31話 手繰り寄せた因果
二日目、フェイはアーサーの部屋で目を覚ます。抱き着いてる彼女から離れてベッドから体を起こした。彼はそのまま部屋を出る、女子寮を早足で抜けて外でいつもの素振りを行う。
そして、その日も模擬戦には参加を彼はさせて貰えない。次の日も、そのまた次の日も。
五泊六日でこの合宿は終わりを告げる。六日目は話を聞いて帰還をするだけだ。残すは一日しかない。フェイには苛立ちが湧いていた。
精神に負荷のかかる部屋も素振りもそれらは決して彼にとって苦痛でも負担でもない。苦悩をするわけでも精神が疲弊するわけでもない。
こんな詰まらない事をやりにわざわざここに来たわけではない。いつもと変わらない追い込みを自身に科す。
フェイは一人だけ孤立をし、温い訓練に苛立ちを覚えているがそれでも彼は刀を振り続けた。
それを椅子を座り、模擬戦を観察しながら目の端で微かに捉えている男が居た。マグナムである。そんな彼の隣でカクカクも新人聖騎士の模擬戦を観察するが稀にフェイを見ていた。
「アイツ、いつまで意味のない事を続けるんでしょうかね」
「……さぁな」
マグナムがぶっきら棒に呟いた。ベテランの中でも更にベテランの彼の評価を覆すには何かが足りないのかもしれない。
「俺はいくらアイツが頑張っても模擬戦に加える気はない」
「あー、それなんですけど。僕と一回やらせてくれません?」
「なんだ? 気でも変わったか」
「まさか、僕は昔からああいう輩が嫌いですから。才能がない者にここより先はないって示したいだけです」
カクカクはずっとフェイに毒舌を吐き続けていた。それはこれ以上、フェイに聖騎士を続けさせないために、精神を折るつもりだった。だが、フェイは一切彼の言葉に耳を貸さない。ならば、実力の差をこれでもかと見せつけてやればいいのではないかと彼は考えたのだ。
「訓練時間外にしろ」
「はい」
それだけマグナムが告げた。彼は彼の信条を貫く。無属性だけの才の無い者は騎士団を去るべきであり、命を捨てる選択を放棄させる慈悲を与えると。
◆◆
夕暮れ時、滝のように汗を流し、疲労困憊の聖騎士たちが訓練を終えて仮城に帰って行く。ようやく地獄から解放されたと彼らは安堵し泣きながら笑う。
やり遂げたと、地獄を生き抜いたと満足の表情。だが、フェイだけは苛立ちを感じざるを得ない。来た意味がなかった。
未だ、精神に多大な余力を残しているフェイは刀を振るう。そんなフェイにカクカクが話しかける。
「君、僕と模擬戦しない」
「――ほう」
空気が死んだ、無くなったと勘違いする程に時間が止まった。呼吸を微かに忘れてしまっていた。フェイが溜め込んでいたもどかしさが一気に開放される。
「無論だ」
「じゃあ、やろう。剣は木の――」
「――いや、真剣を持て。俺も刀を振るう」
「……いや、最悪怪我じゃ済まないよ」
「それでいい」
「あっそ。やる気だけは一丁前みたいだね」
欠伸をしながらカクカクがフェイの前に立つ。ようやく来たと腹を減らした獣のようにぎらぎらとした眼をフェイは彼に向ける。
格下に才能を分からせるという目的のカクカクは気だるそうにしながらも剣を抜いた。フェイも刀を抜いて構える。訓練を終えた聖騎士たちもどうしたどうしたと向かい合う二人を見に足を止める。
(流石にこの群衆の前で負けさせるのは……よくないか……?)
