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「書籍化!」自分の事を主人公だと信じてやまない踏み台が、主人公を踏み台だと勘違いして、優勝してしまうお話です  作者: 流石ユユシタ
第五章 自由都市編

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37話 観光終了

『五日目 魔物行進』


 自由都市、世界最高のダンジョンがそこにはある。魔物の種類は地上に住むほぼ全ての種を内包している。地上にはいない種の魔物もおり、世界最高と呼ぶにふさわしいダンジョンであろう。



 そのダンジョンの34階層。深い深い森のようになっている、その場所で一人の男がその景色を眺めていた。木にはサルのような魔物が登っておりその男を見ている。空からは鷹のような鋭い眼を持った大型の鳥が飛んでいる。



 男の表情は見えない。彼は仮面をかぶっているからだ。黒い仮面には赤の二本のラインが目元から伸びるように入っており、どこか不気味さを感じさせる。


「……悪の時間だ」



 彼はそう言った。手を何かを振りまくように振るった。光の粉のような、蝶の鱗粉のような光の粉が森に降り注ぐ。


『――◆■◆◆◆■◆◆◆■◆◆◆■◆◆◆■ッ!!!!!!!!!!!!』



 数多の嘆きに似た怒りの声。天井を貫くような怒声の集合が響いて、大気を焦がすような衝撃が森に走る。それを見届ける男は仮面の奥でニヤリと嗤う。



 そこには純粋な悪意があった。どこまでも深くて、因縁も無ければ、それに至るまでに深い理由もない。ただ、無垢な子供がありを潰すように、残酷に生き物を殺して、中の様子が気になってカエルを解剖するような――



  ――純粋無垢な悪意。



 ダンジョンに魔物達の声が響いて行く。地上に向けて魔物が行進していく。魔物は滅多にダンジョンから出ることはない。自身のテリトリーから出ることはない。


 操られ導かれるように、彼らは地上に向かう。




◆◆



 遠い日の記憶。まだ彼女が、アリスィアが幼い頃。気付いたら兄が居なくなっていた。


 彼女の母は酷く悲しんだ。当然だった、自身の子が一人目の前から居なくなってしまったのだから。村の人達も彼女の母を慰めた。母は混乱していた、酷く酷く精神を病んでしまった。


 自分のせいだと強迫観念に囚われてしまった。自分がちゃんと息子を見ていればと母親は自分自身を責めた。気が狂う程に自己嫌悪に陥ってしまった。アリスィアは必死に母親を慰めた。



 まだ真面に倫理観もなく、知識もまばらで言葉も知らなくて。でも、必死に愛する母親を慰めた。だが、それは意味をなさなかった。追い込まれて痩せ細くなっていく母親はただ、責任感から逃げたくなった。


 だから、アリスィアのせいにした。


 アリスィアは生まれる時に非常に苦労させた。中々腹から出てこなくて、トゥルーは直ぐに出てきたというに彼女はそんな事はなく長い時間激痛を味わった。

 アリスィアが生まれた直ぐ後に父親は死んだ。アリスィアが生まれてから、直ぐ後に村には魔物が大群に押し寄せてことがあった。アリスィアが生まれてから、母親は体調を崩しやすくなった。

 アリスィアが生まれた後に、村の長老が死んだ。友人が死んだ。村が時折、魔物に襲われるようになった。アリスィアが生まれた後に激しい豪雨で村の一部が崩壊した。


 アリスィアが生まれた後に……トゥルーが居なくなった。日に日に、アリスィアに重荷を、憎悪を勝手に背負わせ始めた。寝たきりの母親を何年も介護をして、十歳を超えたとある日。



『――おまえの……せいだ……』



 指を指して、とある日に母親はそう言った。毎日、毎日、アリスィアは母を看病したというのに。何もかも無くなって行って追い込まれた母が娘に突き放すようにそう言った。


 言葉が無くなって、アリスィアは固まった。もしかして、今のは自分の聞き間違いではないかと錯覚するほどに、その場の現実を受け入れられなかった。乾いた笑みを浮かべて母に問う。


 どうして、そんなことを言うのか。自分はずっと何年も尽くしてきたのに。村での農作業を頑張って、魔物から村を守るために魔術を独学で学んだり、剣を学んだり、只管に頑張って頑張ってきたのに。



『う、嘘だよね? ママ?』

『……あんたが、いなければ……こんなことには……ならなかったのに』



 冗談でも嘘でも幻覚でも、幻でも悪夢でもない。それが現実であった。母親から遠ざけられて、それがどんどん蔓延して行った。母親から娘へ、その言葉を聞いていた者が居たのだ。


 そんなのを誰もが信じるわけではない。可哀そうな娘だなと誰もが思ったいた。


 そう……最初は《《ただのこじつけであった》》。


 それなのに……何かあるたびに彼女へその意識が向いた。ふと頭をよぎった。もしかして、アリスィアは本当に何かを引き寄せているのではないかと。


 こじつけは疑問へと変わり、そして、思い込みに変わった。


 そして、彼女は気付いたら村の人たちから遠ざけられてしまった。彼女はその村から消えた。視線も遠ざけられる対応も、ぎこちない噓まみれの視線も全部が嫌になったから。



 ただの、思い込み。それが彼女の巻き込まれ体質の正体。常軌を逸した、強迫観念と母からの言葉を彼女は未だに引きずっている。だから、彼女は強くなって、兄を見つけて、全部を戻そうとしている。


 巻き込まれたとしてもそれを全部超えられるほどの力を求めて、自由都市へ彼女は来た。強くなってはいる。初めて触れて感動して驚いて嬉しい事もあって、楽しい事もあって、自分と一緒に居てくれる人を見つけて。



 ――でも、アリスィアはずっと……自分を責め続けている。



「あ、あ……」



 アリスィアは体中に汗をかいて目を覚ました。ずっと、あの日の、幼い自分の悪夢を見ていた。隣にはフェイとモードレッドが居て……、少しだけ安心した。そして、夢で疲れてしまった彼女は再び気絶するように眠りについた。



 そして、悪夢にうなされ、五日目を彼女は迎える。




◆◆



 朝早く、フェイはモードレッドと訓練を終える。そして、彼は探し物があるモードレッドと別れ、アリスィアと共にダンジョンに向かって行く。



「ねぇ……そう言えばアンタって、兄弟とか居るの?」

「それを答える理由はあるのか」

「いいじゃない。教えてよ」

「……記憶にはない」

「と言う事は居ないの?」

「さぁな。少なくとも俺の記憶にはいない」

「そう……私も同じなの……兄がいたらしいけど私は覚えていない……」

「……そうか」

「……うん」



 途端に気まずくなってアリスィアは話を切り上げる。そこからは彼女は何も言わない。フェイから話を振ることはないので、沈黙が続いて行く。ダンジョンに向かいながらアリスィアは思う。


(兄ってどんな存在なのかな……居たらしいけど、全然分からない……)


 兄とは何なのか。母親がずっと大事に覚えていた兄。姿かたちも分からない彼女にとって兄とは兄弟とは何なのかずっと疑問だった。



 答えが出るわけなく、歩き続けて。ギルドに到着する。そこで、思わぬ再会をする。



「あれ? アリスィアちゃんだよね?」

「……バーバラだったかしら?」

「そうそう、覚えてくれたんだ! ありがとう!」

「……都市最高峰だから忘れられないわよ」

「確かにそうかもね……これからダンジョン?」

「そうだけど」

「……まぁ、ダンジョンに潜るのは自由だとは思うけど……うーん……今日は止めておいた方がいいかも」

「なんでよ?」

「……今、ダンジョンは割と大変な事になってるから……」

「大変な、こと?」

「うん……なんでもダンジョンの34階層で他種の魔物達による地上への進軍が始まったとか」

「他種の魔物達が進軍?」

「おかしいよね? 魔物達が一つになって行動するなんて……しかも他種系統での進軍って絶対可笑しい。まぁ、魔物の数はそんなにいないらしいから、今は大事にはなってないらしいけど」

