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「書籍化!」自分の事を主人公だと信じてやまない踏み台が、主人公を踏み台だと勘違いして、優勝してしまうお話です  作者: 流石ユユシタ
第六章 兄妹殺愛編

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40話 声

 


――ここに残って彼女の援護をしよう。眼の前の命を救えないで何が聖騎士だ!

――いや、彼女の言う通り、他の聖騎士の加勢に行こう◀




 トゥルーは駆けだした。駆けていくとベータがマイとよく似た女性に襲われかけている直前。禍々しい剣から茨が伸びて、それが彼女に向かう。それを



――トゥルーは庇った。



 そして、精神への負荷がかかり、崩壊、それに近い現象が起こった。それによって記憶も白紙のように崩壊した。




――白紙END






 白紙END到達おめでとうございます。このENDは特別ですので、メイン主人公であるトゥルーとアーサーの物語視点からサブ主人公の物語視点に移行することが出来ます。


 

 よく分からないと言うユーザーの為に軽い説明が入りますがよろしいですか?

 

 尚、いいえを選んだ場合は説明をスキップできます。



はい◀

いいえ



 円卓英雄記をご購入いただきた時に、裏パッケージにサブ主人公の物語があると記載があったと思います。本来の主人公はトゥルーとアーサーであり、このどちらかがBADエンドを迎えるとセーブをしたところからコンテニューが出来ます。


 しかし、今回のような特別なBADEND、白紙END等を迎えた場合はサブ主人公視点で物語をプレイできます。勿論、アーサーとトゥルー視点でコンテニューをしたとしても問題はありません。


 

 今回は、サブ主人公アルファ視点での物語がプレイ可能になります。トゥルーが何もなくなり、アルファも復讐以外何も残らなかった所からのスタートです。



 時間軸として、アーサー最初のBADENDがある時です。それではどうしますか? コンテニュー致しますか? それともアルファ視点に移行しますか?



コンテニューをして物語を楽しむ

アルファ視点での物語を楽しむ◀



 それでは引き続き、プレイをお楽しみください。



 画面が暗くなる。真っ暗になり、薄暗い音が聞こえ始める。




――雨が降っていた




 彼女は上を向く。曇っている空から、灰色の天から雨が零れて、彼女の瞳に落ちる。そこから頬を伝って雨水が落ちていく。一人だけになった、彼女(アルファ)は泣いているのか。


 それとも、ただ雨水が落ちているだけなのか。彼女すらも分からない。ただ、心の中には怨嗟が渦巻いていた。


 灰が心に積もって行くような気分だった。ガンマは死んだ、ベータも自分を離れた。彼女を支えていた最後の何かが欠落した気分だった。



 グルグルと目の中に負の感情が浮かぶ。もう、誰も止める者は居ない。



「……そうだ……私には……成すべきことがある……殺さないと、息の根を止めないと……いけない奴がいる……」



 アルファは譫言のように呟いた



 都市ポンド。そこから復讐人形の歩みが始まった。



復讐人形編(アルファ編)


――プロローグ fin



 


■■




 都市ポンド、そこで彼らは大きな任務を一つやり遂げた。情報収集などをして、やるべきことは殆ど無くなった。彼等は王都ブリタニアに帰還をしなくてはならないのだが……



 サジントによって少しだけ、休暇を与えられた。時間はお昼ごろ、空は雲に覆われていて雨が降って来そうな趣だ。それぞれに別れて過ごすと思いきや、そんなことはない。



「なぁなぁ、フェイ! アタシと飯行こうぜ!!」



 フェイは一人で行動しようと歩いていたのだが隣にはボウランが眼を輝かせながら隣に居た。鬱陶しいので無視をして一人で歩ていくフェイであったが、ずっと彼女達は付いてくる。


 ボウランだけでなく、アーサーも居る。そして、フェイが美女とイチャイチャしているのが気に食わないエセとカマセも昼食に誘って引き離してやろうと近くを歩いていた。



 トゥルーも一人では流石に寂しいと近くに。そして、ガンマとベータもフェイに話しかける機会をうかがっていた。



「あぁ、フェイに何と話しかければ良いのだ……」

「…………………don't understand」



 それを見て、頭を抑えるアルファ。


「はぁ……どうやって諦めさせてやろうかしら……」



 アルファからしたらフェイは頭がおかしい存在であり、どうにかして妹が惚れてしまうのを阻止したい存在でもある。そんな変わった面子で昼食をする場所を探す。しかし、中々食べられる場所が見つからない。



「お腹すいたー-!!!」

「ボウラン、我儘はメッ!」




 どこもかしこも席は空いていない。ボウランが駄々っ子になり始めるのをアーサーが宥める。お昼と言う事もあり食べられる場所は全て人だかりだ。暫く歩き続け、それでも見つからない。


 その間にボウランがどんどんお腹が空いて駄々っ子になって行く。仕方なく彼らは他の聖騎士たちが待機している、円卓の仮城に向かう。以前にマグナムの所で訓練をした時に宿泊をした建物に限りなく近い城。


 ここでは聖騎士たちは無料で昼食をとることが出来る。中に入ると自身達よりも先輩であり貫禄のある騎士たちが昼休みを取っていた。


「そこの新入り達、昼か?」

「はい」



 トゥルーが代表して返事をすると、ベテランたちは中へ案内してくれる。外で食べたかったが、腹の虫がおさまらないボウラン、外の飲食店の反響具合などが原因で彼らは食事係の人からパンと卵を貰う。


 しかし、フェイの分だけ貰うことが出来ない。


「あちゃー、すまないね。パンがきれちまった」

「……そうか」



 貫禄がありお腹もかなり出ている元気そうな老婆。彼女にそう言われてフェイだけ、昼食がない。



「フェイ、私の食べる?」

「いらん」



 アーサーが気に掛けるがフェイは一瞥する。食事係のの老婆は代わりのモノを用意しようと食堂を探し回る。


「ちょっと待ってな。代わりのモノを作るから……」

「……その必要はない」

「え? でもね……」



 フェイには食堂内に置かれている洗われていない食器等を見つける。


「婆さん、ご馳走様」

「あいよ」



 他の聖騎士が使い終えた食器を彼女の元に返す、微かに彼女は腰を拳で二回ほど、負担を少しでもやらわげるように叩いた。大量の食器、あれを洗う作業、年配者の腰への負担が見えてしまった。