微かにそう言う思考がカクカクにめぐる。才能と言う残酷な運命を分からせるのにここでなくても事足りる。
「気にするな。ここでいい。俺は一秒たりとも待ちきれない」
「そ……」
だが、眼の前の餓狼は思考を看破しこれでも良いと断言をする。本当に血に飢えているなと感じ、これ以上待てが出来ない狂犬を相手にしているような気分だった。
「まぁ、いいや。来なよ」
戦闘開始。地を蹴る音が戦いのゴングを鳴らす。フェイが刀を上から振るう。刀と剣が交わったかと思うとすぐさま離れて、再び火花を散らす。
(まぁ、太刀は良いよね、知ってるけど)
再び刃が離れたかと思うと、フェイの腹にカクカクの足蹴りが突き刺さる。身体能力の差がもろに出ていた一撃。フェイの身体能力では彼のスペックより一歩出遅れる。
数メートル吹っ飛ぶがすぐさま起き上がる。微かにフェイは咳をして口から血を出す。それを手で拭い頬を三日月のように釣り上げた。
「いい、これでいい」
「……あのさ、才能の無さを自覚した方がいいと思うよ。人生は妥協をいかにするかが重要なんだ、人生の先輩として言っておくけど」
「あぁ、これくらいでないとな……ようやく掴めそうだ」
「聞いてないし」
カクカクの言葉をフェイは一切聞いていなかった。そして周りの聖騎士たちはそれを興味深く見守っている。トゥルー、グレン、フブキは少し遠くで並んで観戦。
そして、エセとカマセ、アーサー、ボウランは隣に並んでいる。特には仲は良くないのだが、近くで見たいと感じているからだ。
「フェイはどうなると思う?」
「せやな……フェイも今の攻防で一撃すら叩きこむのは不可能に近いと感じ取るやろ」
「じゃ、諦めるのか?」
「アイツに諦めるなんて選択肢はないで。どうにかするはずや」
カマセが質問、そしてエセが状況を解説しながら二人の戦いを眺める。フェイが一歩近づく、一歩、また一歩をカクカクに近づいて行く。距離にして三メートル弱、刀身が届かない距離だ。
「そんな所からじゃ……届かないよ」
「……」
フェイは刀を収めて、抜刀術の構えを取る。そして、刀を振るう。
「――ッ」
伸びる刀身、アーサー戦で彼が使用した不意打ちの一手。
「うぉ」
流石にそれは予想外であったようで驚きの声を上げたカクカク。頭を下げて、体勢が崩れる。そこへすかさずフェイの剣舞が叩きこまれる。上下左右、水流のように滑らかな冴えを体勢を崩しながらも捌き、そして、風の魔術を地面に噴射する。
緊急脱出するロケットのように間合いから外れるカクカク。不意打ちに驚きはしたが所詮、格下。あの間合いから逃れることは容易であり、そして、あれは初見殺しであるからもう意味はない。
「くぅ! 惜しい! あと一歩だったのに!」
「いや、一歩どころやないやろ。どう考えても余裕があり余っとるな、流石四等級聖騎士って所やろ」
「そうか……でも、あの伸びる斬撃はカッコイイな! 僕様的に……弧を描く月のような攻撃……弧月と名付けたい」
「ええんちゃうか? ワイは別にどうでもいいけど」
「そうか、では――」
「――スネークアタック」
「え?」
横から弧月に異議を唱える声が聞こえた。アーサーが名付けたカマセをジッと見ている。
「あれはスネークアタック」
「え、でも」
「スネークアタック」
「あ、はい……」
スネークアタックによってフェイは微かにカクカクを驚かせることは出来たが、それでもまだまだ差は明らかであった。カクカクは今のでフェイが自身をしとめる最高のカードを捨て去ったと感じ取る。
「……はぁ、何というか……諦めなければ何とかなるって世界じゃないからさ。無属性だけ、しかもそんな不格好な強化じゃ先はないよ。せめて、星元操作だけでもまともでないといけないのに。その精度じゃ、間違いなく死亡する」
彼はこれまで何度もこうやって諦めさせてきた。それは慈悲もあった。
「やめた方がいい。君がいくら頑張っても意味はない。君よりすごい輩は多大な数いる。分かるだろう、純粋に戦ってここに居る聖騎士に君は誰一人として敵わない」
それに、彼自身の境遇も相まっていた利己的な感情もある八つ当たりも出会った。彼は元々はとある貴族の四男であった。
四男の彼は魔術適正が風と無の二つであったが長男は無属性のみであった。模擬戦をすればカクカクは必ず兄に勝つ。魔術を巧みに使って必ず勝った。
年下の弟に負けても兄は笑って、必死に訓練をしていた。恵まれていなくても誰かを守るための強さを求める兄の頑張りを彼は誇りに思っていた。