「そう、なんだ」

「うん……ただ、魔物の数自体は少ないけど、地上への進軍なんて一度もなかったんだ……なにか、大きな事が起きようとしてるのかな、最近地震も多いし……」

「今までこんなことは一度もなかったのね……」

「さっきラインが隊を組んで討伐に向かったばかりだからさ。アリスィアちゃんはここに残って今日は休んだ方がいいと思うよ」

「そう……アンタはどうするの?」

「私は……万が一、地上に進軍したときの最後の砦だから、残っていようと思ったんだけど……。ラインが心配、何か凄い嫌な感じがするんだ。私にはラインしか、家族は残ってないから……だから、援軍に向かう事にするよ。他の幹部に指揮権は渡しておいたし」

「そっか……なら、私も行く」

「え?」

「私も冒険者だしさ……なんとなく、今回の事態を指をくわえて見てるのは嫌なのよ……それに……あそこでギルド職員からクエスト受けてる馬鹿は行く気満々らしいからさ」



 二人の視線は、マリネことピンクの悪魔からフェイが討伐隊の援軍としてダンジョンの探索をするクエストを何事もないように受けているフェイの姿に向かった。それを見てバーバラも驚きの表情になる。



「……え!? フェイちゃんも行く気なの!?」

「フェイのこと、ちゃん付けは止めた方がいいわよ。絶対……」

「そうなの? でも、私って基本的に誰でもちゃん付けするんだよね……まぁ、でも、フェイだから……略して……フーちゃんにしておこうかな?」

「キレられても知らないわよ」

「おーい、フーちゃん!」

「絶対、怒られるわよ」



 バーバラがフェイに向かって手を振る。フェイは最初自分が呼ばれているとは思わず、特に反応をしない。だが、バーバラが何回か手を振るとフーちゃんと呼ばれているのが自分自身だと気づいたようで怪訝な顔をして、眼を細めた。



「……」

「フーちゃんもダンジョンに行くって本当?」

「馴れ馴れしい……それとその名で呼ぶのは止めろ」

「ごめんごめん。でもいいじゃん、フーちゃんの方が可愛いって!」

「そう言う問題ではない」

「それより、フーちゃん、ダンジョンに潜るのは止めた方がいいよ」

「……断る。俺はそこに向かう」

「……その、危ないよ? アリスィアちゃんもフーちゃんも」

「私は気にしないわ……」

「うーん……一応だけど、ライン達以外にも魔物討伐に向かったパーティーとか隊は居るし、それに今、援軍もまだまだギルドがクエストで募集しているし……そもそも、クエストを受けたり、ダンジョンに潜るのは二人の自由だし……」



(でも、アリスィアちゃんはラインが気に入ってるしな……フーちゃんは何となくラインに似てるから……私が気に入ってるし……。二人に何かあったらそれはそれで嫌だし……ラインは心配だから私が行かないって選択肢もないし)



 バーバラは頭を悩ませる。そもそも魔物の進軍は早期の報告があり、また数自体もそこまでではないので危険ではあるがそれは自己責任として放っておいてもいいかもしれないとも考えられる。それに、ライン達が全ての魔物を討伐してしまえばどうと言う事もない。


 しかし、魔物の数が少ない……とは言ってもバーバラには何やら落ち着かなく、勘のようなものが働いた。だから、最初は討伐隊だけで良いとギルドから言われたのに現在、ロメオの団員達をギルド近くへ待機させ、自身はダンジョンに向かおうとしている。


 そして、眼の前の二人は駆け出し。それに何かとこの二人は様々な事に巻き込まれていることを知っている。リザードマン、殺人事件、誤射。放って置いたらどうなってしまうかは見当もつかない。


 それに二人共、気に欠けている存在である。放っておくことはできない。


「だったら……私と一緒にパーティー組まない?」

「アンタと?」

「うん。私一人で行くつもりだったから、折角だし一緒にどう?」

「私はそれでいいけど……フェイはどうする……って、もうダンジョン行っちゃった!!」

「えぇ!? も、もうせっかちな所も似てるんだね!」



 二人は急いでフェイの後を追った。やはり、アリスィアは本来のシナリオを辿る。バーバラがラインのお気に入りになった彼女を心配して、援軍として二人は一緒にダンジョンに潜るのだ。


 そして、それと同じように二人はダンジョンに潜った。




◆◆




 ダンジョン23階層。そこでは魔物の地上への進軍を食い止めるべく、数多の冒険者達が武具を振るい、魔術を行使し、魔物を討伐していた。



「クソが……」



 ラインが怒りを抑えきれずに声を絞り出す。その行動をしてしまった理由は一つだけ。魔物の数が多すぎるという事である。報告で来ていた数以上の膨大な数。



(これは……未だ際限なくどこからか呼び寄せられているのか……ッ)


 

 ラインの眼には明らかに何者かに先導をされていることが垣間見えた。数が増えていく。先が見えない地獄のような戦いに徐々にライン達の足が下がって行く。気付いたら彼らは囲まれていた。



 上に待つ姉に報告も出来ない。この事態は誰が引き起こしたのか。皆目彼には見当がつかない。その不気味さ、何も知らない分からない不安が重荷となって行く。全体の士気が下がって行く。


 死傷者は一人としていない。怪我人は誰一人としていない。彼らは多大な数の戦闘をこなしている。だというのに喜びは全く無く苦渋に顔を歪ませている。



「ひるむな!」



 魔物に囲まれて、思うように動けず僅かに地上へと魔物を向かわせてしまった。多少、他の冒険者も居るはずであるのだから大丈夫ではあるが、この状況は続くと不味いと彼も感じる。


 魔術を行使し、剣を振るい魔物を殺しているが……間に合わない。



(クソ……ロメオの団員達の士気も落ちている。クソ……《《父のように……皆を引っ張らなければ》》)



(俺は副団長なんだ……)




(姉にも迷惑をこれ以上かけれられない……)



 ラインの頭の中には姉バーバラの姿があった。ずっと献身的にラインを支えてきたのは父でも母でもなくバーバラであった。幼い時には母がダンジョンで死んで、父は殺された。


 彼等の父はもともとロメオの団長であったのでそれを引き継いだのはバーバラだった。父と母を幼い時に失ったラインは荒れていた時期もあった。勇気を無謀とはき違えて、ダンジョンに只管に潜り死にかけたり、体の限界以上に剣を振ったり、強くなりたくて仕方なかった。


 そして、思春期でもあった。姉を無視して一人でご飯を食べたり、姉が鬱陶しくて仕方なく暴言を吐いたときもあった。


 ただ、只管に弱い物は死ぬことを知っていたからそうなりたくないだけだった。



『なんで、ずっと俺に構う』

『だって、ラインは私の弟だもん。二人きりの兄弟でしょ』

『……』

『もう、膨れないで? ずっと一緒に居ることなんて出来ないんだから、今くらい仲良くしよう? 二人だけの家族なんだから』



 バーバラはずっと弟を支え続けた。いつしか、ラインも彼女を支えたいと思っていた。そこに男女の恋愛観はない。ただ、家族として互いに互いの幸せを願っていたのだ。


 ラインは分かっていた。自分が強くて、一人前にならなければ姉はいつまでたっても自分から離れられないという事を。



 バーバラも女性であったから、意中の相手と恋をしたり、結婚したり、子供を授かって、両親に孫の顔を見せてあげたいと考えているときがあることを知っていた。



『え? 私に特定の異性? なになに? ラインもそう言うのに興味あるの?』

『……そう言うんじゃない』

『えー? 本当に? あ、わかったわかった、怒らないで? うーん、そうだね……やっぱりラインが幸せになってからそう言う人は見つけようかな?』

『……』



 彼女は姉であったが、同時に親としての役目も自分がしなければならないと振る舞い続けていた。



(強くならないと……この程度は……俺が)



 姉に迷惑をかけたくない、これ以上ラインの幸せを追い求めるのではなくて、バーバラ自身の幸せを追い求めて欲しかった。



 だから、今日は姉に頼らなかった。想定の数の魔物なら自身の指揮と実力でイレギュラーを鎮められると思っていたから。


 だが、そうはいかなくなっている。このままでは地上に待機している姉に再び剣を振るわせてしまう。まだまだ、面倒を見なくてはいけないと思わせてしまう。そして、この異様な数と統制……地上の住民にも被害が出る可能背もある。



