32話 邂逅
はぁとユルルが溜息を吐いた。彼女が居るのは王都にある飲食店内の席。向かい合う席には彼女の友人兼メイドであるメイが座っている。
「いかがなさいましたか。お嬢様」
「なーんか、体重いなって……」
「確かに少々お体がむくんできている兆候が……」
「来てないよ! もう、メイちゃん! そう言う事言うのやめて!」
「申し訳ございません、お嬢様。メイはドジっ子メイドの属性も持ち合わせていますので、つい」
「ドジっこ、メイど……?」
「いえ、ただの戯れです。お忘れください」
ドジっこメイドって何だろうと疑問の声を上げたユルル。メイは、まぁ、分かるはずないだろうなと話を逸らした。
「ねぇ、メイちゃん……あとどれくらいでフェイ君帰ってくるの?」
「さぁ……本日帰ってくる予定であったと思いますが……正確な時間までは把握は出来ません」
「……そっかぁ、なんか怠いー」
「お嬢様、人の眼がありますので……あまりそうった事は声に出すものではありません。フェイ様が居なくて寂しくて何もやる気が起きないお気持ちはわかりますが」
「うー、フェイ君に会いたいー」
「お嬢様……23歳なのですよ?」
「分かってるよ……でも、寂しいだもん」
「だもん……お嬢様、23歳なのですよ?」
「フェイ君に会いたい……」
「そのセリフ、最近千回くらい言ってません?」
あまりにフェイ成分が枯渇してしまったユルルに対して流石に見ていられないメイ。それほどまでにユルルはフェイを渇望していた。
「はい、お待ちー! 何だかよく分からないけど元気だしなって! これでも食べて!」
そこへ、真っ赤な髪に赤目の女性が注文した料理を持って二人の前に現れる。テーブルの上に料理を並べる。
「なんだい、彼氏が仕事で帰ってこないのが寂しいのかい?」
「か、彼氏!? い、いえ……まだ、そんな関係じゃ……」
「なんだい、違うのかい……てっきり……まぁ、大事な人なんだろうけど……寂しいだろうけど頑張りな」
「はい……ありがとうございます」
知り合いではなかったが励まして貰い、折角料理を持ってきてもらったのでユルルは少しだけ気持ちは切り替えることにした。
「お嬢様、元気を出してください。《《ファイ》》トです」
「フェイって言った!?」
「言ってないです。落ち着いてください、お嬢様」
気持ちは全く切り替えることは出来ていなかった。
◆◆
一年が終わる、雪が降り王都に至る所が雪化粧をして白に染まって行く。ユルルとメイは夕食の買い出しに店を回っていた。
肺に冷たい空気が入って行く。思えばここによくいられたなとユルルは感慨深い気分になった。どうしてだろうか、彼が居ないと彼女は昔を思い出す。今がどうでもよくなりかける。
一体、兄達は何処で何をしているのだろうか。
全く分からない、知らない。
そして、もし……再びあった時は……と微かに不安が押し寄せる。どうするべきか、会ったら。もう、話し合う余地などない。ならば……
殺すしか……殺せるのだろうか。自分に……
彼女は迷う。己の手に嘗ての家族の血が降りかかる事に恐怖を感じる。
「お嬢様」
「……」
「お嬢様!」
「……え?」
「急に大きな声を出してしまい申し訳ございません。周りに一切目が行っていない様でしたので……」
「あ……ごめんね。ありがとう、メイちゃん」
「いえ、お気になさらず」
ふと、寂しくなった。雪が積もるように悲しさが積もって行く。友達がいるのに背の心の雪は解けそうになかった。買い物を終えて、足を止める。
「お嬢様?」
「ごめん、ちょっと寄り道しても良いかな?」
「はい、分かりました」
ユルルはいつもの訓練の場所に向かう、三本の木の立つ場所へ。そこへ行って、フェイとの時間を思い出して今だけでも彼女は全てを忘れたかった。
メイは何も言わない。ただユルルの後をついて行く。ただ想いに浸りたかったユルルは眼を見開いた。そこにはいつものように刀を振っている男が居た。肩へ落ちる雪の結晶は彼の上昇した体温で解ける。
真冬なのにフェイは汗を真夏日のようにかいていた。
「ふぇ、フェイ君!」
「……フェイ様」
二人が声をそろえて彼の名を呼んで近づく、その声に気付いてフェイは素振りを一時的に終えて振り返る。
「「――ッ」」
その時、二人の心臓はドキリと跳ねた。以前よりも凛々しく引き締まった様な、己の限界を打ち破った、器を昇華させた勇ましい男。
(あ、あれ? フェイ君、前よりカッコいい……前もカッコいいけど、ちょっと色気が……)
(な、なんなのでしょう、この胸の高鳴りは……あの鋭い目つき、さ、流石、ロマンス系主人公であるメイの王子枠……!)
