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天女  作者: 南清璽
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天女 第77回連載

 まあまあ流行っていた。見たところの印象では。もっとも、そんな仰々しい留保が必要だった訳でもなく、ただ、ご新造様と甘味処を訪れるのが、どことなく照れを感じ、何か考えを巡らして、気持ちを逸らし、紛らわそうとの想いがあった。一方で、さほど重要でない、看板や暖簾を挙げていないことから、闇での営業だと察した。

「このご時世だから、餡蜜とお汁粉のどちらかしか頼めないみたいだけど。」

 ありがたいとしよう。例えその二つだけであっても。闇での品であっても十分に賞味したい。だが、この想いも、実在性に乏しいものだった。心あてに。そんな百人一首の一節が思い浮かんだ。所詮、おおよそ現象とは、虚であり、実在性など求められない。

「お汁粉にします。」

 ご新造様もそうした。ただ、当たり前のことだったが、申し訳ないほどの白玉と共に、ほのかに甘い味のするものだった。左手で不自由そうにお箸を使う人がいた。おそらく、戦禍でその右手を失ったのだろう。ご新造様は、私がそんな光景に気に取られているのが気になる様だった。

「無事に帰って来れたのね。」

「内地にいましたから。本土決戦の海防兵として千葉に。医者の息子だから衛生兵をやれって。いい加減なものですよ。お陰で靖国神社に祀られることはなかったですが。」

 こんな風に嘲るしかなかった。敗戦の憂き目を道化の様に扱うのは、一つのすべだ。敗戦に関して、何ら感慨はなかった。だから、玉音放送を聴いて泣き出す仲間を蔑んでしまった。これも、僅かな日数しか入営しなかったからだろう。何より、身近な者や親しい友人に戦歿者がおらず、戦争すなわち深刻なものと感じることはなかった訳だ。だが、巡る想いは、止まることを知らなかった。不謹慎だが、愉快さも覚え初めていた。この国の威信が、瓦解し、国民が生き延びるために、どんどんGHQにひれ伏せばいいのにと。自分の犯した殺人が、ふと、戦後のこんな、一見すればアナーキーともいえる世相の延長線上の仕儀であったかもしれない、と思えてきた。


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