 フェイは食欲が消えた気がした。別に食わなくても問題はないと言わんばかりにフェイは去ろうとする。



「おいおい、待ちな。変な気遣いはいらないよ」

「……していない、そもそも腹も減っていない」

「変わった子だね……ちょっと待ってな」



 暫くしたらフェイは鶏肉と野菜の炒め物と卵とハムを貰って席に着いた。



「フェイ、私のパン食べさせてあげる。あーんして」

「いらん」



 アーサーがちょっかいを出そうとするがいつも通り無視した。ボウランがフェイのおかずを生唾を飲んでじっと見ている。いつものように駄々をこねてそれを分けてもらう。


 フェイ達全員が昼食を済ませて、食休みをしているとボウランがフェイに話しかけた。


「そう言えば……フェイは七頂点捕食者(セブンス)って知ってるか?」

「……以前少し聞いたな」

「前、ユルルが雑学の授業で行ってた奴だ!」

「……」

「それならワイも知っとるで!」



 エセが自信満々に手を挙げて会話に入り込む。


「アビスの中でも特に強くて、被害も甚大に出している個体の事やな。知らない奴が居ないくらい有名な化け物中の化け物。その数は七体……一等級聖騎士が何体か討伐したらしいけど……残りはどこに居るのか不明らしいで」


 

 ペラペラと説明をする彼の言葉をフェイ達は聞き終える。世界に蔓延る災厄。その最もたる存在。世界に住む誰もが知っているであろうその化け物たち。


 アルファ、ベータ、ガンマ、トゥルー、アーサー、ボウラン、エセ、カマセも改めてその事実を確認する言葉に詰まるものがある。何百年と生きる化け物がいかなる存在であるのか。


 前日のアビスの襲撃とは比にならない恐怖の象徴が居ると思うと呼吸も重くなる。しかし、その中でいつもと変わらず食器を持ってその場を去ろうとする男がいた。



「フェイ」

「なんだ?」



 アーサーがフェイを呼び止めた。


「フェイはどう思う?」

「……いずれあいまみえるだろう存在」

「え?」

「それだけだ……」



 自身の呪いのように呟いて彼は去った。気付けば外には雨が降っている。それを気にも留めず、フェイは去って行った。





◆◆


 都市ポンドの激闘を終えてフェイ達は王都ブリタニアに帰還を果たしてから数日が経過した。とある日の朝。早朝のトレーニングの為にフェイが目を覚ます。



 着替えて、部屋に出て普段孤児たちが食事をする食堂を通る。すると丁度、マリアがエプロン姿で子供たちの朝食を作っていた。



「フェイ、おはよう」

「あぁ」


 フェイの声と足音に気付いて、早く起きていたレレも挨拶をする。



「ふぇい、おはよう!」

「あぁ」




 淡泊に返事をするフェイ。すぐにでもその場を去ってしまいそうなフェイ。しかし、レレはマリアとフェイの二人きりの時間を作ってあげたいと思っていた。マリアは孤児たちの世話がある。


 中々フェイとの時間も確保できない。朝は朝食作り、昼は洗濯、昼食作り、夜は眠れない小さな子の面倒。多忙、多忙、多忙。多忙の毎日。一緒に住んでいたとしても二人の時間は限りなく少ないのである。


 それにマリア(リリア)は踏み込まない何とも言えない気持ちであるとレレは気付いていた。



「ふぇい! また、ふぇいのご飯食べたい!」

「……なに?」

「また、たべたい! たんじょうびのときにつくってくれたやつ!」

「……」

「おねがい!」



 怪訝そうな顔をしたが仕方ないと溜息を吐いて、フェイは厨房に入った。



「フェイ……」

「少し貸してもらう」

「う、うん……」



 マリアから予備の包丁を借りてテキパキと何かを作るフェイ。手際はかなり良い。フェイの横顔を見ながら少しだけ頬を赤くして幸せをマリアは感じた。暫くすると卵焼きが出来あがりそれをレレに渡す。




「わぁぁ、ありがと! はい、まりあもたべてー!」

「ありがとう、あーん……美味しい……」

「ふぇい、料理凄く上手!!」

「本当にそうね。フェイは料理が凄く上手ね」

「……そんなことはない」




(……んっ、この卵焼きって言うのかしら? 形も凄く綺麗で凄く美味しい……なんか、ここまで美味しいと自信無くなるなぁ……)




「ふぇい、ありがと!」

「……もう、修行に行っちゃったみたいね」




 レレがお礼を言うのも聞かずにフェイは孤児院を去っていた。因みにフェイは以前のようにユルルにも持って行った。ついでにそこに居たメイもフェイの卵焼きを食した。


(……フェイ君……やっぱり、料理上手。自信無くなる……今度からハムレタスサンド持ってくるの止めようかな……)


(フェイ様……メイド歴20年近いメイの料理のプライドは破壊されました)



 二人の料理人としてのプライドは消えた。



◆◆



 都市ポンドの激闘から数日が経った。毎日毎日、修行に俺は明け暮れる。ユルル師匠と朝練昼練夜練、いつものように修行修行修行、次のイベントまで修行である。


 偶にアーサーと戦って完膚なきまでに負ける。



 強くなろうと今日も朝練をしようとしたら、レレに呼び止められた。前に作ってあげた卵焼きが随分と気に入ったらしい。


 まぁ、少しくらいならいいか……やれやれ仕方ないという風貌で卵焼きを作ることにした。マリア頑張ってるからマリアの分も作ったあげるか……。



「ふぇい、料理凄く上手!!」

「本当にそうね。フェイは料理が凄く上手ね」


 

 へぇ……美味しいね……まぁ、レレとマリアがそう言ってくれるのは嬉しいよ? でもなぁ……本当に凄い料理人ってこんなレベルじゃないと思うんだよね。



『ふぇいぃぃぃ!!! この卵焼きすごくおいしぃぃぃぃぃ!!!!!!』


 って言いながら破壊光線とかレレが出したら満足するけど……マリアが



『んんッ、お、美味しくてぇ、腰砕けちゃうぅぅぅ』



 って言いながら服が弾け飛んだら満足するけどな……。料理系の主人公ってだいたいこんな感じじゃない?