だが、兄はあっさり死んだ。アビスに殺された。
それを誰もが泣きながら讃えた。よく頑張った、騎士の誇りだと、他の兄も自慢の長男だ、父も母も自慢の息子であると泣きながら褒めたたえた。
その時、彼には意味が分からなかった。讃えるのは、褒めるのはどうしてなのかと。死んでしまったのならそこで終わりでこれ以上の幸福も何もない絶望ではないかと、優しい兄は死んだ。もう、何も残っていない。
これから、愛する者との結婚も待っていたのに。人生で一番の幸福だと笑って言っていたのに。
愛する者を置いて、死んでしまった。自分の幸せを叶えなかった。
――もし、自分がそこに居たら。救えたのかもしれない
次第にそう思ってしまっていた。その時、必ず、自分より劣っている兄は背中の後ろ。守られる存在として彼は考えてしまっていた。
その後、聞いた話では、アビスとの戦闘の後……死亡。そして、その後現れた三つの属性を保有しているマグナムによってあっさりと兄を殺したアビスは討伐されたらしい。
――無属性だけだから、死んだのか
それが最初の疑問だった。その内、調べて分かった。聖騎士の内死亡する確率が高いのは無属性だけの聖騎士。崇高な心掛けを貶したいわけじゃない。人を守ることを否定したいわけじゃない。
誇らしい、誰かを守と言う行動を咎めたいわけじゃない。
でも、劣っているのなら大人しく守られていればいい。無属性だけの人間にも帰る場所も待っている人も居るのなら、命を捨てる愚行を彼は許したくなかった。
勇敢に死んで頑張ったと讃えられるくらいなら、怯懦で惨めに生きていた方がいいじゃないか。
「劣っているから、花屋でも開いた方がいい」
ねじ曲がった信条で彼はいつものように諦めを促す。才能の先がない者にはここを去るべきだと示す。
誰もが諦めてく。その時、彼には罪悪感が芽生える。だが、同時に僕が守れば大人しく暮らして長生きが出来ると考えると安堵する。
だが、その安堵をそうやすやすとさせてはくれない。
「生憎だが、俺は死ぬまで戦い続ける……花をめでるより、戦いに興じる方があっているのでな」
「……溝に命を捨てる愚行ってのが分からない?」
「なら、溝水をすすってあがいて戦う。俺が刃を離すときは死ぬ時だけだ」
「……」
ふいに、兄を思い出した。似ても似つかない少年から兄を想起する。あの時、止めていれば、道を否定していれば死ぬことは無かったかもしれない。幸せに暮らして……
暴風がフェイを吹き飛ばした。先ほどの勢いよりも更に強い力によってフェイは外壁に背をぶつける。
「これが才能の差だ。君はここで刃を手放すべきだ、それが君の為だよ」
「……断る」
フェイが外壁から体を起こす。パラパラと砂ぼこりが微かに舞う。血が口からそして、足や肩から垂れていく。
風の刃によって体が切り裂かれたことを気にもしない。怪我をした自分を見ないで彼はカクカクを見る。
地を蹴る。
フェイが刀を振るう。風の魔術の弾丸が生成され雨のように降り注ぐ。無理に避けない、例え自身がダメージを負っても彼は先へと進んで間合いに入ろうとする。
「あ、あれは……」
「エセ、どうした?」
「まさしく肉を切らせて骨を断つあいつにしか使えへんフェイの、十八番……ダメージ交換や……でも……」
エセが不安げに糸目を見開いて重々しく告げた。フェイの刀をカクカクに届かない。広範囲の風が地から空へ吹き上がる、多大な土煙が上がってフェイは鳥のように飛んだ。
ドンと鈍い音が鳴る。骨が確実に折れたであろうことは全員が見ていて予測がついた。
「分かっただろう、これが……才能の差だ。君は守られるべき存在なんだよ」
「……」
フェイは立って再び己の体を星元で覆った
「だから、そんな不格好な――」
「――そうか」
「え?」
「答えは既にあったのか……いや、そもそも綺麗にしようとすること自体が間違い。リスクを取らない選択をしようとと考えること自体が最もリスクの高い選択……そうか。そうか、そうか。答えは外ではなく、やはり己の中にあったのか」
「おい、聞いて」
「周りに何かを求めようとしていた。そうか、その考えが間違っていたのか」
全く人の話を彼は聞いていない。フェイは自己完結をしているのは明らかであった。だが、彼は勝機を見出した眼をしていた。
彼が真っすぐカクカクへ向かう。再び、風の弾丸が降り注ぐ。それをまたしてももろともしないで彼は突っ込む。
(さっきと同じか?)