「副団長! 大変です! 40階層以下の魔物まで!」

「なっ……!」




 絶句した。彼等の眼の前には大きな巨体と一つの大きな目玉を持っているサイコロプスと言う魔物が複数体。この魔物は魔物の中でも厄介な個体であり、魔術へ一定の耐性がある。



「こんなことって……」



 団員数は50名ほど、魔物の個体も強力で数も増えてきている。何より問題なのは、終わりの見えない闘争で仲間達の指揮が下がっている事。団員達の間を抜けて、魔物達がぞくぞくと階層を上って行く。



 


「……なるべく、数を減らして……あとは、地上に居る……」



 

 姉に頼ろうと考えかけた。だが、それでもと彼は拳を握る……。しかし、それは彼だけであった。彼等が居た階層はとある平原とそれに連なる丘のような場所が沢山ある。



「もう、無理だぁぁ!!」

「このままでは我々が死んでしまう……」

「撤退しかない」

「抑えきれない……」



 一人が逃げ出した、平原にある上に上がる階段に続く洞窟を死守していたのに。陣形が崩れた。そして、一人が逃げたら大勢の人間が逃げていく。魔物の数は数百体に及んでいる。


 それに深い階層の魔物、上空からもブレスを放つ魔物の姿もある。追い込まれていく。仲間も徐々に逃げ出してラインと僅かなロメオの幹部と団員だけ。盾役も逃げ出してしまい、陣形が崩壊を始めて、ブレスなどによって怪我人が出始める。


 地上への被害、姉への示しがつかない、想定を超えるイレギュラー。数多の要素が重なって……だとしても……彼は逃げるわけにはいかない。終わりの見えない戦いに一人向かいかける。


 腕に怪我をして、星元も底が見え始める。



 だが、魔物は手を緩めない。彼もこのまま逃げなければ死ぬ……。だが、見逃せば地上にて姉や力のない自由都市の住人への被害が拡大する。



「ライン!」



 迷いかけた時、姉の声がした。風の魔術で囲まれていた魔物達を一掃して、退路を作る。



「総員撤退! ラインも速く!!」




 姉の怒声のような声が響いた。いつもの優しい声ではなく、団長としての厳格な命令の声質。カリスマ性のあるその声に引っ張られるように全員がその場から退いた。


 ただ、ここで世界最高峰の彼らが抑えきれないという事はどういうことなのか、理解をした。この数をそのまま通したら自由都市は悲鳴と絶望と混沌の都市へと姿を変える。


 力なき市民も都市に居る。レギオン同士の抗争の事しか頭にない冒険者達が何かを企てるかもしれない。ここを抑えきれなかったロメオが悪いと脚色して噂を広める者も居るだろう。


 そして、得体の知れない悪の存在。


 

 ラインは苦渋に顔を歪ませながらも足を速める。彼の目線の先にはアリスィアの姿もあった。彼女は魔物の大群に恐怖をしていた。



 我先にと逃げた団員達の姿もあった。ラインはバーバラとようやく合流する。かなり高い位置で岩の砦のようなところに身を潜ませる。上空にも数多の魔物が居るからだ。




「ライン、良かった!」



 バーバラがラインに抱き着いた。


「……はやく、止めないと……このままだと人の命が」

「……仕方ないよ……全責任は私が取るから。情報と違い過ぎたわけだし、本当に仕方がない……団員達のポテンシャルを最大限出せれば何とか足止めくらいは……でも、この際限ない場所で死と向かい合いながらそれをするのは無理だよ」

「……」

「お父さんだったら……何とかしてたかも――」


「――団長!!」




声が響いた。幹部のトリテンがバーバラを呼んだ。



「魔物の進軍方向が変わったでござる!」

「え……?」



トリテンがそう言った。彼女も他のメンバーもそれを確認する。確かに、魔物の動きが変わり始めていた。


その瞬間、大きな滝に背中を打たれているような大きな圧の感じた。誰かが、威圧をした。この階層全域に向かって。



「……フェイ!」



アリスィアが叫んだ。悲しみと不安を背負ったその声の先。一人の剣士が岩の山々を駆け抜ける。



「引き寄せている……あれ全部」



フェイの威圧。本来彼が無意識に発するそれよりは純度は数段落ちる。だが、それでも魔物の中にある本能的な敵への防衛本能を刺激するには事足りた。



彼は地上へと向かう道先から反対に走る。只管に走る。空から地から彼に向かって火炎(ブレス)が放たれる。それをよけ、魔物を切る。


地上に向かって巨大な鳥型の魔物の大群が押し寄せる。あの大群に対して、真正面から向かえば死が待っている。フェイは無理やりに足を強化。



「――ッ」



避けて、そのまま一匹の首を飛ばした。だが、無理な強化で右足を失う。そして、即座に足にポーションをかけて回復をする。



「……あの大群に突っ込むとか死にたがり野郎かよ」



避ける避ける、斬る、治癒、斬る、避ける、治癒、斬る斬る斬る斬る、避ける、治癒、避ける避ける、治癒。傷つき、それを癒し、剣を振るう。そこに痛みは伴われる。


血が溢れる。魔物の牙が、爪が、彼の服を割いて行く。体を傷つけていく。常に常に彼は走りながら、囲まれないように己の足を折って走る。



細い細い、命の線を辿っている。



「笑って居やがる……」



たった一人で彼は笑って居た。理解など出来るはずのない。



一歩間違えたら、あっさりと潰される。殺される。死と隣り合わせ、否、死という領域に半歩ほど踏み込んでいる状態とも言えるかもしれない。



その状態で笑えるはずもない。


例えるなら高い高い山々を繋ぐ一本の線を渡れと言われた時に、足を踏み外せば死ぬ。それを緊張もせずに笑いながら渡れる訳が無いように。彼等の眼の前には異様な少年の姿があった。



助けに等行けるはずもない。彼を中心に渦のように魔物は居て。



誰もが思う。



あそこに行くのは自殺志願者だけだと。



ポツリと誰かが言った、死にたがり野郎があそこにいるのだと感じる者達が居た。ロメオの幹部であるトリテン。副団長であるライン。そして、複数の団員達がそれだ。



だが、バーバラには彼の姿がそれとはまったく別に見えた。




(お父さん……)




彼女の頭の中には生きていたころの父の姿があった。まだまだ彼女が若くて、父がロメオの団長であった時代。


父はいつも笑って居た。自身が傷ついたときも、辛い目に遭った時でも。それでも優しい笑みを絶やさなかった。


英雄のような存在だった。誰もが彼を見て、彼の背中を見て進んでいくような。


――ふと、記憶が時戻る。


『ねぇねぇ、お父さんはどうして、いつもけがしてるの? いつもいつもけがしてるのにわらってる!』

『うーん……そうだな……お父さんは英雄になりたかったんだ』

『えいゆうー?』

『そう。英雄って誰かを沢山助けたり、救ったりする感じだろ? だから、お父さんは進んで荒波に飛び込むし、人助けとかする』

『でも、けがしてる! いたくないの?』

『確かに。その過程で自分が傷つくこともある。痛いし、辛い。でも、誰かを助けようとするって素晴らしい事だから笑って居たいのさ』



『――英雄が悲観してたら助けた人も悲しくなる。助けたら笑って、泣いていた人を同じように笑顔になって欲しい、感情って他者に伝染していくんだ。笑って居る人を見てると見ている方も幸せになるんだ。知ってたか?』