確実に死線を超えて新たなる領域へと至ったフェイ。その歩みは微々たるものかもしれないがそれでも彼は強く、逞しくなっていると感じる。それが良い事なのか悪い事なのかは分からないが……。
「フェイ君、帰って来てたんですか」
「さっきな」
「そ、そうですか」
ユルルにそう返答するがそれ以上を自分からは語らない。口数が元から少ないことは知っているが偶にはもっと話してほしいと我儘になってしまう。
「え、えっと、フェイ君、まだまだ刀振るんですよね?」
「あぁ」
「……その訓練はどうでした?」
「普通だった。俺が求めていた物は僅かしかなかった」
「え、あ、そ、そうですか……。そんなに満足が出来なかったということなのですか?」
「そうだな。最後に多少満足と言ったところだ」
「あー、その具体的にはどんな訓練だったんですか? 私は空気感とか色々あれで参加しなかったので気になってまして」
「変な部屋に入ったり、素振りしたり、変な部屋に入って素振りと腕立て伏せしたり、変な部屋でスクワットしたり、後は外で素振りしたり、最後に模擬戦だ」
「そ、そうですか」
(全然、想像が出来ない……)
口数も少なく、独特な言い回しのせいでフェイの言葉からどんなことがあったのか全く分からなかった。
もしかして、自分と話すことがあまり楽しくないのかとユルルは弱気な事を考えてしまった。
そう思いかけて、自身に何かが投げつけられるのが分かった。訓練用の木の剣。それをフェイから渡されて何が何だか余計に分からなかった。
「お前に真っ先に会ったらしようと思っていた」
「打ち合い?」
「あぁ」
「まぁ、いいですけど」
いつものように打ち合う。彼女には分かった。フェイの実力が自分に迫ってきていると。何年も彼女は剣を極めようと振り続けてきたからこそアドバンテージはある。だが、極限に極限を重ねているような彼の訓練は彼女の年月を超えようと異常な速さで迫る。
何分か、打ち合いをして彼女は勝った。だが、寂しさも生まれる。
「また負けたか」
「……でも、フェイ君やっぱり強くなってますよ」
「……お前のおかげだ」
「いえいえ、フェイ君の努力が凄いんですよ……私なんか……居なくても」
「……」
「あ、ご、ごめんなさい。雰囲気悪くなるような事言ってしまって」
(私は師匠なのに弟子に不満をぶつけるような事をして……ダメだな……私)
彼女は自己嫌悪のような感情を味わう。フェイの事になると良くも悪くも彼女の感情は大きくぶれる。
「気にするな……」
「ありがとうございます……」
眼を合わせられなかった。フェイは別にユルルの心情を完璧には理解はしていないだろう。だが、何かを感じ取ったフェイは彼女に一歩だけ近づいた。
「一度しか言わない」
「え?」
「今回の事で確信をした……やはり俺にはお前が必要だ」
「え、あ、えぇぇ!?」
いきなりプロポーズ的なことを言われて眼をフェイに向ける。さっきまで行き遅れたOLみたいな顔をしてたのに急に幼い乙女のような顔つきになる。
「何度もお前が居ればと考えていた」
「ええぇぇ!? わ、私も、その……同じ気持ちでした……」
(あわわわ! 正直、私との訓練的な意味でそう言ってくれてるんだと思うけど、なんか落ち込んでそうな私を元気づけようと気を使ってくれてると思うんだけど……でも、そう言ってくれると嬉しい!)
