二次会
貴族たちに囲まれての酒では気も休まらなかろうとの計らいで、俺達はそのまま騎士団の面々とバーベキューのような形で会を設けさせてもらうことになった。
立会の場に来ていなかったフレデリカ王女と相手をしていたシュミッド号、そして王宮でのパーティに残ってフレデリカ王女とシュミッド号を一応見てもらっていたギルボとシーラも合流することになる。
「なんじゃあ••••••ずいぶんと面白そうなモンを見逃しちまったみたいじゃの」
「貴様は飲み過ぎだ、貴族に囲まれてクダを巻くドワーフを介抱するこっちの気持ちも考えろ」
「酒は飲むために作られとるんじゃ、なーにが悪い! 飲んで酔わない酒があるなら持ってくるとええ!」
相変わらずギャンギャンと言い合っている二人を止めるため、リズはヒールの連発で疲れているにも関わらず二人をなだめに飛んでいった。
その後方からフラフラとやって来たのは、一番末であるフレデリカ王女殿下の世話を任せていた相棒だった。
『ご主人はん••••••ワテもうあかんわ、なんやあのガキパワフルすぎんで』
結ぶほどもない体毛に無数の小さな可愛らしいリボンを括られたシュミッド号は、誰が見ても分かるほど疲れ切った顔で演習場にその姿を表した。
首に巻かれたシルク地のリボンは長く伸ばされ、その一方をフレデリカ王女が満面の笑みで握っている。
「この子とってもいい子ね! オシャレしている間もぜんぜん動かないで待っててくれるの! イザベラもハンナも私がオシャレにしてあげようとするとすぐに仕事があるーってどっか行っちゃうんだから!」
登場人物たちに誰一人覚えがなかった俺が返答に困っていると、耳に蜂蜜のような艶めいた声が流し込まれた。
「フレデリカは他の人間を美しく飾り立てることに心血を注いでおりますの、メイド達も捕まってしまうと仕事が遅れるのでフレデリカから逃げ回っているのですわ」
「おっ!?」
いつの間にか背後に立っていたのはリズの姉であるカサンドラ王女、赤銅色のウエーブ髪と合わせるように仕立てられた真紅のドレスは太陽光の下でキラキラと反射し、室内とはまた違った美しさを放っている。
「あら、レディに対してその反応は傷つきましてよ? リズベットからお話は聞いております、妹が大変お世話になりましたこと、お礼申し上げますわユーヤ様?」
奥義で口元を隠しながら目を細める姿は妖艶だが、それと共に神域に到達するのではないかと感じるほど美しい。
ドレスから溢れるのではないかと心配になるほど豊かな胸と対象的な細い腰、ドレスのスリットからは血が通っているとは思えないほどの白く長い脚が伸びる。
会の準備で忙しく駆け回っていた騎士団の人たちも思わず足を止めて見入ってしまうような魅力を持つ王女の前に、二人の人影が立ちはだかった。
「お姉様! ユーヤさんに手を出すことは許しませんよ!?」
『失礼ながら、主様に必要以上に接近することはお控えくださいカサンドラ王女』
喧嘩を止めに行っていたはずのリズとどこにいるのか分からないほどに周囲に溶け込んでいたバラクが俺の前に壁を作るようにカサンドラ王女と対峙していた。
「あら、私は妹の恩人にお礼を言いに来ただけですわ? 妹の大切な人になるかもしれない御仁に手を付けるような真似はいたしませんことよ?」
「なっ••••••!? 私とユーヤさんはそんなっ!」
『御冗談はそこまでに、私にも我慢できる限度というものがございます故』
「ふふっ••••••ユーヤ様も罪なお方でございますね、これから大変になると思いますが、どうか私の妹を泣かせないようにしてくださいましね?」
カサンドラ王女はそう言い残すと未だシュミッド号に抱きついているフレデリカ王女の下へ向かっていく。
「き、気にしないで下さい••••••カサンドラお姉様はなんというかその••••••無類の男好きなのです。それはもう騎士団に匹敵するとまで言われる親衛隊が勝手に出来てしまうほどに」
『それは人の国のパワーバランスとして破綻いたしませんか?』
「本人に国をどうこうするという意思が無いので今のところは何もありませんが、もしフレデリカお姉様が本気でアーデンハイム転覆を狙ったとしたら••••••」
その先をリズが口に出すことは無かったが、昔からよく言うように国を栄えさせるのも滅ぼすのもその鍵を握るのは絶世の美女••••••ということなのだろう。
その妹であるリズの苦労は予想に難くないが、とりあえず今のところはフレデリカ王女のおもちゃになっている相棒を救出するため、俺は手近な生贄としてバラクの手を取ったのだった。
ーーーー
「それでは••••••アーデンハイムの繁栄と王国騎士団のさらなる成長、そして新たな隣人であるユーヤ殿、シュミッド殿、バラク殿との出会いを祝して! 乾杯!」
大きく盃を振りかざして乾杯の音頭をとったのはカーク王子だった。
先程まで着用していた純白の礼装ではなく、騎士団の仲間と同じ綿の動きやすいシャツに着替えている。
訓練場の中には数台の鉄でできた舟が置かれ、その中で何やら半透明な石が赤く光っている。
「ユーヤさんは魔石を見るのは初めてですよね? これは一定の魔力を溜めておけるもので、こうやって火の魔法を溜めた魔石を料理に使ったり、水の中に入れて湯を沸かしたりするんです。アーデンハイムや他の国でも生活に欠かせないものですよ」
正体を確かめるべく焼かれていく肉や野菜の隙間を縫って中を覗き込んでいた俺に気づいたのか、リズはそう説明してくれた。
「そうか、ユーヤ殿は異世界から来たということだったな。聞けば魔法が無い世界だという••••••どうやって人々が生活しているのか興味をそそられるな」
話しかけてきたのは盃を手に串焼きの肉を頬張るカーク王子だった。一度バラクにやられたからか、そもそものカラッとした性格から来るものか、かなり態度が軟化しているように思える。
俺の素性を知っていることには驚いたが、普通に考えれば王族なのだから同じ王族であるリズから報告が行っていてもおかしくないと考え直した。
「申し訳ありません、父上に事の仔細を尋ねられユーヤさんのことも話してしまいました」
「構わないさ、別に隠すようなことでもないし••••••仮に隠していたとしてもこっちでは常識が違いすぎてすぐにバレてたって」
申し訳無さそうに目を伏せるリズに少しだけ焦りながらフォローを入れる。
「優しい御仁だな、リズベットが気に入るのも頷ける。王族であれば相手には身分が求められるが、冒険者になるのであれば伴侶としてこれ以上無い物件かもしれないな?」
「ちょっと! カーク兄様!」
何やら聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするが、両手が塞がった兄をぽかぽか殴りつけるリズの大声でそれはかき消されてしまった。
その代わり、さらに野太く大きな声が頭の上から降り注いでくる。
「ユーヤ殿と言ったか! お初にお目にかかる、王国騎士団所属ーーロニー・ガスキンと申します!」
振り向くと目の前には今まで存在しなかった黒い壁が出来上がっていた。
そこからゆっくりと視線を上げていくと、はるか上方に人の顔。
そこで俺は初めて目の前に人が立っていたのだと理解する。
「ユーヤ殿の眷属であるシュミッド殿は冒険者ギルドの登録時に【筋力増強(特)】スキルがあると判明したと伺いました••••••ぜひともこの私と一戦お願いいたしたい!」
二メートルは優に越えようかという筋骨隆々のタンクトップ巨人が、シュミッド号への挑戦状を叩きつけにやって来た。