『うーん、むずかしいからよくわからない!』

『そっか……いつか、分かるよ。人の感情とは本当に凄い。お母さんの嬉しそうな笑顔を見てお父さんが惚れこんでしまったように。強烈な感情や光景は人を変える』

『ふーん』




『団長』

『うん? どうしたの?』

『最近……団長の事を悪く言っている団員の声を聴きます。いかがしますか?』

『あー、あれでしょ? お父さんの後釜には相応しくないとか』

『はい……』

『お父さんは凄かったんだねー」

『いいのですか?』

『いいよ。放っておいて。古参メンバーは主力だしさ。お父さんを崇拝していたから、後釜に納得がいかないって名誉な事だしね!』

『そうですか……』

『ありがとう。アルデンテ。気にしてくれて』

『いえ、お気になさらず……』

『お父さんの背中で鼓舞するって言う奴が出来たら、古参メンバーも納得してくれるはずだから、私、頑張るよ』

『背中で鼓舞ですか……私は新米ですので、よく分からないのですが』

『えっとね……感情の伝染? 凄い憧憬とかそう言う人の背中を見ると、団員達のやる気アップみたいな? そんな感じらしいよ? お父さんは背中とか言葉とか上手く使って窮地に置いて、団員達のポテンシャル以上の実力を引き出してたらしい』

『そんなことが出来るのですか?』

『よくわかんないけど、出来てたらしい! まぁ、ある意味では気のせいともいえるってお父さん言ってたけど』




幼い時の彼女(バーバラ)(ウォー)の記憶。そして、父が死んでから後釜として団長になった時の記憶。



それがフラッシュバックした。



血だらけで彼は嗤う。引き寄せられる。背中で鼓舞などと言う次元ではない。あれを見ていると、人としての倫理観が壊れていくような恐怖が押し寄せる。


死にたがり野郎と読んで感じていた者達もその狂気の様子に、眼を離せない。狂気が伝染していく、病原菌のように蔓延して、精神を蝕んでいく。



彼から目が離せない。あの狂気の眼と常軌を逸した姿を見て、剣を握りしめる音が聞こえる。



――次の瞬間、光の爆音がした。



魔物が一瞬で数十体消し飛んだ。そこには真っ赤な眼と金髪のポニーテールの少女の姿があった。


『アハ、アハハ、アハハハハハッハハハ、フェイ様♪ 愛おしいですわ♪ その姿、あはッ、狂ってしまいそう♪ 本当に本当に本当に本当に本当に、お慕い申していますわ♪』




呼吸を荒くして、眼が真っ赤にフェイを捉え続けている。恋をしているように焦がれて、崇拝するように盲目で、狂ったように愛を向けている。



そんな、彼女(モードレッド)の姿を見て、彼女(バーバラ)は察する。



――あれが末路だと



狂気の男(フェイ)に魅入ってしまった者が辿る末路。侵されていく、堕ちていく。あれに呑まれていく。


あれを直で見続けていたら、一緒にずっと居たらだれもがあの狂気に呑まれて行ってしまう。



(お父さん……、その先はもしかして……彼のような化け物。あれを見てはいけない、きっと関わってはいけない……呑まれる、私が……《《あれに》》……)




(ダメなのに……見続けちゃうッ)




 爆音と魔物の血の焦げる匂い。闘争がそこにある。先ほどまで逃げることだけを保身を求めることだけを優先していたロメオの団員が剣を抜いた。


「お、俺、行くよ! やっぱり、冒険者だし! アイツらみたいに戦ってやる!」

「あ、あぁ、俺達はロメオだ!」

「俺達も出来るんだ!!」

「臆するな、戦え、戦え戦え戦え戦え」



 岩の砦から彼らは出た。不味い、あれを止めないとと彼女は思いかける。あれは魔物大群なんかよりずっと質の悪い存在だと分かっていた。



 なのに、彼女も気付いたら剣を抜いて走っていた。ラインもアリスィアも、岩の砦からは人が消えた。



 魔術が飛んで、血の匂いが強くなる。



 団員の一人が魔物の攻撃を受けて、深手を負う。それなのに《《苦痛に悶える表情をしない》》。


「こんなの、かすり傷だぁぁぁ!!!」



「戦え戦え戦え!!!!!!」



「腕なんて、多少折れても問題はない!!!」



「眼など潰れても後で治る!!!」




 狂気に魅入ってしまった。団員もその場にいる誰もが。バーバラとラインの父は背中と見事な演説によって味方の全員のポテンシャルを引き出す。それが全員のステータスを一段階上昇させる技術であったとするなら。


フェイのそれは……狂気による全員の汚染によって。全員のステータスの限界値を強制的に超えさえたステータス二段階上昇バフとも言える。彼の無自覚なバフによって、彼らは一時的に狂気に落ちた。


 ポテンシャルを超える能力、痛みへの耐性と、怪我への恐怖耐性、そして、フェイ自身が狂気による暗示をかけているような状態である為に他の暗示も無効にする。


 血の池、爆発音、咆哮。


 それがダンジョンを満たしていく。


 バーバラはダンジョンの異変を察知し、事前にラインと合流する前に応援をさらに要請するように他の冒険者達に地上へ帰還するように頼んでいた。


 だが、その想定を超える魔物数。応援が来る前に防衛線を突破され、地上での討伐隊も間に合わず、地上へと魔物進軍を許してしまいそれによって、数多の死者が出るのが本来の道筋。


 しかし、フェイの狂気によって団員達は実力以上の成果を強制され、フェイの雄姿を見たくてコッソリストーカーしていたモードレッドも戦闘を強制された。


 それによって、魔物を足止めすることに成功。


 応援部隊は無事編成され、ダンジョンに向かった。そこには狂気に呑まれた戦場があって、あっという間に応援部隊たちもその狂気に呑まれた。そう言う空気が完全に出来上がっていたからだ。



 そして、魔物は完全に死者を一人も出さずに一掃された。



 戦闘が終わると……彼らは糸が切れた人形のようにその場に膝をつく。後に彼らは語る。気付いたら戦闘をしていたと。


 気付いたら血だらけになって、戦闘時の記憶は殆どない。誰かに操られていたのではないかと錯覚する程であったと。全員、記憶と体力に多大な欠落があって、怪我も勿論している。そこには人によって個人差がある。


 しかし、全員が口をそろえて、青い顔をして一つだけ覚えていることを話した。それはその場の狂気に落ちた者達の共通点だった。


 ――俺達は確かに、殆ど記憶がないし。何があったのか全然分かんねぇ……


 ――ただ、戦っているときに……頭の中に狂ったように嗤い続ける男の姿があったような、無かったような……と。



 

 ――それは自由都市で伝説となった日であった。




そして、狂気の出どころ(フェイ)を彼らは知る由もなく、魔物騒動は終幕を迎えた。




◆◆

 



 おはようー! 今日もダンジョンに潜るとしますか!! 朝からモードレッドと訓練をして、骨を数本折られて治癒をしてからダンジョンに向かう!



 ダンジョンに向かう前に、ギルドで面白い話を聞いた。マリネが言うには魔物が統率を組んで地上へ向かっているとか……ふーん、面白そうじゃん。それ絶対俺のイベントだな!



 ダンジョンに向かおう!


 フーちゃん? 誰だよ。さっきから大声で呼ばれてるけど……え? 俺? おいおい、確かに俺はフェイって名前だからさ。略したらフーちゃんとも呼ばれるかもだけど。


 クール系だからそう言う感じは止めて欲しい。俺はそういうあだ名とか呼ばれて返事するのはちょっとキャラ崩壊じゃないのかな?


 取りあえずいいや。それよりダンジョンに潜って大群と戦おう! え? バーバラも同行するの?


 まぁ、良いけど……


 到着しましたー! 本当に魔物が凄い数いるな……。さてさて。アリスィアとバーバラたちは岩の砦に逃げて行ったけど……これ地上に送ったら死者出るし。これを食い止めるのが俺のイベントって感じだな。



 さーて、イベント消化しますか……。



 地上にこの数向かわれると不味いので威圧で俺の方に引き寄せてと……。それにしてもこの数は……流石にヤバいか?


 数百体いるし……でも、主人公だからなんとかなるさ!!


 

 こういう理不尽って興奮するんだよね。理不尽って主人公にとってはスパイスみたいなものだし。圧倒的理不尽に対して、主人公が向かって行くのは基本。



 強化で足が折れる、攻撃喰らって血が出る。でもでも大丈夫。ポーションあるし。



 あぁ、まだまだこんなに魔物が居るなんて……今までの中で最大最高の理不尽かも……最終日に良いイベント持ってきたな! これ考えた奴最高!!



