22話 対比
フェイは王都を歩いてユルルを探していた。だが、結局見つからないため、フェイはいつもの三本の木、先ほどの戦いを終わらせた場所に再び足を運んだ。
そこでいつものように彼は剣を振る。ただ只管に己を常に越していく。鬼気迫る表情で彼は振り続ける。誰かにお願いされたわけでも無く、己の信念を果たすために。
只管に剣を振って、暫く時間が過ぎて行った。フェイの額には汗が滲んでおり、全身から汗が噴き出すように飛び出ている。
だが、表情にはそれを一切出すことがない。体力が限界に近かろうが、腕の筋肉がこれ以上動かせないと嘆こうが、無理に精神で機械のように動かしていく。一つの選択肢それ以外を無くしてしまったように。
限界を超えた、更にその先へと進んだ彼の肉体は一瞬で活動限界を迎えてしまった。酸欠、肉体の限界行使、ただ精神は生きている。だが、肉体の疲労は彼の意識を奪っていった。
■◆
ユルル・ガレスティーアはそれを知っている。一つの道を行くために全てを捨ててしまった者が辿った末路を。全部を捨てて、自身を切り捨てられて、眼の前の全てを失った。
そこからは厄介事を背負った人生であり、自身で道を切り開くことしか出来なかった。道は険しかった。彼女を慰める者は居た。凄いと称える者も居た、同情をする者も居た。
だが、彼女と道を共に歩もうとする者は居なかった。
だから、終わってしまうはずだった。あっさりと兄達と同じ結末を辿って、無残な死を迎えるはずであった。
でも、気付けば救われていた。とある男に救われていた。勝手に後ろに居て、何も言わずにユルルの手を彼は握っていた。誰も隣に居ないと思っていたらそこに既に居たのだ。
だから、彼女は彼に恋をしてしまった。ずっと剣しか、過去しか、周りの眼しか、未来への不安しか見ていなかった。
彼女も見られてはいなかった。でも、その人は誰よりもユルル・ガレスティーアを見ていたのだ。
二十三歳、恋をしてしまった少年は十五歳。年齢差はあるがそんなことがどうでもよくなるくらい彼女は恋をしていた。そして、心も体も許していた。
不用意に触れられるのは彼女は好きではない。自分から触れることもあまりしない。そんな彼女が今は気を失っているフェイの頭を自身の太ももに置いている。
少しだけ肌寒い。とある冬の日。そんなことがどうでもよくなるくらい、彼女の心は踊っていた。
上から見下ろすフェイは素直にカッコよく、同時に愛くるしくもあった。彼女は髪の毛を撫でるように触れる。柔らかい感触、ふさふさであの目つきの悪い無機質なフェイからは想像が出来ないような感覚。
ずっと、上からその表情を見ていても良かった。だが、それも終わる。ゆっくり、彼が眼を開ける。
フェイの視界はゆっくりとクリアになって行き、ユルルが膝枕をしていることに気付いた。
「おはようございます。フェイ君」
「……手間をかけたな」
ユルルの笑顔に反して、フェイは無表情であった。すぐに起き上がろうと頭を上げようとした。だが、彼女は両手でその頭が上がらないように抑えた。
「……なんのつもりだ」
「もう少しだけ、いいじゃないですか……きっと体も疲れてますよ。休めないと」
「不要だ。もう十分回復した。だから手をどけろ」
「……嫌です。気絶するほど訓練をしたフェイ君はもう少し休まないといけません。これは師匠からの命令です」
「……」
無言で頭を上げようとするフェイ。だが、抑え込まれて上がらない。その光景がどこか可愛くてユルルは微笑みを向ける。
「ふふ、残念。ここを抑え込まれると人は力が入らないんです。それに私は星元操作が出来ますが、フェイ君はまだまだ甘いですから諦めた方が良いですよ?」
「っち」
「もう、舌打ちしないでください」
師匠には未だ勝てない事を彼は悟っている。無論、今はと言うだけでいずれは超えるつもりであり、ユルルも超えられると感じてはいるが。
「トゥルー君から聞きました。グレン君とフブキ君に勝ったそうですね」
「……随分とアイツは口が軽いようだな」
「もう、その言い方はダメですよ?」
出来の悪い弟に言い聞かせるように優しく彼女は言った。フェイはふんとそっぽを向きながらそれを無視する。
「トゥルー君はフェイ君が大活躍だったと言ってました。新しい特技みたいなのあるんですよね?」
「そんな大層な物ではない」
「聞いた限りだと、威圧? だとか? どんな感じなんですか?」
「……見せる方が早い」
そう言って僅かに眼を閉じ集中をして、そしてまた開いた。途轍もない眼力が彼女を襲う。
まるで冷水を浴びせられた気分であった。幸せから引きずり降ろされたような、理想から現実に戻されたような悲しさがあった。
(――あぁ、その眼……理解できない欲の渦のような、悲しい孤高の眼)
