


 タオル一枚に巻かれた彼女の茶褐色の肌と、その胸元を持ち上げる厚く大きい塊••••••。

カーラルと共に使用人としての態度で接してくれていたことで今まで意識しないでいた彼女の『女性』としての魅力を至近距離でぶつけられ、俺の精神を小突いてくる。


「俺はなんとも思ってませんから本当に気にしないで下さい••••••カーラルさんにかなり怒られてましたけど、大丈夫だったんですか?」


「ご心配頂きありがとうございます、叱責は受けましたが職を失うという最悪の事態だけは回避することができました」


「それは良かった••••••というか、それでなんで風呂(ここ)に••••••?」


「あの••••••よく買い物で行く商店の奥様が『男を怒らせてしまった時は一緒に風呂に入って背中でも流してやれば一発だよ』と仰っておりましたので••••••」


(ああ••••••カーラルさん、子供っぽいってこういうことですか••••••)



 浴場の熱気で逆上せたのか遠く消えていきそうな意識を必死で取り戻し、俺はジミーに男女が共に風呂に入ることの意味と危険性を説く。

自分が得た知識と世間の常識の乖離にやっと気がついたジミーは狼狽しながらもしっかりと俺の背を流すというミッションはクリアし、脱衣所の扉を壊れそうな勢いで開け放って浴場から出ていった。



 ちなみに、ジミーが俺の背中を顔を真っ赤にしながら流している姿は目の前の鏡に写っていたことは墓まで持っていく秘密の一つに追加されることになった。




 ーーそして、自室に戻ってきて今に至るという訳だ。


 前の世界の熱帯夜よりはかなりマシではあるが、昼間の熱気を残した空気は異常に熱を持った体を冷却するには物足りない。


「こんな時リズの氷魔法があればなぁ••••••」


 なんとなく独りごちるが、ジミーと浴場に入ったなど知られたら何を言われるか分かったものではないことに気づいて頭を振って思い直す。


 汗ばむシャツを少し不快に感じながらもベッドに突っ伏すと、頭の力をまんべんなく受け止めてくれる枕の魔力かすぐに眠気が襲ってきた。




 こうして、アーデンハイムでの忙しい一日が幕を閉じ••••••そしてまた朝がやってくる。

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