「そうか。あそこでの訓練は無駄が多かった。お前との打ち合いの方が数段、ためになった」
「……あー、ですよねー」
(うん、ですよねー。フェイ君絶対そう言う意味で言ってると思ったー。らしいと言えばらしいですけど……何だか、異性として見られてない気がする)
(むぅ、もうちょっと意識してくれても良くないかな? 結構、朝ごはんとか昼食とか作って来てるし……こんなことするのフェイ君だけなんだよ……?)
(このまま一生、師匠としか見られなかったらどうしよう……何だか気持ちがマイナスになるな……でも、ポジティブに考えたらどうなるかな? フェイ君みたいに……)
(よく考えたら私とフェイ君が一番接している時間が多い? ご飯も沢山一緒に食べてるし)
(……フェイ君にここまで熱烈な言葉をかけられた人って私くらいでは……可能性があって怪しいのはマリアさんくらい……と言う事は、もしかして、実はフェイ君との距離が一番近い可能性は私……? か、可能性あるかも)
(が、頑張ろう! ぜ、絶対フェイ君を師匠的な意味じゃない、恋人的な意味で振り向かせる!)
「どうした?」
一人で腕を組み百面相をするユルルが気になりフェイが声を向ける。
「いえなんでもありません! ただ、覚悟が決まっただけです!」
「そうか……お前も日々成長してるという事か」
「はい!」
何が何だかよく分からないフェイだが、それっぽい雰囲気を彼は出した。そして、そういえばとフェイは木の根元に置いてあった紙袋を取る。
「それは?」
「よくわからんが、ワインとチーズを貰った……」
「そうですか……」
「……一人で嗜む方が好ましいが……いつも胸を借りているからな……飲むか……?」
「――ッ、い、いいんですか?」
「そう言っている」
「も、勿論です! 私の部屋で飲みましょう!」
始めて女性らしい誘われ方をしてユルルはテンションが上がっていた。諦めずに頑張っていた彼女に幸運が向いたのかもしれない。しかし、そんなロマンチックな二人を見てメイが眼をパチパチする
(あれ? メイが空気……ロマンス系主人公であるはずのメイが空気……? そんな、馬鹿な……。メイは色々イベントが起こるはずなのに!)
メイは先ほどから自身が空気であることに気付いた。そして、空気のまま二人を見守る。ユルルに誘われて三人で飲むことになったがメイは少しだけセンチになった。
ユルルがフェイにアピールをするために、お酒を飲みながら『ちょっと酔っちゃったなぁ』とフェイに甘えたりするが、酔拳の伏線かとフェイが思うのはまた別の話。
◆◆
フェイが夜遅く孤児院に帰ってきた。少しだけフェイの顔が赤く、酒の匂いがするのをマリアは感じ取った。
「お帰り、フェイ」
「わざわざ待っていたのか」
「ええ、久しぶりに帰ってくるんだもの。待つわよ」
「……そうか。丁度いい、少し飲むか……?」
「え? 何を?」
「これだ」
「ワイン……?」
「あぁ、渡された」
「へぇ……そうなんだ。じゃあ、飲もうかな、ちょっと待ってて」
顔には出さないがマリアは嬉しかった。ずっとフェイを待っていたのだ。会いたいなと思い続けて、気持ちが高ぶっていた。そこへ、まさかのフェイからの酒のお誘い。
グラスを持ってフェイの元へ行った。食堂でフェイは待っていたがここじゃなくて、自身の部屋で飲もうとマリアは提案をする、フェイも特に断ることもなくマリアの部屋に足を向けた。
微かなオレンジの光に照らされた部屋。ロマンチックな感じが微かに漂っている。マリアも自分の部屋に年頃の男性を入れるのは初めて出会った。孤児院の子で眠れない小さな子と寝たりすることはあるが気になるお年頃の異性と二人きり、緊張をしない訳が無い。
ワインを注いで互いに席に着いた。
「フェイ、もう飲んできたんでしょ? あまり飲み過ぎはダメよ?」
「あぁ」
(私、実はワインとかって飲んだことないんだけど……酔ったりし過ぎないようにセーブした方が良いかな)