《《 今までの中で最高に気分が高まってきたぁぁぁ!!!》》。こういう理不尽なイベントって主人公みたいだからつい、笑ってしまう。




 ――全部殺す、こいつら全部俺のイベントの踏み台だ。


 


 ――こいつらを全員、一匹残らず駆逐してやる!!!!!


 

と思っていたら、モードレッドが参戦!! 途中から他の冒険者も参戦してくるし……そう言うイベントか……。



主人公のピンチに乱入みたいなね? 友情、努力、勝利って感じがするな。全員で力を合わせるって展開もベタだけど嫌いじゃないぜ?



必死に血だらけで剣を振っていたら何とか、魔物を討伐した。



よーし、これで地上に住んでいる人達も安心だな! 死者が出なくては先ずは良かった! そして、主人公として理不尽にうちかった俺と言う存在!! またしても高みへと昇った俺と言う主人公!!


それが嬉しい。クール系なので何事もなかったように立っているんですけど……



――でも、流石に血が足りない。ポーションって、傷は塞いでも血までは生成してくれないんだよな。


まぁ、血が無くなったら気絶するのは人間として当然だし、主人公として基本だし。



多分だけど、こんだけ人が居たら『気絶した主人公回収班』いるでしょ? 



後は頼むよ。君達。俺を知らない天井のベッドに連れて行きたまえ。




おやすみー




◆◆



 魔物進軍の騒動を終えて、数時間後。辺りは夕暮れとなり、いつも通りワイワイと自由都市は酒を飲んだりする冒険者たちの騒ぎ声が聞こえつつあった。


 死者など居なく、いつも通りの風景と吹き抜ける風。その自由都市にひっそりと存在するフェルミ婆さんの義眼店。



 フェルミが台所で木のバケツの中に水に浸した布、それを持って彼女はとある部屋に向かう。


 部屋を開けるとそこには黒い髪の男が寝ていた。


 一定のリズムを保ってフェイは寝ている。体には包帯が巻かれ、点滴のような管と治療薬が体に入れられている。



「……」

「……あ、フェルミさん」



 フェイの眼の前には眼が虚ろなアリスィアと、悲しそうでどこか気遣う顔をしているバーバラ。


 

「どうだいその子の調子は?」

「変化はないみたいです……ただ……」



 バーバラがアリスィアに目を向ける。フェイよりも寧ろ、アリスィアの方が心配と言う事を目線でフェルミに伝える。アリスィアは心ここにあらずの状態。フェルミが部屋に入ってきたというのにそれに気づくことはない。



 彼女はただ、フェイの顔を見下ろすだけだ。



「ちょっとどきな……手当が出来ないんだよ」

「……はい」



 ポツリと一言だけ返事をして彼女は部屋を出た。フラフラと死にかけているゾンビのようであった。



「あの、彼女はどうしたんでしょうか?」

「さぁ? 知らないよ……。あたしにはどうしようもないさ。体の傷は治せても心の傷は専門外なんでね」

「……そうですか。あの、フーちゃんはもう大丈夫なんですよね? 治療は終わったって……」

「いったね。後は一晩眠ればよくなるさ」

「よ、よかった」

「ただ、この子、ダークスネークの毒まで受けてたからね。一歩間違えば死んでたんだよ。体調がよくはなっても暫くは安静だね」

「そ、そうですか……何というか、彼は凄いというか」

「変わってるね。ここまでの馬鹿は類を見ない」

「……彼は何者なのでしょうか?」

「……アンタの父が憧れていた英雄。その成れの果てって所じゃないかい?」

「……彼が」

「ただ、コイツは素質もあって、度胸もあって、優しさもある。だから、誰にも頼れなかった。どんな道を今まで辿ってきたのかは知らないけど、自分だけ、己だけが傷ついて、誰かを助ける。救いに自分なんて頭数に置いちゃいない。正真正銘の英雄、奉仕の英雄だろうさ」

「……」

「この馬鹿、さっき一度だけ目を覚ましたんだ。治療中にね。事情を話したらなんて言ったと思う?」

「……早く治せ、とか、治療にどれくらい時間がかかるとか……でしょうか?」

「違う……。魔物討伐による報償がある程度あるって知ったら……《《自身が住んでいる孤児院に眼が見えない子が居るから、義眼二つと手術を買う》》だとさ」

「――ッ」

「毒で顔色が真っ青で、意識だって朦朧としているのに……自分の事を見向きもしない」




 今のフェイは顔色がだいぶ良くなっている。健康的だと判断できるほどには肌の色が美しい。


 ただ、そんな彼を見下ろすバーバラの顔が反対に驚愕に染まり青くなる。



「こういう奴は死ぬ……アンタの親父みたいにね」

「……ッ」

「誰かの為に、それを否定はしない。ただ、自分を大切にすることを疎かにしてはいけない。あたしが口を酸っぱくして言ってきた事さ」

「……彼は……父のようになってしまうんですか?」

「あたしはそう思ってるよ」

「……そっか……だから、妙に惹かれていたんだ……」

「父の背中でも重ねていたのかい?」

「いえ……フェルミさんの言う通り……その成れの果てを見ていただけです」




 その言葉を最後に、バーバラは口を閉じた。何も言えずに、これ以上、見たくないとその部屋を出る。フェイを見ていると父の死体を思い出す、父の背中を思い出す。


 それが心地よくて、辛い。そして、分かってしまった。ラインに似ているわけでは無くて、ラインの父に似ていた。その先を分かってしまった。


 彼が辿るのは父のような善人が喰われた未来。それをもう一度見ることになると思うと辛くて辛くて、そんな事を考えてしまう自分が嫌になってしまう。


 ただ、あのダンジョンで彼女は理想を見た。あれこそ、父が追い求めていた理想の英雄。


 誰かの為に剣を取り、誰かを惹きつける。理想とはあんなにも怖くて、恐ろしくて、悲しい物であったと思うと……



 彼女は眼を閉じた。


 

 思考を無理にやめた。部屋を出ると、部屋の前でアリスィアが体育座りで膝に顔をうずめていた。だが、今の彼女にはアリスィアを気遣う余裕など無くて。


 何にも考えたく無くて。ふらふらと脱力した体を運ぶ。


 

 彼女は他の空いている部屋で疲れた体を休めることにした。フェルミとは周知の仲である為に、部屋を借りてベッドに横になる。



 そして、彼女は再び目を閉じた。




◆◆



 都市が赤く燃える。自由の象徴であったその場所は業火と魔物によって、自由を失っていく。逃げる場所など無くて、人が死ぬ。


 血をぶちまけて、悲鳴を出して、恐怖で嗚咽しながら、あっさり死んでいく。生まれる時、如何に母体が苦労しようとも、死ぬのは一瞬の苦しみと恐怖だけ。



 血の焦げた匂い、未だ聞こえる人の焦りと恐怖の声。冒険者達が動く、魔物が徐々に減って行く。


 いつしか、それは無くなって歓喜の声が上がる。


 そして、現実として冷静に見えるようになって悲鳴を上げる。大切な人が、愛した人が、約束をした人が、背を任せた人が、


 みんなしんだ。


 しんだ、しんだ。しんだ。その悲しみの声が聞こえる。


 しんだ、しんだ、しんだ。辺りには死体の山。



 幸い、自由都市はある程度の損傷で済んだ。大手レギオンがこの事態に迷っている余地はないと冒険者達を投入。自身の陣地を守ると言う理由もあったが、それでもこの都市を失う事と天秤にかけて動いた。



 それでも、犠牲は出た、数が多すぎた。



 アリスィアは鮮血の光景と、鉄のような血の匂いに胃が逆流して、嘔吐した。



『どうして、私達がこんな目に!!』

『息子が息子がッ』

『あぁぁぁああ!!! 結婚する、はずだったのに……』



 悲劇の声はなり続ける。彼女にはそれを引き起こしたのは自分だと、考えてしまった。


『――お前のせいだ』



 聞こえてきたの母の声。村からの恐れの視線。



 強迫観念、それが彼女の本質。そんな事を考える必要もない、そんな訳ないのに、自分のせいだと考えてしまう。



 自分が疫病神だと考えてしまう。


 そんな訳はない、ただの気のせいで、バカげた思い込みで、荒唐無稽な因果を認めようとしているだけだ。


 そう、気のせいなのだ、そんな訳が無いのだ。彼女自身もこの考え方が異常だと分かっている被害妄想が激しいと分かっている。誰も彼女に指を向けてなどいないのに。誰も彼女を責めても居ないのに。



