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雷撃

「お疲れシュミッド号、おやつもらってきたよ」


 ハンマーを用いても容易に壊す事が出来なさそうな鉄檻の中で彼は元気よく尻尾を振っていた。

南京錠を開錠して扉を引いてやると隙間を抜けるように飛び出し、俺の左にピタッとついて座れの姿勢をとる。


「相変わらず鼻がよろしいことで••••••」


 口から溢れる涎の量を見るに俺がこの犬舎の扉を開ける前から彼はハンドラーの来訪と訓練の褒美の存在に気がついていたようだ。


「ちょっと待てよ、お前一気にあげると全部飲み込んじゃうんだから••••••」


 味付けをしていない犬用のビーフジャーキーは人間用のように柔らかく作られていない。まだ歯のぐらつきに不安を覚えるような年でもないが、流石にこの硬さはサメのように生え替わらない脆弱な人間の歯を持っていかれそうで毎回苦労してちぎってやっている。

ハサミを持ってくればいいという意見は至極ごもっともではあるのだが、シュミッド号と一緒におやつを楽しむ時間が楽しみでもある俺は彼と同じものを口にすることにしていた。


ステイ(待て)


 ちぎったジャーキーを長い鼻の上に乗せ、待つように指示する。早く噛み応えのある乾燥牛肉を味わいたくて小刻みに震えているが、そのまましばらく待たせる。

自分用にさらに小さく噛みちぎり、咀嚼を開始すると同時に再度指示を出す。


「OK」


 器用に鼻先でジャーキーをはね上げると空中でキャッチし、立派な歯で数度噛むとそのままごくんと飲み込んでしまった。

そして再度座れの姿勢をとると、訓練中には絶対に見せない潤んだ目でこちらを見つめてくる。正確にはまだ一度にあげるには大判すぎる俺の手にあるビーフジャーキーを見つめているのだが••••••。



ーーーー



 一通りご褒美タイムが終わると、次に要求されるのは遊びだ。

訓練で大の大人も息が上がるような内容をこなしてはいるのだが、運動神経に全フリしたような彼の強靭な体ははさらなる躍動を求めている。


 一般家庭の室内で飼われている大型犬は一日に一時間の散歩を二〜三回行う事が推奨されるが、シュミッド号のように幼犬時代から訓練を重ねた職業犬はその限りではない。常に限界を超えた運動量を求められているため、最近では日々の訓練だけでは運動量が足りなくなってきてしまっている。


 一度檻に戻るとボロボロになった野球ボールを咥えて戻ってきた彼の目は期待に満ち溢れていた。




「おらっ!!!」



 警察犬が自由に使える広場に出てきた俺は渾身の力を込めてボールを天に放つ。もうこれで何度目か分からないが、このままシュミッド号とこの遊びを毎日続けていれば何かしらの種目でオリンピックに出場することも夢ではないのではないかと思わせるほどの運動量だ。


「昨日も散々投げさせられたから••••••肩が痛え••••••」


 弱音も出ると言うものだ。



 シュミッド号の名前は第二次世界大戦で活躍したドイツ軍の名戦闘機『メッサーシュミット』から取られている。大地を駆ける獣でありながら、大空を自由に飛び回るような身軽さを見せる彼にはぴったりの名前だと今は思っている。

願わくば••••••遊んでいる時くらいはそのスピードを少し緩めて俺に休憩の時間をくれるとありがたいのだが••••••。


「ゥー、ワンっ!」


 不満そうな声に視線を下すと件のシュミッド号が俺の足元に転がされたボールを鼻で突いているところだった。


「分かったから••••••よっしゃ! もっかいいくぞ!」



 青空に吸い込まれていくボールを追って駆けていく姿はもはや風そのものに見える。



 ハンドラーの仕事は警察犬の訓練、つまり現状(事件現場)でシュミッド号が仕事をする際は同じく訓練を積んだ警察官の指示に従って動くことになる。

人間に対して不信感を抱くことのないよう、自分とペアを組む人間のことを信頼して指示をしっかりと聞くように関係性を作っていくのもハンドラーの仕事だ。


「つまり、お前が満足するまで遊んでやるのも俺の仕事だ!」


 数秒もしないういちにボールを咥えて戻ってきた彼から皮の剥がれかかったボールを受け取ると、今度はフェイントをかけるように逆方向に投げてやる。


「ふぅ••••••流石に疲れた」


(予報通り天気が崩れそうだ••••••あいつは不満かもしれないが雨に降られるのも面倒だ、そろそろ犬舎に引き上げよう)


 遠くからこちらに向かって駆けてくるシュミッド号を見つつ、今日の夕飯は何にしようか考える。


 昨日買った豚肉でカレーでも作るか••••••そんなことを考えつつ耳をピンと立てて楽しそうに走り寄ってくる相棒に声をかけようとしたその時だった。




 ーーすぐ傍に生えていた木が縦に割れた。


 


 猛烈な閃光と轟音に襲われて反射的に目を閉じた。



 次いで襲ってきたのは痛みとも熱さとも取れる強烈な感覚。指一本自分の意思で動かす事ができない状態を自覚するより前に体は地面に叩きつけられた。


 全神経が一斉にシャットダウンしたかのように何一つ自由が効かずに呼吸すらままならなくなっている。


(雷に打たれたのか••••••シュミッド号は無事かーー!?)



 たった今こちらに向かっていた相棒のことを考えると僅かばかり意識が覚醒した。


 息の仕方を忘れたかのように肺が締め付けられる中、なんとか力を振り絞って瞼をこじ開けると、そこには悲しそうな顔で吠える愛しい相棒の姿があった。


(ああ••••••良かった••••••)




 なんとか呼び戻した意識もやがて薄れ、視界が幾重にも薄い布をかけられていくように遠くなっていく。


 僅かに頬に暖かなものを感じながら、俺は真っ暗な闇に溶けていった••••••。

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