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シュミッド号とハンドラー

「シュミッド! ゴー!」


 号令をかけると背中のシルバーにも見える毛並みを靡かせながら一頭の犬が駆けていく。


 

 ベルギー原産のマリノアと呼ばれるシェパード・ドッグはその身体能力と大きな躯体、そして人間の命令を正しく理解する頭の良さから警察犬として人間と共に警察の捜査活動に加わる事が多い。


 一口に警察犬と言ってもその仕事は多岐に渡る••••••遺留物から逃走方向を嗅ぎ分けたり、捜査対象の持っている違法薬物を発見したり、『警察犬を連れている』という抑止力的な意味もあったりする。


 だが一般的によく知られているのは検挙の際に犯人に飛びついて腕や服などに噛みつき引き倒す場面ではないだろうか。



 今まさに、ナイフを振り翳して暴れる犯人の元にシュミッド号は矢のように駆けていく所だった。


 低い姿勢で背中を弓のようにしならせて疾走する姿は俊足の犬によく見られるものだ。

丸めた筋肉を解放した際に効率的に地面を掻く足は他の犬よりもふた回りほど大きく、その軌跡を砂埃という形で残していく。


 あと数歩で犯人に飛びつくと思ったその時、警官隊に対して威嚇していた犯人が自分に迫ってくる黒い影に気がついた。


 表情は恐怖で固まり、自己防衛本能から持っているナイフを前に突き出す。


「来るなあああ!!!」


 断末魔かと思えるほどの絶叫が響く••••••防護盾を持った警官隊に緊張が走った。


 シュミッド号と犯人を結ぶ直線ライン上にナイフがあり、そのまままっすぐ取り押さえにかかれば犬の体にナイフが突き刺さってしまう。

犯人は迫り来る脅威からなんとか身を守ろうと無茶苦茶にナイフを振り回していた。


 目深に被ったベースボールキャップのツバから玉の汗が弾ける。



 その様子を俺は指示を出さずに見守っていた。警察犬訓練士(ハンドラー)として仕事を始めて十年、その中でも最高レベルに到達したシュミッド号の有能さを信じているからだ。



 誰もが危ないと声を出しそうになった次の瞬間、犯人はナイフを持った手を大型犬に振り回され地面へと引き倒されていた。


 普段から共に訓練を重ねてきた警官達も一瞬何が起こったか分からないほどの早業で。


 そして僅かでも犯人が腕に力を入れて逃れようとすると強靭な首と牙で痛みを与えて鎮圧していく。


 最早犯人に逃れる術は残されていなかった••••••。


 


 犯人がなんとか警察犬を退けようとナイフを突き出す一瞬前、シュミッド号はジャンプするフリをした。

走り込む勢いはそのままにぐっと頭を地面近くまで下げると、飛びかかられることを警戒する犯人は顔を左手で守りながら右手を上に移動させる。その瞬間を彼は狙っていたのだ。


 まず先に腕を狙うのではなくその下に潜り込み、四十キロに達する体重とスピードを乗せて犯人を突き飛ばす。たまらず後ろ向きにもんどりうった所で素早く狙いを凶器を持った右手に変更、自分に刺さらないように角度をつけて上腕に喰らいつく。


 体制が整ってしまえば人間より遥かに高い身体能力を持つ大型犬から逃げおおせるのは容易ならぬことだ。


 普通の家庭で飼われているペットならいざ知らず、シュミッド号は警察犬として何年も訓練を受けたベテランでもある。


 彼の仕事は凶器を振り回したり警官から逃走しようとする犯人の動きを数秒止め、確保の時間を創出すること••••••犯人は防護盾で武装した警官隊に取り囲まれ、がっくりと首を垂れた。



「そこまで! 犯人確保につき状況を終了する」


止まれ!(スタンドスティル)


 終了の合図と同時に停止の命令を出す。早めに解放してやらないと犯人役は保護具を着けているとはいえ大変なことになってしまう。


 シュミッド号は命令を即座に従い、噛み付いていた腕を離して座れの姿勢をとった。攻撃され続けていた保護具を見るとナイフで引き裂いたかのような傷が残っている。


「シュミッド、やりすぎだ••••••訓練場で2階級特進は洒落にならないぞ」


「ワン!」


 顔の近くで振られると脳震盪を起こすのではないかと思うほど攻撃力の高い尻尾が砂を天に巻き上げながら左右へ元気よく振れていた。


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