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宵の巫女  作者: シュリ


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第十一話 針と糸

「待って、リリー」

 部屋を出ると、イシュケが急いで後を追ってくる。「部屋に戻るなら、一緒に」

「戻るけれど、すぐに出るわ」


 リリーの手には、縛られたばらばらの本がある。両手で慎重に支えながら歩いた。


「もう針と糸をさがすの?」

「ええ」

「じゃあ、僕も一緒にいくよ。城のなかを案内したといっても一周だけだし、迷子になったら困るでしょう?」

「ありがたいけれど……だいじょうぶよ。それに、探し物がすぐに見つかるとは限らないわ。あなたに時間を無駄にさせるのは申し訳ないもの」

「申し訳ないなんて思わないでよ」


 イシュケはぱっと両手を広げた。


「僕は今、リリーの従者なんだから」

「従者じゃないわ!」リリーは驚いて首を振った。「あなたはカイネの従者よ、わたしはただ……あなたの手を借りることを許されているだけ」

「じゃあ、借りてよ。そのために僕はリリーの傍にいるんだし」


 あまりに屈託なく言うものだから、リリーも根負けして、「それじゃあ、時間を決めましょう」と言った。

「見つかっても見つからなくても、夕方までには切り上げること……今日はそれでおしまいでどうかしら」

「いいよ」


 イシュケはなんだか嬉しそうだ。隣を歩く足取りは軽い。毛先を編んだ銀髪が右肩で跳ね、短いマントがふわふわ揺れて、おとぎ話の妖精のようだなと、リリーはぼんやり思う。

 白い雪に照りかえした光が窓から差して、彼の白銀の髪をきらめかせる。――ふと、リリーは首をかしげた。


「そういえばイシュケ、ああイグニスもだわ……ふたりは、陽の光は平気なの?」

「え?」


 無邪気な顔をこちらに向ける。「どうして? 僕たちのこと、吸血鬼か何かだと思ってた?」

「いいえ、そうじゃなくて……」


 なんと説明したものだろう。

 リリーは過去に、従者(エキュワイア)らしき存在を知っていた。

およそ二百年前、魔女――もとい巫女に(かしず)き、狂信していた獣たち……彼らは巫女から力を強制的に分け与えられ、黄金の体と特殊な能力を得た。その影響は子孫代々に受け継がれている。だが彼らの体は、陽にさらされればたちまち灰と化すのだ。その光景も、この目で見た。


「聞いてもいいかしら。巫女と従者の契約って、具体的にはどういうものなの」

「それは、方法のこと? それとも関係?」

「どちらもよ」

「方法は……うーん、僕もよくわからないや。クイーンはよく、『魅了』と『契約』って言ってるけど……魅了、か。これはたぶん、僕らがクイーンに一目惚れしたことを言ってるのかな。契約は……出会ったとき、クイーンは僕らに血を分けてくれた」

「血、を?」

「うん。今よりうんと小さな体で、今にも死にそうな僕たちを案じて、膝をついて……そばにあったキャラバンのナイフで手首を切って、僕たちの傷口に垂らしてくれたんだ。それで、言った……『私の従者になりなさい』と。そのときはもう、僕たち、クイーンの虜になってた」


 言い切ってから、「リリー?」と怪訝そうに立ち止まる。リリーは目を見開いて、何かを追うように宙を見つめていた。


「どうしたの? 何かおかしなこと言った?」

「……わたしも、レオに血をあげたこと、あるの……」

「え? じゃあ君たち、契約してたの?」

「いいえ、でも、ちがう……レオはちがうの。だって、わたしが生まれる前からレオはレオだったから……」


 つぶやき、首を振る。何がなんだかわからない。頭の中が騒然としている。昨日から一度にいろいろなことを知りすぎて、パンクしそうだ。


「どういうこと? レオはレオって。君が生まれる前からあんな風だったってこと? じゃあ彼は誰に力をもらったの」

「誰からももらってないわ……いいえ、正確には、わたしの前の、巫女……でもそれは彼の先祖で、彼自身じゃなくて、彼が生まれたときに受け継いだというか……」

「従者の契約って、子孫まで及ぶものだったかなあ……僕も詳しいわけじゃないけど、そんなの聞いたこともないや。それに、仮にそうだったとして、レオがあれほど力を使えているのも不思議なんだよね。従者は普通、消費した力を巫女から補給されるものだからさ」

