19話 マリアとリリア
「あれ、フェイなにしてるの?」
「アーサーか」
とある日、任務も訓練も何もない日。アーサーが王都を歩いていると雑貨屋にフェイの姿があった。彼の首にはユルルからプレゼントされた手作りの赤いマフラーが巻かれている。
手には花の髪飾りが二つ握られている。
「それ、女の子が付ける髪飾り?」
「……そうだな」
「フェイが付けるなら黒い奴の方が」
「戯け。俺ではない。マリアのだ」
「あ、そっちか。孤児院に居る人だっけ?」
「あぁ、もうすぐ誕生日らしいからな。俺は恩には恩を返す。それだけの為に買うことにした」
「赤と青い髪飾り二つ買うの?」
「……何となくだが、《《マリアには二つ、二種類の髪飾りを買うべきだと感じた》》」
「そっか」
「俺はこれを買ったらもう行く」
「そ……またね」
フェイはアーサーに返事をせずに二つの髪飾りを買うとその場を去った。冬が本格的になり寒くなっているが、フェイが居なくなったことでアーサーはより寒さを感じた。
■◆
とある村に一人の少女が居た。もうその少女の居た村は無くなってしまっているが、確かに存在していたのだ。
名前は、《《リリア》》。容姿に恵まれ、お花が大好きな普通の少女であった。父は物心ついたときから居らず、母だけが彼女の知る親であった。
金髪で優しそうな顔をしている美人であり村でも慕われていた。リリアにとって村も母も大好きで大切な存在であった。
だが、全てが壊れた。八歳の時だ。
村に山賊がやってきて彼女はすべて変わった。
母はリリアを家の隅に隠した。そして、母は彼女の眼の前で山賊たちによって凌辱され、殺された。
それは悲惨な光景であった。もう、やめてあげてと声を出したかった。だが、それは無理であった。恐怖で声が上がらない。
母が、どんなことになってもここから出てはいけないと言ったので、その約束を破ることが出来なかった。
火が放たれた。燃え広がる村。死体の焦げる異臭がする。血の焼ける悪臭がする。
山賊が消え、村にただ一人。何もかもを持っていかれた。そこへ、一人の男の聖騎士が現れた。
ニコニコしているが、直感で彼女はこの聖騎士が人道を外れているのではないかと言う恐怖に襲われた。
「あれ、山賊のやつら取り残ししてるな……折角だから、俺が飼ってやるか」
その聖騎士は山賊と共謀をしていた。山賊を見逃し、礼に金品を貰う。警備の手薄な村や集落を指示して襲わせていたのだ。
リリアは捕らえられて……とある小屋に監禁された。そこからは地獄であった。暴力と凌辱、恐怖だけが彼女にあった。逃げたい逃げたいと何度も願うがそれは敵わなかった。
その小屋はとある森の奥にあって、誰もそんな場所に少女が監禁されているなんて思わなかったのだろう。
地獄だった。地獄、地獄、地獄、地獄。死にたい、死にたい、でも怖い、死にたくない。
徐々に虚無になって行く。感情が消えていく。
諦めて、リリアと言う少女は一度、死にかけた。
聖杯歴3017年、リリアが十二歳になった時の話である。とある聖騎士が彼女を見つけた。赤髪の女の聖騎士だ。
マーガレットと言う名で彼女を捕えた男の聖騎士の悪行を見抜いたのだ。そして、その男は指名手配になり、リリアは保護された。
だが、リリアはもう虚空のような存在になってしまって。時折パニックなり、嘔吐や嗚咽を繰り返し、普通に生きられるような状態ではなくなってしまった。
それを見かねたマーガレットが彼女に自身の魔眼によって暗示をかけた。
――リリアと言う少女など最初からいなかった。貴方はマリア、マーガレットの娘でずっと二人で生きてきたのだ。
恐怖も、昔にあった幸福も全てがリセットされた。これによってマリアは正気を取り戻し、普通の村娘へと戻ったのだ。
そして、マーガレットはマリアの本当の母になろうと聖騎士を辞めてとある村に二人で一緒に住むことにした。
幸せな日常が続いていた。マーガレットも本当の娘、いやそれ以上の存在であると感じて、ずっと愛すると誓った。夜には本を一緒に読み、休日には一緒に花の絵を描き、偶には外食もして一生懸命に彼女の母になろうとした。