 服飛んだり、破壊光線出したり、別時空に飛んだり、服が弾け飛んだり……普通の反応じゃダメなんだよな。



 まぁ、俺は料理系主人公じゃないから無理だろうけど……上には上が居るからな……。そう思うとあんまり満足感はないなぁ。



 この程度じゃなぁ……。



 折角だし、お世話になっているユルル師匠に持って行こう。クール系だけど仁義を忘れてしまうのは良くないからな。


 朝練の休み時間にユルル師匠に、ついでに偶々見学に来ていたメイに卵焼きを渡した。


「あ、ありがとうございます! フェイ君!」

「フェイ様、ありがたく頂きます」



 二人は食べて、ちょっと怪訝な顔をしている。



「お、美味しいですね……はい、凄く美味しいです……前に作ってもらった時も思いましたけど、凄く美味しいです……はい、本当に凄く美味しいです」



 ユルル師匠、何だか満足していないような表情をしている。うん、偉大なる師匠の舌には俺が作った程度の料理は合わないよな。



「フェイ様……美味しいです。はい、でも、あれですね……メイの方が上手く作れるかなって……思うかもでございます……はい」



 メイドのメイの満足してない表情。二人して満足しないのか……。やっぱり俺程度の料理の腕じゃまだまだって事だな。


 前にユルル師匠が褒めてくれたけど、気を遣ってたのかもなぁ。



 まぁ、気にしても仕方ない。料理の腕なんかより、剣の腕を高めよう。俺とユルル師匠は再び修業を開始した。




◆◆




 空には只管に灰の雲。昼なのに数多の雲によって日が遮られ、夜ではないか錯覚があるほどに薄暗い。雨も降っており土砂降りで地面がぬかるんでいる。


 誰かが柔い泥の地面を力強く踏んだ。右足、左足、必死に踏み込んで森を駆け抜ける。


 ローブを被った男性だ。必死に青い団服を着たブリタニア王国聖騎士達の追ってから逃げていた。



(……この土砂降りでは声は響かない……)



 名をスガルという男性だ。アルファ達と同じように永遠機関の実験対象であった少年であり、同時に数多の犯罪を犯した指名手配犯でもある。強盗、窃盗、殺人、女子供も容赦ない程に彼は殺した。


 彼は『言霊』と言う特殊な属性、固有属性(オリジン)を保有していたために永遠機関によって捉えられ実験対象として心身ともに多大な傷を負った。その鬱憤を晴らすため、自身が過去に受けていた痛みを誰かに味合わせたい八つ当たりのような事で犯罪を繰り返した。



 最初は軽い物だった。軽い盗み、誰かに軽く足をかけて転ばせる。それが止まらなかった。



 その果てに指名手配犯となった。



「――止まれ」



 彼が星元と練り上げて、言葉を発した。しかし、酷い土砂降りで声は響かない。『言霊』とは暗示と同じで声を聴いた相手に一時的な行動制限などを可能とする。



 また、星元を通常よりも強硬に時間をかけて高めてから使用すると無機物に対しても何らかの効力を発することが出来る。木に対して枝を伸びろ、火に対してもっと燃えろ。


 非常に強力。だが、今は隙が無かった。


 

 相手は複数で単純な暗示も効かない。魔術による追尾攻撃もある。故に彼は逃げて逃げて逃げ続けた。



 不幸中の幸いか。雨による視界の悪さ、足場の悪さなどが原因で一瞬、距離を広げ、そのままスガルは姿をくらませた。



 これがサブ主人公アルファの最初のイベントであり、闇堕ちする道筋の一端である。



 


◆◆



 王都ブリタニアにおいて、アルファには最近悩みの種があった。それは自身の妹がフェイにべったりになってしまったことである。


「……フェイが居るのだ」

「……love」



 王都を歩くフェイにストーカーのように話しかける機会を伺ったり、


「ガンマたちをなるべくフェイと同じ任務に!!」

「……please」

「……いや、僕の一存では決められないけど……うんまぁ……言ってみることにするから……落ち着いて」



 仮入団期間の時の恩師であり、先輩聖騎士のマルマルにフェイの同じ任務に付けるようにお願いをしたり、次第に露骨な対応が増えてきている。そのせいなのか、明日魔物討伐任務にフェイとアルファたち3人が同じ班に配属されることになった。


 次の日。王都の門の前にアルファ達三姉妹とフェイ、そして、マルマルが一緒になってとある都市に向かう。その道中でもフェイの隣にはベータとガンマが居て、アルファを悩ませていた。



「あ、えっと、その……」

「……」



 ガンマは話すのが恥ずかしくなってしまって、言葉が出ない。ベータも隣を歩くが一向に話そうとはしなかった。二人共、想い人に言葉を贈るという事をしてこなかったからだ。



「アルファ、あの二人大丈夫なのか?」

「大丈夫ではないと思います」



 マルマルの言葉に頭を抱えながら返答をして彼女はフェイを睨みつけるが、彼はどこ吹く風で気にも留めない。



「そ、そうか……」

「えぇ、全然大丈夫ではないです」

「……」



(復讐のこと考えて盲目になるより、妹の事に眼を光らせる方が可愛げがあるが、巻き込まれるこっちもそれはそれで……)



「こら、そこの二人お姉ちゃんである私の方に来なさい!」

「えぇ!?」

「……NO」

「いいから来なさい!」



(アルファ……そしてフェイもだが……分からないな……。こんな純粋そうなただの子供が闇を抱えて、それに呑まれてしまうかもしれないなんて……それほどまでにこの子達はアンバランスだ)



(フェイは何を考えているのか、最終的な目標は分からないが……アルファに何かあった時に止められるのは……もしかしたら……)




 マルマルはアルファの危うさを感じていた。元気活発な表情の子であるが時折思いつめたような表情をするときがあるのを知っている。それを自身ではどうにもできない事も知っている。


 一方でフェイについても何も知らない。自身の尺度では測れない人物ではないと最近になって分かり始めていた。


 

 彼の目線の先にはフェイの隣から妹2人の手を引いて、引き離そうとするアルファの姿があった。妹を取られたくない可愛げのある姉の行動に見えた。微笑ましいが同時に何か嫌な予感を彼は感じていた。




 その予感は的中していた。




 何故ならこの後すぐに本来ならアルファは騎士団を脱退することになるからだ。そして、そのまま復讐として力を求め、犯罪などに手を染める道を選ぶ。




 止める人は誰もいない。ただ、そもそも全ての物事に関係なくローラーを引くような男が居るだけだ。

 

 

 

◆◆


 


 マルマル、アルファが魔物討伐任務としてとある都市に到着をした。既にアルファは妹を失っており、道を違え、一人になっているために眼に生気はない。



「アルファ大丈夫か?」

「えぇ、大丈夫です」

「……」

「少しだけ、一人で歩きたいので離れて良いですか?」

「あぁ……好きにしてくれ」




 アルファはそう言って一人で都市を歩き出した。幸せそうに歩く姉妹を見た。笑い合う家族を見た。それが彼女の中の憎悪を掻き立てた。自分はこんなにも苦しんでいるというのに、怒りを憎しみを抱き続けているというのに。