「補給……?」

「うん。レオはいったいどこからどうやって力をもらってたんだか。つくづく不思議な奴だよね」


 いよいよ本格的にこんがらってどうしようもなくなりそうなので、リリーは一旦、考えるのをやめた。この広大な城から針と糸を探し出さなければならないというのに、これ以上考え事を増やしてはいけない。


 別棟の部屋に本の残骸を置き、ふたりはさっそく、城のなかを捜索することにした。


「廃墟とはいえ、もとはお城だものね。きっとどこかに……それこそ衣装部屋とか、召使いの居室とかにあるはずよ」

「なるほどね。じゃあまずはこっちの部屋から……」

「ふたりで同じ部屋を見ていたんじゃ、すぐに日が暮れてしまうわ。手分けしましょう」

「それじゃ君が迷子になっちゃうよ」

 イシュケが反対するが、リリーはきっぱりと、

「だいじょうぶよ。とりあえずこの別棟だけを手分けしましょう。それならわたしもわかるわ」

「なるほどね。じゃあ、リリーは上から回ってよ。僕は下からいくからさ」


 そう言うなり、イシュケは軽やかに駆けだした。

 別棟だけなら意外にすぐ終わるかもしれない……という淡い期待があったのだが、気づけば陽は傾き、城内が薄暗くなる。結局別棟だけで予定の時間になってしまった。


「見つかった?」

 真ん中のフロアでイシュケと落ち合う。リリーは残念そうに首を振った。

「いいえ」

「そっか。僕もだ。うーん、使えるかわからないけど、こういうのは役に立たない?」


 と、ポケットからガラス片や木の枝、何かの装飾品らしき銅製の釦を取り出したが、どれも本を縫い付けるのには役立ちそうになかった。


「ごめんね。リリーの役にたてなくて」

「謝らないで。わたしは手伝ってもらってる身なのよ。わたしの方こそ、ごめんなさい。明日も探すわ。明日は……そうね……居館(パレス)を見てみましょう。早く終われば主塔の方も。召使いの部屋があったはずよ」

「そうだね」イシュケはたちまち元気を取り戻した。「うん。そうしよう。今夜は明日にそなえて、しっかり休まないとね」


 そう言い合いながら別棟に向かっていると、回廊の方からイグニスがやってきた。「おい、食事の準備を手伝え」と、相変わらず仏頂面だ。


「ええー、今から? 僕、今までリリーに付き添って裁縫道具を探してたんだけど」

「いいから手伝え。クイーンを悲しませる気か」

「まさか!」イシュケは飛び上がり、慌てて駆けだした。振り向きざま、「リリーは部屋で休んでて!」と言い置いて。

 

 回廊の狭間窓から寒風が吹き込み、ぶるりと体が震えた。思えば、ひさしぶりの、ひとりきりだ。


 部屋で休めと言われたが、自分の手にはカイネの期待がかかっている。夕食ができるまで捜索を再開することにした。居館をさがすとイシュケに見つかるかもしれないので、隣の小塔に向かう。番人詰所があるとカイネが教えてくれた場所だ。


 正午は穏やかだった空が曇りだしている。また雪が降りそうだ。コートの前を精いっぱいにかき合せ、背中を丸めて先を急いだ。

 小塔の中は螺旋階段になっており、途中途中に狭い小部屋がある。そのひとつひとつを覗き、足を踏み入れ、棚や机があると物色した。しかしどれも空っぽ、もしくは不要ながらくたが残っているだけで、針と糸などどこにもない。


 城と言えど廃墟になっているのだから、よく考えればこまごましたものが形を残しているとも思えなかった。カイネを元気づけようと張り切ってしまったが、軽はずみだっただろうか。だいたい、ここの主が知らないものを新参者の自分が一日やそこらで見つけられたら、それはもう奇跡そのものだ。……

 などと考えているうちに階段を上りつめていた。息を切らしながら取っ手を引く。蝶番の外れかかった今にも壊れそうな扉の向こうに、簡素なテーブルと椅子があった。壁際には四角い本棚とマントルピースの跡。他にはなにもない。