そう言ってフェイから貰ったワインを一口飲んだ。
「あ、美味しい……ごくごく……お代わりしてもいい?」
「勝手にしろ」
「うん……ごくごく」
「……」
「お代わり、しても、いい?」
「……あぁ」
「ごくごく」
ハイペースにワインを飲んで、頬が綺麗に赤になって行く。フラフラ体が揺れ始めて、次第に目元も可笑しくなっていく。そのタイミングで人格がスイッチする。
「……おいひぃー、わたし、こんなのはしめてー!」
「……」
「ねえねぇ、ふぇいー、ぎゅっとしてー」
「……断る」
「むー、わたし、寂しかった! ぎゅっとして!」
急にフェイに抱き着いて甘えだすリリア。机をベッドと椅子で挟んでベッドに座っていたフェイを押し倒すように甘えだす。
「おい……」
鬱陶しいと顔に出すが、そんなこと酔ってしまったリリアには関係はない。抱き枕のように抱き着いて只管に甘える。
完全に子供であった。
「ふぇいー、寂しかったー」
「……分かったから離れろ」
「いや!」
「……大分酔っている……のか? 興味ないが稀にお前が別人になるような妙な、あの感じに似ているな」
「――ッ……ふぇいー!」
「だから、鬱陶しい」
「それより騎士団暫く休みなんだよね……? 疲れ癒してね?」
「いや……俺は自由都市に行く」
「えぇ!? なんで!」
「なんでもだ。明日、ここを立つ」
「むーーーー! また無理して! 許さないよ! 今日は私と寝て!」
「……なぜ俺が」
「いいから!」
そう言って暫くリリアはそのまま。次第に寝息をたて始めて深い眠りに落ちて行った。
「手間をかけるな……」
そう言いながらもフェイも眠りについた。リリアとマリアの嬉しそうな寝顔を微かに見て、微かに頬を上げた。
◆◆
とある黒の剣士が馬車に乗っていた。自由都市へ向かう物質を運ぶ貨物列車のような馬車の荷台に腰を下ろして腕を組みながら目を瞑る。馬主がフェイに話しかける。
「兄ちゃん、自由都市に何しに行くんだい?」
「……そうだな。己を高めるためだと言っておこう」
「おおー、自由都市は色々厄介事多いから気を付けろよ。兄ちゃん、ブリタニアからこれに乗ってるって事は聖騎士だろ? 冒険者には聖騎士が嫌いな奴居るから身分は言わない方がいいぜ」
「覚えておこう」
「無法者とか言って馬鹿にする聖騎士が居たからなー。まぁ、武者修行頑張れよー!」
「ああ」
只管に時間が経過していく。寡黙な彼は何も語らない、ただ、そこへ到着するのを待つだけ。
ある場所で馬車は止まる。大きな門、その前でフェイは馬車から降り、金を渡した。
「手間をかけたな」
「気にするな! 頑張れよー! 兄ちゃん」
振り返ることも、反応をする事もなくフェイは門番から検閲を受けて自由都市に足を踏み入れる。
王都ブリタニアと特段違う風景があるかと言うわけではない。ただ、鍛え抜かれた筋肉を惜しげもなく披露しながら歩く露出狂のような男性。
大剣を担いで黒の甲冑を纏う剣士。獣耳の別種族の女性剣士。騎士団のような統一感がない猛者たちがそこら中に溢れている。
普通の一般人の姿もあるが冒険者と思われる者達の癖が大分強い。
フェイは剣こそ持っているものの姿は黒を基調としている地味なコートを纏っている。
誰かに眼を向けられることなく、彼は自由都市を歩く。
出店の店主から時折、話しかけられたりもするが、香ばしい肉の匂いに惑わされることもなく彼はギルドを探す。
この自由都市にはダンジョンがあり、ダンジョンに潜るにはギルドで冒険者として登録が必要だからだ。だが、かなりの広さがある自由都市。どこにそれがあるのか見つけられない。
虱潰しに数分歩いて、曲がり角にフェイは差し掛かる。すると、丁度曲がり角から誰かが飛び出してきた。
フェイはマイペースに歩いていた。だが、その曲がり角から出てきた誰かは物凄い勢いで来たためにフェイの堅くて暑い胸板に激突した。
「いったぁぁあぁ!」
「……」
「何処見てんのよ! この不躾!」
「……」