 赤の他人は幸福。不公平であると感じた。誰が悪いのか。己か。他人か。否であるとすぐに分かった。



 自身の父へ、それ以外にないと改めて知った。それを殺さないと排除しないと、自分に幸せはない。



 ずっと、この不満が募るだけ。



 歯軋りをさせて、血が出るほど拳を握って歩き続けた。



 幸福に怒りを感じて憎みながら……生気のない彼女の眼はとあるものを見つけて僅かに見開かれた。



 そこには嘗て父親から同じく実験対象のような扱いを受けていた少年と酷似をしている青年がいたからだ。



「スガル……」

「アルファか、久しぶりだな」

「アンタ……生きてたのね」

「まぁな。指名手配されてるから毎日生きた心地はしねぇよ」

「そう……」

「アルファは聖騎士になったのか」

「この団服で分かるでしょ」

「冷たいな」

「アンタに興味はないからさっさとどっかに行きなさい」

「おいおい、久しぶりに再会をしたのにもう終わりかよ」

「興味ないもの」

「……お前変わったな」

「アンタもね。精々頑張って逃げなさい。それじゃ……」




 アルファは青年を気にも留めずに立ち去ろうとする。しかし、スガルは彼女の腕を掴んだ。


「なに?」

「いや、不満そうな顔してたからよ。話でも聞いてやろうと思ってさ」

「……一度だけ言うわよ。消えろ、私に関わるな」



 彼女の眼は酷く冷たくて、怒りが渦巻いていた。



「あー、その眼。その眼だけは昔と同じだな。まだ恨んでるのか」

「……」

「ベータとガンマはどうした? 父親に殺されたか?」

「……お前、私に殺されたいのね?」

「そんなつもりはない。寧ろ、協力をしたい」

「は……?」

「だから、お前の父親への復讐を手伝ってやる」

「犯罪者のアンタとつるんでも碌なことない。寧ろ邪魔だと思うけど」

「いやいや、俺の能力を侮ったらいけないぜ? 《《跪け》》」

「……ッ」



 彼女は地面に膝をついた。そんな事をするつもりなど微塵もなかったのに。



「これ、アンタの……」

「そうそう、そして、この力がお前の父親が俺を捕まえてた理由だ。俺は強い。それに力もある」

「……確かに強力ね……でも、犯罪者に頼るほど、落ちぶれちゃいないわ」

「他の聖騎士と切磋琢磨して平和ボケした任務についても、何も変わらないぞ。それに居心地も悪いだろう? 何もない自分を差し置いて幸福な周りが居ることは……」

「……」

「俺は強い。そして、俺も……お前の親父を殺したいってずっと思ってたんだ。利害も一致している。俺と組め」

「……命令ね。アンタの能力で私はどうにもできないじゃない」

「まぁ、そうだな。ここで自害もさせられる。だが、これにはリスクもある。単純な命令しかできないし、これを最大限使うにはパートナーが欲しい」

「……アンタと組めば本当にあの男を殺せるのね?」

「あぁ、あの厄介な精神干渉能力……俺で潰せる。お前も多少は魔術は使えるだろ?」

「使えるわ」

「だったら、もし遭遇してもお前が時間稼ぎすれば問題ない」

「そう……もう一つ聞かせて。なぜ私をパートナーにしたいの?」

「俺と同じだからだ。他人の幸福が気に入らない。怒りや怨恨それだけしかない、それを晴らしたい。そう言う生き方しかもうできない者。復讐しかないお前は裏切る理由もないからある意味では安心できるだろう?」

「……何を言っているのか意味が分からないけど……復讐が完璧に上手く行くならなんでもいいわ」

「そうか」



そう言って青年は笑った。そして、何かを呟く、次の瞬間アルファは道を通っていた民間人を一人斬っていた。一人の買い物をしていた男性を彼の言霊によって彼女は切ってしまった。


アルファは僅かに怒りを込めて彼を睨む。



「アンタッ」

「どうだ、気持ちいいだろう? 自分より幸福な奴は気に入らないだろう」

「……」



 

気に入らない。全部が。でも、こんな生きたかを望んでいるのかと聞かれたらそれは違うのかもしれない。


それでも僅かに鬱憤が晴れた気がした。彼女は自身を嫌悪した。次第に自身が壊れていくような気がしていた。騎士団にはもう妹は居ない。誰も止める人はいない。眼の前の男を最大限使えば、強力な属性魔術を使えば、復讐の道具とすれば。



全てが上手く行くような気がした。もう、何も残っていないのだし、好き勝手に……そう思って、眼を閉じて、開けて、気付いたら嘗ての恩師が居た。マルマルが血に濡れた自身の剣を見ている。



「アルファ……」

「先生……」

「やめろ。それ以上踏み込めば戻れなくなるぞ」

「もう無理です。いえ、最初から私にはこれしかなくて……こうすることだけが喜びな腐った人間、腐った死体のようなものが私だったんです」



彼女は自分の本質がそれしかないことにようやく気付いた。誰かがそうするように仕向けてたのかもしれないと感じた。しかし、そんなことはどうでも良かった。



彼女と嘗ての恩師は剣を交えた。言霊を使ってスガルが割り込んだことで効率よく、恩師を手にかけることが出来た。彼女は真っ赤な返り血を浴びていた。



「行こうぜ」

「そうね……」



利用して利用される関係を彼女は結んだ。厭らしい目つきを彼がしていた事にも気付いた。それも受け入れて、愛していない者からの愛撫も受け入れる覚悟もして、その場を去った。



雨が降っていた。その雨は全ての返り血を濯ぐように降り続いた。



しかし、心のしこりだけは洗い流せなかった。



騒ぎが大きくなった。彼女と彼はその場を去って、復讐鬼として完璧に目覚めた。そして同時に他人に八つ当たりする、人の幸運が許せないただの犯罪者としても彼女は目覚めてしまった。



「ねぇ、私のこと、好きに使っていいよ。それで全部上手く行くなら」



 無機質で生気のない眼で彼女はそう言った。それが終わりの始まりであった。二人はその場を去った。




◆◆




 雲行きが怪しい空。一雨きそうだなとアルファ達は思いながらも魔物討伐の依頼が発注されているとある都市に到着した。



「少しだけ、時間あるから。昼食べてきたらどうだ?」



 マルマルがそう言ったので四人は歩き出す。フェイは一人で行こうとしたのだが気付いたらガンマとベータが張り付くようについてきた。



 流し目で二人を見たがそれ以上に何もせず、フェイは歩き出す。そして、妹二人を放っておくわけにいかないのでアルファも一緒に行くことになった。ガンマとベータがフェイの気を惹こうと話を進めるのを腕を組みながら眼を顰めて見ていた彼女は、ふと別の場所で眼を止めることになった。