 彼女は気のせいで、済ませない。自分のせいだと、自分のこの体質がこれを起こしてしまったと、それがバカげた妄想であったとしても頭がから離れない。脳から膿が出ていると錯覚するほどに


 頭の中が苦しい、痛いのではない。ただ、苦しい。汚染されていくような気分。吐き気がする、ただ苦しい。


 自分のせいでこの惨状が作り出されたと思うと……苦しくて苦しくて、仕方ない。


 また、吐いた。


 気が済まない。これじゃ気が済まない。ナイフで綺麗な手に傷をつける。その時、痛みで少しだけ、気分が楽になった。


 一瞬だけ、強迫観念から解放された。何度も手にナイフを刺す。血がべっとりと付いてそれが、心地よい。


 でも、苦しさがまだ消えない。苦しいくるしいくるしいくるしい





――そうだ、このナイフで楽になろう◀

――だれか……助けて



ぐさりと、心臓にナイフを刺した。痛みで涙溢れる。乾いた笑みが顔に浮かぶ。空は夕暮れに染まって、それが綺麗だなと見当違いな事を思う。もう、見なくていい、聞かなくていい、


このまま、楽になりたい、


頭が真っ白になる。口に血の味が広がって、でも、それが


心地よくて……ただ、楽になった事が……嬉しい。もういい、母の期待も、兄を探すことも、何もかもが……どうでもいい。



「あは、アハハハは……ひ、とり、か……」



ひとりぼっち……誰かが寄り添ってくれるわけでも、自身から寄り添ったわけでもない。隣には誰も居なくて、彼女の手には何も残っていない。



――これが疫病神に相応しい結末だ



 彼女が眼を開けることは無かった。




――そうだ、このナイフで楽になろう

――だれか……助けて◀



誰かが彼女の手を止める。ラインの姿がそこにあった。もう、虚ろな彼女に言葉などかけられない。


ここに来てから、アリスィアは傷つき過ぎて、擦れすぎてしまった。彼は手を取って彼女を抱きしめる。


彼女はそれを話した。自身の体質の事を。これを起こしたのは自分だと



――俺も一緒に背負う



また、彼女の物語は続く。



――それはあり得た未来。もう、どこにもなくなってしまったけれども存在していた世界の線。



だが、今ここには生きとし生ける者達が居る。誰も傷ついてなどいないし、アリスィアも一度も壊れるような体験をしていない。



だが……今回の一件は彼女の心に大きなしこりを残した。いや、これまでの出来事がずっと重なり合って大きなしこりになってしまったという方が正しい。



彼女は強迫観念の思い込みが激しい、ずっと気にしていた。フェイが傷ついてしまった事を。


自分を庇って、自分を守って眼の前で彼は傷つき続けた。そのおかげで彼女は五体満足で生きている。


眼の前でフェイが傷ついてその様を見せられ続けた彼女は、言い逃れなど出来なかった。自分のせいだと彼女は追い込まれていた。


そして、あの魔物の大群。彼女はあの時、逃げようとした。恐怖から逃げようとした、恩人であり、自身のせいで傷ついたフェイを見捨てて逃げようとした。


罪悪感が湧いた。結果的にフェイは死ななかった、アリスィアは軽傷で済んだ。でもフェイは死にかけた。



強迫観念が湧いてくる。恐ろしい程に。自分が……ようやく見つけた場所。隣に居ても文句も言われない、憎まれ口を叩かれ、鬱陶しい雰囲気を出されるけど、拒みはしない。どこか、優しさがあったあの場所。



失うのが怖くなった。そして、何より、罪悪感と強迫観念で彼女は追い込まれていった。頭の中に膿がでているようで感覚がマヒしていく。



嗚咽が止まらない。



ふと気づくと、夜になっていた。彼の部屋に向かう、様子を見ないといけない。何かあったら大変だと彼女は心にあった。


ただ、それは善意では無くて……強迫観念から逃げたいだけであった。何かを返さないと、何かをしてあげないと。どうにかして、報いないと、謝らないと、そして、楽になりたい。


それだけが、頭にあった。



部屋を開ける、もう、フェルミもバーバラも居なくて、月が出ていた。窓に映る月がフェイを照らしている。


彼はベッドの上に座った状態で外を見ていた。


「……起きたんだ」

「見てわかると思うがな」

「うん……そうよね! 良かったわ!」

「……」



フェイが眼を鋭くした。何かを感じ取った。微かな違和感、アリスィアの元気そうな声にか、その泥のような眼か。


フェイの挙動など気にすることなく、アリスィアは唐突にフェイに近づいて馬乗りになった。フェイは魔物から受けた、毒が完全に解毒できていない。体が思うように動かせずアリスィアの行動を阻害できない。


それに僅かな油断もあった。フェイはある程度、アリスィアに心を許しているから。



「何の真似だ……」

「んー? 今までの御礼しようと思ってさ」

「……何の礼だ」

「全部よ……ねぇ? フェイ……私と、良い事しない?」

「……」

「フェイも、男だからさ……色々、溜まってるでしょ?」



 猫のように媚びた声。彼女は彼の上で服を脱いで、美しい体を露出させる。彼の手を取って、自身の胸に無理やりに押し付けた。フェイの手が彼女の胸に沈む。柔らかさと大きさで彼の手を満たして、性欲を駆け巡らせる。普段の彼女なら絶対にそんなことをしないし、させるわけもない。



「私で発散しない? こういうのしたことないけどさ……知識では知ってるから。何だったら口とかでも良いのよ?」

「……今すぐ、それをやめろ」

「もーう、そんな事言っちゃってー。いいじゃない。私がお礼するって言ってるんだから」


(楽になりたい。報いたい)


「……それとももっとハードなプレイが良いとか? 別に私はフェイがそれをしたいって言うならいいわよ? 私もそう言うのに興味があったって言うか」


(楽になりたい……誰かに必要とされたい。私でも、大切な人の存在価値に成りたい)


「あ、良い事思いついた。一生フェイの玩具にでも……」



肉欲を発散せる為に、性的な快楽を彼女は求めていない。ただ、焦っているだけだ。強迫観念から解放されたいだけだった。フェイに使って貰って、大切な人に自身を使って満たして貰って。


存在価値を見出して、楽になりたかった。媚びて、誘って。はだけて、全てをさらす。偽りの笑みを見せて求めるように彼を見る。




「もう一度言う……今すぐやめろ」

「……お、怒らないでよ。アンタだって本当はしたいんでしょ?」

「……お前のような女を抱く趣味はない」

「ッ……そんなこと、言わないでよ……私を求めてよ……なんでもするからッ、なんでもなんでも、一生体の関係でも良い! アンタの奴隷にだってなるから! なんだったら、体を使ってお金でも稼いで――」

「――少し黙れ」

「ッ」



 発せられた強者の覇気。これ以上の狼藉など許さない、圧倒的存在からの威圧に体が固まる。彼の眼に自身の姿が映るのを彼女は見た。淫らなふりをして、ただ責任から逃れたいだけの弱者の姿がそこにあった。



(なんて……無様なの……私って、こんなんだったんだ……ここまで落ちぶれてたらフェイも……興味なんて無いわよね……)