「フェイ、それは無駄だってさっき分かっただろ」
カクカクとカマセが先ほどの繰り返しだと思い込む。だが、エセだけはニヤリと何かが分かった様な表情だった。
「いや、違うで」
「え? わ、分かるのか?」
「いや、分からん。ただ、何かフェイが引き寄せてる感じがするんや」
「え?」
フェイが風の雨を抜けて間合いに入る。だが、先ほどと同じく地から空へ風が吹き荒れる、広範囲の風に逃げ場などない。フェイは上へは舞う。だが、フェイと一緒に土煙も舞っていた。
そして、空を舞っていたフェイは土煙の舞うカクカクと微かに距離のある場所へと落ちる。
だが、落ちた瞬間、カクカクはゾクりと何かを感じ取った。敗北の気配。そう思った瞬間、土煙が大きく動く、自身よりやや右側に何かが突っ込んでくる、そちらへ手と意識を向ける。風の魔術でその付近を吹き飛ばす。咄嗟の判断で広範囲への攻撃は出来ない。
だとしてもこれでフェイは吹き飛ばれたはずであると安堵するが、敗北の気配は消えない。
そして、眼を疑う。彼の目線の先――
――そこにあったのは赤いマフラーが巻いてあった刀だった。マフラーが大きく土煙をパラシュートの膜のようにして土煙を大きく動かしていたのだ。
そこにフェイは居ない。そう、刀にマフラーを括りつけて投げたのだと彼は悟った。
そして、再び土煙が大きく動く。その微かな動きを目の端で捉えて本命はこっちであると悟る。そして、冷静になる、不意打ちだが……
(だが、身体能力の差がある。僕はここからでもガードを、もしくは風の魔術を出来――)
そう思いかけた瞬間、眼の前には既に拳を振るおうとしているフェイが迫っていた。
(なッ、速過ぎるッ、どうして)
もう、間に合わない。そして、先ほどよりも速さが段違いであった。そのトリックが分からない。
殴られる僅かに前、彼の眼は《《それ》》を捉えた。
フェイの右足が赤黒く腫れていた。酷い大怪我、見ていられないほどに深刻なダメージを負っている右足。
(コイツ!? 右足に全部の星元を注いだのか!?)
