天女 第79回連載
「たじろぐのも仕方がないわね。」
黙りこくっていたからか、ご新造様は、こんな具合に私に水を向けるのだった。これは、糺すものでもなく、ただ、何か話せばという、一つの催促だった。
「仕方ありませんよ。こんな場で、懐剣を見せられ、しかも、話の内容がそうであれば、尚更ですよ。」
でも、意外だった。苦笑いでも見せるのかと予想していたら、そうでなく、やはり、物憂げな表情を依然示していた。
「カシ何とかさんに訊けば、分かるかもしれないわね。そのご婦人が、どこの誰ということが。」
「単にKと呼んでいますよ。彼のことを。」
「そのKさんに尋ねたら。」
「そうでしょうね。」
なぜか、Kの名が告げられると、素っ気ない返事をしてしまう。これは、いわばそれほど親しい間柄ではないことを暗に示そうという思いから、反射的に行っていた。あれほど何かと言っては、頼み事をし、助けてもらいながら、私は、そんなに打ち解けられない便宜さを覚えていた。
「やはり、実際に会ってみたいですか。そのご婦人と。」
「もちろんですとも。」
「それで、何か得るものがあるのでしょうか。」
「ええ、ありますとも。」
「それが何であるかお伺いしたいものですね。」
これは単なる興味に過ぎなかった。あたかも秘事を鍵穴から覗き見る様な感覚を覚えた。
「その容姿がお美しい方なのかどうか。そう私に比して。」
「単に容姿だけとは限らないじゃないですか。」
「もちろん、それぐらいのこと重々分かっていますわ。自身の容姿には、それなりの自負はあります。それにもう帰る処が無いのです。夫に見捨てられたらって想うと。他に心に想う人がいるという、事情でありながらも、居場所がないこともあってか、今や、そんな夫であっても惹かれているのでしょうが。」
「複雑なものです。」
こんな所感を述べることしか出来なかった。複雑だと感じたのは、既に夫である御曹司に惹かれているということに対してだった。




