天女 第89回連載
「もう、あたいの出る幕なんてないはず。」
天女は、そう述べるのだった。御曹司から囲われることを拒むつもりでいるのだろう。ただ、だからと言って、それは、もう、御曹司への愛情が失せたのだ、と考えるのは早計とも思えた。こんな風に、人の心裡、殊に男女の恋に関する興味を持つということは、下世話であり、嫌悪を覚えるのだが、一方で、天女には、何某かの人としての道を、ただ、それは、傾向として秘められているのではあったが、持っているのでは、という気もしていた。いわば、わだかまりである。そう、御曹司との、道ならぬ関係を持ち続けることへの。
「思えば、あたいのは、ただの好意に過ぎなかったんじゃないって。」
ぼそっと天女が述べた。私は、此処に意地らしさを覚えた。だが、同時に、作為的に、諦観を醸そうとしているとも思われた。
「一種の思い上がりでした。あなたが、今も御曹司のことを恋しがっていると思ったのは。」
「別に構わないさ。」
こうして再現される天女の翳り。多くの者はこの翳りに、愛おしさを覚えたのだろう。こういった悲哀は御新造様には無いものだ。幾分か、自身の美貌に自負があっても、御曹司が、天女に惹かれるのは、それなりの故あってことだと思えるのだった。私は、この様にして、複雑な想いを持つのだった。
「その友人に、言ってくださいな。いい人を見つけてちょうだいと述べていたと。」
「承知しました。」
ただ、その私の物言いが、やけに改まったものだったゆえ、若干の恥ずかしさがあった。こうした一幕は、なごみをもたらすもので、それからというものは、多少なりと、天女の表情に笑みが見受けられる様になった。ただ、そうであっても、談笑が続くという雰囲気にあるものでもなく、早々に切り上げて、自身の寝所へと行った。
だが、部屋のドアの下に手紙が、置かれていた。それは、令室からのもので、明日の役場に死亡届を提出することで予め打ち合わせておきたいとあった。だが、同時に誘いでもあった。