「スガル……」

「よぉ。アルファ。それにガンマとベータも生きてたのか」

「……スガル、久しぶりなのだ……」

「……」



ガンマとベータも彼には見覚えがあった。同じような境遇を受けて来た彼を見て思わず足を止める二人。異変に気付いてフェイも足を止めて様子を見た。



「アンタ、こんなところで何してるの?」

「まぁ、指名手配されてるから。潜伏してるってところだな」

「へぇ、私達の前でそれ言うなんていい度胸じゃない。この蒼い団服が見えない? 私達聖騎士なんだけど」



 アルファが剣を抜いた。ガンマとベータも臨戦態勢に入る。しかし、当の本人は戦うという意思を出さない。



「アルファ、俺はお前と戦うつもりはない。それにそっちの二人ともな」

「……どういうつもり?」

「折角だからな。三人共、俺と組んでもらおうと思ってさ」

「はぁ? 私達がアンタと組むわけないでしょ? それより大人しくお縄付きなさい」

「いやいや、アルファ。お前、まだ恨んでるだろ? 父親の事をさ」

「……」

「消えるわけないよな、忘れるわけないよな。あの地獄を。俺もその鬱憤を色んな奴で晴らしてるけどさ……やっぱり消えないんだ。本元を叩かないとこの怒りは消えない、だから、一緒に来てくれ。俺には優秀な仲間が必要だ」

「……悪いけど、お断りよ。私には妹がいるもの」

「そうか……残念だ」




 アルファはあっさり彼の言葉を切った。父親への怒りはあったがそれでも、彼女にはまだ残っている大事な物があるからだ。



「お前を踏みとどまらせているのは……妹か……それとも……そっちの男か?」

「……」




 アルファに執拗にこだわるスガルと言う男の眼がベータとガンマ、そしてその後にフェイに向いた。ベータとガンマはその目に寒気を感じて一歩下がった。一方でフェイは涼しい顔でただ、ジッとスガルを見た。




「フェイ、気を付けなさい。そいつ、何かしてくるわよ」

「……そのようだな」

「取りあえず、お前殺しておくか……」



フェイに対してスガルは剣を抜いて、斬りかかる。その剣は嫉妬に支配されていた。それを抜刀した刀で軽々と彼は受け止めた。



「あ? ただの雑魚じゃなぇな。お前」

「……さぁな」




 そう短く返答してフェイの連撃を放つ。疾風、その速度はアルファの想定を軽々と超えていた。彼女の中に嘗て、フェイとリビングデッドの一戦が蘇る。あの時の彼と今の彼は全く重ならない。



(あの時の姿は見る影もない……それより、私の眼が追いつかない!?)



(星元強化も大してしてないのに、この速さ。的確でそれでいて鋭い流れるような美しい太刀。私より数段……)





 清流のように滑らかで、激流のように荒々しい。二つが同時に存在して混合している矛盾のような太刀。一言でそれを表せないが美しくも見えた。剣術のスペシャリストから毎日指南を受け、毎日高みを目指し己を高め続けているその男は



 尋常ならざる速度で成長を続けている。



 星元の強化は不得意だが、それをカバーして余りある肉体強度と戦闘経験、剣術。それらが眼の前の男をただただ圧倒していた。



 剣と刀が一瞬だけ交差したが、すぐさまフェイは相手の左肩を切り裂いた。激昂した相手上から剣を再び落とす。フェイよりも星元強化において上に居る。しかし、元の肉体強度などを加味すれば二人の身体能力は互角だった。


 ならばそれを埋め、そして更に伸ばすのが技である。


 波風清真流なみかぜせいしんりゅう初伝(しょでん)波風(なみかぜ)


 縦の太刀を横の刃で受け、すぐさま縦に。滝のように相手の剣は地に落ちる。その後、フェイは左から右に無防備な相手を斬った。条件反射で相手も避けるが、男の右手が飛んだ。




「あ、がぐぁげあ……貴様!!」

「……」



 刀を振って血を払うように地面に下ろす。アルファはただ、眼の前の男の強さに唖然としていた。トゥルーも依然強いと彼女は思ったが、そのベクトルがまた違う強さのような気がした。



 何より驚いたのが、特にためらいもなく腕を斬った事。甘さがない。鬼の様で無機質で感情もない、人形のような男。



(この成長速度に加えて、甘さも一切ないなんて……)



「はぁはぁ……少しだけ、油断しすぎたか……俺もアルファがかかってムキになったのか……いや、それよりも、今は」




 一人でスガルがブツブツと呟くがフェイは再び刀を向ける。それに気づいてスガルが言霊を使った。暗示に近い、相手への強制行動。



「止まれ!!」




 しかし、フェイは止まらない。再び刀が向いた。向かってくる。驚きながらも刀を受け止める。




(こいつには……言霊が効かないのか!?)





 またしても驚きがある。だが、すぐさま彼は言葉を発した。




「切れ!!」



 

 すると、ベータとガンマがフェイに対して斬りかかった。フェイも仲間、とは思っていないが敵以外から斬りかかられるとは思っていなかったのか、背中を二重に斬られてしまった。



 口から吐血して、そのすきを突かれてスガルに横から蹴りを入れられる。それを右手で防ぐが、更に後ろからベータとガンマの剣が串刺しになった。



「ふぇ、フェイ!!! が、ガンマは……」

「ッ!! ……あ、あ、ちが、わ、わたし、ちがう……」




 ガンマとベータがフェイを自分自身で刺してしまった事がショックで震え始める。そして、未だ自身達の剣が串刺しになっているフェイから剣を伝って血が流れてくることへの悲しみで涙が滲む。




「アルファはそこで見てろ……俺の強さをこれからもっと見せてやる」

「……ッ!! そいつと私の妹に手出したら殺す!!」

「……やっぱりこいつらが居るからお前はそっちに居るんだな」




 フェイが串刺しになった自身の体を無理やり動かす。剣から離れ、血が噴き出るが再び刀を振るう。しかし、先ほどまでのキレがない。身体的には血が大きく損失、そして怪我をして動きが鈍くなっていた。



「どうした? さっきまでのキレがねぇぞ、聖騎士!!」

「……」

「オら!!」



 鳩尾に綺麗にスガルの拳が入って、フェイは数メートル吹っ飛ばされた。そのまま民家の壁に激突して、めり込むようにその場で一時的に動けなくなる。眼はまだ死んでいないが、すぐさまスガルが彼の眼の前に来て、フェイの腹に剣を刺した。



 それでもフェイは拳を握るが、血を流しすぎた代償は大きく、スガルには蛞蝓のように見えた。避けて、腹を裂くように剣を振るった。肩を刺して、太ももを刺して、時折来る拳をよけながら、自分の強さを見せつけるように只管に剣を刺す。