「……ごめんなさい」

「……」

「本当に、ごめんなさい……私ッ……」

「……」

「もう、関わらないから……ごめんなさい」

「……もういい」

「……うん」


彼女はフェイの手を離して、項垂れた。もう、完全に一人に戻ってしまった。それに悲しさと醜悪を感じる。


彼からは語られる言葉はもう無いのだろう。口数は少なかったけど、彼の声音は嫌いではなかった。怖かったけど、優しい事など知っていた。だから、悲しくなった。


涙がこぼれそうになる。でも、もう、消えないといけないと彼女はフェイに顔を見せない。



「……それじゃあ、またね」



最後にそれだけ言った。これで正真正銘最後でこれ以上何も彼女は言わないつもりだった。だが、それで話を終わらせないのがフェイだった。



「……戯け。それで終わると思ったか」

「え?」

「これだけの事をしたんだ。どうして、そうしたのか説明するのが筋と言う物はずだ」

「……聞いてくれるの?」

「……早くしろ、筋を通せ」



目を瞑り、彼女の裸体に眼を向けず、腕を組む。まだ、見捨てられていないと知ってアリスィアは嬉しくなった。


「……あ、ありがと」



 少しだけ、目線を上げてフェイにお礼を言った。フェイは眼を閉じながら特に表情に変化はない。ただ、いつまでも待たせるな、早く話せと腕を組みながら指をトントンと自身の腕に当てる。



「私は……」




 震える声で話をした。自分の体質でフェイに何度も助けられて、傷つけてしまった事。今回の一件も自分が原因であるかもしれない事、そして、フェイに申し訳ないと心の底から懺悔をしている事。だから、何とかして報いをしたいとあんな行動に出た事を。




 全てを話し終えて、目線をもう少しだけ彼女は上げる。そこにはため息をついて呆れている様子のフェイが見えた。



「くだらん……実に下らん」

「……そう、かな」

「あぁ、先ずお前は前提をはき違えている。以前にも言ったが……俺があれを呼び寄せたのだ」

「……でも」

「でもではない。今回の騒動、この都市で起きた事件、そして、この世界で起きる不可解な事象。俺は世界の全てに繋がっている……。それが真理だ」

「真理って……大袈裟じゃ……それに、私は今まで」

「勘違いだろう。貴様の思い込みだ。それに、例え何かあったとしても俺のせいにしておけ」

「……え」

「俺は知っている……この世界が俺に通じていることを。もし、何か貴様の周りで起こったとしても、それは貴様のせいではなく、俺に通じる何かだ」

「……それ、本当なの?」

「あぁ……」

「どうして、そんなこと知っているの?」

「それを話す意味はない。だが、自由都市でのすべては俺が原因だ。そして、今までの貴様の身の周りの事象は全て偶然か、思い込み。それか俺に通じる何かだ。それを覚えておけ」



嘘を言っているわけではなかった。彼女にはそれがすぐに分かった。フェイは自身を偽ることなく生きている人だと知っていたから。



「安心しろ、疫病神などではない。寧ろ……俺の方がそうとも言えるかもな」



気を使って、安易に彼女に言葉をかけているわけでもない。フェイの言葉には重みと覚悟が滲み出ていたからだ。彼女を気遣う嘘ではなく、ただ事実を述べただけだと彼女は確信をした。



重みが消えていくような感覚だった。



そして、嬉しくもあった。今まで誰もが拒んで拒んで、それに悩んで悩んできたけど。それが一瞬で消えて解放されたのだから。最初は思い込みだった。それがあらゆることが原因で自身が疫病神だと錯覚した。


でも、それは違うと真っ向から否定された。それを言ったのが本当の意味での疫病神だとするなら信じてしまうのも無理はない。



重みを無理やり、全部持っていかれた。お前の気のせい、そして、例え何かあってもそれは自分のせい。全部をアリスィアの重荷を勝手にフェイは持って行った。



(でも……私は、ただ、そこに偶然居合わせてしまっていただけなら……フェイは?)



「ねぇ、フェイって一体何者?」

「……さぁな」




これ以上、何も言うつもりはないと遠回しに告げられたような気がした。そして、彼女は自身の手の中にフェイが居てくれた事に感謝した。



そして……




(強くなりたい。フェイが言っていることは嘘ではない。だとするなら、今度はフェイが誰かに拒まれたり辛い目に合うはずだから……今度は私が)



「あのさ! フェイ!」

「なんだ?」

「私強くなるから! アンタみたいに!」

「そうか」



(フェイ、ありがとう……)


淡泊な返事だが、どこかエールをしてくれているような気がして、自然と笑みがこぼれた。しかし、次の瞬間に彼女は現実に引き戻される。




「それより、さっさと服を着ろ」

「……ッ」



そうだと彼女は前を隠した。フェイは眼を閉じて一切見ていないとはいえ、ずっとほぼ裸の状態でフェイと接していたことを今思い出した。今更になってその羞恥心が彼女の心を蝕む。



「……フェイのエッチ」

「どうでもいい、服を着て去れ」

「わ、分かってるわよ!」



(……私、自分で脱いでおいてえっちって言うとか……モードレッドのこと、変態とか言えないかも。それより、一刻も早く服着ないと、フェルミとかバーバラとか、何よりモードレッドが――)



「――フェイ様♪ ワタクシ、フェイ様の為に頑張ってグラタンと言う物を……」

「ち、違うの! これは!」



 フェイに看病をするために、料理を持って部屋に入ってきたモードレッドとアリスィアは眼があった。


 どうにかして、言い訳をしないといけないと思ったが……



「あの! 何ていうか! だ、抱いてもらおうかなって訳じゃなくて! その、ちょっと、体を見てもらおうかなって! 思っただけで! 如何わしい事をしてるわけでも無くて!!」



 お目目がぐるぐるとしながら言い訳をするアリスィアだが、モードレッドの眼は冷めきっていた。


「フェイ様は女性の趣味がよろしくないようで……」

「俺はこの一件で何もしていない」

「そうですの? でしたら、このアリ何とかが勝手に脱いだと?」

「そうだ」

「……変態ですわね……アリ何とか様は」

「アンタに言われたくないわ!」

「ふん、この状況で言い逃れが出来ると思ったら大間違いですわ。とんでもない変態ですわ。フェイ様が弱っている所に対して襲おうとするなんて」

「だ、だから! 襲うとかそう言うつもりじゃなくて! その、そうとも言えるかもだけど!」

「ほら、やっぱりそうなんですのね」

「ち、違うのー!」



――アリスィア、言い訳&着替え中


「それより、フェイ様。ワタクシの料理を召し上がってくださいまし♪」

「なによ、これ……」



アリスィアが引いたような声を出す。モードレッドが持ってきた料理。それは皿の上に真っ赤なラザニア。チーズの黄色の感じは何処にもなく、只管に真っ赤。明らかに舌と胃と腸への刺激が強すぎて、病人に持って行く料理ではない。



「真っ赤ね……これが、グラタン?」

「フェイ様とワタクシが大好きな鮮血をイメージしてみましたの♪ 物凄い数の香辛料などを買い焦っているうちにこんな、変態にフェイ様が毒されかけていたとは知らずですが……本当に呆れましたわね、この変態」

「だから、変態じゃないって!」

「ささ、フェイ様、お食べになってくださいまし♪」

「そっちから振っておいて無視するな!」




真っ赤な激辛グラタン。フェイも眼を細めるが、スプーンで食べ始めた。明らかに辛い、匂いだけでアリスィアは引っ込んでいた涙が再び出てしまうほどだった。



「……いかがでしょうか?」



ちょっとだけ、モードレッドが不安そうな顔をする。それに対してフェイは無表情のまま一言。



「まぁまぁだな」

「良かったですわ♪ まずいとか言われなくて」

「不味いとかそう言う次元じゃないと思うけどね……絶対辛いだけでしょ」

「五月蠅いですわね」

「こんなの料理じゃない!」

「はぁ?」

「もっと、胃とか気遣わないと……あぁ、そう言えばアンタって貴族様だっけ。そりゃ、こんな世間知らずの料理作るはずね。病人のフェイが可哀そう。こんなの食わされるなんて」

「……よろしい、フェイ様。二品目は金髪女の生肉とか如何でしょう?」

「ちょ、ちょっと怖いからそう言うの止めてよ……」




二人に眼もくれずフェイは激辛グラタンを完食した。


「手間をかけたな」

「いえいえ、お気になさらずに」

「むぅ……私も作ってやるわよ。ちょっと待ってて!」



何か、面白くなさそうな物でも見て、対抗心でも燃やしたのか、アリスィアが部屋を飛び出そうとした。



「少し待て」

「どうしたの?」

「貴様の髪……」

「髪の毛?」

「……短くした方がよいかもしれんな」



(え……? それって、短い方が似合うって事? そうしてほしいって事? 元々、そこまで長くないけど……フェイが言うなら、ボーイッシュな感じでも……)



