天女 第66回連載
「もうすぐですよ。」
後部座席。私は、屍に話しかける。私は、依然お館様の遺体を抱き抱えていた。毛布をその上半身に被せながら。凸凹道を走るとはこういうことか。結構揺れる。自動車が揺れると、手が解けそうになる。その度に、手に力を込めてそうならない様にしつつも、大仰によろけてみせて、「お館様、大丈夫ですか」と死人に話しかけたりした。だが、今一度、真実味を出させるために、緊迫感を持たせる必要があると考えた。
「幾分か、急いでくれたら。」
「承知しました。」
運転手はそう答えて、エンジンを吹かせた。それは私の想定を超える轟音ともいえる具合だった。そうして、その轟音と共に、ある種の覚醒に導かれた。それは、今更ながら、動機なき殺人を犯したというものだった。果たして、殺人が、動機如何で許されることがあるのだろうか。あるはずがない。そう考えると、動機があっても、許されない罪を犯したことには違いなかった。態様として、これほどまで淡々とできるものなのか。殺人を犯しながら、罪の意識に苛まれないことに不気味さを覚えてしまった。
車を診療所の玄関につけた。
「すみません。」
私は、数度、診療所の扉を叩いた。これも芝居であった。何分、無人の診療所であったから。それに、今から私が、此処の医師に扮装しようとしているのだから。自身で芝居を演じているという気持ちが、尚更の様に高揚した。一方で、怠らなかった。幾分か、声を荒げたりもした。鬼気迫る、そんな雰囲気を醸さないといけないと考えたからだ。
「お館様をこの状態で抱えてくれませんか。」
この状態とは、遺体に毛布を被せたままにしておくことだった。
「寝ていらっしゃるのかもしれません。起こしに行きます。」
私は、そうして、先日の様に裏手に回り、その勝手口へと行く。此処の看護婦から預かった鍵でそこの扉を開けた。