 肩を上下させながら、がくりと脱力しそうになる。やはりない……わかってはいたが、急な螺旋階段を休まず歩いてきた足が、今頃になって悲鳴を上げていた。小休憩だ、と椅子を引き、腰掛ける。――が、少しして嫌な予感を覚えて立ち上がる。刹那、椅子の脚が根元から折れ、がたんと崩れてしまった。

 カイネの部屋もリリーの部屋も、身分ある者の部屋だった。ここは番人の詰所なので家具が粗末なつくりなのは致しかたないが、なんだか一気に体の力が抜けてしまった。


 壁に背をもたせかけ、ずるずると石床に座り込む。尻から背にかけてひやりと冷たさを感じるが、しばらくすると気にならなくなってくる。石の表面に体温が溶け込んでいく様は、昔、長らく閉じ込められていた『塔』の中を思い起こさせた。

 そう、こうして目を閉じて、暗闇に意識を投じれば……二年経った今でも鮮明に思い出せる。冷たくて、暗くて、寂しい、魔女の牢獄。地下深くに掘られ、皮肉を込めて『塔』と呼ばれた……魔女を封印するための……


 あの魔女は、巫女だった。神なる存在によって遙か昔に地上へ送られた存在……大地の安寧を司る存在……彼女は、それを知っていたのだろうか。いや、そうは思えない。彼女の手記には、自分の特異な体質に対する疑念と戸惑い、苛立ち、絶望が記されていた。彼女の元へ集っていた獣たちはおそらく「魅了」されていたのだろうが、血を分けたという描写はなかった。契約などしていない……ただ彼らの善意に任せて、雑事を頼んでいただけ……


 頭のなかで、黒の本の表紙がぱらぱらと捲られる。魔女の最後――自分に最後まで忠実だった一匹の蜘蛛に、文字通りすべてを捧げた。私を食べてと言ったのだ。蜘蛛は抵抗したが、最後には魔女を喰らった。愛しみながらその体に牙を立て、体液を啜り……

 血を、喰らった?




 はっと目が覚める。辺りは真っ暗だった。ついさきほどまで空は黄昏に侵されていたはずだったのに、いつの間に、自分は眠ってしまったのだろう。早く戻らなければ、今頃カイネは機嫌を損ね、イシュケも大慌てで自分を探しているに違いない。

 ジジ、と微かな音がして、テーブルの上を見やった。見覚えのない小さな明かりが控えめに揺れている。立ちあがろうと腰を浮かせたところで、何かがふわりと肩から落ちた。暗闇に目が慣れず、手探りでそれを掴み取る。はらはらと、手のひらで溶けそうなほど繊細な……黒い糸の塊。温かく熱を帯びた糸で編まれたブランケット……


 息を呑み、テーブルを見る。ほとんど溶けかけた蝋の先に、今にも消えそうな火が灯されていた。それだけで、自分の眠っている間に何があったのか、おのずと察しがついた。ぎゅっとブランケットを抱きしめると、それは柔らかく崩れて、はらりとほどけてしまった。

 どうして……ここにいるのがわかったのだろう。

 彼は、カイネのところにいるのではなかったの?


 ふと、燭台の横で何かがきらりとまたたいた。近づいて、手に取ってみる。銀色のブローチだった。百合の紋章が彫られた、品の良いブローチ……何気なく裏返して、リリーは目を見張った。頭に電撃が走ったような心地だった。

 震える手で、ブローチの裏に指先をかける。留め具に使われる針はいとも簡単に外れた。留め具を通す小さな穴まで空いている。蜘蛛の糸なら通りそうだ。

 視界が滲んだ。目頭が熱い。今にもイシュケが探しにくるかもしれないのに……涙が出るのを止められなかった。


 カイネの取り引きに応じたのは、巫女の郷の脅威からレオを守るためだ。それでいて彼の傍から離れたくもなかった。ぜんぶ、自分が勝手に決めたことだ。悲しんではいけない。悔やんでもいけない。

 そのうち、彼はカイネに魅了されるかもしれない。契約を結びたいと言い出すかもしれない。それならそれで構わないのだ。郷の監視の目に留まるまで、ここにいる。少しでも長く、彼と同じ屋根の下にいたいから。

 自分ひとりならどうなっても構わないと、昨日かたく決意したはずなのに。こうして彼の優しさに触れるたび、心が決壊しそうになる。なんて、弱い……弱い意思だろう。

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