「安心しろ、峰打ちみたいなもんだ。すぐには殺さねぇよ。腕の借りもあるしな。もう少しだけ楽しむぜ。まぁ、あと数分でお前はお陀仏だろうけど」

「……」

「見たかアルファ! これが俺の強さだ! 言霊の強さ、有能さ。すげぇだろ! これが俺だ! 言霊と言う俺の属性があるか無いかではこんなにも違う! 戦力差も引き返せる! お前の眼を見て確信した! 俺と同じで恨んでる、人の幸福が嫌いなど畜生だと! 一緒に暴れようぜ!」

「アンタ……ッ」

「父親も俺が殺してやるよ、アルファ」

「……ッ」




動けないアルファに自慢をするスガル。ベータとガンマは真っ赤に染まってもう、死んでしまったようなフェイを見て泣き崩れてしまっていた。



アルファは怒りに震えているが、同時にスガルの能力の有能性には気づいてしまった。逆境からのあの起点と発想。使いようによってはかなりの戦力となることを分かってしまった。


だけど、妹を泣かせて眼の前の男が憎いとも思った。




「………………ぁ」




急に血だらけの男が小さく声を発した。それにスガルは気付いた。血を流しすぎてもう、死の一歩手前であった男が小さく声を出した。最後の遺言として彼はそれを聞いてやろうと思ったのだ。



「どうした? 負け犬、最後に聞いてやるよ。お前の言葉を」



彼の口に耳を近づけて、言葉を待った。



「■■■■◆◆◆■■■■◆◆◆■■■■◆◆◆ッッ………!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




 返ってきたのは言葉ではない。怒号であった。天を割るような声。龍の咆哮のようにその言葉は都市中に響き渡った。



 遠くで聞いていたアルファ達も思わずうるさいくて眼を閉じて、歯軋りをするほどに大きな声。


 喉を極限まで星元で強化することによって、完成する咆哮。いつもなら足や腕に対して行う、最低最悪、不格好な星元強化。百を超えた数値を叩きだす代わりにその部位を使えなくする諸刃の剣。


 それを喉に対して使い、極限の声を出すことで、スガルの鼓膜と脳を破り、震えさせ思考を真っ白に飛ばした。



「あががうぇあ!!!」




 脳への深刻なダメージ、鼓膜破りの衝撃がスガルを包む。そして、いくら蛞蝓の動きと言っても動けない者にその攻撃を躱す手段はない。



 動けず、真っ白になった彼の頭に走馬灯のように昔の光景が浮かんだ。口に玩具を付けられて、何も声を出せない。檻に閉じ込められて、母親と父親に会いたくて寂しくて泣いている毎日。実験体として痛い思いも、死体に対して命令をしたり、人に対して非道な命令をして価値観が壊れていく地獄の日々。


 そんな中で一人の女の子が自分に話しかけてくれた。隣の檻に妹2人といる女の子。


『大丈夫? 泣かないで……』




 話しかけてくれる、気に留めてくれる、それだけで嬉しかった。恋をしてしまっていた。脱獄をして成長をしても、人を殺して鬱憤を晴らして、犯罪者になっても心のどこかにその影があった。


 だから、再開をした時、アルファを見つけた時、微かに心が昔に戻った。そして、フェイに対しても真正面から最初は挑んだ。真正面から打ち破って自身の凄さと自身の優位性を見せつける為に。だが、圧倒的技術の前に言霊を使い、妹二人を操った。完全に優位を取った。勝利を限りなく引き付けていた。


 だが、それでも眼の前の存在は超えられない。



 ――関係ないのだ。背景も心情も、犯罪者であろうと、指名手配犯だろうが、人を殺している畜生であろうが。無慈悲に平等に、常識をあざ笑うように、眼の前の男(フェイ)は立ちふさがった。




 フェイは最後の力で体をフル稼働させて右手に星元を集中させ、スガルの顔面を思いっきり殴り、地面にたたきつけた。



 鈍い音。地面への衝撃音。



 スガルはもう、何が起こっているのか分からなかった。自身が経った今倒された事も、眼の前の男に敗北をしたことさえも分からず、彼は暗闇へと落ちていた。




 スガルの言霊の力が消えた事でアルファ達は自由に動けるようになった。



 フェイは血を流しすぎて、スガルを殴った直後に気絶をしてしまっていた。怒号を聞きつけたマルマル。彼女達によってフェイは急いで医務室へと運ばることになった。




◆◆




 アルファはずっと泣き続けているベータとガンマの背中をさすっていた。言霊と言う能力が原因であるが自身達の命を救ってくれて恩人に対して刃を向けて、大けがをさせてしまったからである。


 スガルは大怪我をして捕まった。老若男女問わず殺しをしていた彼はいずれ死刑となる。全ては収まったと言えるがそれでもフェイを傷つけつけてしまった責任を三人は感じていた。



「ひっぐ、うぅぅ」

「ぅぅ」

「ガンマ、ベータ、元気出して……」



 医務室で寝ているフェイの隣でずっと目が覚めるのを待っている。死んではいないが、だとしてもショックで二人は涙が止まらなかった。アルファも悲しい顔をする二人は見たくないのでフォローしているが一向に変わらない。



 何時間も待って、涙も枯れるほど出たのではないかと思われた時、フェイの瞼がゆっくりと開いた。



「あ、ふぇ、ふぇいぃ……だ、大丈夫?」



 ガンマがフェイに詰め寄って、震えながら問う。彼は生きていた。しかし、自身が剣を刺したことは覚えているはずだと思ったが聞かずにいられない。



「……」

「……ふぇ、ふぇい?」

「……」



 フェイはいつまでたっても返答をしない。顔はいつもの無表情だが、少しだけ怪訝な顔をしているのが分かった。彼は喉に手をやって何かを確かめる。



「……」

「喉が潰れているのね……。それで話せないのよ」




 アルファがどうして何も言えないのか、察して代わりに答えた。その通りだと眼で訴えながら、ガンマとベータにも気にするなと手で制した。



「ごめんなさい……本当にごめんなさい」

「……ごめんなさい」


「「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい」」


 二人して何度も泣きながら謝るがもういいと手で制すフェイ。しかし、それが全く通じず、何度も手で制す。何度も手を挙げているのにずっと謝り続ける二人に対して、溜息を吐きながらベットから起き上がり目線を合わせた。



 数秒ジッと見続ける。するとようやく気にしていないという事が分かったのか、次第に二人は落ち着きを取り戻した。



「ゆ、許してくれるのだ……?」

「……ッ」



ガンマとベータが驚愕の表情をしたが当の本人はその通りだと眼で訴えた後、自身の団服。血だらけになっているがその中からポーションを取り出してそれを飲んだ。



「……改めて言う事でもないが、気にしていない。それ以上の謝罪はいらん」

「……で、でも、ガンマたちは」

「過去の事をいくら言っても意味はない。だから気にしない。お前達が気にするのかどうかは勝手だが俺の前で泣くのは止めろ、不快なだけだ」



 血だらけになってボロボロになっている団服にフェイは着替え始めた。治療するために着ていた入院着を脱ぐとフェイの体が露わになった。傷だらけで、異常なほどの発達している肉体。



