(不)純文学少女日記
私は生まれてこの方、純文学というジャンルに砂粒大の興味すら持ったことがない。むしろ、苦手という枠を逸脱して嫌悪していると言ってもいいだろう。まるで文学の世界で我こそが格調高き王道だとふんぞり返り、権威をひけらかしているかのような名称がまず気に食わないし、ストーリーや登場人物の魅力ではなく、文章の芸術性だけを楽しむことを読者に強いる様は、頑固で気難しく押しつけがましい職人気質の店主のようでうんざりする。
別に作品そのものを否定するつもりは毛頭ない。現に『アニマル合格』や『リアル10日』、『川辺のフランツ』に『蜜柑』など、忌まわしい純文学というカテゴリーに当てはめられているにもかかわらず、ページが擦り切れるほど何度も読み返すぐらい心底気に入っている小説だって山ほどあるのだから。つまり、私がただならぬ嫌悪感を抱いているのはそれらの素晴らしい傑作をひっくるめて純文学という分野に無理やり押し込めてしまう、厚顔無恥な定義なのだろう。
そんな私が、今日、あろうことか「えっ……純文学? ……うん、大好きだよ」などと恥ずかしげもなく口走ってしまったのだ。ああ、これは紛うことなき私自身への許されざる裏切りであり冒涜である。表面上は何とか取り繕っていたが、胸の中は自分への口汚い罵倒が銃弾のように飛び交い、羞恥心で熟れたトマトになった顔面を隠しうずくまる私達で溢れ返り、悲惨極まりないありさまだった。
全ての元凶は私が密かに思いを寄せている同級生だ。教室でいつものように本の世界に浸っていた私に、彼が唐突に声を掛けてきた。破裂しそうな心臓を抑えつけるのに1秒、さらに歓喜と興奮と焦燥で処理能力が幼児並みに退化してしまった脳で彼の質問を理解するのに3秒、あれ以上返答に時間を掛けていたら無視しているのかと勘違いされただろう。
そして私は件の大法螺を吹いてしまった。これが本日学校で突如勃発した「純文学の変」の顛末であり真相。所詮私のちっぽけな矜持など、心の隅々まで根を張り巡らせた恋心の前では、いとも容易く飲み込まれてしまうのだ。その事実に対する耐え難い悔しさはもちろんある。だが、ひょっとすると彼の頭の中で、単なる同級生であったワンオブゼムが純文学好きのワンオブゼムへと格上げされたのではないか、そう極めてくだらない妄想をするだけで無意識に頬が緩んでしまう。全く、気持ちの悪い片思いもあったものだ。
しかし、私は今ここで堂々と開き直り、高らかに決意を表明する。明日からは、このどうしようもなく屈折した恋心を秘めた(不)純文学少女として生きていくのだ、と。