1.覚醒とステータス
天文14年 (1545年) 10月 堺の街 鋳物商・鉄砲鍛冶処
滝川 彦九郎(一益)
「おうっ、彦九郎。そろそろ飯にするぞ」
「親方ぁっ、この部分が終わったら向かいますから先に向かってくださいっ!」
「おうよっ。あんまり根詰めてやるんじゃねぇぞぉ。いつもの屋台に行ってるから早く来いよ」
俺は手元の火縄銃の鉄を打ちながら、鉄砲鍛冶を教えてくれている橘屋又三郎親方が工房に俺を残して堺の屋台に出かけてくのを見送る。
「よし。これで銃床を取り付ければ試作火縄銃の完成だ。あとはステータス次第だな……。ステータスっ!!」
わざわざ叫ばなくても”ステータス”と心で念じれば道具のステータスは見れるのだが……。やっぱりこのセリフ、言いたくなっちゃうのよねぇ。
“滝川式火縄銃:武力+8”
「よしっ!! これまでで最高の出来だ。親方に頼んでこいつを俺の火縄銃にしよう」
普通の火縄銃は銃床が短く弓のように身体から離して構えるのだが俺の作った火縄銃は銃床が長く、肩につけて安定して狙撃などで利用できる。
大鎧・胴丸といった古い鎧を着てこの火縄銃を使うのは難しいだろうが、当世具足や今後、織田信長が着用するような南蛮具足であれば邪魔にならず、利用できるかもしれない。
俺がこの戦国時代に滝川一益として覚醒……いや、転生か?してから、はや五年……。
15歳で元服してすぐの頃、実家の滝川忍びのお役目で敵地に侵入中、敵に見つかって命からがら山に逃げ込んだ。その時、木から落ちて頭を打った俺は、前世と言っていいのか……未来の日本で生活していたことを思い出したんだ。
覚醒していきなり敵味方の怒号と弓矢の飛び交う山中を走り抜けなきゃいけなかった俺は先輩忍びに助けられつつ何とか生き延びることはできた。
そして近江・甲賀郡にある滝川館に帰ってまず最初に何をしたか……。
それが”ステータス確認”だ。
転生と言ったらやはりこれ……。というか平和な未来の日本でゲームをしながら過ごした記憶が覚醒したところでなんのメリットもない。
むしろ倫理観や命の重みを知っているからデメリットの方が大きい。何なら元服前に初陣で何人か打ち取ってる自分(一益の覚醒前)にドン引きしちゃったよね。
というわけで……、何の知識もない一般人が転生したところで、「ヒャッハー!!大将首だ!!首実検だぁ!!」とやっている戦国時代でステータスのような能力がなければあっという間にあの世行きだ。そこで未来の日本の歴史ゲームのことを思い出し、藁にも縋る思いで”ステータス確認”をしたわけだ。
そして俺のステータスがこれ。
“ 滝川一益 ステータス “
統率:89 武力:85(+11) 知略:75 政治:85
“ 所持 “
・滝川式火縄銃: 武力+8
“ スキル “
・ステータス確認
・鉄砲鍛冶: 銃火器利用時 武力+3
どうよこれ。結構高くない??
さすがは「退くも滝川、攻めるも滝川」と評されただけあるといったステータスで安心した俺。ちなみにこれは今のステータスなのだが、5年前から変わってはいない。
人の基礎ステータスは元服すると変動しなくなるらしい。ただし、今作った火縄銃のような所持品でステータスの強化はできる。
ということでステータスというゲームのようなシステムがあると知った俺だが、現実はそう甘くはない。
ゲームと違って戦に負ければ命はないし、ケガをすれば赤い血が流れる。そんな世界でステータスが高いからという理由で君はヒャッハーできるだろうか……。
答えは否だ。
覚醒した俺は、覚醒する前の俺(滝川一益)ができていた忍びのお役目や小さな小競り合いでの戦働きができなくなった。もちろん少しずつ慣れて、5年経った今ではなんの抵抗もなく役目は果たせる。やらなければやられる世の中なのだ。
しかし、周りの者たちは順応に時間の掛かる俺に対して「滝川家の嫡男は役立たずだ」と評価した。俺の父上・滝川資清は俺を庇ってくれたが、甲賀のまとめ役である三雲からも御家を継ぐ者としては失格だと評され、父上はやむ無く俺の弟・滝川吉益を跡取りとした。
そんなこんなで、甲賀にいても弟・吉益の邪魔になるだろうということで、堺の鉄砲鍛冶・橘屋又三郎の下で鉄砲作りとその扱いを学んでいたってわけだ。
「あら、彦九郎さんまだ工房にいたの。もう親方はとっくに行きつけの屋台に行っちゃったわよ」
「あぁ、お涼か。すまんすまん。見てくれこの火縄銃。今完成したとこなんだよ」
「はぁ、一体何丁作れば気が済むの。そもそも尾張の親戚のところで仕官するって話だったのに、いつまで堺にいるのよ……」
この俺に文句をいう橘屋の前掛けを着ける女中は妻のお涼。甲賀滝川家の遠縁で、くノ一でもある。甲賀を出た俺に着いてきてくれる俺には勿体無いくらいのいい嫁だ。
ちなみにお涼のステータスはこれ。
“ 滝川涼 ステータス “
統率:40 武力:80(+1) 知略:50 政治:35
“ 所持 “
・銘もなき忍び刀: 武力+1
“ スキル “
・なし
くノ一としての実力は高く、武力はそこらの武士より強い。それ以外は、まぁ一般人レベルだ。そしてお涼の言う通り俺は尾張に向かうはずなのだが、まず先に、鉄砲を手に入れるために堺にきていた。
史実において滝川一益は縁戚の池田恒興が仕えた織田家に仕官している。だがどのように仕官したのか、その半生はよくわかっていない。鉄砲の名手だったという記録もあるので覚醒した俺は、尾張に直接向かわず、種子島から国産鉄砲を仕入れた堺の・橘屋又三郎の元に弟子入りしたわけだ。
「弟子入りしてから2年くらい経ったかぁ。よし、そろそろ尾張に向かおう。だがその前に紀州雑賀・根来衆に向かう。あそこも堺と競い合うくらいの鉄砲産地だぞ。それに堺でも最近名を聞く津田流砲術の津田算長に会えるかもしれん」
「はぁ……。まったく、好きにしなさい。ちゃんと又三郎さんには挨拶はするのよっ!! 」
呆れたような顔で仕事に戻ってゆくお涼。
しかし、尾張では信長の元服もまだ来年のはずだ。家督相続も1552年頃だし、とりあえずそれくらいまでに士官すればいいんじゃないか?
史実通り伊勢攻略なんかもあるだろうから、実家の滝川忍びとかも利用しつつ、伊勢・志摩とお隣紀伊で勧誘と情報収集して尾張に向かうとするか。
史実では本能寺の変まで織田信長に信頼され活躍しまくっていた滝川さんだが、関東で敗北し、その後は豊臣秀吉に派閥争いで負け天下を取られ、晩年は誰の印象にも残らないほど存在感もなく霞んでしまったはずだ……。
ステータスという俺しか見えない強みがある今回の人生でそんな不遇な最後は望まない。必ずこの戦国時代を生き抜いて勝利を掴み取ってみせるぜ。