「「「……」」」



 三人が唖然としてしまった。これほどの傷痕があるだなんて、知らなかったからだ。気付かないうちに眼も義眼になっていた。戦士としてあれ程の成長を遂げていた。


 何も知らない。強くなり続ける彼の事が何も分からない。ただ、新しく傷を与えてしまっていたことが悲しかった。痛い思いを受け続けたらそれが慣れてしまう、心がすり減ってしまう。それを知っていたから余計に悲しかった。




「……うぅ」

「……ひっぐ」




 ガンマとベータが再び泣き出してしまった。何度も目元をこすっても止まらない涙。自分ではどうしようもない程に溢れていく。それをフェイは見つけて、無言になった。ため息も吐かず、厄介だと態度もにも出さない。



 暫くして、涙がようやく二人は止まりつつあった。泣き疲れて、只管に泣いた二人に目元は真っ赤に腫れていた。



「ここにずっと居たのだから、暇なのだろう。少し付き合え」



 無機質な声には少しだけ、優しさがあった気がした。僅かに流し目のフェイと二人腫れた目線が交差する。笑いもしないが、怒りもせず、表情は変わらない。



 いつものような対応に見えたが、それは違った。彼は一人をこのんで誰かを巻き込むことはない。ある意味で一人で完結をしている男だからだ。



「早くしろ」



 急かすようにそう言って病室を出る。三人は彼について行った。町中を血だらけの団服を着ている男に、泣いたとすぐに分かるほどに目元が晴れている女二人+αが歩いていればそれは目立つ。


 

 どうしたどうしたと周りはどよめく。そんな彼らを通り過ぎて、パン屋に入って、ハムレタスサンドを四つ買った。三つは袋に入れて、一つは自身で片手で持つ。


 そして、彼はハムレタスサンドが入った三つの袋を三人に渡した。



「食っておけ。ついでだ」



 それを渡して、自身も片手に持っているサンドを食べ始めた。三人も迷いながらだが袋から出して、それを頬張り始める。



 こんなに誰かに、他人に優しくしてもらったのはいつ頃であったか。三人が小さくて何も知らなかったとき、純粋であった時にこんな時間があったのではないかと錯覚した。



 昔が交差したような気がして、暖かい気持ちになて、時間が過ぎて行った。夢中で食べていたパンもない。三人が食べ終えるのを見守るように見ていたフェイも、もういいかと踵を返した。



 彼は背を向けて、最後に一言だけ呟いた。



「何度も言うが、俺は気にしていない。いくら言ってもお前達には無意味な気もするが……あまり気負い過ぎるなよ」



 もうついてくるなと言わんばかりに先ほどとは違い、早足で三人の元をフェイは去って行った。



 残された三人は唖然としたが、彼の優しさを感じて、想いが一層にガンマとベータは強くなった。


「ガンマ、分かったのだ」

「ん? 何が?」

「ガンマはあの人に出会うために生まれて来たって……運命ってやつなのだ……」

「………………agree(同意)



 ガンマとベータが彼を追いかけるように駆けだしていった。アルファは二人の表情に唖然としたが……放っておくわけにもいかないので彼女も駆けだす。気付いたら雨は上がっていて、三人は笑って居た。






◆◆




 魔物討伐の依頼が来たので、とある都市に向かって出発! メンバーはモブの二人とアルファとマルマルである。


 行く途中にモブ二人がめっちゃ話しかけてくるけど……どうしたのだろうか。主人公である俺と絡むことで出番が無理に作っているのかと思ったがそんな訳はない。どうかしたのか?


 考え込んでいると都市に到着した。少しだけ自由にしていいって言われたので歩いていると……三人ついてきた。



 まぁ、いいけどさ……。ここで何かイベントが起こる気がする。モブだけど偶には関わりがあるとかそんな感じかもな。



 昼食をとる場所を探していたら、ガラの悪い男がアルファ達に突っかかっていた。なんか、こいつ……敵な感じがするな。



「お前を踏みとどまらせているのは……妹か……それとも……そっちの男か?」

「……」



 やっぱりね。潰すか。



 刀で応戦するが……案外あっさり倒せそうな気がする。俺も強くなっているんだなって再認識するなぁ。しかし、俺も努力系主人公だからそう簡単には行かないだろう。



 と思っていたら、ベータとガンマに刺された。あ、やっぱり。なんかあると思ったけど、流石に味方から攻撃が来るとは思っていなかったなぁ。


 少しだけ不利になって、殴られたり、沢山刺されたり、血が大量に流れたりしてるけど大丈夫。


 問題ないよ


 

「安心しろ、峰打ちみたいなもんだ。すぐには殺さねぇよ。腕の借りもあるしな。もう少しだけ楽しむぜ。まぁ、あと数分でお前はお陀仏だろうけど」



 峰打ちね、確かに死んでないなら全部峰打ちみたいなもんだし、間違ってないね。しかしこいつ、舐めプしてんな、余裕だからって……主人公の前で舐めプは命取りって知らないのか?



「……」

「見たかアルファ! これが俺の強さだ! 言霊の強さ、有能さ。すげぇだろ! これが俺だ! 言霊と言う俺の属性があるか無いかではこんなにも違う! 戦力差も引き返せる! お前の眼を見て確信した! 俺と同じで恨んでる、人の幸福が嫌いなど畜生だと! 一緒に暴れようぜ!」

「アンタ……ッ」

「父親も俺が殺してやるよ、アルファ」

「……ッ」



 言霊? アルファの関係者なのか? 良く分からない。


 分かったのは、こいつが凄い自分の能力を過信しているという事だ。あとは、言霊って能力が人を操ったり色々できるって事だな。


 ふーん、確かに便利だね。でもさ……




「あ……」




 声を少しだけ出した。あー、ボイスチェック、ボイスチェック。行けそうだな。よし!!!



「どうした? 負け犬、最後に聞いてやるよ。お前の言葉を」



 おー、そうか、聞いてくれるのか。舐めプしてるな。よく聞いとけよ。あのね、主人公の俺からすると言霊とか大したことないよ。だって、喉を爆発的に強化して大声で相手の鼓膜と脳を破裂させればいいんだから。



「■■■■◆◆◆■■■■◆◆◆■■■■◆◆◆ッッ………!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



さぁてと、後は顔面殴っとくか。指名手配らしいし、問題はないよね。多分だけど、こいつが今回の俺のメインディッシュだろうし!



さっきは血を流しすぎて当たらなかったけど。俺の大声でマヒしてるからな。当たるなこれは。



当たった。地面にそのままたたきつける!!!



