天女 第65回連載(偽装)
「誰か」
私のこの声を聴き、来てくれたのはやはり天女だった。だが、殺人という、これまでの人生にない体験は、やけに私を上気させた。それを悟られまいと装うのに気がとられ、天女のその折の様子が、意味づけとして理解できない次第となったのである。
「何かの疫病だと思います。急に倒れられて、肌に斑点が表れました。だからこうやって毛布を被せて感染を防いでいます。運転手を呼んできてくれませんか。」
天女は相変わらず何も言わなかった。ただ、不思議だったのは、全てを察しているかの様に落ち着いていることだった。今の自身の行いが狂言であると見抜いているのだろうか。だとしても、質さず見過ごしてくれるという安易な考えを持ってしまった。そうして、天女はこの場を去り運転手を呼びに行った。
もちろんその二人を待つまでだが、嫌うほどに長く感じられた訳でもなく、しばらくして、天女と共に運転手が駆けつけてくれた。
「以前に参ったあのサナトリウムに行きましょう。この時間でも大丈夫でしょう。救命措置を取れば命は助かるかもしれません。だから急がないと。玄関に自動車をつけてくれますか。」
「承知!」
そう言葉を発する運転手の傍では、天女が控えていた。
「今から、お館様を医師に診せます。君も感染しないとも限らない。召物を着替えてお風呂にでも入るといい。」
相変わらず、彼女は何も喋らずただうなずくだけだった。でも、それは狼狽してのものだと思えなかった。どことなく情事と同じく不感症でいようという一種の作為とも取れた。
「お館様行きますよ。診療所に。歩けないのなら、私が抱えますから。」
もちろん、それに応える訳がなかった。これは小芝居という類のもので、いわばあっけらかんとできることにそれ相応に自分の邪悪な面を見出すのではあるが、一方で、自分で手を下しながら、シンパシーともいえる心象を、お館様の屍に感じていた。こうして、亡骸を抱え、そして腕に疲れを覚えながら、引きずり玄関へと向かった。