(……兄さまよりも深い。求める渦の眼。呑まれてしまいそうな恐怖。やっぱり……フェイ君は……)
(兄さまのように悲しい結末を辿ってしまうのだろうか)
「……どうした?」
「いえ……何となく、ですが……私はあまり好きではないですね。その、雰囲気は」
「そうか」
「はい。だから、手で隠しちゃいます! フェイ君はもう少しだけ、おねんねの時間です!」
逃げるように、仮面のような空元気の笑顔。きっとバレてしまうからと彼女はフェイの眼を隠した。
「おい……俺はもう寝ない」
「いえいえ、寝てください! こう見えても太ももは柔らかいですから、それなりに寝やすいです!」
「だから、寝ない……俺は訓練がある」
「むぅ、あまり言う事を聞かないと約束していた波風清真流、中伝教えませんよ?」
「……」
「ふふ、ではでは、フェイ君おやすみなさい」
黙りこくったフェイが少しだけ可愛くて、本当の笑顔を取り戻す。本当にフェイのさじ加減一つなのかもしれない。
彼の眼を隠して、頭を撫でる。愛でるように、想いが伝わってくれるように。思いが届いて変わってくれるように願いを込めて。
冷たい空気、寝にくい状況なのに、フェイは気付けば寝てしまっていた。
彼女は目隠しを解いて、再び顔を見下ろす。自然と自身の顔をフェイの顔に近づけていた。
額と額を合わせて、そっと告げた。
「――好きです、貴方が……、大好きです」
その彼女の声は誰にも聞かれずに、風に吹かれていった。誰にも聞こえていない、聞こえるはずはない。それは彼女にも分かっていたし、フェイが聞いているはずもない。だけど、少しでも届いてくれればいいなと想い続けた。
その後、夜寝る前に自身がしたこと、膝枕、告白、全部を思い出して、ベッドの上で悶えることに彼女はなる。
■◆
『アテナ切り抜き! アーサーさん観察日記!!』
ナレーション:アテナ
フェイ君がぶんぶんと剣を振っている!!! とある冬の日である。それを見ている者は誰も居ない!
フェイ君は異常で、ものすごーい剣の修行を頑張っているためにその内、気を失いかける。だが、フェイは頑張って何度も何度も剣を振って行く!
冬も本格的になっているその日、寒いのに猛烈な温度を体内で叩きだすフェイ君。頭からは湯気が出ている!!
あらあら大変! フェイ君ったら酸欠とか限界を超えた筋肉行使で気絶をしてしまう!!
おやおや、そこにジャイアントパンダライバル枠こと、アーサーが偶々通りかかったではありませんか。
(……フェイの訓練を見ようと思ってきたら、寝ている? ……頭が冷えちゃうから、膝枕してあげよう)
おやおや、アーサーさんお優しいんですね?
通りかかったアーサーさん、フェイ君の頭を自身の膝の上に乗っけます!
(あ、フェイ、髪の毛ふさふさ、肌も結構張りがあってぷにぷに)
おやおやアーサーさん、寝ている人に対してあり得ない程に肌や髪をわしゃわしゃと触ります。人間の指には大腸菌、黄色ブドウ球菌、緑膿菌などの細菌があることがあるのですが……あまり手で触り続けるとニキビの原因になったり色々とアウトなのですが……
流石は手洗いうがいを毎日しっかり行っているアーサーさん。彼女の手は綺麗です!
因みにですが、彼女は綺麗好きであり、部屋の片づけはしっかりしています!
ですので、遠慮なく触ります。光属性の綺麗好きは基本なのかもしれないですね。
おや? あまりにわしゃわしゃし過ぎたのか、自然にではなく、人為的にフェイ君が目を覚まします。
「……おい、何の真似だ」
「あのままだと頭が冷えると思って……」
「そうか。では今すぐにこれをやめろ」
「ダメ、もうちょっと休んで」
「……俺にこんな所で寝る趣味はない」
「メッ、寝るの!」
出来の悪い弟に言い聞かせるように、アーサーさんはフェイ君に諭します。ですが、フェイ君はこういうのが嫌いなようで起き上がろうとします。ですが……
「おい、貴様」
「寝るまでこのまま」
なんとアーサーさん、人差し指をフェイ君の額の上に置いて動けなくします。星元操作、単純な筋力、そして、頭を抑えられると動けなくなる人間の構造を利用した人差し指によって流石のフェイ君も動けません。
「フェイ、馬二人に勝ったんだって?」
「……よくこのまま何事も無いように話を続けられるな貴様……それより指を離せ」
「メッ! ダメ! それより馬に勝ったんでしょ?」
「……もういい。それより馬とは誰だ」
「えっと……あの、トゥルーが言ってた」
「アイツは本当に口が軽いな……」
「フェイが大活躍だったんでしょ? だろうね!」
「なぜ貴様が誇らしげかは知らんが、そこまで大したことはない」
「新技気になる」
「大層なものではないが……」
おや、フェイ君、アーサーさんに威圧をします。ちょっとイラついているようにも見えますね。