安心しろ、峰打ちだ。



そして、俺もそのまま気絶!!!



眼が覚めたら、またしてもガンマがガン待ちしてたよ。気にしなくていいって言ってるのにずっと気にしているんだよな。ベータとアルファも少し気にしている。



怪我とか出血とかいつものことなんだけど……まぁ、心配させてるのは俺だし、ちょっとフォローしておくか。ついでに喉潰れてるから、ポーション飲んで治癒しておこう。


うーん、苦いな。でも癖になりそう。俺前世で高校生だったから飲んだことないけど、スト〇ロってこんな感じなのかな……?



まぁ、置いておこう。それよりも三人をちょっとフォローしてやるか、クール系だから露骨すぎるのはダメだし、それにちょっとくどいからね。



取りあえず、ご飯とか食べれば気分も良くなるだろう。



ハムレタスサンド渡した。むしゃむしゃ食べてる。うんやっぱり俺が目覚めるのずっと待ってからお腹は空いてるよな。



もう一回くらい、気にするなって言っておこう。俺は本当に気にしてないから、モブなんだし気楽に生きなよ。


アルファはモブかどうかは分からんが……どちらにしろ危険はいつもあって普通だからさ。



それだけ言ってクールに去って行ったら三人ともついてきた。ベータとガンマはモブだけど……きっと根は良い子なモブなんだろうな……。まぁ、逆に根が悪いモブって聞いたことないけど。




よく分からないけど、三人とも少し元気になって良かった。もしかして、お腹空いてただけだったりとかは……それはないか。元気になったみたいだし、それでいいや。







◆◆




 天に向かうような大きな大樹。巨大な幹、何千にも派生した枝。どこか神秘的な雰囲気さえ感じさせる。


 王都ブリタニアから遥か離れた場所にある王国。妖精族(エルフ)と言われる長い耳を特徴に持つ人種が大樹が聳えるユグドラシル王国には暮らしていた。



 その王国にはある伝説が存在する。嘗て、全ての厄災を祓い、世界に平和と安定を齎した英雄アーサー。


 その英雄が振るっていた伝説の剣、それが大樹の麓に新たなる宿主を待っていると……。



 この伝説は真実であり、実際にエルフが暮らしているユグドラシル王国にそびえる大樹の麓には伝説の剣が刺さっている。



 しかし、未だ、誰一人としてその剣を抜くことはできない。歴戦のエルフの戦士でもそれは不可能であった。伝説は伝説のまま、大樹に残っている。



 そんな大樹の麓を誰かが歩いていた。金髪の髪、宝石のような青い瞳、誰かによく似ている男性だ。



 エルフの国であると言うにエルフではない、人族(ヒューマン)の青年だ。彼は重い表情で麓に刺さっている聖剣を手に取った。



「抜けてくれ……」



 懇願するように言葉を発して、手に力を込める。しかし、どれだけ力を入れようとしてもその剣は少しも動くことはなかった。




「クソッ!!!」



 激昂して彼は叫んだ。地面を蹴って土煙が舞う。そんな彼の後ろから二人組が駆け寄る。一人はローブをしているが、もう一人は人族(ヒューマン)の老人だ。白い髭を生やして、傲慢そうな笑み。





「ふぉふぉふぉ、抜けないようじゃの」

「……黙れクソ爺。殺すぞ」

「その剣はその時代、原初の英雄アーサーに最も近い存在が抜ける剣じゃ。お主には無理であった、ただそれだけじゃな。まぁ、最初から無理だと分かってはおったじゃろ?」

「もう一度言うぞ、黙れ、殺すぞ」

「お主には無理じゃ。儂の隣にいるこの男に絶対にお主は勝てん」

「……」

「ふむ、それも分かっておるようじゃの。さて、お主はどうする? このまま何もせずに英雄の道を諦めるわけでもあるまい」

「……当たり前だ」

「そうか、なら答えは一つ。お主がこの時代で原初の英雄に最も近い存在になればいい」

「……」

「今、最も原初の英雄に近い存在……それはケイ、お主の妹であるアーサーじゃよ。ここまで言えばわかるじゃろ」

「アーサーを殺せって事か? 近い存在を殺せば別の誰かが近い存在になる……」

「その通り。じゃが、お主には難しいじゃろ。あの子は天才、儂が作った英雄の模造品の中でもずば抜けておる」

「……」

「モードレッド、マーリン。ここら辺も手ごわいじゃろ。それは作った儂が知っておる。ケイ、お主も優秀な作品であったが優秀止まり。どこまで行ってもこの三人には勝てん」

「……」

「そこでじゃ。儂が新たに作った、この闇の星元をやろう」


老人は懐から禍々しい何かが入った注射器を差し出した。しかし、ケイと言われた青年は睨みながらそれを拒否する、



「俺を殺す気か? そんなもの、使えるわけないだろ」

「じゃ、諦めるか? 恋人との約束はどうする?」

「……っち、それを貸せ」

「ほいほい、これは永遠機関とやらが研究してるのをちょっと拝借して作ったものじゃよ。打ち込めば……端的に言えば強くなる。上手く使う事じゃな」

「っち……」



 忌々しい存在を見るような目つきで老人を睨んでケイは注射器を受け取った。それを貰うとすぐに背を向ける。


「いつか、お前を殺すからな。覚えておけよ」

「構わんよ、出来るのであればの。あー、それとアーサーじゃが……王都ブリタニアと言う国で聖騎士をしておるから、妹を殺したければそこに向かう事じゃ」

「……」



 ケイは黙ってその場を去っていた。彼が足を向けた先は王都ブリタニア。ケイが居なくなった後、老人が一緒に居たローブの男に話しかける。


「さて、永遠機関とやらをもう少し調べるとするか。行くぞ、モーガン」

「……ケイは、アーサーに勝てるか?」

「まぁ、無理じゃろ。純粋な勝負なら間違いなく勝てん。それはモードレッド、マーリンとて同じ」

「なら、なぜ戦わせる。意味がないと思うが」

「アーサーに経験を積ませたい。あやつは心が弱いからの、兄を殺せば少しは強くなるじゃろ」

「そうか。だが、ケイが万が一勝ったらどうする?」

「その時はその時じゃ。儂の中で聖剣を扱うに相応しい最有力候補はアーサーだけではない。モードレッド、そしてマーリン。世界の英雄となるのはこの三人の内のどれかじゃから、アーサーが死んだら死んだでその程度であったという話」

「……そうか」

「そうじゃ、分かったら行くぞ」



そう言って老人とモーガンと言われた男は大樹の国を去って行った。



そして、アーサーにはバッドエンド分岐となる選択肢が、イベントが迫っていた。










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