通常、フェイのように星元量が劣っており、操作も得意ではない者は身体を上手く強化できない。星元量が劣っていれば強化はその分弱くなる。だが、多く強化に回せば回すほどに急激な肉体の変化に体は耐えられない。
操作を誤れば一瞬の強化を得られても、体にダメージを負う。だからこそ、星元とは非常に奥が深く使い方も難しい。
通常の者なら怪我などしたくない。綺麗で安定感のある星元操作によって、全身強化で安全に戦いたいと考える。
でも、フェイは違った。
不格好なら、綺麗にするのではない。不格好ならもっとブスにしようと発想の転換をした。
足に全星元一点集中。それによって足に深刻なダメージを負いながらも先刻とは一線を科す動きを再現した。
そして、今度は右腕に一点集中。血管から血が飛び出る、骨がきしんで、折れていく。痛みが湧いていく。
(怪我どうした。これが、俺の全力だ。喰らえ。眼の前のイベントを)
フェイが獰猛に嗤う。もう、間に合わない、走馬灯のようにカクカクは嘗てを思い出した。
(兄さん……僕は)
フェイによって鳩尾に拳が叩きこまれた。
(……僕は間違っていたのか。可能性を追い求めることはこんなにも強いのか。弱者と決めつけてしまっていたが……)
(そっか……兄さんは弱くなかったんだ。僕の自慢の兄さんだった)
「――ッ」
フェイが鳩尾へ叩きこまれた瞬間に微かに腕を捻る。右ストレートによってカクカクは数メートルと吹っ飛び、外壁に背中を強打し気絶をした。敗れたというのに彼は満足げに笑って居るようであった。
「はぁはぁ……」
フェイが肩で息をしている。フラフラとゾンビのようだが使い物にならない足を引きずってカクカクの方へ向かって行く。まだ、闘争は終わってないと彼は勘違いをしている。
限界の超えた体を魂だけで稼働させている。
痛々しくて見ていられないと他の聖騎士たちは思いかけた。そんなフェイを誰かが優しく抱き寄せた。
「もう、終わったよ……フェイの勝ちだから……休んで良いんだよ」
「――そ、うか」
アーサーが傷だらけのフェイを抱いた。そのままフェイは深い眠りへと落ちて行った。
「勝った……」
誰かが呟いた。誰もが眼を疑う。全身が傷だらけの重症で彼は勝利をした。カマセも驚きながらエセに尋ねる。エセは顎に手をやってふむと分析、解説の準備をしていた。
「フェイ、どうやって一撃を……僕様にはいまいちわからなかった」
「多分やけど、シンプルやろ。土煙が上がった時、最初に一つ目の秘策として、マフラーを巻いて空気層を大きく動かせるおとりを作って投げる。これをしなかったらあの新しい強化をもってしても一歩届かない。とフェイは考えたんやろ。マフラーの秘策に無理やり強化した足の秘策を重ねて、大きな秘策にしたって感じやろ」
「カクカクが土煙が上がるほどの魔術行使を最初にしなかったら……」
「まぁ、無理やったやろ。でも、あの聖騎士さんは最初から倒すというより諦めさせようとしてたから同じ壁に何度もあてさせてやろうとみたいなこと考えてそうやったし、土煙上がってたんちゃう?」
「な、なるほど」
「フェイの足と腕の強化も無理やりにすれば格上にも通用するんか。誰も真似なんてしないやろけど」
解説役が完全に板についてきたエセ。そして先ほどのフェイの右腕の一撃を思い出して彼は技名を考える。
「そうだ、あの右腕の一撃は……剛腕の右手と名付けて……」
「フェイパンチ」
「え?」
「あれはフェイパンチ」
「あ、いやでも」
「フェイパンチ」
「あ、はい」
アーサーがフェイをおんぶしながらそう言った。それだけ言ってアーサーは医務室に走って行った。アーサーの言葉が周りの聖騎士達に伝染していく
「スネークソードに、フェイパンチだと……!?」
「フェイパンチだって!?」
「なるほど、フェイパンチに、スネークソードか」
「フェイパンチね……ふーん、面白そうじゃん」
「フェイパンチ、諸刃の剣だな」
それを見て、カマセが肩をガックリと落とす。かなり自信があった技名があっさりとアーサーの技名に塗り替えられたから。
「まぁ……ワイは弧月と剛腕の右手の方が好きやで」
ぽんと手を肩にエセは置いた。
■■
「どうですか? 今回の新人は」
訓練合宿、全てのカリキュラムが終わった執務室、バツバツとマグナムが話をしていた。
「アーサーとトゥルー、ここの二人は別格だな。頭一つ二つ他より抜けている」
「確かに。俺としてはグレンやフブキもかなりと思いましたが」
「あぁ、確かにな」
「……フェイはどうでしょうか?」
「アイツはダメだな」
「カクカクに勝ちましたが」
「大分油断をしていたようだった。本来の実力を出せば負ける勝負ではない」
「そ、そうですが」
