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眠りたい夜の800字

親の死目に会わぬよう

作者: もも

 夜に爪を切ると親の死目に会えない。そんな話を聞いたことがある。だから私は夜に爪を切る。ぱちん。高い破裂音のような音がする。階下で母の笑い声が聞こえた。さぞかし間抜けな顔をしているのだろう。品の無さと醜さにイライラした。

 私の母は私が幼い頃に家を出た。浮気の末の家出であり、そのために長らく我が家は父と私と姉の三人暮らしだった。やがて姉が結婚し、新しい生活へと旅立った頃、入れ違いで母がしれっと帰って来た。

「ただいま」

 母は私の気持ちなど無視して、この家に居ついた。私は父に訴えた。どうして追い返さないの。ここはもうあの人の家じゃないのに。父は言葉少なに言った。母さんも色々あったんだよ。

 私や父がどんな思いでいたのか、自分勝手な都合で私たちの生活をかき乱す母のことを、私はどうしても許せなかった。視界から母を排除し、徹底的に避け続ける私に対して、母は「娘ってのはややこしいね」と言うだけだった。

 あの人は他人。仮にこの世からいなくなったとしても、私には関係がない。だから私は迷信であると知りつつも、夜に爪を切ることにしたのだ。死目など、会えなくて結構。

 そんなことを思っていたら念願叶ってと言うべきか、私の方が先に死んだ。通夜も葬式も、母は涙ひとつ見せなかった。そして今、私の遺影と遺骨を前に、一人座布団の上に座っている。死目に立ち会われて気分が悪いと思っていたら、突然母が泣き始めた。ごめんね、ごめんねと何度も謝る声が聞こえる。俯いて表情が見えない母を見下ろしながら、私は「なによ今更」と、もう届かない声で呟く。一生かかって謝り続ければいい。私は小さく丸まった母の背中を、ずっと見つめていた。


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