無慈悲にも再びその平穏は崩れることになった。逢魔生体によってマーガレットが死んだ。村ごと全部が無くなった。再び全てを持っていかれた。
その恨みがどれほどのモノであったのか、想像できないだろう。覚えてはいないがリリアの時に蓄積されていた恨み、記憶に焼き付いたマリアの全てを喰われた怒り。
彼女は復讐者になるしかなかった。なるべくして彼女は復讐者の道を辿ることになった。
何度も何度も死にかけて、何度も何度も殺してもその怒りは収まらず、復讐は成し遂げられない。焦りと怒りだけの生活だったが、自身が助けた子達の笑顔で彼女は僅かに救われた。
復讐の炎を鎮火させたいとどこかで感じていたのだ。だから、孤児院を作った。不幸な子供を集めて偽善で彼女は救い続けた。
鎮火していく炎。
自己嫌悪で自身は復讐を辞める為に子供を利用していると苛まれながら。それでも徐々に炎は無くなっていった。
そう、これで終われば良かったのかもしれない。だが、これで終わるはずがない。
鬱ノベルゲーはここで終わらない。残酷な運命が彼女に迫っていた。彼女の誕生日、そこで全てをまた失うことになる。
■◆
マリアの誕生日がやってきた。トゥルーにはある任務の話が来ていた。単純な魔物討伐。急遽それが入ったのだ。ゲームではトゥルーが部隊の仲間をアビスに殺されて鬱になった後、アーサーとの話をした後に選択肢を迫られる。
『今日は任務をしよう。アーサーに元気づけて貰ったからな。帰ってきたらマリアにお祝いしよう』
『いや、確かに頑張ると約束したが今日はマリアの誕生日だ』
フェイにトゥルーは元気を貰ったが、選択肢としては変わらない。任務に行くか、それとも今日は残るか。
もし上を選んだのならマリアは死ぬ。そして、再び鬱状態になりゲームは進む。下を選んだ場合はマリアの√として物語はエンド分岐をして終わる。
「今日は、僕は……アイツに負けてられないからな。任務に行くか……」
フェイに背中を蹴られ、トゥルーは任務に行くことを選んだ。それしか無かったともいえるだろう。ゲームでも大体のプレイヤーは元気付けてもらった後だから頑張って任務に行くだろうと考える。
朝食の時にトゥルーは急遽入った任務に行くことを選んだ。手早く済ませて、彼は孤児院を出る。
「ねぇ、ふぇい」
「なんだ」
「きょうはぼくとまりあのたんじょうかいのじゅんびして」
「俺が?」
「うん、きょうだけはして!」
「……仕方あるまい」
「そういえば、まりあは?」
「さぁな」
「まりあたまにさびしそうだから、きょうはいっしょにいてあげてね、ふぇいがいっしょだとすごいまりあうれしそう」
「……」
「いまもきっとひとりだからよんできて」
レレに誘われ、フェイは今日は何処にもいかない事を選んだ。徐々に歯車が狂っていく。
マリアに終わりが迫りつつあった。
■◆
マリアは朝から孤児院にある聖堂に足を運んでいた。何故だかは分からない。祈りは毎日捧げている。だが、神に等しい聖杯に祈る時間ではない。
それなのに……
自身の誕生日。これで彼女は26歳になってしまった。もう、嘗ての同期には結婚して子供が居る者も多い。
だが、彼女はそういったこととは縁がない。孤児院の子達は可愛い。だが、運命の人と愛し合うということにもひそかに憧れていた。
(……私は、どうして……ここに……)
彼女自身もどうしてこの聖堂に足を運んだのかは謎であった。ただ、何となく一人になりたかっただけなのかもしれない。
(私は、もう復讐をしたいとは思っていない……子供たちの愛情や笑顔を水のようにして、炎に向けているからかな……)
(子供たちの笑顔に救われたのは本当だけど……私はただ、利用をして……今日も誕生日を祝ってくれている子供たちを騙して……)
(フェイ……貴方には復讐に染まり続ける生き方はさせたくない……)
聖堂でただ一人。彼女は思っていた。まだ朝だと言うのに夜のように気持ちは暗かった。
何だか、彼女には嫌な予感がしていたのだ。何度も何度も味わったような、抉るような、身に覚えのない記憶の痛み。
