天女 第96回連載
「君にと、ことづかったことがあるのだが。」
「ご新造様からか。」
「そうだ。」
「で、どういったことだ。」
「君に会いたいと。」
「用向きは聞いているか。」
「ああ。夫の懸想人を探して欲しいそうだ。」
「天女のことか。」
「そうだ。」
「それは頓狂だ。」
Kは必死で笑いをこらえようとしていた。
「造作もない。今、同じ処に奉公していると告げるだけじゃないか。」
Kのそんな物言いに対し、気恥ずかしさを覚えたばかりに、半ば取り繕い、半ば真実として、
「お会いしたとき、懐剣を見せられて、怖気付いたんだ。」
と、答えた。
「それで天女を刺すとでも思っているのか。」
「そんな塩梅だ。だから、天女の居場所をご新造様に告げない方がいいと考えたんだ。」
「だが、懐剣を持ち歩いているとは、尋常じゃないな。」
やはり、Kもこのことについて思案しているようだ。そうして、自身も、人とは変わりゆく者だと思った。もちろん、ピアノを教えていたころは、大人になっていないあどけなさがあった。だが、そうでありながら、時として、実事を持ったこともあるのではと、そんな邪推ともとれる想いを抱いたものだった。それは自身が描いた勝手な空想であり、どことなくあった、妖艶さに触発された感があった。そこには魔性とも捉えていいものを備えていたと言うべきだった。そのせいもあって、悩ましさつきまとっていた。
「お前ならどうする?」
Kはそう訊ねてきた。
「何かの理由でもこじつけて、天女を何処かに呼び出すよ。」
「だが、懐剣を忍ばせていたら、何処で会おうと同じではないか。」
「君が同席したらどうだね。そうして、ご新造様に思いとどまってもらう。これならどうだね。」
Kは、こんな私の考えに、それなりに評価したが、彼なりに、何か別の算段があるかの様だった。