「それが新技?」
「……」
「ふーん、確かに何となく圧はあるね」
「……」
「でも、入試の時の方が圧はあったよ」
「どういうことだ?」
おや、戦闘のことになるとフェイ君は直ぐに飛びつきますね。アーサーさんも聞き返してくれて嬉しそうです。
「そう言うのって、理解できない存在がするから意味があるって感じだと思う。えっと、フェイは凄い変わってるから、部品が一つ飛んでった頭? むしろ、飛んでった部品の方? みたいな」
「……喧嘩を売っているのか?」
「ん? 違うよ? 良い意味で言ってる。えっと、周りからしたら自身と同じ人間なのに行動理念とかそう言うのが全く違うからフェイは未知で怖いんだと思う。だから、自身が知ってる感覚と重ねたり、似ている人と重ねたりして理解とか共感をしたい、理解できないから怖くて離れたいとか、そう言う感覚を持ったりしてるかもね。フェイの深層心理にあるその未知のエゴを僅かに表に出すから威圧になる。でも、フェイは今まで人為的じゃなくて、自然にそれをしてた。フェイが心の底からそれを出したい、出すべきだ、これがしたい、これをしないと狂ってしまう、そう言う時の方がやっぱり凄かった。だから、入試の時の方が凄いっていう感覚だったと思う。今はそんなに何かしたいとかじゃなくて何となくでしてたからさほどだった」
「……そうか」
アーサーさんの長文解説に何か思う事があったのか、フェイ君は僅かに考え込んでいます。
「あと、フェイはそう言う人為的に何かをするのは苦手、星元操作もそうだけど。自然が一番だと思うよ」
「……上から目線は気に喰わんが……無下にもできんか……」
「うん!」
(やっぱりフェイの事は一番ワタシが分かってる!)
一本指で押さえながら、アーサーさん満面の笑みです! 今日はぐっすり眠れそうで良かったですね、アーサーさん!
『アテナ切り抜き! アーサーさん観察日記!!』 完
『アテナ編集者』
ユルルとアーサーさんの膝枕イベントを重ねた事に悪意はありません
■◆
何だか、不思議な感覚がある。気付いたらユルル師匠に膝枕されていた。修行のし過ぎで気絶をしてしまったらしい。
まぁ、修行のし過ぎで気絶するのは基本。
酸欠で気絶するのは基本。
だから、修行で気絶をしたことは驚くべきではない。だが、ユルル師匠が膝枕をしてくれるとは、俺はクール系だから脱出しようとするがそれは出来ないようだ。頭を抑えられたら流石に何もできない。
威圧を見たい? ふふ、ビビるなよ師匠! あれ? あんまりビビッてない? 格上には効かないのか?
まぁ、そんな努力系に直ぐに力が付くわけないか。何だか、ユルル師匠が眼を隠して眠れと言う。冬なんだけど……でも、寝ないと中伝教えてくれないって言うし寝るか。
でも、膝枕ってヒロインがするんじゃ……これも伏線かぁ? 膝枕ってヒロインがする重要なイベントのような……気が……。
寝た。
また違う日、気絶した。今度はアーサーが膝枕をしている。と言うかコイツ、触り過ぎ、人形か何かかと思ってるのか?
人差し指で額抑えやがって……マジで動けん……。しかも、会話もかなりぶっ飛んでるし。
え? 新技が見たい? ちょっとビビらせるか、こいつ。今も一本指で押さえられてるし。全然ビビらない……、やはり格上には通用しないか……これはまだまだ鍛錬が足りないな。
アーサー、凄い長文で解説してくれる。いや、なんか的を得てる感があるから余計に気に喰わん。
アーサーの顔を見上げる。本当に顔は美人だよなぁ。残念美人の典型例と言うか。ノベルゲーではそれなりのポジションである俺のライバル枠なんだろうけど……いや、本当に残念美人。
一歩間違えばヒロインとなっても可笑しくないほどに顔立ちが良い。スタイルだってかなり良い。でも、ヒロインじゃないだろうな。
膝枕を一本指で額抑えるって……何だか、膝枕イベント自体もコイツのせいで大したイベントとは思えないような気も……ヒロインじゃなくても膝枕って基本なんだなって……。
暫く休んだ。頭を上げようとしても一本指で容易く押し込まれる。
「おい」
「うん。分かった」
流石にこいつももう良いと思って解放をしてくれた。このままコケにされたままでは主人公が廃る。一本指、人差し指で抑え込まれたこの屈辱……、主人公を舐めるな!
木剣を投げる。
「ワタシと、したくなっちゃった?」
「黙れ。お前を今、叩き潰す」
「いいよ、いくらでもしてあげる」
ボコボコにされた……クソ、マジでいつか叩き潰す。ライバル枠がいつまでも粋がるなよ! アーサー!
最後に輝くのは主人公である俺だからな!!
コメント、レビューありがとうございました。面白ければモチベになりますので★、等宜しくお願い致します