母マーガレットを失った時のような喪失感。あれが、少しづつ蘇ってきている。一度しかそれを味わっていないはずなのに、一体何度味わえば良いのかと言う怒り。
安定しない精神を抑えたかった。
何度も溜息を吐く。きっと今自分は暗い顔をしていると彼女は感じて、パチパチと顔を叩く。そして、気合を入れて子供たちの元へ――
「久しぶりだな。リリア」
「――ッ」
体が震えた。その声を知っているような気がした。知らないはずなのに。恐る恐る振り返る。
全く知らない顔であった。聖堂のとある席に座って彼女を見ている。青い髪に青い眼。薄ら笑みが不気味な男性。
「あ、顔を変えたんだ、分からなくて当然さ」
「……」
「うん? まさか、覚えていないなんて言わないだろう? いや、その顔は本当に知らないように見える」
「……誰」
「どういうことだ。まぁ、いいんだけど。ちょっかいを出しに来た。昔のあの感覚が忘れられなくて」
「――あ」
その言葉、嫌悪感しかない薄ら笑み。記憶が、蘇りつつあった。
「指名手配されたからさ、顔を変えて色々渡り歩いたんだ。俺は君を探していた。あの恐怖の顔。あれが堪らなくて、君の悲鳴に勝る興奮感と幸福は無かった」
「い、や……」
リリアの恐怖の声が漏れる。男は歩きながら彼女に近づく。
「迎えに来たよ。俺と一緒に何処までも行こう。実はね、今日の朝この王都から去ろうとしてたんだけど、君を見つけたんだ。嬉しかったよ、やはり俺達は運命に結ばれていたようだ」
朝、マリアは洗濯物を干したり、庭の整備をしたりする。その時に彼女は男に見つかってしまった。
「……や、めて、帰って」
「言う事を聞け。遠くから一人になる所を狙ってたんだ。早くしないと他の孤児達に気づかれてしまう。もしかして、孤児たちの前で愛し合いたいのかい」
「……ひっ」
腰を抜かした。足がすくんで、動かない。
「早くしろ。でないと……《《孤児全員殺すぞ》》」
「……お、ねがい、それだけは、やめて」
「うん。じゃあ俺と一緒に行こう。また、あの小屋で……」
「あ、あ、いや……やめて、ひどい、こと、しないで」
「孤児全員血まみれの姿が見たいならそれでもいいけど」
「……、あ、いやだ、やめて」
「あぁ、その顔が見たかった。同じようなことをしてきたけど、君に勝る子はいなかったよ、リリア」
興奮して男の息が上がっていた。倒れている彼女の服に手を掛けて覆いかぶさる。興奮で眼が血走っていた。
マリアには涙と恐怖しかなかった。
「ここで、済ませよう。なに、すぐに終わるから。大声とか出したら、全員殺すから、そのつもりで居てね」
「いや”だ”、やめてください、おねがい、します……ほんとうに、それだけはいやだ、やめて、おねがい、ごめんなさい、あやまるから、やめて、おねがい、やめてください、おねがい、おねがい」
「最高ッ。君をもう一回見つけられて――」
マリアに覆いかぶさっていた男は直後として、腹を蹴られた。聖堂内を吹き飛び、床を転がる。
「――どうやら、招待状もない者が誕生会に来たらしい」
いつもと同じ声。ただ、僅かに怒気を含んだ彼の声は自然と聖堂内に響き渡った。眼をいつもよりも鋭くしてその男は立っていた。
「ふぇい……」
「……下がれ。お前の客じゃない、俺の客だ」
吹き飛ばされた方から男が再び歩み寄る。不快感を露わにしてフェイを見た。
「君は誰だい。俺と彼女の逢瀬を邪魔しないで欲しいな」
「ふっ、物事を理解し話すという行為が出来ていないお前の頼みなど断る一択だ。だが、代わりに俺がお前と戯れてやる。来い、格の違いを教えてやる」
「……あまりこの王都で大事にはしたくないんだけど。まぁ、君を殺して彼女を連れ去るくらい出来るかな!!」
そう言ってナイフを抜いてフェイに迫る。星元による身体強化で一気に距離を詰め、そのナイフがフェイに牙をむく。
フェイよりも速い。だが、積み上げた経験から一瞬で軌道を読んでフェイは手首をつかむ。
「へー、やるね。ただ、星元による身体強化が随分と不格好みたいだ」
