天女 第93回連載(Kからの呼出)
「遅かったじゃないか。」
「申し訳ない。御令室から、用事を仰せつかったもので。」
これは、方便であった。約束の刻限は過ぎていた。だが、そうならざるを得ない理由があった。これも、令室から、例の戸籍謄本を渡されたからだ。お館様の死亡が、確かに書かれていた。死亡時刻も、私が作成した偽の診断書のとおりに。今更ながら、このことに感慨を覚える次第となった。ただ、それは一つの峠を越えられたという趣旨だった。そう、何にも疑われずに死亡届が受理され、お館様の戸籍に病死である旨が記載されたという。もちろん、これで、お館様の死亡が殺人によるものだという発覚が、その可能性として全く消える訳では無かった。
「あまりここには長居できないから、端的に話てくれないか。」
執事から、Kからの例のサナトリウムに来て欲しいとの伝言を受けたのは、今朝のことだった。もちろん、Kなりに、何か不可解な事由が存し、それを私に質したいのだろう。むしろ、こういった窮地をどう抜け出るかの算段が、まるで何かのトランプ遊びやポーカーを興じる様な感覚を得ていた。
「先日、お前は、あの看護婦から、預かった鍵のすべてだといって渡してくれたが、此処の机の抽斗に、鍵が一つ残ってたいた。だが、看護婦に電話で訊いたら、確かにすべての鍵をお前に渡した、と言っていた。」
「単に勘違いしただけじゃないか。」
思えば、相手はKだ。こんなありきたりののことを述べたところで通用しないのは分かっていた。ただ、これ以外に、如何にも、とKに思わせる物言いが浮かばなかったのも事実だ。他に何か不審な点があったというのだろうか。だが、皆目見当がつかない。疑わしい点をただされ様とも、此処は、然程に無気にさえならなかったらそうは悟られはしまいと考えた。




