威嚇
••••••夢を見た。
幼い頃、ウチは動物たちが沢山いた。母が拾ってきた犬や猫は無尽蔵に子供を産んだが、幸いにも広い土地と餌には困らない経済状況だったおかげで寿命を迎えるまで育てる事ができていた。
なかには翼を怪我したカラスや捨てられた亀、飼えなくなったものを引き取った大蛇などその種類は数えるのも面倒なほどだったことを覚えている。
よく言われたものだ。
『生き物を飼うなら、生まれてから死ぬまで••••••その最後を見届ける覚悟を持ちなさい』と••••••。
夢では、小学校に上がる前に出産を見せてくれた黒い犬が出てきた。
妊娠し、大きな腹から子供を産む姿を初めて見せてくれた犬だった。羊膜に包まれて出てくる姿は見ようによってはグロテスクで、信じられないほど感動的な光景でもある。
子供ながらに感動で涙を流したのは初めての経験で、こぼれ落ちる雫に困惑したことを俺は一生忘れないだろう。
産まれた子犬たちはとても可愛くて、里親が見つかり連れていかれる時は今では恥ずかしくなるくらい泣きじゃくった。
その後、健康に育って日本各地で元気に走り回る姿を写した写真が送られてきて母の里親を見る目に感心したことも覚えている。
ーー
遠くから犬が吠える声が聞こえる。
「そう吠えるでない、お前の主人を助けたいだけなんじゃ」
「回復魔法をかけないとその人死んじゃいますよ••••••お願いですから••••••」
「どうする、ここまで必死に守るということはコイツの眷属なんだろうが••••••手荒いが少し大人しくしてもらうか?」
「まあ待て、これだから血気盛んな『黒エルフ』は••••••」
「なんだと、『小さな森』ごときが我らダークエルフを愚弄するか!」
「お二人とも! そんな場合ではありませんよ!」
••••••••••••
吠え声の奥から人の話し声が聞こえてくる。
(誰か来てくれたのか••••••それにしてもシュミッドがこんなに警戒するなんて珍しいな••••••)
落雷の電撃による痙攣でうまく動かない体になんとか力を入れ、うつ伏せだった体勢を横向きになんとか入れ替える事ができた。
しばらく気絶していたようで、うっすらと開けた目に刺さる太陽光が眩しくてなかなか焦点が定まらない。
「おう、動いたぞ。どうやら命はあるようじゃな」
「でも酷いやけどですよ? 早くヒールをかけないと危ないと思います」
「すまんがの、できればお主の守護獣を大人しくさせてもらえんかのぉ••••••このままではワシらも近づく事ができんのじゃ」
腹の底に響くような低い声で威嚇する声は間違いなくシュミッド号のものだ。敵意を持った相手には威嚇をするように訓練してあるが、会話を聞く限りそんな相手とも思えない。
「ジュ••••••ミッ••••••」
自分が思っていたより遥かに声が出なくて驚く。
雷に打たれるというのは人体にとってかなりのダメージがあるようだ。
「シュミッド••••••大丈夫だ••••••ステイ」
なんとか蚊の鳴くような声を喉の奥から絞り出す。
「キューン••••••」
眉を八の字にした情けない顔が想像に難くなく、思わず笑いそうになるが体を揺すった際に走る痛みに思わず苦悶の声を出してしまった。
(昔イタズラで怒られた時にお気に入りの人形を取り上げられた時にもこんな声を出していたな)
今では優秀な警察犬として働いている相棒の昔の愛らしい姿を思い出すだけで、少しだけだが体の痛みが和らいだ気がした。
「私としても忠臣に剣を向けるようなことはしたくはない、理解してくれて感謝する••••••勇敢な眷属よ」
「とりあえずヒールをかけますね、ギルボさんは食事の用意をお願いします」
「よし来た! こやつは肉は食えるかのぉ••••••食えなければ別のものを用意すればええか」
ーー
今までに感じたことのない温かさを身に感じながら、俺はまた眠りに落ちていった。
遠くの方でシュミッド号の心配そうな鳴き声が聞こえた気がするが、さっきまでの威嚇ではなく心配そうな、甘えるような声だったのでなんとなく大丈夫か••••••という気になった。