「それより……一部の者の等級を上げるべきと円卓の城に書状を書いた。それを出して置け」
それだけ言って彼は執務室を出た。日課の酒飲みに城を出て城下の店へ向かったのだろう。
バツバツは気になって書状に目を通す。
そこには……数多の新人聖騎士たちの等級を上げるようにと事細かに書かれていた。一つだけの者、二つ、一気に三つ四つあがる者。様々だ。
中でも眼を引いたのはアーサーとトゥルー。十二から一気に七まで上げるべきと書かれていた。
バツバツは読み進める。そして、ふと目が止まる。そして、思わず笑ってしまった。
――聖騎士フェイの等級を十二から八へ上げる推薦
訓練中に四等級聖騎士カクカクに模擬戦にて勝利を果たした。カクカクは油断そして、本気ではなかったが勝利であることは揺るぎはしない。よって、等級を数段階上げるべきと判断する。
◆◆
「ええ、今回の合宿は無事終了した。ここに居る者達は全員、殻を破って新たなステージへ進んだと思って貰って構わない」
六日目。帰りの挨拶だけをして訓練合宿は終了であった。整列をして成し遂げ顔つきの変わった聖騎士達へ向けてバツバツが激励の言葉を投げる。
「よく頑張った、諸君たちのこれからの活躍を期待する」
それだけ言って彼は下がる。そして、その次に出てきたのはマグナムであった。
「ここから数日は僅かだがお前たちには休暇がある。よく休め、疲れを溜めるな。以上だ」
淡泊に言ってマグナムは背を向ける、向ける時微かにフェイを見たのだがそれに気づいた者は居ない。そしてカクカクも話をするのかと全員が思ったのだがその場に彼は居なかった。
これ以上は何もない、彼らはそこを去る。
帰りの道は彼らはウキウキ顔であった。休暇がある、そして成し遂げた。ちょっと遊びに出かけたり、ゆっくりと年を越したりと頭の中では色んなことが膨らんでく。そして、都市リアリーを出掛けたその時、前方から見知った顔がやってくる。
カクカクだ。再び彼らに緊張が走る。だが、そんな彼を無視してカクカクはフェイの前に立った。
「傷は?」
「完治した」
「そう……一つ聞いて良い?」
「手短にすませろ」
「うん。君はあの戦いの中で何を考えていたの?」
「俺の頭の中では一万回やって一回勝てるくらいの計算だった。何か一つ狂っても負けていた」
「だろうね。そんなんで、よく最後まで勝利を諦めなかったね?」
「一万回の内の一回を必ず重要な一瞬に引き寄せられると信じていたからだ」
「……え? それだけ?」
「あぁ、そうだ」
「……そっか。それだけか……」
そう言って見えない誰かを彼は見ているようであった。少しだけ時が止まる。だが、直ぐに彼は頭を振った。そして、とある紙袋をフェイに渡した
「あげるよ。君あっさり死にそうだからさ」
「なんだこれは?」
「ワインとチーズ。嗜んでおきなよ。あと、いい銘柄の奴だから早死にする前に食っておいた方がいい。死ぬ前に飲み食いするならこれだって……どっかの誰かも言ってたからさ」
「……そうか」
「うん、それだけ。それじゃ、せいぜい溝水すすって頑張りな」
カクカクはフェイにだけ挨拶をしてその場を去った。そして、聖騎士たちが離れて行ったときに微かに口を開く。
「案外、君みたいな奴が生き残るかもね」
■■
フェイ達は帰りの道を歩いていた。彼の後ろ姿をトゥルーは見据える。彼の隣にはグレンとフブキが一緒に居る。
「彼、昨日の疲れはないみたいですね」
「らしいな!」
フブキとグレンがフェイの事を話す。トゥルーはそれを聞き流しながら昨日を振り返った。
獣のようであったが、詰将棋のような戦いをしているようにも彼には見えた。
全てが終わってフェイが気絶をした後、彼自身にも敗北感が湧いた。追いつけないという敗北感が。
「まだだ……僕もまだ、高みに」
トゥルーの言葉は空気に消えた。
◆◆
<速報>俺氏ついに新たなる力を手にする
<速報>俺氏ついに新たなる力を手にする
<速報>俺氏ついに新たなる力を手にする
<速報>俺氏ついに新たなる力を手にする
いや、勝ってしまった。そして、器を昇華させてしまった。
土壇場でハッとしたよね。だってさ、答えは己の中にあったんだから。今まで不格好な星元操作をどうにかして上手くしようとしか、考えてこなかったけど……発想の逆転だよ。
強化に失敗したら、骨と肉が裂ける。と言う選択があるから無理やりな強化を避けていた。
わざわざ自分から怪我をする必要はないと思ってからさ。でも、違ったよ。リスクを回避しようとするなんて主人公じゃない。
常に綱渡りぐらいが丁度いいんだ。
腕と足の骨がぼきぼきに折れていたらしいけど、まぁ、等価交換だよ。
何かを得るに何かを捨てなきゃ。等価交換は基本。
それに諸刃の剣って何か、カッコいいじゃん?