肩くらいの長さの金色の絹のような髪の毛をツインテールにしている彼女のサファイアに似た宝石のような眼が睨むようにフェイを見ている。顔立ちが途轍もなく整っていたどこぞのお姉ちゃんともいい勝負であった。体つきは少し幼い感じもあるがまだまだこれから期待できそうなしなやかなさ、そして微かな色気もあった。
だが、そんな美人に対してフェイは死んだ魚のような眼で相対する。
「ちょっと! 聞いてるの!」
「……」
無視、彼の頭の中にあったのはギルドに行こうという事だけであった。だからこそ、彼女に一言も声をかけずに通り過ぎる。
「なっ! ちょっと!」
「……」
「聞いてるでしょ! 凄い硬くてアンタ痛かったんだけど!」
「……」
「……なによ! すかして!」
少女はそれだけ言って消えた。二人は別れて、フェイはそのままギルドを探す。歩き続けてようやくそれっぽい大きな建物を彼は見つけた。中に入ると透き通る鉱石の床、真っ白な柱、それらによって綺麗に組み立てられた内装。
コンビニのカウンターのような場所に制服のような恰好の職員と思わしき者達が作業や対応に追われている。
さて、先ずはどうするべきかとフェイが考えると……
「ようこそ、命知らずの馬鹿野郎」
「……」
「見たところ、新入りだな。登録ならあっちだぜ」
リーゼントヘアーの三下のような男が先輩風を吹かせつつフェイに話しかける。フェイが眼を向けていた受付の方を指さす。受付をしている職員は何人も居るがどこも多少そこに並んでいる冒険者たちの姿がある。
だが、一箇所だけ誰も並んでいない受付場所があることに気付いた。眼鏡をかけた獣人の眼鏡をかけた女性職員がそこに立っている。控えめに行っても美人な女性だが誰もそこに近寄らない。
「あそこは止めておけ。あいつは……ここで有名なギルド職員、マリネ。ピンクの髪、桃色の眼、スタイルも良いだというのにアイツは……通称、『クソメガネ』、別名『やらかしのやっちマリネ』『ピンクの悪魔』なんて呼ばれている」
「……クソ眼鏡、やっちマリネ……悪魔か……」
初めてフェイが男に言葉を返した。明らかに侮蔑な表現で思わず反応をしてしまったのかもしれない。
「ああ、ここのダンジョンで倒した魔物が外の世界の魔物と違って、魔石になるのは知ってるよな? それらの鑑定を数字と言う可能性を馬鹿にするほどの確率で間違う」
「……」
「ソロの冒険者にはソロ同士で一時的なパーティーを組むことが出来る。それをアイツは『素敵な仲間を見繕いますよー』とか言ってとんでもない組み合わせでパーティーを組ませる。元カレ元カノ同士だったり、離婚をした夫婦だったり……何の事情も知らないから素敵なパーティー結成『おめでとうございます!』 とか言ったり。悪気はないんだが……冒険者からは嫌われているな。悪い事は言わねぇ……アイツと関わるのは止めておけ」
「……ふ」
「なにがオカシイ?」
「いや、そんなお前らの常識に従う意味も、見習う教示も持ち合わせていない俺からしたら、全く持ってどうでもいいと思えただけだ。だが、情報は頭の片隅にでも入れておこう」
「お、おい」
フェイがマリネの元に向かって行く。彼女の前に立って淡々と要件を告げた。
「冒険者登録」
「……え?」
「冒険者登録だと言った」
「え、ああ、へ、へい! お名前とか、色々ここに記入を……」
「……」
「あの……私に来るなんて……変わってますね」
「……どうでもいいと感じただけだ」
「そ、そうですか……」
「書けた、これでいいか」
「あ、へ、へい! えっと、フェイさん、ですか? 出身地が不明? 現在の住所……孤児院……あ、聖騎士なんだ……聖騎士と言うことは黙っておいた方がよろしいかと。後は大体わかりました。では、早速冒険者カードを発行しますね」
「……これでダンジョンに潜れるんだな?」
「へい! そ、そっちの扉から入れます。ですが、ダンジョンは地下に何階層と続いており、イレギュラーもありますのでソロではやめておいたほうがよろしいかと思います。よろしければ私が素敵な仲間を見繕いますが……」
