天女 第59回連載
「なかなかの気遣いじゃないか。」
お館様の言葉にしおらしさを感じてしまった。しかもこういった物言いを滅多に見せるものではなかったし、それにも増してこうも感心されると、そうも蔑んだものの態度を示しにくくなってしまう。幾分か気持ちは高揚していたが、お館様のこの物言いによって、張り詰めた糸が鋏で切られた様な、さっきとはまるで違う雰囲気に呑まれてしまった。
「お前も随分と変わった野郎だな。」
「そうなのでしょうか。」
お館様は、私の事を随分変わった野郎だと評しているが、その心は何か尋ねてみたかった。だが、お館様は私の、その様子から悟った様で、どことなくしみじみとしたものの言い方をした。
「お前が妻と懇ろになってくれたお陰で、あの女と何しようと咎められない。だが、お前の様な好男子が、いつまでも、他人の古女房との情だけで満足しないだろうに。」
私は、心底において、嘲りを覚えていた。やはり、屈辱感を持つべきなのだろうが。そう、情夫というこの身の処し方に。でも、そうとはならない感情を令室に懐いていた。だが、それは愛情ではなく、ある種の憐憫とも云えるもの。あの気丈さ、一方で、その奥の方に存する令室の脆くもある面。こうして気付く次第となった。私という存在で令室はかろうじて平衡を保っているということも。
「意外でした。私の事を好男子とは。そんな世辞は全く言わない御仁だと思っていました。」
「あんまり自惚れるじゃないぞ。言っとくが俺はただの一度でもお前に嫉妬を覚えた訳じゃないぞ。お前には同じ体臭を感じさせるものがある。」
だが、体臭とは何を意味しているのだろうか。お館様は更に言葉を続けた。
「俺は餓鬼の頃、疱瘡を患ってしまい、こんなあばた顔になってしまった。もちろん人は俺のことを気遣い、同情してくれた。だがそれが却って億劫になってしまった。何分、ちょっとした名士の家の子だったから。俺にとっては過剰ともいえる同情を受けてしまった。それからというものは、人と接することに嫌気がさしてしまった。以来俺は誰に接しても心を開かなくなった。お前もそうだったかもしれん。情を交わしてる妻に対しても心を閉ざしているように見えるがね。」