そして、ユルル師匠のマフラーね。これが無ければ負けていただろう。ただ剣を投げるだけだと空気の揺らぎが小さい。でも、これを巻きつければ面積も大きくなって良い感じになる。
もしかして、ヒロイン的な意味でくれた手作りマフラーかと思ったけどあそこで使うための必勝アイテムを授けてくれていたとは。
そのおかげで四等級聖騎士に勝った。これは俺だけの勝利じゃない。ユルル師匠の日頃の教えと伏線と必須アイテムのおかげだ。
だが、最後の最後で運命を引き付けたのは俺だな。一万回に一回を土壇場で引くことが出来ると俺は分かっていた、信じていた。そう言う奴ににしか、きっと運命は微笑まない。
俺には分かっていたよ。土壇場で因果、確率とか言う、わけ分からない運命を捻じ曲げられるのは主人公の特権だ。
ふっ、やはり俺は主人公だな。
――何だか、訓練ではトゥルーとアーサーがやたら褒められたり、俺tueeeしてたから……あれ? 俺って主人公だよね? と疑ってしまった。
だってさ、俺よりも活躍するからさ。ちょっと不安になった。あれ? 何か俺って本来こんな役回りなのかなって……
――もしかして今までパイロット版としての仮主人公だったのかなって……。
でも、最後の最後に引き寄せたね。誰よりも汗を流して、誰よりも怪我をして、誰よりも成長をした俺こそ主人公だな。
この高いワインとチーズはユルル師匠と一緒に飲もうかな……あとはマリアとか……
「なぁなぁ、このチーズって凄いお高い所の奴なんだろ!? 今日、お前の家行っていい!?」
「断る」
貰ったワインとチーズ。かなりお高い奴らしい。ワインは聖騎士の給料二か月分、チーズも一ヶ月分ほど。しかも欲しいと思って買えるものではないらしい。半年以上の予約で満杯らしい。
知る人ぞ知る一品。俺に相応しいな。
こんなのをくれるなんて、ありがたいな。
「なぁなぁ! 今日のお前……ちょっとカッコいいな!」
「……そんなお世辞に乗る俺ではない」
「えぇ!? えっと……その……食べたい……ダメ?」
ボウラン、どんだけチーズ食べたいんだよ……。キャラどうした。最初は『アタシはお前のこと全然認めない!!』みたいなこと言ったのに。
棘が出てたよね、それなのに自分からぶつかりに行くというか。当たり屋っぽいのにさ。
最近、全然触れないじゃん。丸くなったね。もう二頭身のネタキャラに見えてくる。
「な、なぁ! フェイって……横顔はかっこいい!」
「……」
「フェイ、ワインはワタシみたいなお姉さんと飲むべき」
「……」
ボウランとアーサーは取りあえず無視しよう。まぁ、帰ったら適当にワインとチーズをユルル師匠とマリアと飲んで……休暇は休んで……。そこまで考えてハッとする。
そうだ、自由都市に行こう。