「……」
「魔術で焼き払っても良いんだけど……今はリリアを傷つけたくないし、大きな音を立てると聖騎士が寄って来ちゃうかもだし……まぁ、関係ないか。だって、君なら属性使わずに勝てるからさッ」
手首を振り払い再びナイフを振る。手早く済ませたい。その言葉通り彼は殺す気でナイフを振る。それを不格好な星元の身体強化で応戦する。
これがトゥルーであれば手早く応援と取り押さえが出来たのだが、フェイにはそれが出来ない。
捌く捌く捌く捌く。ナイフの軌道を逸らして致命傷に至らないように立ち回る。だが、徐々に目の下、腕、胸に少しづつかすった傷が出来ていく。
「ふぇい……やめて、もう、いいから、しんじゃうよぉ……」
「……引けない。ここで引いたら俺は死んだも同じだ」
「美しい親子愛ってやつか。理解できないけど!」
剣を振るスピードが速くなる。捌ききれなくなって左肩に鈍い音が。血が布の服に染みこんでいく。
「あー、筋は良いけど星元強化が不格好だからそうなる。覚悟だけでは、俺には勝てないってことさ。ここで引いたら見逃してあげても良いけど」
「まさか。ここで終わるとでも?」
「君、変わり者だね」
「貴様だけには言われたくないがな」
左肩から流れる血。だが、それを何事も無いようにフェイは振る舞った。血が流れていくごとに彼は不利になって行く。右肩にもナイフが刺さる。
血が、流れていく。床に徐々に血が滴り落ちていく。
ナイフの速さにフェイは徐々に対応が出来なくなっている。星元操作が上手く行っていない事、血が足りなくなっている事が積み重なっていく。
「いや、凄いな。よくそれほどの血が出て立てるものだ。でも、もう」
「――ッ」
ここまで、戦闘時間僅か二分足らず。だが、既に満身創痍であったフェイが初めて攻めた。左腕を振って殴る。
(馬鹿だな)
男はそう思った。眼の前の男は焦ったのだ。勝てないからと大振りをした。先ほどからずっとコンパクトにただ守っていたから二分弱もの間自身の相手が出来たのにそれを捨てた。
故に、フェイは隙を作った。胴をがら空きに。鋭いナイフが刺さった。赤い染みが服全体に広がる。
「ふぇ、ふぇい……いやぁ、なんで、なんでいつも、うばわれるの」
「よし、リリア早く行こうか……ッ!?」
腹部に刺さっているナイフが抜けなかった。そして、次の瞬間、手首を握りつぶされた。フェイが星元を右手一本に溜めていたのだ。
一瞬で一か所に集めるなどと言う芸当は今まで彼には出来なかった。だから、徐々に右腕に集めて行った。そして、腹部を刺してくるだろうと予見をし、刺させて油断させた。
これで終わりだと。
だが、それこそ狙い。フェイはそこら辺の聖騎士とは違う。実力はまだまだだが、覚悟と精神力だけは群を抜いている。星元を切りかけた男の手首を自身の全力の右手で潰した。
フェイの星元操作は最悪で、十あれば十の力を完全に引き出せない程に不格好。右手に集めても、男の身体強化に一歩及ばない。だから、安心感を得させて強化を切るように仕向けた。
「あぁぁぁぁぁ!!!」
「……」
手首を潰され悲鳴を上げる男と、腹部と両肩をナイフで深く刺されても一切顔に出さない狂人。覚悟の重さが違った。比べるほどですらなかった。実力差が開いていたが、それを埋める為に命すらも引き合いに出したものが掴んだ、一瞬の隙。
カランとナイフが落ちる。手首が握り潰された事で男が悲鳴を上げる。そして、ナイフを一瞬で拾う。
流水のような流れる太刀捌きで両目を潰し、そのまま両手で頭を地面に叩きつけた。床に大きな亀裂が入るほどに思い切り叩きつけた。
「ふぇい……」
「……俺の勝ちだ。誰だかは知らんがな。それよりお前は大丈夫か」
「ふぇい、ふぇいは…?」
「フッ、たかが両肩と腹部をささ、れ、た……」
ふらっとフェイの体が倒れる。そこでフェイは目の前が真っ暗になった。
■◆
事の顛末はあっさりとしたものだった。マリアは大声すら出せぬほどに気力が無くなっていた。だが、恐怖で動かなくなった足の代わりに腕を使って、何とか孤児たちの元へ。孤児が状況に気づいて王都の人たちに報告。大事となって、眼が無くなった聖騎士はライと言う元聖騎士であったことが判明した。