「いらん。俺はソロだ」
「へ?」
危険など百だろうが億だろうがフェイは承知している。寧ろ、危険であったり地雷であったり不確定な要素が彼にとっては極上のスパイスとなる。
嗤って、彼はダンジョンへ足を踏み入れる。
「あ、き、危険……」
止めようとするが既にフェイは去ってしまった。丁度そこへ新たなる冒険者を目指す者が彼女の元へ現れる。
「ねぇ! ダンジョン潜りたいんだけど!」
「へ!?」
「へ、じゃないわよ! まぁ、私の美しさと気高さに恐れおののくのは分かるけど! 私の名前は《《アリスィア》》! いずれ世界一になって誰からも認められる存在! 英雄に近い存在だから覚えておいて損はないわ!」
「今日……変わってる人多いな……」
◆◆
帰ってきたらまずはユルル師匠と剣の打ち合いをしようと心を決めていた。打ち合っていると何か元気が無い感じなので普段の感謝と師匠ポジとして有能だと告げた。
お酒を飲んでいたら酔ったとボディタッチが多くなった師匠。酒は飲んでも吞まれるなと身をもって示しているんか、それとも酔拳の伏線か、どっちかだろう。
マリアともお酒を飲んでいたら、マリアもお酒に酔っていつもとは違う感じになった。酔っている? なんか完全に別人のような気もする。
さてさて、飲み過ぎたがちゃんと起きて、馬車の人と話し合って自由都市に到着をした。やっぱり、主人公として色々な場所で活動をしないとな。もしかしたら、このダンジョンが俺にとってのホームグラウンドかもしれないからな。
曲がり角で何か美人とぶつかった。ベタだなぁ……曲がり角でヒロインと出会うのは基本だよね。もしかしたら、俺のヒロインかもしれない。え? でも、マリアが第一候補のはず……だとしたらこの子は一体……?
一体……何者なんだ……!?
全く関係ないモブの感じはしないけど、凄い美人だし……どっかでこの子見たことがあるような。ちょっと既視感があるような……。
あれ? どこでこんな感じの子見たっけな。えっと……えっと、思い出せん。
まぁ、いいや。どこかでこの子とは関わり合うんだろうな。
主人公としての勘がそう言っている。さてさて、ヒロインか、別の何かか、はたまた大穴でただのモブか。
楽しみだ。
自由都市に来ていきなりこんなベタなイベントが起こるなんて、俺ってやっぱり主人公だよな。
さて、ソロで頑張りますかね。孤高なクール系冒険者として頑張ろう。
■■
日記
名前 アリスィア
今日、自由都市に到着した。ここには嘗ての英雄の子孫が居るらしい。ここで私も己を鍛える、その為に私はここに来た。
『もしかして、ここでなら仲間も見つかるだろうか。私の体質を受け入れてくれる人も居るだろうか。自分からダンジョンに潜って魔物と戦う冒険者達なら、私の厄介事を引き寄せてしまうこの体質を受け入れていくれる人が居るだろうか……』
ダメ、弱音は吐かない。私は誰よりも強くなって誰よりも認められる。母は兄が居なくなったのは私のせいだと言っていたけど、きっとここで誰よりも強くなれたなら。そして、兄を見つけることが出来たのなら。
きっと、私を認めてくれる、それまで弱音なんて出すものか。
そう言えば変な目つきの悪い男とぶつかった。変な奴だった。私が謝るべきだったかもしれないけど……弱音を吐かない生活を心がけているせいか、つい強気な言動をしてしまった。
でも……明らかに変な奴だった、あんな眼をしている奴は見たことがない。得体の知れない生命体な感じがして、高圧的な感じで威嚇をしてしまったとも考えられる。あの男から恐怖すら感じた。
一体、何者……?
……だけど、私からぶつかったみたいなものだし……日記で謝罪しておこう、ごめんなさい。
本当なら……顔を合わせてちゃんと謝らないといけない。自由都市も広いし、もう顔を見合わせる事もないだろうけど……
取りあえず、頑張ります。
―