何か淡い期待が芽生えた。アリスィアは肩より少し長めのツインテール。モードレッドとかと比べたら短めではあるが、まだまだ、髪型を短めに変更はできる。彼女は早速変更しようかなと考える。



「あ、え、えっと……ショートヘアーの方が、フェイの好みだったりするの?」

「いや、そう言う事ではない。戦闘で髪を掴まれたりしたら、不利になると思っただけだ」

「……」

「……なんだ」

「……う、うるさいわねぇ! 放っておいてよ!!! そんなの私の勝手でしょ!!」




(フェイ様って……偶に凄い、鈍感ですわね……)



顔を真っ赤にして、アリスィアは部屋を出た。何か期待していた反応と違ったのか、予想していたことと違ったのか。モードレッドには察しがついたようだが、フェイには分からない様だった。



だが、怒って出て行ったはずのアリスィアは再び戻ってきた。



「色々ありがと。美味しいもの作るから……待ってて」



照れながら、彼女はそう言って今度こそ部屋を後にした。そして、モードレッドは二人きりになったのをいいことにフェイに抱き着く。フェイは毒が回っているので思うように動けずされるがまま。



そして、料理を完成させて戻ってきたアリスィアが怒るのはまた別の話。




◆◆


日記

名前 アリスィア


 今日は色々な事があった。ダンジョンで魔物が大群で出て、その援軍に行ったが思っていた以上の数で恐怖だった。フェイが一人で止めようとしたのに私は逃げようとして、フェイが怪我をして、私は軽傷で罪悪感でどうにかなりそうだった。



焦って、フェイにとんでもないことをしてしまった。でも、フェイは許してくれた。それだけじゃなくて、私から重荷を持って行ってしまった。



それで私は解放されたけど。きっとフェイはこれから私以上に苦労をするだろう、全部を背負おうとしたらいつか、きっとパンクする。だから、強くなる。いつか、フェイに頼って貰える日が来るように。



支えて上げられる日が来るように



正直、フェイの魔物大群の時の行動と笑みは怖かった。でも、それだけじゃないのを私は知ってる。優しくて、暖かくて、どこか頼りがいがあって、でも、すごく怖くて、


落ち込んでるときも、慰めてくれる。兄の事は覚えていないけど、兄ってこういう人のことを言うのかもしれない。



だから、私は親しみと敬意と、愛と恐怖を込めて、



心の中でフェイの事を、鬼いちゃん(おにいちゃん)って呼ぶことにした。


フェイ鬼いちゃん


なんか、凄い納得感のある名前だなって思う。このままずっと、一緒に居たいな……え? 明日朝一で帰る? 自由都市で聖騎士の仕事がある?


鬼いちゃん! 待ってよ!



等と言えるはずもない。だから、次に会う日まで私は強くなるからね!



ありがと、フェイ鬼いちゃん



◆◆



 寝ていた、手術が終わって。寝て起きたら、アリスィアに誘惑された。いや、どうしたの?


 何かあったでしょ? 取りあえずクール系はこういうのにアタフタしないので拒みますと。


 いや、それにしてもこれが胸の感触か……。初めて触った。流石に触れた事は無かったからな。柔らかいって感じだ。多少は興奮するけど、クール系なので我慢します。



 それで? 何があったの? 流石にこのままって訳にもいかないから聞くよ。クール系も偶には相談に乗るのさ。


 え? 自由都市でのイベントは私の全部責任? フェイが怪我したから報いたかった?


 そう言えばアリスィアって、言ってたな。巻き込まれ体質があるって……ただ、流石に被害妄想激しいよ。あれは俺のイベントだし。


 もしかして……アリスィアって、自分の事を主人公だと思い込んでいるモブなのでは……?


 今までに起きた事件とか、思い込みで自分のせいだとか思ってるんじゃ……。巻き込まれ体質って勘違いじゃないの? 周りも見る目ない気がする。それに、何か大事とはあっても全部俺に収束するんだよ。


 だって、俺は主人公だからな!!


 この世界は俺の中心に回っている。だから、何かあっても俺のせいにしておけばいいんだよ。


 そうか、主人公だと勘違いしてたから、その重荷に耐えられなかったのか。そうか、可哀そうに。自分の事を主人公だと勘違いしちゃったんだろうなぁ。


 だから、何かあったら自分のイベント。それで誰かが怪我したら、どうにかしないととか。責任償わないとって発想になるんだろうな。


 大丈夫、俺主人公だから。俺なんだよ、俺に全部重荷投げちゃっていいよ。これから何かあっても俺のせいにすればいい。俺が世界の中心なんだから、実質俺のせいだよ。


 それにしてもアリスィアってちょっと思い込み激しいタイプのモブなんだろうな。ちょっと可哀そうだな。主人公の重荷、責任感って言うのは、主人公である俺にしか背負えないものであって、俺以外が背負う必要もないんだ。



 説得したら、アリスィアちょっと楽になったみたい。ようやくモブの自覚が出てきたのかもしれない。ただ、これ以上、メタ発言を外に出すのは良くない。俺が主人公とか、そう言う理屈で説得するってよくない。内心で思うのは良いけど、外に出してしまうと作品の雰囲気壊しちゃうからさ。


 特別だよ? ちょっと流石にモブなのに主人公だと勘違いしている光景は痛々しくて可哀そうで見ていられない!!


 え? 強くなりたい? モブなのに感心な心掛けだな。頑張れ!



 とか考えていたら暴力系ヒロイン疑惑のモードレッドが参戦。料理を作って来るとは感心だな。もしかして、やっぱりヒロインか? あ、なんか勘違いされているような気がする。



 まぁ、今回はモブであるアリスィアの暴走と言う事で気にしないで上げましょう。そして、グラタンを食べる。


 辛いな。こいつ料理あんまり上手じゃないな。と言うか本当に辛い、辛い以外の感想がない。


 ただ、折角作ってくれたわけだし、不味いとか言って捨てるわけにもいかない。まぁまぁみたい感じでお茶を濁すのが一番いい。


 しかし、まぁ、何というか……ベタだね。暴力系ヒロインは高確率で料理が苦手みたいなステータスあるからな。モードレッドが入ってきた時点でこの展開は予想で来ていた。


 これから頑張ってくれよ。


 アリスィアも作るの? ありがとうさん。あ、そうだ、大事なこと忘れてた。髪切った方がいいよ。


 アリスィアはちょっと心配なんだ。モブなのに主人公だと勘違いしてるから、危ない道に進むかもしれないって。髪切った方がいいよ。掴まれたら戦闘で不利になるし。


 ユルル師匠とかモードレッド、アーサーは髪の毛かなり長いけど、実力は頭一つ抜けてるから言う必要ない感じあるけど、アリスィアはしっかりした方が良いと思う。


 多分、主人公とはかけ離れたモブだから死ぬときはあっさり死ぬと思うんだよね。今の内から対策はしてた方がいいよ。


 と言ったら怒ってしまった。余計なお世話だったかな。そもそも女性に対して髪型について言及するのは良くない事だったのかもしれない。反省。ただ、アリスィアって顔立ちはかなり整ってるからショートヘアー似合うと思うけどな。



 流石にクール系だから言わないけど。



 怒っていると思ったら、ちゃんとお礼を言った。礼儀正しい良い子だな。



 そして、モードレッドが抱き着いてくると……離れろ。そして、アリスィアがご飯を作って来てくれるというわけだな。


 あれ? この子料理滅茶苦茶上手なんだけど……マリアに匹敵するかもしれない……。


 いや、凄いな。凄い美味しい。うーん、食べた。さてと本当なら今日帰らないといけないんだけど、それは無理だから、明日の朝、朝一で帰るとするか。


 結局五日しか居なかったから観光みたいになってしまった気もする。だが、イベントが沢山あったから良し!


 お腹いっぱいで幸せだから、今日は寝ようかな。おやすみ……なぜ、モードレッドとアリスィアも一緒のベッドなのか……寝づらいよ……。まぁ、いいや。おやすみー

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