顔を変えて王都に再び、犯罪者となった聖騎士が潜んでいたと分かり、今回のような事が二度とないように、警備強化が呼びかけられた。
そして、意識不明の重体であるフェイは再びエクターの元に運ばれ、看護されることになった。
「あの、エクターさん、フェイは」
「うーん、孤児院でポーションをある程度使って応急処置をしてたから大丈夫そうだけど……してなかったら確実に死んでたね。血が出過ぎ。よくもまぁ、そんな戦法を思いついたもんだ」
「……私のせいなんです」
「いやいや、君はただの被害者だろう。それにこうやって命が助かってるからいいじゃないか」
「で、でも目覚めていない」
「こればっかりはね。何とも言えないな。傷は塞いでるけど、血が足りてないだろうし。目覚めるのはもうちょっと先かもね」
「……」
「大丈夫さ、僕を信じたまえ。何だか彼はここの常連になりそうだから、きっと助かって何度もここに運ばれる感じになるさ」
気楽にハハっと笑うエクター。
「しかし、この子は一体何者なんだい? 明らかに精神が普通ではない気がする。経歴を聞いても良いかな?」
「私が、悪いんです……この子をずっとほったらかしに」
「いや、それは違うと思うけど……稀に居るんだよね。こういったイレギュラーが……普通の生態系から外れた番外の存在とでも言えば良いのかな。こんな存在は普通現れない」
「だ、だから私が」
「《《己惚れるなよ》》、マリア。君程度のさじ加減でこんな存在が生まれるはずないんだ」
「――ッ」
目線を鋭くしたエクター。彼女にとってフェイと言う存在はマリア如きの不手際で生まれるはずがないという格付けをされるほどのイレギュラーであった。
「死と言う恐怖の超越……そんな簡単に出来るはずがないんだ。この子は君がおかしくしたんじゃない。元からそんな素質があったんだ。僕達が理解できるような物ではない異次元の価値観と価値基準。あり得ない程に逸脱した精神。この子は普通じゃない。君程度がどうこう言う存在じゃないんだ。分かったかい?」
「……」
「分かったら卑屈になることは止めて、彼の眼が覚めるのを――」
「フェイ!」
ベッドの上で眼を閉じていたフェイが眼を覚ました。僅かに寝ぼけているようだ。
「知らない天井だ……」
「エクターさんの医療室よ」
「あいつは?」
「捕まったわ。フェイのおかげよ」
「そうか……俺は何日位寝ていた?」
「四時間よ」
「……そうか」
フェイはそう言って起き上がる。エクターはそれを見てまたしても驚きの表情をする。
「驚いたな……目覚めるのが早すぎる。僕の見立てでは今の時間の倍はかかると思ってたんだけど」
「大したことではない。ただ眼が覚めた、それだけだ」
「随分と落ち着いているね。君、死にかけたんだぜ?」
「……かもな。だが、俺は生きている。俺がその結果を選んでこの手で掴みとったのだ。この事実に一々驚くことはない。それにもう、過去の事だ。俺は先に進む」
「……そうかい」
エクターは興味ありげな視線をフェイに向けていた。医者であると同時に研究者である彼女にとってフェイは魅力的な研究対象に見えているのかもしれない。
「フェイ……ごめんね」
「気にするな。お前が気に病む必要はない。俺があれを選んだ、それだけだ」
「彼の言う通りだぜマリアちゃん。それに、君が彼に言うべき言葉はそれではない気がするけど」
「……ありがとう」
「気にするな」
彼はそう言った。本当に気にしてない。これは俺が選んだのだから。当たり前だと言わんばかりに。
「あ、そう言えば君のズボンにこんなのが入っていたんだけど」
エクターが思い出したと言わんばかりにフェイに紙袋を渡した。血が染み込んでしまっている何かが入った紙袋。
「あぁ、そうだったな。これをお前にやる」
「……これって」
「……察しろ」
「私の誕生日プレゼント……?」
「……」
フェイは無言だった。だが、それを肯定であると彼女は受け取った。
「開けて良い?」
「勝手にしろ、それは既にお前の手にある。お前のモノだ」
マリアは紙袋を開けた、中には綺麗な赤と青、それぞれ一づずつ花の髪飾りが入っていた。
「……ありがとう。フェイ。大切にするわ」
「……勝手にしろ。どうするのもお前の勝手だ」
「いやいや、これは綺麗だね。赤と青一つずつとは」
「確かに。でもどっちが一つで良かったのに。これ、結構お値段するでしょ?」
「……一つではいけないと思った」
「――え?」
フェイがマリアの眼を見た。
「《《何故か分からんが、お前には二種類の髪飾り。二つ何かを送るべきだと思った。それだけだ》》」
一体全体彼は何を言っているんだろうと一瞬、疑問が湧いた。だが、彼女の眼からは、大粒の涙が溢れた。
「そっかぁ、そうなんだぁ……ありがとう。私に、気づいてくれて。本当に、ありがとう。フェイ」
「泣くほど嬉しかったのかい? 僕も買ってあげようか?」
「いえ、そういうことではなくて……何て言えば良いのか分からなくて、でも、嬉しい」
フェイは礼を言われて、そうかといつも通りの反応をする。彼女は嬉しかった。フェイがマリアに気づいてくれたことが。今まで誰一人としてそれに気づいた者は居なかった。
「本当にありがとう。付けて良いかな?」
「勝手にしろ」
彼女は《《赤の花》》の髪飾りを付けた。
「似合う?」
「さぁな」
「もう、意地悪ね」
「僕は似合うと思うぜ? 青の方も付けたらどうだい?」
「これは、また後日に」
「そうかい」
二人が話し込んでいるとフェイが立ち上がった。もう帰るということらしい。それをマリアは察した。
「帰るのかい? 今日一日はここに居た方が」
「不要だ。それに、レレに頼まれているのでな」
「何をだい?」
「そこの女の誕生会の準備だ」
「本当に君は謎だね。実に興味深い」
そういって、エクターはニヤリと笑みを浮かべる。フェイとマリアは医療室を出て、孤児院に向って行く。
「ねぇ、フェイ」
「なんだ?」
「ありがとう」
「……くどい。もう良いと言っている」
「でも、私、貴方に何度も言いたいわ」
「そうか。だが、もうそれ以上はいらん」
「もう、もっとどういたしましてとか言って欲しいのに」
「……」
「あ、もうまた無視。冷たいな……ねぇ」
「……なんだ?」
「手、繋いでもいいかな?」
「……今日だけは貴様が主役だ。仕方ない」
「ありがとう」
彼女はフェイの手を握った。彼からすればなんてことない戯言なのだろう。だが、彼女にとっては……
ずっとこの手を、と思わずにはいられない程に嬉しかった。
■◆
誕生会は盛大に行われた。色々と不祥事が起きたがそれも無事解決し、食堂も飾りで華やかに。フェイは相変わらず一人で腕を組んでいたが、誕生会にはちゃんと出席をした。
どんちゃん騒ぎで終えた誕生会。そして、次の日。
フェイは再び、朝の訓練に向かう。
「あ、ふぇい。もう、行くの?」
「あぁ」
「昨日はあんなに騒いだのに今日くらい」
「関係ない。俺にとって訓練はどんなときでもどんな状況でも欠かせない」
「そっか」
孤児院の入り口。そこには金髪のシスターが彼を見送る為に居た。彼女の髪には《《青の花》》の髪飾りが添えられている。
「ふぇい、朝ごはんは?」
「俺の師が作るだろう」
「……そっか。偶にはここで食べてね?」
「覚えておこう」
「ねぇ」
「なんだ?」
「いってらっしゃいのハグしていい?」
「……なぜ?」
「わたし、主役だから」
「もう終わったはずだ」
「いいでしょ」
そう言って少女はフェイに抱き着いた。数十秒、それを終えたら首筋から手を離す。
「ではな」
顔色一つ変えずに、フェイは彼女の元を去った。
「いってらっしゃい」
フェイと反対にリリアの顔は熱を帯びていた。
■◆
マリアを呼びに行ったら、明らかなクソがマリアを襲おうとしていた。そうはさせんと俺は華麗に参戦。
だが、コイツ強い。
クソ、だが、俺は負けないぜ? だって、主人公だもの。後ろにヒロイン疑惑のマリアが居て守るような状況。ここで負けるはずないよね?
だって、主人公だもの。
しかし、どうしたものか。あ、そうだ。アビスの時の手を使ってやろう。ユルル師匠直伝奥義、一発やられて一発返す戦法だ!!
敢えて大振りをするぜ。すると男が狙い通りに腹にナイフを刺す。
かかったな! 馬鹿が!!!
もしかして、これが必勝パターンになるのかな? うっ、腹が痛い。だが、クール系は腹が痛いのを耐えるのだ。
それに主人公だしね。腹に穴が開くのは普通でしょ。クソ強メンタルなので驚きません。
腹に穴が開くのは基本。主人公は鬼メンタルなので動じません。
ナイフで相手の眼をスパッと切るぜ。現代日本人の倫理観がどっかに行ってしまっている気がするが……まぁ、こういう状況だしね。ファンタジー主人公に現代倫理観は合わないでしょ。
相手の頭を地面に叩きつける!!!!
本当は殺そうかなと思ったけどね、ここ孤児院だしね、小さい子がその光景見たらトラウマになっちゃいそうだし、頭叩きつけた方がまだね? 年齢的にも、見られてもダイジョブみたいな
しかし、俺の勝ちだな。お前程度じゃ俺には勝てんよ。覚悟が違う。それと舐めプはダメよ?
そう言う奴って大体負けるから。
しかし、中々の死闘だったな。マリアが無事でよかったぜ。
あれ? 意識が……遠く
まぁ、そりゃそうか。主人公だし、出血多量で倒れるのも割とよくある事だな。主人公は神メンタルですので出血多量であっても落ち着いています。
おやすみなさいー
――俺は目覚めた。
「知らない天井だ……」
これを一回言ってみたかったんだよね。どうやらここはエクターさんの医療室らしい。俺絶対ここの常連になるだろうな。努力系主人公だしね。怪我とか沢山しそう。これからよろしくお願いいたします、エクター先生。
アイツも捕まったらしいしハッピーエンド!
そう言えば俺ってどれくらい寝てたんだろう。死闘だったから三日くらいかな?
「そうか……俺は何日位寝ていた?」
「四時間よ」
「……そうか」
いや、恥ず笑。ただのお昼寝くらいですやん、一週間くらい寝込んでいるのかと思ったのだが。まぁ、主人公だからね、回復力も高いぜ!!
え? 俺のズボンに何か入ってた? あー、プレゼントやな。あげるよー、いつもありがとう……まぁ、クール系なんであんまり言葉にしないけど
「あぁ、そうだったな。これをお前にやる」
あ、流石に翻訳されないよね。流石、クール系主人公である俺の翻訳機能。しっかり仕事してるな。
「いやいや、これは綺麗だね。赤と青一つずつとは」
「確かに。でもどっちか一つで良かったのに。これ、結構お値段するでしょ?」
「……一つではいけないと思った」
「――え?」
「《《何故か分からんが、お前には二種類の髪飾り。二つ何かを送るべきだと思った。それだけだ》》」
いや、これだけは勘だな、何となくマリアには二つプレゼントあげるべきだと思ったんだよな。なんでか本当に分からんけど。
主人公補正、別名勘ってやつだな。何でかな? 二つあげるしかないって思ったんだな。
「そっかぁ、そうなんだぁ……ありがとう。私に、気づいてくれて。本当に、ありがとう。フェイ」
え、あ、うん。そんなに嬉しかったんだ……まぁ、プレゼントして泣かれた経験がないから何と反応していいか……。
マリア、俺のプレゼントに泣くなんて……良い人だな。人柄の良さが出てるよね。滲み出てる。
いつもと少し雰囲気違うけど……誕生日でテンション上がってるんだろうなぁ。
――帰りに手を握られた。やはり、マリアヒロインか?
どっかのパンダとは全然違うなー
いつも応援ありがとうございます。面白ければモチベになりますので★、レビュー等宜しくお願い致します。